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嫉妬とは?

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「失礼します。」
 次の日の朝、シバの執務室に入った俺は、そこに見慣れた黒い髪の男を見つけた。
「セラ。」
「アックス、どうしたんですか?」
 アックスは嬉しそうに俺に話し掛け、俺は驚きつつも何故ここにいるのか尋ねる。
「前に予算の件でここへ来ただろ?今日はその返事を聞きに。」
「これで以上だ。あとはそちらで話し合ってくれ。」
 アックスが俺に話し掛けるが、それを遮るようにシバが書類を手渡す。受け取り礼を言ったアックスだったが、俺の持っている弁当に気付き再び俺に話し掛けてくる。
「セラ、今日も作ってきたのか?」
「はい。週始めは作るようにしてるので。」
「俺も食べたいな。」
 2つある弁当を見ながらアックスが冗談っぽく笑う。
「トロント殿、急ぎではなかったのか?」
「……ああ、そうだな。では失礼する。」
 アックスは本当に急いでいるのか、頭を下げると歩いて行ったが、扉の前で振り返る。
「セラ、また俺に作ってくれたら嬉しい。」
 笑い掛けてそのまま出て行ったアックスをボーッと見る。しかし、シバに「マニエラ。」と呼ばれ、ハッと上司に向き直った。
「すみません、お茶ですよね?」
「……。」
 俺はシバの返事を待たずポットのあるテーブルへ小走りで向かった。

コポコポ……
(今日は少し寒いから、生姜の入ったこれにしよう。)
 俺はお茶セットの中から1つを選んで準備する。
「はい、どうぞ。」
「ありがとう。」
 シバの机にそれを置くと、シバが寂し気な顔で礼を言う。
(どうしたんだろ。何か嫌なことがあったのか。)
「アインラス様、今日のお弁当置いときますね。お好きだって言ってた魚のフライも入ってますよ。しかもタルタル付きです!」
 俺は少しでも元気になってもらおうと、今日のお弁当の中身について説明する。シバがまた食べたいと言っていたフライに、今日はソースまで作ったのだ。卵が好きなシバは絶対に好きな味だと断言できる。
 シバの反応を窺っていると、目の前の男の口がもごもごと動いた。
「トロント殿に……弁当を作ったのか?」
「さっきの話ですか?はい。昨日馬で出掛けたのでその時に。」
「2人で出掛けたのか?」
「はい。……その、駄目でしたか?」
(文官と騎士は仲良くしちゃ駄目って決まりでもあるのか……?)
俺が考えていると、シバはバツが悪そうにしている。
「いや、私と出掛ける話はどうなった……。」
「アインラス様と……。ああ!はい、そうですね。私はいつでも大丈夫ですよ。」
(あ~、俺が約束してたシバより先にアックスと遊んだから拗ねてるのか。シバって案外子どもみたいな性格してるんだなぁ。)
「今週末、予定はあるか?」
「えーっと……無いです。」
 攻略ノートの予定を頭に思い浮かべる。今週は特にそういったイベントもなく、好感度を上げに馬小屋へ行くくらいだ。
「では、君を予約していいか?」
「はい。何かしたいことがあるんですか?」
「……本を読む。」
「ああ……そうですよ!あれ早く読まないと!」
 シバの一言で、本を早く読んでアックスを好きにならなければならないことを思い出した。昨日も、せっかく2人きりだったにも関わらず、俺が恋に疎いせいで、1度もドキドキとしなかったのだ。
(密着したりとか、いろいろあったんだけどなぁ……。)
 俺は自分の経験値のなさに改めて呆れてしまった。
 それからは今日の仕事について指示を受け、俺が部屋を出ようとすると、シバが声を掛けてきた。
「トロント殿に弁当を作ったと聞いて、良い気分ではなかった。」
「……えっと、」
「……少し嫉妬した。……すまない。もう行っていいぞ。」
 俺はまぬけな顔で「はい。」と返事をして部屋から出た。

廊下を歩いて、無心で指示された場所へ向かう。
『少し嫉妬した。』
(嫉妬した……嫉妬……って、アレだよね。お気に入りのお店が有名になって自分だけのものじゃなくなった的な……のだよね。)
「セラ、真っ赤な顔してどうしたの?!大丈夫?」
 前から歩いてきたシュリにそう言われて、俺は自分の顔が赤くなっていることに気付いた。

