白狼は森で恋を知る

かてきん

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第2章 白狼と秘密の練習

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馬を飛ばして本家に帰る。
遠征に行く前に挨拶に来たきりなので、もう2年半以上踏み入れてない本家は変わらず厳かな雰囲気だ。

玄関を開けると、使用人達がガイアスを出迎えた。

「ガイアス様、おかえりなさいませ。」
「久しいな。兄さんはいるか?」

「はい、自室でお待ちです。」

そのまま兄の待つ部屋へと向かう。


「兄さん、入るぞ。」
「は~い。」

軽い返事が聞こえたため、扉を開ける。
そこには揺れる椅子に座って優雅にお茶を飲む兄の姿。

ひらひらと手を振る兄に近づくと、開口一番に「ふざけるな。」と低い声を出す。

「こ、怖いよ~!なんでそんなこと言うの?電話も急に切っちゃうし、僕すっごくハラハラしたんだから。」

「嘘をつくな。くつろいでるじゃないか。」
「顔が怖いよ。」

つん、と頬をつつこうとした兄の手を乱暴に取る。

「俺に婚約者って、どういうことだ?」

「忙しくって恋人もろくにできない弟のために、兄さんが家柄の良い可愛い未来の奥様を選んであげたってわけ!」

「…。」
「え、怖い…。」

勝手な事をペラペラ喋る兄に怒りを覚える。

「俺には恋人がいる。」
「えッ?!」

シュラウドが大げさに驚き椅子から落ちそうになったが、構わず続ける。

「勝手なことをするな。断っておけ。」
「え、まじ?え、どうしよ。え、え。」

慌てだす兄に、「話は終わりだ」と一言残すと帰るために扉に向かって歩き出す。

椅子から立ち上がった兄がガイアスの腕を掴む。
いつものひょうきんな態度ではなく焦った様子だ。

「明日、顔合わせなんだ。約束しちゃったから取り消せないよ。」

「………ふざけるな。」

ガイアスは、地を這うような低音で呟くと兄を睨みつけた。





・・・・・

「ふぁ~!」

あくびをしながらミアがベッドから起き上がる。

横に置いてある水を飲むと、目を擦りながらシャワーを浴びる。

頭を拭きながら、ふぅ、と落ち着いてソファに腰かけたところで石で時間を確かめる。

「え!8時55分?!今日って剣の練習日じゃん!」

9時から始まる練習に間に合わないと、急いで武道着に着替えるミア。
ベッドの横に立てかけてある剣を取り転移しようとしたところで、目の前にイリヤが現れる。

「わぁ!!」

「ミア様、おはようございます。森へ行かれようとしていますね。」

「いきなり出てくるなっていつも言ってるだろ!」

キャンキャンと文句を言うミアを無視してイリヤが続ける。

「今日は剣の練習は無し、明日の祝日もゆっくり休んだほうが良い、と伝言を預かっております。」

「…え。」

「そして、来週は剣の練習をする、とも伺っています。」

ガイアスの言葉を少し短く変えて、イリヤが説明をする。

「ガイアスが言ったの…?」
「はい。」

ミアはそれを聞いて耳が垂れたが、すぐにまたピンッと立てた。

「え!どうやってガイアスと会ったの?」

「熱で寝ているミア様の様子を見に来られましたよ。『着替えさせた』とおっしゃってましたが、覚えてないんですか?」

(夢かと思ってた…。)

ミアはぼんやりとその時の事を思いだす。

(水を飲ませてもらって、着替えて、それから…)

その先が思い出せないミアは、武道着を急いで脱ぐと、ブラウスとズボンに着替える。

(とにかく話をしなくちゃ。彼女の話が嘘だってちゃんとガイアスから聞かないと。)

