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後日談・番外編
リアンナへの新婚旅行4
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それからあっという間に3日が過ぎ、リアンナ滞在も最終日となった今日。
転移で遠い場所にも観光に行くことができ、『旅のしおり』の通りに全てを周ることができた。そして最終日の今日はリアンナで一番大きいとされる街を見て回るのだ。
「荷物を持たない旅というのは、こうも楽なんだな。」
「お土産もすぐ持って帰れるしね。」
へへっと得意げに笑うミアの頭を撫で、ガイアスは最後に立ち寄って帰ろうと話し合っていた店を目指した。エドガーのメモによると、リアンナ特有のカラフルな装飾がされた小物がたくさん置いてあるらしく、ミアはそこで使用人達や家族に喜んでもらえるようなプレゼントを買いたいと昨日からはりきっていた。
道が複雑に枝分かれし、店が立ち並ぶ通りには人が溢れている。そして、ミアより少し前を歩きながら、ぶつからないように配慮してくれているガイアスを見て、ミアは優しい伴侶の行動に頬が緩む。
「わっ、」
店から出てきた団体に立ち止まってしまい、ガイアスを見失わないよう慌てて足を踏み出した時…ミアの隣で何かが「うわッ!!」と声を上げた。
思わず声のする方へ視線を向けると、小さい子どもが地面に倒れていた。
「だ、大丈夫?!」
慌てて子どもに手を伸ばす。そして、車も行き来するこの場所では危ないと、彼を抱えて道の端へ移動した。
「君、怪我してない?」
抱き上げている5歳位の子どもは泣いておらず、じーっとミアの顔を見て目を輝かせている。
「ねぇ、膝は痛くない?」
「え…。あ、いたい。」
赤くなった膝小僧を指差して尋ねると、子どもはそこでやっと自分の両膝に目をやった。そして小さくすりむいたのを見ると急に痛みを感じたのか、わんわんと泣き出してしまった。
「わ…泣いちゃった。」
「いたい~!」
とりあえず道路脇から開けたところに出ようと一緒に歩いていたガイアスに話しかける。
「ねぇ、広いとこに出てみよ…、う…」
ミアは周りをキョロキョロを見まわし、自分が独り言を言っていたのだと気付き固まる。
(ガイアスが、いない!)
さっきまで前を歩いていた彼は、ミアが立ち止まったことに気付かず、はぐれてしまったのだとすぐに分かった。迷路のように道が分かれ、人が足早に行きかう街中では、どこへどう行ったら彼に会えるのか分からない。
(ど、どうしよう…。今日は帰る日だからホテルに戻るわけにもいかないし…。)
目的の店に行ってみるかとも考えたが、地図を完全にガイアスに預けたままであり、店名や場所は覚えていない。
静かにパニックになっていると、腕の中の子どもが、「いたい…」と言ってボロッと涙を零した。
(今はこの子が先だ…。)
泣いている子どもをどうにかしてあやさなければと、焦った気持ちを隠し出来るだけ笑顔で話し掛ける。
「ねぇ、痛いの食べてあげよっか?」
「たべるの?」
目に涙を浮かべながらも、ミアをチラッと見る子どもの膝小僧の前で手の平を広げ、手を素早く握るとパクッと食べたフリをした。そのまま口をモゴモゴさせて何かが暴れてるように動かし、ごっくんと飲み込んだフリをする。子どもはすっかり泣くのも忘れてそれに見入っている。
「あ~、お腹いっぱい。ほら、俺が食べたから、もう痛くないだろ?」
「うん。いたくない。」
泣いていた子どもは、「ありがとぉ。」と言ってきゅっとミアにくっついた。
「お礼が言えて偉いな。…どこから来たの?」
「あっち!」
指を指す方向を見ると、看板に『広場』と書いてある。
「パパもいるよ!」
はぐれてしまったガイアスが気になるが、とりあえずは子どもを先に親に渡さなければと、小さい指が差す方へ歩き出した。
「あそこ!」
子どもが指差したのは華美に装飾されたステージであり、その上では美しい女性数名が踊りを披露し歓声が上がっている。観客は多く、その中から親を探すのは難しそうだ。
「パパいた!」
