白狼は森で恋を知る

かてきん

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第2章 白狼と秘密の練習

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先に注文した飲み物を片手に、少し待っていると会場が暗くなる。
それとともに客の歓声が響き、いよいよ始まるのだと分かる。

ガイアスと手を繋いでいたミアが、興奮で手を胸元に上げたため、ガイアスの片手も自然と上がる。

今回の剣舞は人間国3つのうちの1つリアンナ国から来た舞団だった。
サバル国で主流の力強い型とは違い、流れるような美しい型が特徴だ。

今回の主役である舞団の前に、いくつかの団体が演技を披露する。

ミアは終始真剣にその動きを見ていた。
その舞いが終わるたびに「凄かったね。」とガイアスに笑顔を向ける。


そして今回の主役となる団体が入場したようだ。
会場は今日で一番大きな歓声に包まれる。

列になって登場する団員達に、会場は盛り上がるが最後の1人が入場すると、会場から割れんばかりの黄色い声が響いた。

その声に答えるように投げキッスを送る男に、またしても「きゃぁぁああ~!!」と女性の声。

その声の的に2人が目をやると、なるほど整った容姿をしている。

(ちょっと兄様に似てるかも…。)

彫刻のように完璧な美貌を持つカルバンとまではいかないが、それに近い容姿。
耳の後ろで結ばれたハーフアップの髪は白がかった金髪で緩くウェーブしており、優しさと色気溢れるたれ目がちな目元が印象的な男だった。

優雅な動きで歩きながら観客席に手を振っている男。
中央の最前列に立つと、真剣な顔になり剣を構える。

(雰囲気のある男だな…。)



楽器の演奏が始まると団員達が剣を掲げて剣舞が始まった。
サバル国とは違った緩やかな構えと細かい動き。

ミアはその繊細な動きを目で追う。

50人余りの団員が一糸乱れぬ動きで舞う姿は圧巻で、さっきまで黄色い声援を送っていた女性達も、息を止めてその剣技に見入っていた。



わぁあああああ

音楽の終わりとともに歓声が上がる。
皆立ち上がって拍手を送り、その剣技の高さを評価した。

ミアも例外ではなく、立って力いっぱい手を叩く。
隣のガイアスも同様に拍手を送った。

中央一番前で舞った主役ともいえる男が、観客を見ながら礼の体勢をとる。
ミア達のいる右側に向いた時、男がピタ、と動きを止めた。

(ん…なんか目が合ってる…?)

「大勢いる観客の中で、彼が自分を見ているはずはないだろう」と思うミアだったが、その目が自分を捉えている気がしてならない。

その時、横から急にフードを被せられた。

「わっ…ガイアス?」
「立ち上がった時に外れたぞ。」

人間国では目立たないようにフードやマフラーなどで顔を隠す約束をしているミア。

「あ、ごめん。」

次に舞台に目を向けた時には、主役の男は別の方向へ向き、観客にウインクを飛ばしていた。





「はぁ~、感動…。」
「ああ、どの技も素晴らしかったな。」

2人は会場を後にし、今は街から少し外れた路地裏を歩いていた。

「あの細かい動きは真似できそうにないな。」

「ね!どんな練習してるんだろ。」

ミアが見たばかりの動きを真似してみようと、手をぐにゃぐにゃと動かす。

(街は今夜、会場に来ていたお客が流れ込みいっぱいだろう。)

