白狼は森で恋を知る

かてきん

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第2章 白狼と秘密の練習

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「ガイアス!お疲れ様!」
「ミア、よく来たな。」

自衛隊第7隊の執務室、その奥にある隊長室で待ち合わせをしていた2人。
この部屋は隊長のみが使用でき、仮眠用のベッドやシャワー室、冷蔵庫も設置してある。

今日、ミアが訓練場を見に来ることをマックスに伝えると、普段接する頻度の多い隊員達に声を掛けたようだ。時間に執務室に集まるという。

(面倒くさいことになったな…。)

約束の時間は2時だが、好奇心旺盛な部下のことだ。一番に見てやろうと早めに来るに違いない…ガイアスはミアに1時間早く隊長室に到着するように伝えておいた。



「ここがガイアスの部屋?何も無いね。」
「泊まりの仕事の時に寝るだけだからな。」

王宮と違い、必要最低限の物しか置いてない無機質な部屋。
ミアはきょろきょろと見渡していたが、執務室の扉に目を向けた。

「あっちも見るか?今は誰もいない。」
「うん!」

執務室も部屋と同様、無駄な物や娯楽のない空間だ。
石造りの壁がいかめしい雰囲気を醸し出している。

「ガイアスの机はどこ?」
「ここだ。」

ガイアスは隊長室から一番近い机を指差す。

「忙しそうだね。書類がいっぱい。」
「多いように見えるがそうでもない。これらはサインをするだけだ。」

ミアはガイアスの机の周りを見て、腕を組む。

「なんか寂しいと思ったら、花がないじゃん。…ちょっと待ってて。」

フッと消えたミアは、10秒としないうちに戻ってきた。
手には花瓶を抱えている。

「これ置いていい?花があるだけで癒されるよ。」
「ああ、ありがとう。」

コト、と机の横にある棚の上に花瓶を置くミア。
大きな花が3本とその周りに小さい花が控えめに飾られている。

花瓶は、ミアの部屋のテーブルにいつも置かれているものだ。
獣姿の小さな白い狼が花瓶に前足をつけて支えているようなデザインはミアを彷彿とさせる。

「これを見る度にミアを思い出すよ。」
「狼の子どもじゃん。俺はもっと大人だよ。」

うーん、と花瓶の狼の部分を見ているミアの頭を撫でる。

「そうだな、ミアはもっとかっこいい。」

くるりと顔だけ振り返ったミアが、ふふ、と笑う。

「他の隊員の人達、いつくるの?」
「そうだな、あと15分は来ないはずだが。」

約束の時間まではあと45分以上ある。

(いくらあいつらでも、まだ来ないだろ。)

「じゃあ、ちょっとイチャイチャできるね。」

「…あぁ。」

仕事場であることに少しためらうが、恋人の可愛い誘惑を断ることができない。
ミアは花瓶の位置を整えながらガイアスの方を振り向く。

「明々後日、俺休みだけどガイアスは?」
「祝日だから休みだ。」

来週の週始まりは、この大陸全体の祝日。
ミア自身休みであることを知らず、先ほどイリヤから伝えられた。
もしかしたら長く一緒に過ごせるのではないか、とミアは早くガイアスの予定を尋ねたくてソワソワしていた。