子どもはそう言うと、1人の男性を指差した。ストライプのスーツに派手な蝶ネクタイ。明らかにステージに出る側の人間だ。誰かを探すように辺りを見回していた男は、ミアが抱っこしている子どもに気づくと、走って近寄ってきた。
「ダリル!どこ行ってたんだ!」
「おなかすいたから、ごはんかおうとおもって…」
「勝手に歩き回るな!心配したんだぞ!」
子どもが父の言葉にシュンと小さくなる。「二度と会えなくなるとこだったんだぞ。」と言い聞かせながら、小さい身体をひょいっと持ち上げた男が、ミアに向き合う。
「息子を連れてきてくれてありがとう。」
「いえ、すぐに会えて良かったです。では俺はこれで…。」
にっこりと笑い、ガイアスを探そうと振り返るが…人混みを見て固まる。
「あの…。」
ミアは小さな声で男に話しかける。
「どうしました?」
「実は………俺も迷子なんです。」
「では、君は旦那さんと向こうの通りではぐれたんだね。」
「はい。」
「うーん…。今は人通りが一番多い時間帯だから、闇雲に探すのはおすすめしないな。」
男の言葉に、ミアは分かっていながらもショックを受ける。
(ガイアス、絶対俺のこと探してるよね。)
必死に自分を探し歩くガイアスを想像し、申し訳ない気持ちと会えなかったらどうしようと少し不安になる。
「でも、探す方法ならあるよ。」
「え!本当ですか?」
「うん。このステージのマイクは、街の通り全てに繋がってるんだよ。」
そして男の説明によると、彼はこのステージの司会の1人らしい。
「だからマイクを使って僕が君の特徴を言えば、旦那さんも気付いてくれるんじゃないかな?」
「お、お願いします!」
男の言葉に、希望の光がパッと差す。これでようやく…とミアが安心していたところで、男が付け加える。
「ただ、観客が今凄く盛り上がってるから、午後のステージが終わってからでいいかい?」
「え…。」
「今すぐに…となると、ステージに上がってもらわないといけないけど…。何かお客さんに見せれる特技はある?」
明らかに落ち込んだミアの顔を見て、男が打開策を提案する。
「剣舞なら少し…。サバルの曲調であれば合わせられます。」
「お、いいね。そろそろ踊りが終わるみたいだ。裏で少し打合せしよう。」
男はミアを裏のテントに連れて行き、午前に剣舞を披露し終えたという団体から剣を借りてきた。
表ではダンスが終わり、女性達が息を切らしながら観客の声援を浴びている。
「じゃ、先に出るから、合図したら出て来るんだよ。」
ステージ横からサッと飛び出た男は、先程の踊りの後ろにいた楽器隊に耳打ちをし、ステージの真ん中で手を広げた。
マイクパフォーマンス中の男に小さく手招きされたミアは、言われた通りに剣を片手にステージ上へあがる。会場はしばしミアの容姿に釘付けになり、その後は「可愛い」「綺麗」と声が上がる。
男はミアがサバルからの飛び込み参加であり、今から剣舞を披露するのだと軽快に説明していく。
「彼の剣舞が見れるのは、今日限り!」
「見ないと損だよ」と付け加え、男はミアの見た目の特徴をマイクに乗せて紹介を続ける。
男の声は街中に響いているはずであり、ガイアスが今の放送で気付いたかが気にかかる。
男は頃合いを見計り手で楽器隊に合図を送る。すると、サバル国で聞きなれた曲が流れ始めた。
「ガイアス…。」
小さく呟いて、彼に習った剣技を思い出す。お披露目会でも聞いたこの曲は、リクエスト通りサバルの剣舞に欠かせない1曲で、中盤で使われるアップテンポな曲だ。リアンナに滞在して今日で5日目。短いと思っていたが、心はガイアスと自分の住むサバルを恋しく思っていたようだ。この曲が妙に懐かしく感じる。
曲に合わせて剣で宙を切る。
見事な剣さばきを目にした観客からは歓声が上がり、曲はそれにつられて段々と早くなる。その声と手拍子に合わせ、ミアも動きを細かく速く変えていく。
そして最後のクライマックス。剣を素早く上に回転させつつ投げると、曲の終わりと同時に掴み、剣先を観客に向け突き出した。
わぁぁああああ
歓声を聞き、剣を2回払う仕草をする。そして司会の男は、マイクで観客に感想などを求めており、どうやらミアがステージ上から連れを探す時間を稼いでくれているようだった。
(今のうちにガイアスを探さなきゃ!)
