上 下
20 / 115

完璧で理想な彼

しおりを挟む
 今日は朝から晴天。完全なる乗馬日和だ。
 しかも今は一番日差しが強い時間を過ぎ、穏やかな気候である。

 昨日は1日部屋を片付け、俺の部屋はようやく生活感が出てきた。ただ、片付けをするといろんな部分が気になり出すものだ。
 小さいソファの色は青く、部屋の色である茶色と合っていないような気がして違和感を感じる。今度何かシーツでも掛けようかと、街へ出掛けられる日をチェックしながら眠った。

(今日は、好きに過ごしていいんだ……!)
 今日はアックスと出掛ける日であるが、緊張はしていない。なぜならこのお出掛けはイベントではないからだ。
 以前ならイレギュラーな状況にいちいち驚き焦っていたが、最近ではあまり動じなくなっていた。
 俺のお助けキャラでもあり、イベントクラッシャーでもあるシバに鍛えられたのもあるが、ゲームに無い話の時は、基本的に俺の好きなように行動して問題がないと気付いたからだ。
 現に、今までもいろんなことが起こったが、アックスの態度は変わらない。
(よし、行くか。) 
今日はとりあえず楽しもうと、玄関の扉を開けた。
「父さん、行ってくるね!」
「気を付けてね~。」
 手を振って俺を見送る父は、今日は1人で料理に専念するらしい。明日は職場の人達にお菓子でも配ろうと張り切っていた。父は社交的で、誰にでも優しく接するのが長所であり、また短所でもある。
(ラルクさんの胃がまた痛むだろうな……。)
 無自覚八方美人の父を好きになったラルクを、少し気の毒に思った。

「セラ!こっちだ。」
 馬小屋の近くに行くと、そこにアックスの姿が見えた。俺に気付いて手を挙げている。
「先に来て準備してくれたんですか?」
「ああ。とはいっても、俺もさっき来たばかりだ。」
 乗馬の鞍を確認しながら、アックスが「よし。」と言ってエマの胸を軽く叩く。
「早速だが行こうか。」
「はい!」
 俺は元気に返事をした。

「弁当が楽しみだな。」
「一応、晩御飯ですからね。」
「分かっている。」
 ははっと笑ったアックスは、「まだ4時か。」と時計を確認した。
 乗馬に慣れていない俺の為にゆっくりと歩きながら道を進む。背後からは手綱を握るアックスの腕が回されており、身体を預けるよう言われた。
(こうやってみるとアックスは本当に大きいな。)
 俺がすっぽりと包まれるほどの大きさに、安心して身体の力を抜いた。

 そこまで遠くない道程で丘まで着いた俺達は、そこからの眺めを楽しんでいた。
「わぁ~、城を上から見たの初めてです。」
「そういえば、俺もあまり機会がないな。」
 シートも飲み物も準備してある。座ってもたれている木の周りには短い草が生えており、座っても痛くない。
(アックスって本当に凄い……。)
 乗馬初心者である俺にも楽な道程、素晴らしい景色と配慮の行き届いたピクニックセット。そしてそれを計画したのは、隣で美しい景色を楽しむイケメン英雄騎士。
 女の子であれば目をハートにしているところだろう。俺もその完璧さをかっこいいとは思うものの、それは憧れのようなものであり、恋とは違うように感じる。
(ああ~、早く本を全部読んで、俺もアックスと恋しないと!)
 横顔もイケメンな黒騎士様をじっと見ていると、アックスは視線に気づき「どうした?」と声を掛けてくる。
「いや、男前だなと……、」
「……セラは俺の見た目が好きか?」
「はい。同じ男として憧れます。」
「俺はセラの方が愛嬌があって好きだな。」
「え……っ!?」
 驚いて大きな声が出る。アックスは完璧人間だと思っていたので、そんな彼が俺のような見た目に少しでも憧れているというのは意外だった。
「え、そうなんですか?!アックスがそう思っていたなんてびっくりです。」
「そうか?俺は結構分かりやすいと思うが。」
「でも、アックスは……そのままで十分魅力的ですよ?」
「……何か勘違いしてないか?」
「……?」
「なんでもないよ。」
 アックスは、諦めたように笑うと俺の頭をぐしゃぐしゃっと撫でた。

