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無事終わった…?

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 ぽかんとしていると、扉がゆっくりと開きアックスとエヴァン、そして2人のお供仲間が入ってくる。
「これを。」
 アックスは俺を素早くゼルの下から引き抜くと、服を渡してきた。素早くそれを身に纏い、4人と共に静かに部屋を出る。
「君、大丈夫だった?」
 廊下を歩き空いている部屋へ入ったところで、エヴァンが話し掛けてきた。
「はい。何故だか急にお休みになれて……何もされずに済みました。」
「薬を盛ったからね。」
「え!?」
 エヴァンの予想外の言葉に驚く。
 ははっと少し笑った後、エヴァンは俺を救出するまでに起こったことを説明した。
 ゼルが俺を今夜の相手に選んですぐ、エヴァンが酒を勧めた。それには睡眠薬が入っており、時間差で効くものだと言う。アックスはそれを耳打ちされていたため、あの場では何もしなかったらしい。
(そんなことが……。確かに『特別な酒』って言ってたな。)
 攻略対象かもしれないゼルの機嫌を損ねないために、抱かれる覚悟を決めたものの、やはり自分の尻のことを考えると怖かった。
 俺の純潔を守ってくれたエヴァンに、俺は精一杯頭を下げて礼を述べた。
「エヴァン殿下、何とお礼を申し上げたら良いか。」
「ううん。君のおかげで『同盟を組む』って言質も取れたからね。気にしないで。」
 エヴァンは俺に笑顔を向けてきた。
「飲んだ後の記憶は無いはずだから、気にしなくていいよ。」
「凄い薬ですね。」
「このことは内緒だよ。僕の秘密兵器だからね。」
 にっこりと言うエヴァンに若干の恐怖を覚えながら、俺達はここで解散となった。

 アックスが部屋まで送ってくれることになり、俺達は宿舎に向かって歩いていた。
「セラ、本当に何もなかったのか?」
「はい。押し倒されただけです。」
「……セラが無理矢理抱かれていたら、俺はあいつを殺していた。」
「殺人は駄目ですよ。でも大丈夫!私はこの通り何ともありません!」
 俺は両腕を曲げて平気だということを身体で表した。その頭をガシガシと撫でたアックスは「無事で良かった。」と言って安心した顔を向けた。

「セラ!あれ?今日までエヴァン殿下のところにいるんじゃなかったの?」
 俺は殿下に「今日は城へ来なくて良い」と指示されていたため、文官棟に来ていた。
 昨夜、エヴァンに「君を見て、今夜のことを思い出されたら困るからね。」と言われ、俺はそれに同意した。
 うまく言い訳をしといてくれると聞き、やっと解放されたのだと嬉しく思った。
「今日は来なくて良いって言われたから。」
「えー、なんか失礼なことしたんじゃないの?」
「してないよ。……アインラス様は?」
「朝からいらっしゃらないから、ダライン様と外出してると思う。」
「そっか。」

 実は昨夜、父から『シバから電話があった』ことを聞いた。晩餐会の後、本当ならすぐに帰る予定だったのが、ゼルが俺を抱こうとした例の事件によって就業時間が長引いたのだ。
 わざわざ電話をしてくれたシバに元気な顔を見せようと思ったが、いないのであればと会うことは諦めた。
「セラ、今日は私の仕事手伝ってくれない?セラの担当の人には私から頼んどくから。」
「うん。じゃあ荷物置いたらすぐ行くね。」
「今日も忙しいけど頑張ろう!あ、でも聞いた話だと、新しい大浴場のチェックさえ終われば落ち着くみたい!」
 シュリは嬉しそうに俺にそう告げると、さっそく俺に指示を出している文官の元へ向かった。

「アックス!」
「セラ、今日は定時上がりなんだな。」
 あれから3日が経ち、俺は久々に馬小屋を訪れた。
 エマを撫でながら、アックスに隣国との同盟はどうなったのかを聞く。
「うまくいったみたいだ。」
「そっか……、良かったです。」
 アックスは、俺が参加しなかったあの日に何があったのか、ざっくり教えてくれた。
 ゼルは朝、俺がベッドにいないことを不思議に思ったようだが、俺から「王子は先にお休みになられた。」と報告があったと伝えると、抱く前に眠ってしまったことを不甲斐なく思ったのか、それ以上は聞いてこなかったという。
 そして、ゼルは同盟の話に関しての記憶も曖昧だったが、彼の従者に「たしかに殿下は『同盟を組む』と宣言しておりました。」と言われ、しぶしぶ了解したらしい。しかし、そもそもこの同盟に関しては両国王同士で話がまとまっていたことで、王子は最後の確認程度でこの城へやってきたと言う。
(もったいつけておきながら、もうほぼ決定してたことなのか。)
「王子の動揺した顔……。笑いをこらえるのに必死だったよ。」
「それはちょっと、見てみたかったかも。」
 その光景を思い出して笑うアックスに、俺もクスクスと笑う。
 上手くいって良かったと素直に思うが、俺は何故今回エヴァンが俺をお供として選んだのか少し引っかかった。エヴァンの俺に対する好感度は上がっていないはずだし、俺は今完全にアックスルートに入っている。今回の仕事は、エヴァンが俺を気に入って指名したのではないだろう。事実、同盟の話が決まるとすぐに俺をメンバーから外した。
(もしかしたら、同盟を組む為に俺を利用したんじゃ……。)
 優しい見た目に反して謎の多いエヴァンだ。始めからこうなることを予想していたからではないか……と思わざるを得ない。
 しかし、今となってはそんなことはどうでもいいのだ。俺はアックスとハッピーエンドを迎えて、幸せに暮らすことだけが目標だ。
(とにかく、これで安心してイベント③に集中できるな。)
俺はホッと息をついて、目の前のエマのブラッシングに集中した。

