白狼は森で恋を知る

かてきん

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第2章 白狼と秘密の練習

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「…一緒に入るの?」
「ダメか?」
「ううん…。」
「俺も濡れて少し寒い。」

ガイアスは上着を脱ぎならがら言う。

鍛えられた上半身が露わになり、ミアがそれを見て顔を赤くした。

自分も…と、手早く服を脱いでいくミア。
ガイアスはそれをチラ、と横目で見ていた。

「わ、大きい湯舟…。」

「兄が多いから無駄にデカいんだ。昔はよく一緒に入っていた。」

「え!お兄さんがいるの?」

「兄が4人と弟が1人だ。」
「え、そんなに!」

「だから、世継ぎの心配はしなくていい。」

先ほどミアが泣きながら告げた子どもの話のことを言っているのだろう。

(し…知らなかった。)

「前、兄はいないって…。」

「『心配してくれるような兄』はな。カルバン様のように弟想いの兄ではない、という意味だったんだが…。」

「そっか…。」

「俺の言葉が足りないばかりに、いらない心配をかけたな。」

申し訳なさそうに言うガイアスに、ブンブンと頭を振って否定する。

「ミア、こっちにおいで。」

風呂の淵にミアを呼ぶと、湯を桶ですくってミアにかけていく。
ガイアスはミアの身体に少しずつ温かい湯をかけて汚れを落としていった。

「沁みたりはしないか?」
「うん。大丈夫。」

「入ろう。」

そう言ってミアの手を取ると湯の中へ導く。

「はぁ~。」と息を漏らすミアの横に腰かけ、ガイアスがやっと安心した顔をする。

「ミアが勘違いしたまま、消えなくて本当に良かった。」

「俺もそう思う。」

(あの時、ガイアスが叫んでくれなかったら、俺は一生サバル国には行かないつもりだった…。)