「俺の生まれた町は、この街のもっと向こうなんだ。」
 アックスが方角を確かめながら、街の先を指差す。
「へぇ~、南の方なんですね。暖かい所ですか?」
「いや、そんなに離れてはいないからここと変わらないかな。」
「そうなんですね。」
 アックスは「セラは…」と言いかけて口をつぐむ。
「記憶が無いんだったな。すまない。」
「いえ!気にしないで下さい。俺は今楽しいので過去は気にしていません。」
「しかし、元々王都に住んでいたわけでは無いんだろう?そこで自分がどう過ごしていたのか気にならないのか?」
 俺とアックスはイベント①の時にお互いの過去について少しだけ話をしている。父と俺は王都に来る前は小さな町に住んでいたことはゲームをプレイして既に知っていた。しかし、なぜ王都に来たかまでは分からない。
「そうですね……今度父に聞いてみます。」
 俺が『父』と言ったことで、そのままシシルの話になり、俺は知られざる父の職場での働きっぷりを聞くことができた。

「美味そうだな。」
「お口に合うといいんですが。」
 ゆっくりと過ごし、少し昼寝をしている間に夕日が落ちかけていた。俺が起きて辺りを見回した時には、アックスは持ってきていたランプに火を灯していた。
 お弁当を食べようと俺は大きな包みを取り出す。普段とは違い、今日は運動会並みの量だ。お重のような弁当箱を元大工である父に作ってもらい、そこにはおかずとおにぎりがびっしり詰められている。
「こんなに沢山、大変だっただろう。」
「いえ!作っているうちに楽しくなってきて、ついつい作りすぎたくらいです。」
「ありがとう。」
 そう言って微笑むアックスは、「食べてもいいか?」と視線を弁当に移した。
(目がキラキラしてる。)
 頷くと、手に取った皿におにぎりを3つ、おかずをこれでもかと盛った。
「あの、ちょっとずつ取って大丈夫ですよ。」
 俺が、子どものような取り方にクスクスと笑っていると、「美味しそうで、つい…」と少し気恥しそうにしていた。

「美味い!セラは料理が上手だな。」
「ありがとうございます。」
 大きなコロッケを食べながら、アックスがその中身を見て感心しているようだ。
「どれも手間が掛かっているな。見た目も味も素晴らしい。」
「ほ、褒めすぎです。」
 俺はカァアア……と顔が赤くなった。それを見てアックスは「俺は思ったことを言っただけだ。」とにっこり笑った。

「そろそろ帰るか。」
 ランプの明かりを持ってアックスが立ち上がる。日はすっかり落ちており、少し風が冷たくなってきた。さっき借りたアックスのマントのおかげで温かく、何とも思っていなかったが、このまま居ては風邪をひきかねない。
(帰るタイミングまで完璧だな……。)
 俺は、今日1日で改めてアックスがなぜ『Love or dead』で1番人気なのか……その理由を知った。

「今日はありがとな。」
「こちらこそ。楽しかったです。」
(あ、あれを言わないと!)
 俺はすっかり忘れていた夕食へのお誘いをここでしておこうと口を開く。
「今度、夕食を食べに来ませんか?」
「君の部屋にか?それは嬉しいお誘いだな。」
 アックスは、にかっと笑って本当に嬉しそうだ。
 本当なら、初期のイベントでアックスの上着をゲットし、そのお礼にお菓子を渡す。
(そこで「料理上手だな」って言われて、夕食に誘うんだけど……今なら間に合うな。)
 俺はとりあえず諦めかけていたイベントがうまく発生しそうだと安心した。
「では、また次回に。」
「ああ。おやすみ。」
 アックスが手を挙げてエマを馬小屋へと連れていく。
 俺はその背中を見ながら、今後発生するであろう夕食イベントの流れを考えていた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

Switch!〜僕とイケメンな地獄の裁判官様の溺愛異世界冒険記〜

天咲 琴葉
BL
幼い頃から精霊や神々の姿が見えていた悠理。 彼は美しい神社で、家族や仲間達に愛され、幸せに暮らしていた。 しかし、ある日、『燃える様な真紅の瞳』をした男と出逢ったことで、彼の運命は大きく変化していく。 幾重にも襲い掛かる運命の荒波の果て、悠理は一度解けてしまった絆を結び直せるのか――。 運命に翻弄されても尚、出逢い続ける――宿命と絆の和風ファンタジー。

ざまぁされた小悪党の俺が、主人公様と過ごす溺愛スローライフ!?