ガイアスは路地裏にある隠れた料理屋に行くことを提案した。



「もうすぐ着く?」

「あの角を曲がったらすぐだ。腹が減ったか?」

「うん!さっきは興奮して何も感じなかったんだけど、歩いてたらお腹空いてきたみたい。」

「はは、すぐに食べれるからな。」

「あそこは美味いからミアもきっと気に入る」と勧めるガイアスの言葉に期待が高まる。

店に着き、ガイアスが厨房に声を掛けると、見知った店主が奥から出てきた。

「お、ガイアス坊ちゃん!久しぶりだな~。」

「久しぶりだな。仕事でなかなか帰れなかったんだ。」

「俺の顔を見に…ってわけじゃないよな。…すまないが、今日は貸し切りなんだ。」

すまなそうに眉を寄せて言う店主。

「そうか、大丈夫だ。では他を探そう。」

ミアを見ると、ガイアスのオススメの店を楽しみにしていたのか、しょぼんとした様子だった。
しかし、すぐに切り替えて明るい声で言う。

「うん、そうしよ!」

店主はミアに頭を下げ、ガイアスの方を向く。

「せっかくここまで来てくれたのにごめんな~。次来た時はサービスさせてくれ。」


2人が「じゃあ、」と扉から出ようとすると、派手な団体が店に入ってきた。
先頭で入ってきた人物は、今日舞台上で一番目立っていたあの男だ。

キラキラとしたオーラで店が一気に華やぐ。

「ん、どうしたのかな?」
「いえ、何でも。」

話しかけてきた男に、何でもないという風に答えると、ガイアスはミアを連れて店を出ようとする。

「君達、今日空いている店を探すのは難しいと思うよ。」

出ていこうとする2人の背中に、男が話し掛ける。

「今日は私達がこの店を貸し切りにしたんだけど、来るのは数名なんだ。君達もどうかな?」

「結構です。」

きっぱりと断るガイアスに男が笑顔で食い下がる。

「はは、別に一緒に飲もうと言っているわけではないよ。席はあるんだ、嫌なら離れて食べてもいい。」

「いえ…」とガイアスが口を開いたと同時に、横からぐぅ~、と大きい音が鳴る。
見下ろすと、少し顔を赤くしたミアが俯いていた。

「はは、可愛いお連れ様はお腹が空いているようだよ。」

「可哀想に。」と笑って言う男に、ミアがさらに照れてフードを深く被る。

「すまないが、端の席を借りていいか。」
「もちろん。」

折れたガイアスに男はにっこりと微笑んだ。



「これがこの店の名物だ。」

「ガイアスも好き?」

「ああ、好きだな。いろんな肉の炙りに甘辛いソースを付けて食べる料理だ。」

聞いただけでお腹が空く。

サバル国の料理名に詳しくないミアの為にガイアスが丁寧に説明をしていく。
それに「うんうん」と頷きながら、食べたいものを注文していく。

注文を終え、ガイアスとミアが一息つく。

『参加しなくていい』という男の言葉通り、集まった剣舞団員達は、1つのテーブルに固まってワイワイと楽しんでおり、ミア達の座るテーブルには近寄らない。

ただ、食事だからとフードを外しているミアに対して、ちらちらと視線が向けられている。

(俺のミアを不躾に見るな…。)

街に出る度に、いらぬ嫉妬の感情が溢れる。
しかし、目の前のミアがにこにこと嬉しそうにガイアスのみを見つめていると感じると、自分のものであると実感でき安心する。

「ミア、今日は街に泊まらないか?」

「え、いいの?どこかに2人でお泊まりなんて初めてだね。…でも、今日は空いてないんじゃない?」

「兄さんが宿も用意してくれたみたいだ。封筒に紙が入っていた。」

こっそりと用意されていたのは、この街でも3つの指に入る程の高級ホテル。
メモの紙には、ホテル名と『せっかくだし泊まって帰りなよ!』の文字。

(予約は半年先まで埋まっていると聞いたが。)

大型施設が立ち並び、常に観光客で賑わうサバル国の都市アナザレムの人気ホテル。
さらに全国的に寒くなってくるこの時期は、他国に比べて気温の変化が無く過ごしやすいサバル国に多くの人が集まる。

そんな中、どうやってこのホテルの予約を取ったのか想像がつかないが、きっといろんなコネをフル活用したはずだ。

『2人で外泊』という提案に「ふふふ~」とご機嫌なミアは、足をパタパタさせて喜んでいる。
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