客席を隅から見渡すと、人の間を縫って、大きな人物が最前列まで出てくるのが見えた。
「ガイアス!」
ミアが大きな声で呼ぶと、男がすかさずマイクを持ち直す。
「銀色の君、素晴らしい剣舞をありがとう!!さぁ、愛しの旦那様がお迎えに来たみたいだね!」
ガイアスはステージ下まで近づき、両手を広げる。
「サバル国から参加してくれた彼と、美しい剣舞を独り占めしない心優しい旦那様に、大きな拍手を!!」
ガイアスはステージに近づき両手を広げた。
ステージ前は盛り上がり、はやし立てるように指笛が鳴っている。観客の何人かは終わってミアに声を掛けようとしていたようで、がっくりと肩を落としている。
(ガイアスが来てくれた!)
ミアは剣をステージに置き、広い胸に飛びつくように抱きついた。それからは観客の中央が自然に割れ、2人は顔を赤くしながらその道を通って会場を後にした。
「ガイアス!!本当にごめん!!」
あれからガイアスに事情を話したミアは、迷惑を掛けたことを反省しつつ謝る。
「ミアは子どもを親に届けただろう。…謝る必要は一切ない。」
「でも…凄く探したでしょ?」
「俺も先を歩いてミアから目を離したんだ。どちらが悪いということはない。」
「…分かった。じゃあ、お互い気を付けよう。」
申し訳なさそうな眉はそのままに少しはにかんだミアの手を、ガイアスがきゅっと繋ぎ指を絡める。
「これで、はぐれることはないな。」
「うん!」
ミアは改めてガイアスを愛しく感じ、ぐんと背伸びをして高い位置にある顎にキスをした。
「ミア。」
ガイアスが顔を下げてキスをしやすい体勢を取る。あからさまなその態度に胸がキュンと鳴ったミアは、背伸びをしたままその唇にキスを落とした。
「あー!!さっきの可愛いおにーさん、キスしてる!ママ見て~!!」
「こら、…大きい声で言わないの!」
「ガイアス、い、行こっか…。」
「ああ…。」
気を遣って子どもの口を塞ぐ母親とばっちり目が合いお辞儀をされ、ミアとガイアスはそそくさと広場を後にした。
「お菓子は皆で好きに食べてね。」
手を繋いだまま買い物を楽しんだ2人は、宣言通り大量のお土産を買ってガイアスの屋敷に戻った。今は屋敷に仕える全員が食堂に揃い、ワイワイと机に並んだお菓子の山を見ている。
「ミア様、こんなに沢山ありがとうございます!大事に食べますわ。」
「私、このジャムの入ったクッキーが先ほどから気になっていて…今夜さっそく頂きたいと思います。」
メイドの2人が目をキラキラさせてお菓子を見つめ、メイド長が一気に食べては駄目だと注意している。
「ガイアスと2人で選んだ物も渡すね。はい、まずこれは料理長に。」
「俺にですか?!」
「うん。いつもありがとう。」
リアンナ名物のカラフルな織物で作られたコックタイを、料理長がじっと見る。実は気分によってタイを変えていることに気付き、ぜひコレクションに追加してもらえれば…とこれを選んだのだ。
「わぁ!料理長良かったっすね!明日さっそく付けるに全財産賭け、いっって!!!」
「黙れ。…ガイアス様、ミア様、ありがとうございます。」
相変わらず余計な口出しをしてゲンコツを落とされる見習い料理人をそのまま放置し、料理長は嬉しそうに礼を言った。
「ガイアス様、ミア様、リアンナではどう過ごされたのですか?」
各自にお土産を渡したところでメイドの1人が尋ね、皆も興味津々に集まってくる。
ワイワイと盛り上がる使用人達に囲まれ、ミアとガイアスは夜遅くまで土産話に花を咲かせた。
-翌日-
「イリヤ、これお土産。」
次の日、シーバ国の宮殿に帰ったミアは、仕事の前に従者であるイリヤに色鮮やかな包みを渡した。
「ありがとうございます。しかし、私もリアンナにおりましたが…。」
「でも、イリヤは昼間仕事して夜ホテルに泊まりに来てたんでしょ?ろくに観光できてないと思って。」