嶋紀之/サークル「黒薔薇。」
BL
わんこ系執着攻めヒーロー×卑屈な小悪党転生者、凸凹溺愛スローライフ!? やり込んでいたゲームそっくりの世界に異世界転生して、自分こそがチート主人公だとイキリまくっていた男、セイン……こと本名・佐出征時。 しかし彼は、この世界の『真の主人公』である青年ヒイロと出会い、彼に嫉妬するあまり殺害計画を企て、犯罪者として追放されてしまう。 自分がいわゆる『ざまぁされる悪役』ポジションだと気付いたセインは絶望し、孤独に野垂れ死ぬ……はずが!! 『真の主人公』であるヒイロは彼を助けて、おまけに、「僕は君に惚れている」と告げてきて!? 山奥の小屋で二人きり、始まるのは奇妙な溺愛スローライフ。 しかしどうやら、ヒイロの溺愛にはワケがありそうで……? 凸凹コンビな二人の繰り広げるラブコメディです。R18要素はラストにちょこっとだけ予定。 完結まで執筆済み、毎日投稿予定。

神様の手違いで死んだ俺、チート能力を授かり異世界転生してスローライフを送りたかったのに想像の斜め上をいく展開になりました。

篠崎笙
BL
保育園の調理師だった凛太郎は、ある日事故死する。しかしそれは神界のアクシデントだった。神様がお詫びに好きな加護を与えた上で異世界に転生させてくれるというので、定年後にやってみたいと憧れていたスローライフを送ることを願ったが……。 

冤罪で投獄された異世界で、脱獄からスローライフを手に入れろ!

風早 るう
BL
ある日突然異世界へ転移した25歳の青年学人(マナト)は、無実の罪で投獄されてしまう。 物騒な囚人達に囲まれた監獄生活は、平和な日本でサラリーマンをしていたマナトにとって当然過酷だった。 異世界転移したとはいえ、何の魔力もなく、標準的な日本人男性の体格しかないマナトは、囚人達から揶揄われ、性的な嫌がらせまで受ける始末。 失意のどん底に落ちた時、新しい囚人がやって来る。 その飛び抜けて綺麗な顔をした青年、グレイを見た他の囚人達は色めき立ち、彼をモノにしようとちょっかいをかけにいくが、彼はとんでもなく強かった。 とある罪で投獄されたが、仲間思いで弱い者を守ろうとするグレイに助けられ、マナトは急速に彼に惹かれていく。 しかし監獄の外では魔王が復活してしまい、マナトに隠された神秘の力が必要に…。 脱獄から魔王討伐し、異世界でスローライフを目指すお話です。 *異世界もの初挑戦で、かなりのご都合展開です。 *性描写はライトです。

柩の中の美形の公爵にうっかりキスしたら蘇っちゃったけど、キスは事故なので迫られても困ります

せりもも
BL
エクソシスト(浄霊師)× ネクロマンサー(死霊使い) 王都に怪異が続発した。怪異は王族を庇って戦死したカルダンヌ公爵の霊障であるとされた。彼には気に入った女性をさらって殺してしまうという噂まであった。 浄霊師(エクソシスト)のシグモントは、カルダンヌ公の悪霊を祓い、王都に平安を齎すように命じられる。 公爵が戦死した村を訪ねたシグモントは、ガラスの柩に横たわる美しいカルダンヌ公を発見する。彼は、死霊使い(ネクロマンサー)だった。シグモントのキスで公爵は目覚め、覚醒させた責任を取れと迫って来る。 シグモントは美しい公爵に興味を持たれるが、公爵には悪い評判があるので、素直に喜べない。 そこへ弟のアンデッドの少年や吸血鬼の執事、ゾンビの使用人たちまでもが加わり、公爵をシグモントに押し付けようとする。彼らは、公爵のシグモントへの気持ちを見抜いていた。

猫が崇拝される人間の世界で猫獣人の俺って…

えの
BL
森の中に住む猫獣人ミルル。朝起きると知らない森の中に変わっていた。はて?でも気にしない!!のほほんと過ごしていると1人の少年に出会い…。中途半端かもしれませんが一応完結です。妊娠という言葉が出てきますが、妊娠はしません。

モフモフになった魔術師はエリート騎士の愛に困惑中

risashy
BL
魔術師団の落ちこぼれ魔術師、ローランド。 任務中にひょんなことからモフモフに変幻し、人間に戻れなくなってしまう。そんなところを騎士団の有望株アルヴィンに拾われ、命拾いしていた。 快適なペット生活を満喫する中、実はアルヴィンが自分を好きだと知る。 アルヴィンから語られる自分への愛に、ローランドは戸惑うものの——? 24000字程度の短編です。 ※BL(ボーイズラブ)作品です。 この作品は小説家になろうさんでも公開します。

【完結】マジで滅びるんで、俺の為に怒らないで下さい

白井のわ
BL
人外✕人間(人外攻め)体格差有り、人外溺愛もの、基本受け視点です。 村長一家に奴隷扱いされていた受けが、村の為に生贄に捧げられたのをきっかけに、双子の龍の神様に見初められ結婚するお話です。 攻めの二人はひたすら受けを可愛がり、受けは二人の為に立派なお嫁さんになろうと奮闘します。全編全年齢、少し受けが可哀想な描写がありますが基本的にはほのぼのイチャイチャしています。

処理中です...