「本当?一緒にいられる?」
「ああ。ミアは仕事だろうと思っていたから、良かった。」

ちゅ

ガイアスは小さな背中を後ろから包み込むように抱きしめると、後ろからミアにキスをした。

「週末からずっと泊まっていい?」
「それはいいな。」

2人は笑いながら再び顔を寄せた。

その時、

「隊長~!失礼しまーっス……。」

元気な声で入ってきたマックス。
2人の姿を目に留めると、目を見開いて語尾が小さくなっていく。

「「…。」」

ガイアスとミアは少し顔を話して扉の方を見るが、ガイアスの手はミアを包み込んだままで、2人が執務室で戯れていたことは明らかだった。

「隊長…とミア様…?!」

大声を出すマックスの口を後ろからケニーが急いで塞ぐ。

ケニーはマックスを押しやるように部屋に入ると、後ろ手に扉を閉める。
ミア達はそのうちにサッと身を離した。



「お前達、来るのが早すぎないか…。」

呆れた声で言うガイアスの言葉も、今は目の前の2人に届かないようだ。
ポカーンとした顔で今の状況を整理してる。

「え、つまり…隊長と…え、本当ですか?」

ケニーは混乱しており、ガイアスに確認するように語尾を上げる。

「そうだ。俺とミアは…」とガイアスが説明しようとしたところで、扉がノックされる。

「「「隊長!」」」

マックスが声を掛けていた他の隊員達も来たようだ。
まだ約束の時間までは30分はある。

「お前ら…。」

暇なのか…と呆れるガイアスだったが、入ってきた他の隊員もミアを見て固まった。



ズラッと並んだ10人程の隊員達を前にミアが声を出す。

「シーバ国から来ました、ミア・ラタタです。今日は訓練所を案内していただけると聞いて楽しみにして来ました。」

大きな目を細めてにっこりと笑うミアに、全員が目を奪われる。
いつもうるさいマックスでさえ、顔を真っ赤にして口をパクパクとさせている。

「今から一緒に訓練所へ向かう予定だ。訓練の予定がある者は付いて来い。」

隊員達を見ると、聞こえているのかいないのか、全員が未だに隣に視線を向けている。

ミアには念のため耳と尻尾を消すように伝えた。
白いふわふわが消えたのを確認すると、呆けたままの隊員達に声を掛ける。

「おい、行くぞ。」
「待ってくださいっス!!」

返事を待たずミアを連れて歩き出そうとした時、急にマックスが声を出す。

振り返ると、顔を赤くしたマックスがミアに視線を向けている。

「ミア様!駄目っス!」
「…。」

ミア含め、全員何のことか分からない。
マックスの次の言葉をじっと待っている。

「隊長にはスゲー美人でセクシーな彼女がいるんっス!!!」

全員がマックスを信じられないものを見るような目で見る。

「だから、騙されないでくださいっス!!」

そう言い切ったマックスに、隊員達が殴り掛かる。

「おい、それはお前の勘違いだろうが!」
「酒の席でお前が勝手に妄想したんだろうが!」
「お前いいかげんにしろよっ!」

隊員達はマックスを押さえながら、焦った声を出す。

ずいぶん前、恋人がいるのか尋ねられた時、うるさいからとそのままにしておいたガイアス。
マックスはそれを肯定だと捉え、酒の席の度にどんな人物なのか想像しては隊員達に語っていた。

隊員達はいつもそれを冗談として笑って流していたが、今は「まさかその妄想を本人に言うとは…」と混乱している。



ミアもまた混乱していた。
マックスに言われた言葉が頭の中で反芻する。

(彼女…って、恋人のことだよな…。俺以外にってこと…?)

横にいるガイアスを不安げに見ると、ガイアスが「違うぞ!」と焦ったように言う。

その態度がますます怪しく言い訳のように感じ、ミアは不安になる。
今は冷静になれない、と判断したミアはギュっと目を瞑りその場から消えた。



「ミア…。」

取り残されたガイアスは先ほどのミアの表情を思い出す。
不安そうにこっちを見上げる瞳は揺れていた。

(すぐにマックスの妄想であることを俺の口から説明すべきだった。)

「マックス。」

ガイアスは静かに元凶である男の名前を呼ぶ。

全員に罵られ、自分が勝手に勘違いしていただけだと気づいたマックスは、スッと背筋が凍り付いた。

「あの…あの、あの俺…」

床に座っているマックスを冷めた目で見つめるガイアス。

ガイアスが何か喋ろうと口を開こうとした時、扉がバン!と開いた。

「お~い、見に来たぞ~!どこにいるんだガイアスのかわい子ちゃんは~?」

第4隊隊長が現れ、明るい声を出す。

「ん、なんだか様子がおかしいな。」

マックスは床にへたり込み、その前にはガイアスが見たこともないような冷たい表情で見下ろすように立っている。他の隊員は殺気を放ち、とても恋人を紹介をしている雰囲気ではなかった。

「隊長…すみません。こいつを3日間、第4隊の訓練所でしごいてやってくれませんか?」

ガイアスは下のマックスを指差している。

「ん?別に構わないが、お前らの隊にとっては今日の訓練はきついぞ。遠泳込みだからな。」

第4隊は体力自慢の男達の集まりだ。
野営を含む国外や地方での仕事が多く、時には移動手段として様々な方法が取れるよう、走り込みや遠泳を常に訓練に取り入れていた。

「ちょうどいい。…事情は本人から聞いてください。」

他の隊員達がマックスの腕を取って起き上がらせる。
第4隊隊長は「わかった。」と言うと、にやにやしながらうなだれるマックスを連れて部屋を出た。



「お前達、もう仕事に戻れ。」

「隊長、すみませんでした!マックスがあそこまで馬鹿だったとは…。」
「ミア様は大丈夫でしょうか…。」

皆、心配そうにガイアスを窺っている。

はぁ…と溜息をつくと、「気にするな。」と言って全員を執務室から出した。



(今日はミアの笑顔が見れると思っていたが…。)

訓練所でミアがはしゃぐ姿を想像していたガイアスは、先程のミアの表情を思い出す。

(明日、きっちり説明をして謝らなければ。)

明日は週末であり、剣の練習日。
約束を破ったことのないミアは必ず森に来るだろう。

ガイアスは目の端にある花瓶の狼を見やり、仕事の資料を手に取った。
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