「……。」
「だから、お詫びと思って受け取ってよ。」
じっと包みを見つめていたイリヤが視線をミアに向けた。
「…開けても?」
「うん!」
イリヤは丁寧に包みを開けていく。そして箱に入った赤いカフスを見ると、少し頬を緩ませた。
「…綺麗です。気を使わせましたね。」
「へへ。感謝とごめんの気持ち。」
「では、謝罪の気持ちを込めて、今日こそ渋っていた書類整理と手紙の整理をしてくださいますか?」
イリヤはミアに問いかけ、その言葉に一瞬顔をしかめてしまう。
(い、嫌だ…!でも、迷惑かけたのは確かだし…。)
「………やる。」
「では、カルバン様にそうお伝えしておきます。」
そう言うとすぐに目の前から転移したイリヤは、ものの1分程で戻ってきた。表情がやけに明るい。
「しかし申し訳ないですね。私はミア様付きの従者ですので、ミア様がいないこの5日間、昼間はお暇を頂いていたんです。」
「……は?」
「ですから観光もしましたし、夜はジンとリアンナの街で楽しく過ごしておりました。」
ジンとは弟リース付きの従者であり、イリヤと彼は友人なのだ。
「え、じゃあ…遊んでたの?」
「はい。夜はホテルで寝ていただけですし、プレゼントまで頂いて、今日はあんなに嫌がっていた手紙を整理してくださるなんて……なんだか申し訳ないですね。」
真実を伝えるイリヤの顔は、意地悪く口の端が上がっている。
(だ、騙された!!)
「返して!これは兄様にあげるから!」
「ダメですよ。人に渡した物を『返せ』と言うなど、王子にあるまじき行為です。」
イリヤはニヤッと笑うとカフスボタンを抱えて部屋からサッサと出て行った。
「め、珍しく素直にお礼言ったと思えば!」
(謝るんじゃなかった!!!)
はぁ…と息を付き、ミアはしかめっ面のまま、約束した通り手紙が山のように溜まっているであろう倉庫へトボトボと向かった。
転移で遠い場所にも観光に行くことができ、『旅のしおり』の通りに全てを周ることができた。そして最終日の今日はリアンナで一番大きいとされる街を見て回るのだ。
「荷物を持たない旅というのは、こうも楽なんだな。」
「お土産もすぐ持って帰れるしね。」
へへっと得意げに笑うミアの頭を撫で、ガイアスは最後に立ち寄って帰ろうと話し合っていた店を目指した。エドガーのメモによると、リアンナ特有のカラフルな装飾がされた小物がたくさん置いてあるらしく、ミアはそこで使用人達や家族に喜んでもらえるようなプレゼントを買いたいと昨日からはりきっていた。
道が複雑に枝分かれし、店が立ち並ぶ通りには人が溢れている。そして、ミアより少し前を歩きながら、ぶつからないように配慮してくれているガイアスを見て、ミアは優しい伴侶の行動に頬が緩む。
「わっ、」
店から出てきた団体に立ち止まってしまい、ガイアスを見失わないよう慌てて足を踏み出した時…ミアの隣で何かが「うわッ!!」と声を上げた。
思わず声のする方へ視線を向けると、小さい子どもが地面に倒れていた。
「だ、大丈夫?!」
慌てて子どもに手を伸ばす。そして、車も行き来するこの場所では危ないと、彼を抱えて道の端へ移動した。
「君、怪我してない?」
抱き上げている5歳位の子どもは泣いておらず、じーっとミアの顔を見て目を輝かせている。
「ねぇ、膝は痛くない?」
「え…。あ、いたい。」
赤くなった膝小僧を指差して尋ねると、子どもはそこでやっと自分の両膝に目をやった。そして小さくすりむいたのを見ると急に痛みを感じたのか、わんわんと泣き出してしまった。
「わ…泣いちゃった。」
「いたい~!」
とりあえず道路脇から開けたところに出ようと一緒に歩いていたガイアスに話しかける。
「ねぇ、広いとこに出てみよ…、う…」
ミアは周りをキョロキョロを見まわし、自分が独り言を言っていたのだと気付き固まる。
(ガイアスが、いない!)
