白狼は森で恋を知る

第2章 白狼と秘密の練習

1

家族全員揃っての夕食の席。
ミアは、みんなにガイアスとの関係を発表する機会を伺っていた。

ミアのお披露目式が終わり全員仕事も落ち着いたため、最近ではこうやって集まって夕食を食べる機会が増えた。

今は夕食も終わりに近づき、食後のお茶とデザートを楽しみながら皆で雑談をしていたところだ。

「スーシャはいつここを出発するの？」

人間国を旅して回る長女を母シナが心配する。

「明後日には経って、アスマニカに行くつもりよ。」
「あら～、あそこは暑いから心配だわ。」

この大陸には4つの国が存在する。1つは中心にある狼国シーバ。そしてそれを囲むように人間国が3つ。アスマニカ国はサバル国より南に位置する国で、一年中暖かい気候だ。

「まぁ、スーシャはたくましいから大丈夫だろう。彼もついているし。」

父アイバンがそう言うと、スーシャの婚約者である狼は大きく頷いた。



「…あのさ！！」

わいわいと盛り上がっていたところにミアの突然の大声。
全員が注目する中、ミアは少し照れ臭そうに口を開いた。

「俺、サバル国の自衛隊のガイアスって人と付き合うことになったんだ。」


「ミア！」

少しの沈黙の後、父アイバンがミアの名前を呼び、続ける。

「良かったな～。サバルの王と会った時に、よく言っておこう。」

「父上！何を言っているんですか？！」

のんきに「良かった良かった。」と腕を組む父を睨みながらカルバンが大声を出す。

「あら～、やっぱりお付き合いする仲だったのね。」
「ミアの式に来てくれた大きな方ね。まぁ、早く挨拶に連れてきなさいな。」

シナとスーシャも大はしゃぎで、「彼、お茶とお菓子は好きかしら。」と話す気満々である。

カルバンの妻やスーシャの婚約者も喜んでいる。カルバンの息子たちは、まだ分からない年齢にも関わらず手を叩いてニコニコと笑っている。

すでに知っているリースは、みんなに祝福されるミアを横目に嬉しそうだ。


バンッ

お祝いムードで盛り上がる中、わなわなと震えていた兄カルバンが机を叩いた。

「カルバン！」

カルバンの妻が慌てたように声をかけるが、返事はなく、代わりにミアに向かって言う。

「兄である私に挨拶もなく、ミアの恋人にだと？！その男、常識が無いんじゃないか？」

「ガイアスはちゃんとした人だよ。」

兄のあまりの言いように、ミアがむっとして答える。

「ほう…。きちんとした人間が、王子と関係を持つのに、王に挨拶も無しか。」

「そんなの！知ったばかりで急には無理だよ。」

ミアは焦った声で兄に言い返す。

「何？その男はミアが王子だと知らなかったのか？」

「それは、俺が王家の狼って伝えるの忘れてたから。」

（その件は俺が悪いんだけどさ…）

「とにかくお前達の交際をすぐに認めるわけにはいかん。」

「兄様…。」
「一度連れてこい。俺が見て決める。」

それを言うと、部屋を乱暴に出て行ったカルバン。
ペコっと頭を下げて妻がそれを追う。子ども達は、めったに声を荒げない父を見て放心状態のようだ。祖父母となるアイバンとシナが2人を抱いた。