「ミア、これからはどんな小さなことも言う。今回みたいな思いはしたくないし、もうミアを泣かせたくないんだ…。」

ガイアスが真剣な顔でミアに告げる。

「俺も、先にガイアスと話すことにする。」

「すぐ勘違いして大変な事になるから…」と、反省して耳が垂れているミア。

「この話はこれでお終いだ。…今日はミアに会えないと思っていたから、会えて嬉しい。」

ガイアスは、目を細めてミアの大好きな表情をした。
きゅーん、とミアの胸が鳴る。

「そうそう、これって『仲直り』ってこと?」
「うーん…そうとも言うか。」

ぴったりな言葉ではないのか、ガイアスは少し頭をひねる。

「人間って、仲直りの時はキスするんだよね?」

「まぁ、人によるな。」
「俺達もした方がいいよね?」

チラ、とガイアスの目を見ると、嬉しそうに微笑むガイアスがいた。

「ああ。するべきだ。」





「…ッ……ん。」

ぱちゃ…

風呂の湯舟が波打ったのは、ミアの身体がビクっとはねたからだ。

「ん…ん……」

はぁ、と時々息を漏らしながら、ガイアスの舌を含むのに精一杯のミア。

その様子に、ガイアスが顔を後ろに引くと、2人の間に銀色の糸が伸びた。

それがなんだかいやらしく感じたミアは、かぁあああ、と顔を染める。

「あのさ…、仲直りのキスって、こんな感じなの?」

思っていた軽いキスとは違うことに疑問を持つミアにガイアスが答える。

「俺たちの場合は、な。」
「そっか。」

ふふ、と笑うとまた近づく唇。

ミアはそっと目を閉じた。





2人で風呂から上がり、湯冷ましに冷たい紅茶を飲む。

脱衣所に用意されていた着替えは、ミアにぴったりのサイズで驚いた。
そして狼の好みそうなゆったりとした服だ。

「落ち着いたら、父に会ってくれないか?紹介したい。」

「あ、そっか。俺、無断で屋敷に入っちゃって…怒られないかな。」

「大丈夫だ。」

きっぱりと言い切るガイアスに少し安心する。



念のため耳と尻尾は消し、ガイアスの部屋から出て廊下を歩く。

「あの部屋にいるだろう。」

そう言って指さした部屋の扉が開いたと思うと、中から先ほどの女性が出てきた。

ミアは驚き、ガイアスの後ろにさっと身を隠してしまった。

「先ほどは失礼しました。」

ガイアスが女性に冷たい声で言う。

「お気になされないで下さい。話も終わりましたので、今から帰るところです。」

「…あの、さっきはすみませんでした!俺が勝手に来ちゃったんです。」

ガイアスとリリーが話すのに、ミアが謝ろうと割り込む。

「あなたは…。いえいえ、ガイアス様の大切な方がこんなに素敵だったとは…お会いできて光栄でした。」

リリーは少しはにかみながら続けた。

「私、幼い頃からガイアス様をずっとお慕いしていました。だから今回、父がシュラウド様に婚約のお願いをしたと聞いて……嬉しかったんです。」

「…。」

ミアは何と言って良いか分からず、リリーを見つめる。

「でも、私はっきり分かりました。」

女性は伏し目がちに告げた。

「お断りされた後、橋でアナタの話をしてる時、初めてガイアス様が微笑まれました。何度も会う機会があったのに…私はそれを見たことがなかった。だから、こんなに優しいお顔をさせられる方との間に私の入る隙なんて…無いんです。」

「……。」

「私がこの屋敷に来る事はもうありません。安心してください。」

伏していた目を再びミアの方へ向けると、女性はにっこりと笑って言った。

「あの、俺…ガイアスを幸せにするよ。」

「お幸せに。」

女性はガイアスとミアに頭を下げると、玄関の方へ歩いて行った。
それを見計らってか、女性の父親と思われる人物も部屋から出てきた。
そしてガイアスとミアに頭を下げると、娘の後を追いかけた。

「ミア、気にしなくていい。」
「でも…」
「俺はミアが好きだ。どうしたってそれは変わらない。」

ミアをそっと抱きしめるガイアスの背中に、控えめにミアの手が回った。



「あの~…お取込み中ごめんね。廊下じゃなんだし、中入る?」

この場に似つかわしくない妙に軽い声がして、2人は扉に顔を向ける。

扉を半分開け、ひょっこりと顔を出している男は、ガイアスに少し似ていて兄弟であることがすぐに分かった。

「…兄さん。」

(この人がガイアスのお兄さんか!)

顔を出しながら「ねぇねぇ、早く入りなよ。」と誘う男に言われて、2人は部屋の扉を開けた。



中に入るともう1人男がいた。
見た目は50台くらいだろうか、顔はガイアスに似ているが少し背が低い。
そして、その横に座っている兄は細身の長身。
どことなくガイアスに似ているが、全体的にやわらかい雰囲気だ。

「こんにちは。シーバ国ラタタ家のミアと申します。」

「僕はガイアスの兄のシュラウドだよ。よろしくね。」

シュラウドは手を前に出し握手を求めるが、ガイアスによって叩き落とされた。
「いてッ!」と叫んで、打たれた手をさすっている。

「ガイアスの父、リバー・ジャックウィルです。息子が世話になっております。」

こちらはガイアスの兄とは違い硬派な印象だ。

「父と兄には昨夜ミアのことを話してある。」

ガイアスは「心配するな。」とミアの手を握る。

「わぁ~!手なんか握っちゃって、お熱いね~!ひゅーひゅー!」

「兄の事は無視していい。ちょっと頭がおかしいんだ。」

「おかしいとはなんだよ~!」

「恋人のいる弟の婚約相手を勝手に決める人の、何がおかしくないと言えるんだ?」

「う…それは……。」

シュラウドが大げさに手元を口に持っていき、およよ、とうなだれる。

「今回の件は、すまなかった。まさかシュラウドが動いていたとは思わなかったんだ。」

父であるリバーがガイアスに謝る。
ミアは怒りオーラ全開のガイアスを見上げ、口を開く。

「あの、済んだことですし大丈夫です。」

ミアの一言に、バッと顔を上げて、笑顔になるシュラウド。

「ミアちゃんやっさしい~!ガイアスも、ほら!切り替えなきゃ!」

ガイアスは、兄のその言葉に、苛立ちを隠せない。

(こんなにイライラしてるガイアス初めて見た…。)

ミアは、今にも噴火しそうなガイアスと能天気に笑うシュラウドの間に入った。
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