さっきまで前を歩いていた彼は、ミアが立ち止まったことに気付かず、はぐれてしまったのだとすぐに分かった。迷路のように道が分かれ、人が足早に行きかう街中では、どこへどう行ったら彼に会えるのか分からない。
(ど、どうしよう…。今日は帰る日だからホテルに戻るわけにもいかないし…。)
目的の店に行ってみるかとも考えたが、地図を完全にガイアスに預けたままであり、店名や場所は覚えていない。
静かにパニックになっていると、腕の中の子どもが、「いたい…」と言ってボロッと涙を零した。
(今はこの子が先だ…。)
泣いている子どもをどうにかしてあやさなければと、焦った気持ちを隠し出来るだけ笑顔で話し掛ける。
「ねぇ、痛いの食べてあげよっか?」
「たべるの?」
目に涙を浮かべながらも、ミアをチラッと見る子どもの膝小僧の前で手の平を広げ、手を素早く握るとパクッと食べたフリをした。そのまま口をモゴモゴさせて何かが暴れてるように動かし、ごっくんと飲み込んだフリをする。子どもはすっかり泣くのも忘れてそれに見入っている。
「あ~、お腹いっぱい。ほら、俺が食べたから、もう痛くないだろ?」
「うん。いたくない。」
泣いていた子どもは、「ありがとぉ。」と言ってきゅっとミアにくっついた。
「お礼が言えて偉いな。…どこから来たの?」
「あっち!」
指を指す方向を見ると、看板に『広場』と書いてある。
「パパもいるよ!」
はぐれてしまったガイアスが気になるが、とりあえずは子どもを先に親に渡さなければと、小さい指が差す方へ歩き出した。
「あそこ!」
子どもが指差したのは華美に装飾されたステージであり、その上では美しい女性数名が踊りを披露し歓声が上がっている。観客は多く、その中から親を探すのは難しそうだ。
「パパいた!」
子どもはそう言うと、1人の男性を指差した。ストライプのスーツに派手な蝶ネクタイ。明らかにステージに出る側の人間だ。誰かを探すように辺りを見回していた男は、ミアが抱っこしている子どもに気づくと、走って近寄ってきた。
「ダリル!どこ行ってたんだ!」
「おなかすいたから、ごはんかおうとおもって…」
「勝手に歩き回るな!心配したんだぞ!」
子どもが父の言葉にシュンと小さくなる。「二度と会えなくなるとこだったんだぞ。」と言い聞かせながら、小さい身体をひょいっと持ち上げた男が、ミアに向き合う。
「息子を連れてきてくれてありがとう。」
「いえ、すぐに会えて良かったです。では俺はこれで…。」
にっこりと笑い、ガイアスを探そうと振り返るが…人混みを見て固まる。
「あの…。」
ミアは小さな声で男に話しかける。
「どうしました?」
「実は………俺も迷子なんです。」
「では、君は旦那さんと向こうの通りではぐれたんだね。」
「はい。」
「うーん…。今は人通りが一番多い時間帯だから、闇雲に探すのはおすすめしないな。」
男の言葉に、ミアは分かっていながらもショックを受ける。
(ガイアス、絶対俺のこと探してるよね。)
必死に自分を探し歩くガイアスを想像し、申し訳ない気持ちと会えなかったらどうしようと少し不安になる。
「でも、探す方法ならあるよ。」
「え!本当ですか?」
「うん。このステージのマイクは、街の通り全てに繋がってるんだよ。」
そして男の説明によると、彼はこのステージの司会の1人らしい。
「だからマイクを使って僕が君の特徴を言えば、旦那さんも気付いてくれるんじゃないかな?」
