鬼畜過ぎる乙女ゲームの世界に転生した俺は完璧なハッピーエンドを切望する

かてきん

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俺はいじわるだったのか

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「アインラス様は帰って来られましたかね。」
 もうすぐお昼休みだ。俺はさっきからソワソワとしてしまい、先輩にシバについて尋ねてしまった。
 最近は忙しい日が続き、恒例であった週初めのお弁当はお休みしていた。しかし、仕事が落ち着いてきたため、今日は大丈夫だろう……と張り切って豪華なお弁当を作ってしまったのだ。
 卵焼きに魚のフライ、照り焼きチキン。そしてご飯は秋に保存しておいた栗を使った炊き込みだ。全部シバの好みそうなものであり、俺は作りながら「美味しい」と言う彼の顔を何度も想像した。
 出来上がった書類をトントンと整えながら、先輩が「さっき執務室に行ったけど、いらっしゃらなかったぞ。」と返事をした。
(今日は戻って来ないのかな。)
 俺は2つ用意したお弁当を見て、どうしようかと悩んだが、帰ってくるかも分からないシバを待つよりかは他の者に食べてもらおうと、シュリにあげることにした。

「え!いいの?セラの料理食べてみたかったの!」
 お弁当を手渡すと、嬉しそうにシュリが跳ねていた。
 その声に、何だ何だと先輩が集まる。シュリはそれを自慢するように見せびらかすと、ふふっと嬉しそうに笑った。
「おいおい、俺達には無いのか?」
「いつも可愛がってるだろ~。」
 先輩達が、両方から俺の肩を組んでくる。その迫力に、俺は思わず「お菓子ならあります。」と口を滑らせてしまった。
(ああ~、これもシバに作ったのに~。)
 街に出掛けた時、全ての会計を持ってくれたシバに、ほんのお礼のつもりで焼いたクッキーとマフィン。その中の1つはシバのドーナツを模してイチゴ味にハートのホワイトチョコ付きだ。
(これ見てまた拗ねるところが見たかったのに……。)
 内心残念に思いつつ、無遠慮に「くれ!」と言ってくる先輩達の前にそれらを並べた。
「今日はここで食おうぜ。」
 2人の先輩はそう言うと作業部屋の机をさっと片付け、4人分の椅子を集めると、1つの机を囲むように置いた。
 そして俺とシュリは手作りの、先輩達は買ってきた弁当を広げた。

「わぁ~、すっごくすっごく美味しい!」
「ありがと。」
 弁当を1口食べたシュリが目をキラキラとさせている。
(こんなに喜んでくれるなんて……シュリにあげて良かった。)
「シュリ、何かくれよ。」
「俺はその肉がいい。」
「嫌ですよ。これは私がもらったんです!」
 先輩達から弁当を遠ざけ、シュリは大きな声で言った。その時ーー…
「うるさいと思ったら、食事中?」
 扉が開き、眼鏡先輩が顔を覗かせている。そしてその横にはシバが黙って立っていた。
(今帰ってきたの?!)
 先輩2人とシュリは「アインラス様!」と嬉しそうに名前を呼び、眼鏡先輩を無視して「今日はここでご飯なんです!」と説明している。しかし、眼鏡先輩は無視されたことについては気にしていないようで、パーティーのようになっているテーブルを見て羨ましそうな顔をした。
「いいな~。ちょっと早かったら参加出来たのに。」
 眼鏡先輩は、これから文官長に報告なのだと言って残念そうな声を出す。
(シバ、今日は眼鏡先輩と外出してたんだ。)
 彼はこの班の責任者でもあり、仕事の出来る文官だ。特に重要な案件などは彼に任されることが多い。
「これ、セラが作ったお弁当なんです。」
 シュリがシバに向けて嬉しそうに告げる。シバは自分に作られただろう弁当を見ると、「美味しそうだな。」とだけ言った。
「あの、この菓子もセラが作ったんです。お口に合うかは分かりませんが、良かったどうぞ!」
 先輩がシュリに付け足すように言った。
(作った本人を前にして、そういうこと言う?)
 先輩を軽く睨むと、シバが「頂こう。」と言ってお菓子の並ぶ机に近寄った。プレゼントするつもりだったので綺麗にラッピングがされており、恥ずかしい見た目ではない。しかし、じっと見られると何だか吟味されているようで緊張してくる。
「これを貰おう。」
 シバはピンクのマフィンにハートのホワイトチョコが飾ってあるものを選んだ。そのチョイスに俺と、また他の文官達も驚く。
「マニエラ、ありがとう。仕事終わりに執務室に寄るように。」
「はい。」
 俺の返事を聞くと、シバは扉から出て行ってしまった。ちゃっかりクッキーを持った眼鏡先輩が「またな~!」と声を掛け、扉がパタンと閉じられる。