「今日も美味しい。」
「よかったです。」
 俺とシバは執務室で昼ご飯を食べている。
「君が今朝言っていたのは卵のソースのことだったんだな。」
「そうです。唐揚げみたいな料理があって、それに掛けるのもオススメですよ。」
「……食べてみたい。」
「ふふ、いつでも作りますよ。あ、週末に作りましょうか?」
「材料が無いが、買いに行くか?」
「そうですね!」
 俺は、シバの台所にどんな食材があるのか尋ねた。
 必要最低限は揃っているが、俺の得意な料理に使えそうな調味料は無い。
「俺も家から持っていきますよ。」
「いや、ちょうど料理をするつもりだったから買い揃えたい。」
 シバはこの半年間、文官長ダラインの仕事もしていたので休みがほぼなかったらしい。彼が帰ってきてからやっと落ち着いてきたため、普通に休みがとれるようになった、と言う。
「買った物ばかりじゃ、身体にも悪いですしね。」
(そんなに忙しかったのか……なのにそんな素振り全然見せなかった。)
 俺はシバに、仕事をする者として尊敬の眼差しを向けた。

 食べながら話をしていると、シバがじっと目を見つめてきた。
「今までは、誘いたくても君を誘えなかった。」
「そうだったんですね。でもせっかくのお休みなのに、私と過ごしては疲れが取れないでしょう。」
(半年ほぼ休み無しって……ゆっくり寝た方がいいんじゃないか?)
「いや、君といると落ち着く。」
「え……そうなんですか?」
 俺はまた顔が熱くなって俯く。赤い頬を手の甲で隠すようにしていると、シバが「次の休みを楽しみにしている。」と言ってお茶の入ったカップに口を付ける。
(なんか、今日のシバすごく素直な気が……いや、社交辞令……?)
 考えても分からないので、俺は素直に「私も楽しみです。」と告げ、おかずを口に運んだ。


 俺がこの世界に来てもうすぐ5か月。
 今日も好感度アップの為に馬小屋へ寄ってから部屋へ帰ってきた俺は、父から話し掛けられた。
「明日お出掛けしない?」
「あー、ごめん父さん。俺、明日明後日用事があるんだ。」
「そうなんだ。泊まり?」
「うん。」
 父は残念そうに肩を落としている。何かあるのか尋ねると、明日は街で花火が上がるとのことだった。
「へぇ~、よく知ってるね!」
「今日ラルクさんに誘われたんだ。セラも一緒にどうかなって思ったんだけど。」
(あっぶな~!それってデートのお誘いじゃん。俺が行ったらラルクさんガッカリするよ。)
「せっかくだし大人だけで楽しんできなよ。」
「はは、大人って……私からしたらセラもラルクさんも同じだよ。」
(ラルクさん、父はあなたの気持ちに気付いていません……。)
 俺は子どもと同じだと言われるラルクを気の毒に思った。
 父は笑いながら台所に飲み物を取りに行く。ついでに自分もとお願いをし、俺はリビングの椅子に腰かけた。
「明日は誰と遊ぶの?」
 父は、アックス、シュリ、眼鏡の先輩と、知っている人物の名前を言って当てにかかる。俺は「違うよ。」と言って正解を伝えた。
「俺の上司だよ。アインラス様。」
「そうなの?上司の部屋にお泊りなんて凄いね。」
「まぁ、聞こえはそうだけど、実際そんな固い感じじゃないし、普通だよ。」
「何するの?」
「えっと、買い物して、ご飯作って、……本を読む、かな。」
 俺の言葉に父が頭を傾げる。
「わざわざ2人で集まって本読むの?」
「……いろいろ事情があるんだよ。」
 父は分かったような分かってないような、でも気にしていないといった風で「そっか。」と言って立ち上がる。
「ラルクさんにセラは行けなくなったって伝えなきゃ。」
 父は壁に掛けてある電話を取ると、ラルクの部屋の番号を打った。
「こんばんは、シシルです。はい、そうです……その件なんですが、セラは用事があるみたいで。はい、だから2人でもいいですか?」
(ラルクさん嬉しいだろうな。)
「あ、はい!今から行きます?じゃあセラも一緒に。ではまたすぐに。」
 ガチャンと電話を切って、父が食堂に行こうと言ってきた。どうやらラルクが誘ったらしい。俺と父は服を着替えて、食堂へ向かった。

「あ、シシルさん、セラさん!」
「ラルクさんお疲れ様です。」
 食堂の前に行くと、ラルクが待っていた。3人で並び、好き料理を取って席に座る。
「セラさん明日行けないんですね。花火3人で見たかったのに……。」
 俺はラルクのがっくりとした様子に驚いた。嘘を付けないタイプのラルクのことだ、俺が来なくて嬉しいなら表情が明るいだろう。しかし、目の前の男は本当に暗い顔をしている。
「また何かあったら誘いますね!」
「ありがとうございます。」
(ラルクさんが3人で行こうって提案してくれたのか。)
 好きな人の息子である俺を含めて遊ぼうと誘ってくれるラルクの心が嬉しく、彼への好感度がまた上がった。
(いや、ラルクさんじゃなくて、アックスへの好感度を上げなきゃ意味ないんだって!)
 ああ~……とうなだれる俺を不思議そうに父がツンツンとつつく。
 それを見て笑うラルクと父に囲まれて、俺は楽しい夕食の時間を過ごした。
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