「なんで着替えるんですか。」

「俺、ちょっとガイアスんちに行ってくる!」

「ちょ…、遅くなるなら連絡しに一旦帰るんですよ!」

イリヤの話を最後まで聞かないうちに、ミアは部屋から姿を消した。





・・・・・

玄関前の庭に転移すると、掃き掃除をしていたメイド2人がミアに気付いた。

「ミア様!…どうされました?」
「ガイアス様は留守にしておりますが。」

「そっか。…いつ帰ってくるかな?」

焦った様子の2人に尋ねる。

「私共は何時にご帰宅か存じ上げません。どこに居られるかは分かりますが…お帰りになる時間を聞いて参ります。」

メイドの1人が玄関に入ろうとしたのを止めて、尋ねる。

「ううん、大丈夫。それよりどこにいるのか教えて。」

「えーっと…。」
「その…。」

言いにくそうな2人にさらに問いかけると、口重たげに答える。

「ガイアス様は昨日から本家にお帰りになっております。」

「実家に?」

「はい。ご用事の内容までは分かりませんが、先ほど電話で連絡があり、ご令嬢であるリリー様とお会いになるとお聞きしました。」

「リリー様?」

メイド2人は顔を見合わせながら心配そうに言う。

「リリー様はジャックウィル家の長男であるシュラウド様と交流のあるご令嬢でして…その…」
「ガイアス様を長年お慕いしている方です。」

「え……。」

ミアはその言葉に衝撃を受ける。

「メイドの間では評判でした。ガイアス様と個人的な交流はありませんでしたが、学校に通っていた時から父親に付いて何度か本家のお屋敷に来ておりました。」

「その時に数回ガイアス様と会話をしたことがある程度、だと認識しておりましたが…。」

「今回、どのような件でお二人がお会いになるのか…検討もつきません。」

ミアはそれを聞いて耳がしゅーんと垂れる。

(マックスが言ったこと、あながち間違ってもないのかも。)

ぐるぐると、また嫌な方に考えが向く。

(本家の方にはガイアスのことを好きなお嬢さんがいて、こっちには俺がいる…。そして、今回俺との約束を断って、あっちに行ったってことは…)

しーん、とした空気の中、メイドの1人がミアにズイッと寄ってきた。

「ミア様!本家に行ってください!そして、ガイアス様を奪い返しましょう!」

「リリー様に言ってやるのです!ガイアス様は自分のものであると!」

力強く言う2人に押されながらも、ミアは少し気持ちが楽になった。

(そうだな…だいたいまだ逢引だと決まったわけじゃない。それに、もしそうだとしても奪ってみせる!)

ミアは、以前ガイアスが書いた手紙に自分が嫉妬していた時のことを思い出す。

(あの時、『ガイアスに好きな人がいても戦って勝ち取ってやる』って思ったじゃないか!)

ミアは、手に拳を作るとメイド達の顔を見る。

「地図を持ってきてくれない?作戦を立てるから。」




「ガイアス様はおそらくこの応接室でお話をされた後、中庭に出られるはずです。」
「その時、この橋を渡って向こう側のテラスに行かれるはずですわ。」

さすがは爵位を持ったお嬢様達。こういった場合の手際に詳しい。
そして屋敷で働いていた経験から、どこが死角であるかしっかり把握していた。

「今は…もうすぐ10時ですわね。お昼前に帰られるでしょうから、今から向かって少し待っていればお庭に2人が現れると思います。」

「一番の隠れ場所は、ここですわ。」

庭の地図の端に丸く円を描くと、「植木」と文字を足す。

「この裏に転移されれば確実に見つかりません。」

「あとは、もしガイアスとお嬢さんに何もなければ帰る。お嬢さんが何かしようとしたら、俺が表れて物申す。」

「「完璧ですわ。」」

よし、と3人でグータッチをすると、ミアはメイド達に礼を言う。

「ありがとう。じゃあ、行ってくるね!」

「ミア様、健闘を祈ります!」
「ガツンと言っちゃってください!」

「おう!」という元気な声とともに、ミアが消えた。



「貴方達、そこで何をしているんですか。」

近所の牧場へガイアスからの贈り物を届けていた執事が帰ってきた。
遠くから少し駆け足でメイド達に向かってくる。

「ミア様がいらっしゃったように見えましたが。」

「ガイアス様を訪ねて来られたので、場所をお伝えしました…。」

「何!?」
「え…あの、ダメでしたか…?」

不安げな表情で執事を見やるメイド2人に大きく溜息をつく。

「ガイアス様よりいくつかミア様に伝言を伺っておりました…。そして屋敷にいることは伝えないように、とも。」

「「……!」」

2人は青ざめた顔で目を見開く。
執事は額に手を当てて息をつくと、「仕方ありません。お帰りを待ちましょう。」とメイド2人を連れて屋敷の中へ戻った。
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