「やっぱアインラス様かっこいいなぁ~!」
「俺、緊張で手汗かいた~。」
(その割には、俺のお菓子をディスりながら勧めてただろ!)
 盛り上がる先輩をまた睨んでいると、シュリが「ギャップ……!」と悶えていた。
「この中で一番可愛らしいマフィンを選んだアインラス様……素敵。」
(イケメンはピンクを選んだだけでうっとりされるの……?)
 それにしても、2人きりだったらきっと拗ねた態度で「嫌がらせか。」と言ってくるであろう1つを持って行ったことに驚く。
(ネタのつもりだったのに……。)
 俺はシバの好きなものリストに、イチゴ味を新たに追加した。

「失礼します。」
「マニエラ。」
 仕事を終え執務室に入ると、シバが顔を上げて俺の名前を呼んだ。手元の書類を机の端に置き、俺を手招きする。
(ん?お茶淹れなくていいのかな?)
 どうしたのかと近寄ると、急に謝られた。
「今日はすまなかった。」
「どうされたんですか?」
「弁当を用意してくれていただろう。」
「ああ、気にしないでください。無駄にはなっていません。」
「私は残念だ。その……とても楽しみにしていたから。」
「楽しみに、ですか。」
 その言葉に、少し胸がギュッとなる。シバは無表情ながらも、どこか申し訳なさそうにしている。
「弁当の中身が、私の好きなものばかりだった。」
「それは、アインラス様に作ったので……。」
「正直、他の者に食べられてしまって、悔しい。」
(か、可愛い事言って……。そんなに好きならいつだって作ってやるよ!)
 シバの素直な言葉に、俺は母親のような気持ちになる。目の前のぶっきらぼうな男が、俺の弁当を食べれずシューンとしている姿に、あるはずのない母性が芽生えた。
「急いで帰って来たんだが、間に合わなかった。」
「そうだったんですか?」
「ああ、午前中も本当ならここにいる予定だったんだが、急に出ることになったんだ。」
 俺の出勤前のことであり、連絡することもできなかったらしい。
「また作ります。何なら明日でもいいですよ。」
「……いいのか?」
「はい。そんなに楽しみにしてくれていたなんて知らなくて、私こそもう少し待っていれば良かったですね。」
 俺がそう言って笑うと、シバは少し笑った……気がした。表情はあまり変わらないが、目元が柔らかくなり口角も数ミリ上がっている。
「ありがとう。」
 シバが優しい声で言うので、俺は何だか気恥ずかしくなって視線を逸らす。
「あ、あの、お茶でもどうですか?」
「頼む。君の作った菓子も一緒に頂こう。」
「でしたら、クセの無い味にしますね。」
 コポコポとお湯が注がれる音の中で、シバが俺の作ったマフィンの袋を開けている。
出来上がったお茶をテーブルに置くと、白い皿に乗せられたお菓子がちょこんと佇んでいた。
「これ、アインラス様に作ったんです。」
「だろうと思った。」
 少し拗ねたような声が聞けて、俺は満足し、ふふっと笑った。
「君は案外、意地が悪いんだな。」
「え……すみません。」
 俺は少し反応が見たかっただけで、いじわるしたつもりはないが、言われてみるとそうかもしれない。慌てていると、「しかし、この組み合わせが好きなのは確かだ。」と言った。
(イチゴとホワイトチョコが好き……メモしておこう。)
 頭にそれを追加し、どうぞ、とシバに皿を寄せた。
 それを優雅に食べる横顔を、お茶を飲みながらチラッと見る。口元に小さくちぎられたマフィンが運ばれるのを見ていると、急にお泊りした時におでこと瞼にされたキスを思い出し、軽くむせてしまった。
「ッン……!」
 ゴホゴホと俺が咳をすると、シバが「大丈夫か?!」と近寄り、胸からハンカチを出す。それを俺の口元に軽く当てると、心配そうにこちらを見てきた。
「すみません。ぼーっとしていて。」
 俺の口から顎にかけてお茶が零れてしまっているのをハンカチで拭われる。
(俺、子どもみたい。)
 カァァア……と顔が赤くなる。
「綺麗なハンカチが……すみません。」
 俺は見るからに上等なハンカチを使わせたことに恐縮したが、シバは綺麗になった俺を見て、「もういいな。」と言うと、それをまた胸元にしまった。

 全部を食べ終えたシバは、これからまだ仕事が残っているということなので、俺はそのまま帰ることにした。
 茶器を片付け、荷物を持ち扉の前に移動する。シバは見送るように扉まで一緒に来た。
「今日、お礼のつもりのお菓子も1つになってしまったので、何か他でお返しします。」
「あれで十分だ。美味しかった。」
「いえ!何かさせて下さい。」
「では……、」
少し黙ったシバは、ボソッと呟くように言った。
「今週末泊まりに来てくれ。」
(え、それがお礼になるの?……ああ、泊まりで料理を作ってくれってことか。)
「はい!では、何が食べたいか考えておいてくださいね!」
 俺が元気にそう言うと、シバは何かを言いかけていた口を噤んで、軽く頷いた。
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