白狼は森で恋を知る

かてきん

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第2章 白狼と秘密の練習

22

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「ん…。」

朝、ミアが目を覚ますと見知らぬ天井。
カーテンは閉められ薄暗いが、隙間から零れる光が朝であることを告げている。

ん、と身じろぎしようとして、自分の身体に乗っている重みに気付く。

(あ、俺ガイアスの実家に泊まったんだった。)

隣に眠る恋人。

すー…と静かに寝ている顔を観察する。
普段の切れ長な目は閉じられ、どことなく幼い印象だ。

「ふふ。」

いつも先に起きてミアの顔を眺めているか、支度をしているガイアス。
そんな彼の無防備な姿を見ることができた嬉しさから、思わず笑みがこぼれる。

少しの間、近くで顔を眺めていたミアは顔にあるいくつかの傷を指でそっと触る。

普段滅多に怪我をすることがなく、また回復力の高さから傷の残りづらい狼のミアは、珍しい傷跡に興味深々だ。
眉の端を断ち切るようにある傷と、顎にあるソレを撫でていく。
そこは盛り上がり、少し赤みがある。

よしよし、と撫でているうちに愛しく感じてきた顎の傷に、ちゅ、と口づけると、枕にしていた腕とお腹に乗っていた腕が動いてミアを抱きしめた。

「…っ。」
「誰だ、悪戯する狼は。」

目を開けて、くつくつと笑うガイアス。

「起きてたの?!…いつから?」
「ミアが身体を俺の方に向けた時から、かな。」
「~…ッ!」

「寝てるのかと思って、恥ずかしいことしちゃったじゃんか…」と拗ねるミアは頬を膨らませる。

「起きてる時はしてくれないのか?」

たまにする意地悪な顔。その顔にムッとしながらもドキドキする。

ミアは目の前で自分を愛おしそうに見つめる男の顎に手を掛けると、目を閉じてそっとキスをした。



その後、ベッドの上で戯れていた2人だったが、ガイアスの兄であるシュラウドが無遠慮に扉を開けたことで、甘い空気は散っていく。

「ガイアス~!ミアちゃん~!起きてる?」

「わッ!」
「おい…。」

地を這うような低音で兄を睨むガイアスは、お腹の上に寝そべるように乗っていたミアに布団を掛けその姿を隠すと、優しく横に降ろした。

「あ…ごめん邪魔して。そのままでいいから、聞いて~!」

「おい、邪魔だと分かったなら出ていけ。」

ガイアスの怒りの声は無視してシュラウドが続ける。

じゃーん、と豪華な装飾のされたチケットをガイアスに見せる。
ミアはすっぽりと布団を被されているため、何が起こったか分かっていない。

「これ、今日街である剣舞の券、2人で行ってきなよ~!」

「剣舞…?」

ミアが布団の中から声を出す。

「ほら~、ミアちゃん食いついてる食いついてる。」
「…。」

ガイアスが黙って兄を見つめる。
シュラウドは少し居心地悪そうに口を開く。

「ほら…今回は俺が勝手にいろいろしちゃったせいで迷惑かけたでしょ?」

「…全くだ。」

「だから、罪滅ぼしの品として…受け取ってくれない?」

その時、今まで被っていた布団を少しずらして、ミアが顔だけをヒョコ、と出した。

「あ、ミアちゃん!朝から可愛いね。」
「おい。」

兄の軽口に、またガイアスが冷ややかな目を向ける。

ミアはシュラウドの手元にある券を見つめる。

「俺達にくれるんですか?」
「そうだよ~!」

にっこにこの表情でミアにチケットを渡そうと近寄ってくるシュラウド。

「おい、分かったから横のテーブルに置いておけ。」

(まだ許したわけではないが、ミアが喜ぶなら受け取ってやるか…。)

「良かった~!昨日必死に探した甲斐があったよ!」

何も考えていないようでありながら、シュラウドは今回の件を少しは反省しているらしい。
ホッとした様子で、券を封筒に入れてベッドサイドの机の上に置く。

「始まるのは夕方5時だからね。ベッドでイチャイチャしてからでも十分間に合うよっ!」

シュラウドが親指を立てて、にっこり笑う。
その言葉に、ボンッと顔が赤くなるミア。
その可愛い表情を隠すため、またしてもガイアスが布団を頭まで被せる。

「わッ」
「じゃあね~!ミアちゃん、僕は仕事だからこれで。また遊びに来てね~!」

言うと、さっと身をひるがえして扉から出ていく。

バタンッ

扉が閉まるのを確認して、ガイアスが布団をめくりミアを出す。

「剣舞だって…!」
「ああ、楽しみだな。」

わくわくした気持ちを露わにするミアをほほえましく思いながら、今日のデートが楽しくなることを確信したガイアスだった。





・・・・・

「わ~、こんなでっかい会場でやるの?」

今、ミア達はガイアスの本家のある都市アナザレムに来ていた。
ガイアスが住んでいる王都ルシカに次いで2番目に栄えている場所だ。

「ここは演劇や剣舞が盛んな都市だからな。大規模な施設が多い。」

「へぇ~、シーバにもこんなに大きい施設なかなか無いよ。」

ミアはワクワクした様子で辺りを見回している。

「あっちが入口だな。」

指を指してガイアスが券を取り出す。

「たっのしみ~!」

はしゃいでいるミアは、今日も耳と尻尾を消している。
フードが付き顔が隠れるような衣装を着ているにも関わらず、その明るい声とチラ、と見える大きな目に人々の視線はくぎ付けだ。
ミアは視線に慣れているようでちっとも気にしてないが、横にいるガイアスは常に気が気ではない。

(本当にミアが今まで無事だったのは奇跡だな…。)

どこに行っても人を惹きつける恋人を心配し、肩をしっかり抱いて歩くガイアス。
今日剣舞をする舞団は相当人気らしく、どの席もみっちりと埋まっている。

「席は……最前列か。」

(兄さん、昨日から探し始めたって言ってたよな。)

どんな手段で手に入れたのか定かでは無いが、相当苦労したことが窺える。
兄に対し、少しだけ『許しても良い』という気持ちが沸いた。

「わ~!こんなに近くで見れるの?」

席は最前列の真ん中から少し右側。
周りに座っているのは、煌びやかな服を着た貴族のような者ばかり。
団体ごとに仕切られた席の近くに移動すると、しっかりした2人掛けのソファ席に案内される。

「こちらです。」
「えっ、ここ?!ガイアス、見て!!」

舞台を指差しながら、ミアが興奮しながら「ほら!」とガイアスを見る。

「良かったな。」
「うん!!」

満面の笑みで答えるミアを見て、連れてきて良かったと心から思う。

(はぁ、癪だが兄さんに感謝だな。)

そもそもが罪滅ぼしの品なのだが、それ以上にミアのこんなに嬉しそうな表情を見れてガイアスは幸せを感じた。
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