「お、お願いします!」
男の言葉に、希望の光がパッと差す。これでようやく…とミアが安心していたところで、男が付け加える。
「ただ、観客が今凄く盛り上がってるから、午後のステージが終わってからでいいかい?」
「え…。」
「今すぐに…となると、ステージに上がってもらわないといけないけど…。何かお客さんに見せれる特技はある?」
明らかに落ち込んだミアの顔を見て、男が打開策を提案する。
「剣舞なら少し…。サバルの曲調であれば合わせられます。」
「お、いいね。そろそろ踊りが終わるみたいだ。裏で少し打合せしよう。」
男はミアを裏のテントに連れて行き、午前に剣舞を披露し終えたという団体から剣を借りてきた。
表ではダンスが終わり、女性達が息を切らしながら観客の声援を浴びている。
「じゃ、先に出るから、合図したら出て来るんだよ。」
ステージ横からサッと飛び出た男は、先程の踊りの後ろにいた楽器隊に耳打ちをし、ステージの真ん中で手を広げた。
マイクパフォーマンス中の男に小さく手招きされたミアは、言われた通りに剣を片手にステージ上へあがる。会場はしばしミアの容姿に釘付けになり、その後は「可愛い」「綺麗」と声が上がる。
男はミアがサバルからの飛び込み参加であり、今から剣舞を披露するのだと軽快に説明していく。
「彼の剣舞が見れるのは、今日限り!」
「見ないと損だよ」と付け加え、男はミアの見た目の特徴をマイクに乗せて紹介を続ける。
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男は頃合いを見計り手で楽器隊に合図を送る。すると、サバル国で聞きなれた曲が流れ始めた。
「ガイアス…。」
小さく呟いて、彼に習った剣技を思い出す。お披露目会でも聞いたこの曲は、リクエスト通りサバルの剣舞に欠かせない1曲で、中盤で使われるアップテンポな曲だ。リアンナに滞在して今日で5日目。短いと思っていたが、心はガイアスと自分の住むサバルを恋しく思っていたようだ。この曲が妙に懐かしく感じる。
曲に合わせて剣で宙を切る。
見事な剣さばきを目にした観客からは歓声が上がり、曲はそれにつられて段々と早くなる。その声と手拍子に合わせ、ミアも動きを細かく速く変えていく。
そして最後のクライマックス。剣を素早く上に回転させつつ投げると、曲の終わりと同時に掴み、剣先を観客に向け突き出した。
わぁぁああああ
歓声を聞き、剣を2回払う仕草をする。そして司会の男は、マイクで観客に感想などを求めており、どうやらミアがステージ上から連れを探す時間を稼いでくれているようだった。
(今のうちにガイアスを探さなきゃ!)
客席を隅から見渡すと、人の間を縫って、大きな人物が最前列まで出てくるのが見えた。
「ガイアス!」
ミアが大きな声で呼ぶと、男がすかさずマイクを持ち直す。
「銀色の君、素晴らしい剣舞をありがとう!!さぁ、愛しの旦那様がお迎えに来たみたいだね!」
ガイアスはステージ下まで近づき、両手を広げる。
「サバル国から参加してくれた彼と、美しい剣舞を独り占めしない心優しい旦那様に、大きな拍手を!!」
ガイアスはステージに近づき両手を広げた。
ステージ前は盛り上がり、はやし立てるように指笛が鳴っている。観客の何人かは終わってミアに声を掛けようとしていたようで、がっくりと肩を落としている。
(ガイアスが来てくれた!)