「失礼します。」
 久々にやって来たシバの執務室。
 ここ1か月は本当に忙しく、シバに会えたのは数回。最後にお泊りをした日から10日程経っていた。
「マニエラ。」
 俺の声に反応したシバがパッと顔を上げる。表情は少し明るい。そして声も弾んでいる。俺にしか分からないくらいの変化だが、嬉しそうにしているのが分かり胸が温かくなった。
「お茶を淹れましょうか。」
「頼む。」
 俺は上機嫌でお茶を淹れる。
 今日は寒いから温まるものにしようか……それとも疲れているだろうからスッキリした味にしようか……俺が悩んでいると、後ろから声を掛けられた。
「元気にしていたか?」
「はい!」
 俺が元気に答えると、「ならいい。」と優しい声で言った。
「はい、どうぞ。」
「ありがとう。」
 大きなテーブルに移動し2人で座る。前は毎日していたこのやりとりが、ずいぶん昔のことのように感じた。
 シバは優雅にカップを持ち上げる。
(上品なこの姿を見るのも、なんか久々だな。)
「君のお茶はしばらくぶりだ。」
「本当に。早く落ち着いたらいいんですけどね。」
「ああ。会えない時は君のことばかり考える。」
「……アインラス様。」
(あー、またこういうこと言ってくる!心臓がおかしくなるからやめてよ!)
 俺は、顔をわざと窓の方に背けて「今日は風が強いですね!」と話題を変えようとした。
すると、俺の首当たりをシバがそっと触ってきた。
「っひゃ!」
(だから、スキンシップの練習を俺でするな!)
 俺は少し怒った表情でシバを見るが、その目線は俺の首元に向けられていた。
「これはどうしたんだ?」
 シバはゼルが付けたキスマークを指でなぞっていた。

 あの印を付けられてから、俺は制服の下にハイネックを着て過ごしていた。今日も着ているのだが、前の家から持ってきたもので伸縮性がいまいちだったらしく、チラッと鬱血した跡が見えていた。
(あいつ、そうとう強く吸って……もう数日経つのに、まだ跡が残ってる。)
 朝、鏡でチェックしたが、近くで上から見下ろされたり大きい動きをしなければ大丈夫だったので、このままの恰好で出勤したのだ。
(振り向いた動きと、そもそもシバがでかいから、丸見えだったんだ。)
 俺はシバの強張った表情に焦りつつも、先日のゼルの件を説明した。心配をかけまいと、押し倒され首を吸われただけだということは、強く強調しておいた。
(あー、なんでこんな話を上司にしないといけないんだ。)
 この件については、父はもちろんアックスにもエヴァンにも話しておらず、完全になかったことにしようとしていた。しかし明らかにキスマークを付けているのを見られたのに、ごまかすこともできない。
 全て話し終えて、「だから、大丈夫です。」と言うと、シバは俺の頭を撫でた。
(え、なんで今撫でるの?)
 俺がじっとしていると、上から「怖かっただろう。」と声がした。
「あの、怖かったのは認めますけど、何もなかったですし、これももうすぐ消えるので気にしてません。」
「私が気にする。」
「……なぜアインラス様が?」
「君が大切だからだ。」
 またそういうことを言って…!と思いながら俯くと、首の痕をするりと撫でられた。
「……早く消えてくれ。」
「あの、おそらくあと2,3日もすればなくなります。」
「……。」
 シバは黙ってしまい、その顔は少し悲しい感じもするが……
(怒ってる?気もする。)
 俺がその表情から感情を読み取ろうとしていると、シバが気持ちを切り替えたように口調を厳しくした。
「今後は、君がいくら止めてもエヴァン殿下からの仕事は受けない。」
「……はい。」
「今回は君の言うことを聞いた。次回は私に従うように。」
「はい。」
 返事をした俺に対し、よしよしと褒めるように頭に手を置く。子ども扱いされているようで少し気恥ずかしいが、その手を心地良いと感じる自分もいる。
 心の中で葛藤しながらも、黙ってそれを受け入れた。
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