ミアは剣をステージに置き、広い胸に飛びつくように抱きついた。それからは観客の中央が自然に割れ、2人は顔を赤くしながらその道を通って会場を後にした。
「ガイアス!!本当にごめん!!」
あれからガイアスに事情を話したミアは、迷惑を掛けたことを反省しつつ謝る。
「ミアは子どもを親に届けただろう。…謝る必要は一切ない。」
「でも…凄く探したでしょ?」
「俺も先を歩いてミアから目を離したんだ。どちらが悪いということはない。」
「…分かった。じゃあ、お互い気を付けよう。」
申し訳なさそうな眉はそのままに少しはにかんだミアの手を、ガイアスがきゅっと繋ぎ指を絡める。
「これで、はぐれることはないな。」
「うん!」
ミアは改めてガイアスを愛しく感じ、ぐんと背伸びをして高い位置にある顎にキスをした。
「ミア。」
ガイアスが顔を下げてキスをしやすい体勢を取る。あからさまなその態度に胸がキュンと鳴ったミアは、背伸びをしたままその唇にキスを落とした。
「あー!!さっきの可愛いおにーさん、キスしてる!ママ見て~!!」
「こら、…大きい声で言わないの!」
「ガイアス、い、行こっか…。」
「ああ…。」
気を遣って子どもの口を塞ぐ母親とばっちり目が合いお辞儀をされ、ミアとガイアスはそそくさと広場を後にした。
「お菓子は皆で好きに食べてね。」
手を繋いだまま買い物を楽しんだ2人は、宣言通り大量のお土産を買ってガイアスの屋敷に戻った。今は屋敷に仕える全員が食堂に揃い、ワイワイと机に並んだお菓子の山を見ている。
「ミア様、こんなに沢山ありがとうございます!大事に食べますわ。」
「私、このジャムの入ったクッキーが先ほどから気になっていて…今夜さっそく頂きたいと思います。」
メイドの2人が目をキラキラさせてお菓子を見つめ、メイド長が一気に食べては駄目だと注意している。
「ガイアスと2人で選んだ物も渡すね。はい、まずこれは料理長に。」
「俺にですか?!」
「うん。いつもありがとう。」
リアンナ名物のカラフルな織物で作られたコックタイを、料理長がじっと見る。実は気分によってタイを変えていることに気付き、ぜひコレクションに追加してもらえれば…とこれを選んだのだ。
「わぁ!料理長良かったっすね!明日さっそく付けるに全財産賭け、いっって!!!」
「黙れ。…ガイアス様、ミア様、ありがとうございます。」
相変わらず余計な口出しをしてゲンコツを落とされる見習い料理人をそのまま放置し、料理長は嬉しそうに礼を言った。
「ガイアス様、ミア様、リアンナではどう過ごされたのですか?」
各自にお土産を渡したところでメイドの1人が尋ね、皆も興味津々に集まってくる。
ワイワイと盛り上がる使用人達に囲まれ、ミアとガイアスは夜遅くまで土産話に花を咲かせた。
-翌日-
「イリヤ、これお土産。」
次の日、シーバ国の宮殿に帰ったミアは、仕事の前に従者であるイリヤに色鮮やかな包みを渡した。
「ありがとうございます。しかし、私もリアンナにおりましたが…。」
「でも、イリヤは昼間仕事して夜ホテルに泊まりに来てたんでしょ?ろくに観光できてないと思って。」
「……。」
「だから、お詫びと思って受け取ってよ。」
じっと包みを見つめていたイリヤが視線をミアに向けた。
「…開けても?」
「うん!」
イリヤは丁寧に包みを開けていく。そして箱に入った赤いカフスを見ると、少し頬を緩ませた。
「…綺麗です。気を使わせましたね。」
「へへ。感謝とごめんの気持ち。」
「では、謝罪の気持ちを込めて、今日こそ渋っていた書類整理と手紙の整理をしてくださいますか?」
イリヤはミアに問いかけ、その言葉に一瞬顔をしかめてしまう。
(い、嫌だ…!でも、迷惑かけたのは確かだし…。)
「………やる。」
「では、カルバン様にそうお伝えしておきます。」
そう言うとすぐに目の前から転移したイリヤは、ものの1分程で戻ってきた。表情がやけに明るい。
「しかし申し訳ないですね。私はミア様付きの従者ですので、ミア様がいないこの5日間、昼間はお暇を頂いていたんです。」
「……は?」
「ですから観光もしましたし、夜はジンとリアンナの街で楽しく過ごしておりました。」
ジンとは弟リース付きの従者であり、イリヤと彼は友人なのだ。
「え、じゃあ…遊んでたの?」
「はい。夜はホテルで寝ていただけですし、プレゼントまで頂いて、今日はあんなに嫌がっていた手紙を整理してくださるなんて……なんだか申し訳ないですね。」
真実を伝えるイリヤの顔は、意地悪く口の端が上がっている。
(だ、騙された!!)
「返して!これは兄様にあげるから!」
「ダメですよ。人に渡した物を『返せ』と言うなど、王子にあるまじき行為です。」
イリヤはニヤッと笑うとカフスボタンを抱えて部屋からサッサと出て行った。
「め、珍しく素直にお礼言ったと思えば!」
(謝るんじゃなかった!!!)
はぁ…と息を付き、ミアはしかめっ面のまま、約束した通り手紙が山のように溜まっているであろう倉庫へトボトボと向かった。
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