「兄様、かなりお怒りだったね。」

リースがボソっと声をかける。ミアは無言でこくこくと頷いた。

放心している孫を抱きながらアイバンがミアに話す。

「カルバンは可愛い弟を取られて拗ねているみたいだな。」

（あれを拗ねてるっていうか…？すごい怒ってたけど。）

青筋を立てて怒りのオーラを出していた兄を思い出す。

「彼をここに連れてきた方がいいかもな。カルバンも会えば落ち着くだろう。」

アイバンはそう言うと、孫を連れ立ち上がりシナとともに「また明日。」と席を立つ。
スーシャとその婚約者も、ミアに「おめでとう。」と言って食堂を後にした。


「兄様がガイアスに会ったら落ち着くと思う？」

ミアが横に座っているリースの方を向いて尋ねる。

「ううん、殴りかかるかもね。」

（想像すると地獄絵図だ…。）

ミアはこれ以上考えることをやめ、リースとともに自室に戻った。





・・・・・

「てわけで、一度王宮に挨拶に来てくれないか？」

今、ミアはガイアスの部屋にいた。
あの食事会の後、ガイアスに早めに挨拶に来てもらった方が良いと彼の屋敷まで転移したのだ。

玄関のベルを鳴らすと、メイドが出てきてミアの姿にびっくりした後すぐにガイアスを呼びに行った。

今は2人で並んでソファに座り、ミアが事の説明をしていた。


「大変なことになってるんだな。ミアは大丈夫だったか？」

ミアのおでこを親指でさすりながら、ガイアスが心配そうな表情で「責められなかったか。」と顔を伺う。

「俺はいいけど、ガイアスは嫌だよな。悪く言われるかもしれないのに行くなんて。」

「一度、挨拶に伺いたいと思ってたんだ。いつが迷惑にならないだろうか。」

「父上と兄様は週末なら基本大丈夫。たまに仕事があるみたいだけど。」

「では、来週はどうだろう。謁見希望の手紙を出すべきか…？」

「ううん、今回は大丈夫。俺達の私的な用事だし。…あと今、手紙は出さない方がいいかも…。俺が屋敷に迎えに来るよ。」

「分かった。ありがとう。」

礼を言ったガイアスが、少し考えるそぶりをする。

「どうしたの…？」

「いや、手紙を出さない方が良いと言っていたが、ミア宛の手紙が毎日たくさん来ているからか？」

「え！なんで分かるの？！」
「やはりか。」

「…ガイアス？」

眉を少し寄せているガイアスの顔を伺おうとミアは首を傾ける。

「俺のミアなんだが…。」

その大量の手紙がミアへの結婚依頼であることを知っているガイアスは、少し面白くなかった。

「俺、ガイアスのものだよ？」

「だから心配しなくていいんだよ。」と、横から大きな身体を抱きしめる。
ガイアスはミアを自分に跨らせるように抱え、その肩にぽすんっ、とおでこを乗せた。

「俺はどうやら嫉妬深いみたいだ…。」

ぼそっと言うガイアス。

（が、ガイアス！可愛すぎる…ッ）

ミアは、自分の心臓がドキドキと音を立てているのを隠そうと息を止めたりお腹に力を入れてみたりと、大忙しだった。



少ししてガイアスが顔を上げる。

「凄い音だな。」

少し嬉しそうにミアの心臓の部分に手を当てている。

「ガイアスが可愛くて…。」

「…俺が可愛い？…ふっ…はは！」

急に笑い出したガイアスにキョトンとするミア。
何がおかしかったのか、ガイアスは「くく…」と笑みを抑えられないようだ。
しばらく笑っていたが、落ち着くとミアに顔を近づける。

「そんな可愛い俺に何かしたくならないか？」

「ッ…！」

2人の顔は、鼻が当たりそうな距離で、ガイアスが話す度にミアの唇には熱い息が当たる。
ミアは小さい声で告げる。

「目ぇ、つぶって。」

ガイアスがそっと目を閉じたのを確認すると、ミアは目の前の唇に自分のそれを寄せた。

ちゅ、ちゅ…

2回ついばんで離れていくミア。
ガイアスは目を開けないままだ。

（ガイアス目開けない。もしかして、まだして欲しいってこと？）

一度離れたミアがもう一度ちゅっ、と唇を当てると、ガイアスがミアのうなじに手を添えた。

「もっとしよう。」

低い声にぞくっとした何かが走り、ミアは目を見開く。

ちゅ、ちゅ、ちゅ、と続けていると、ガイアスが口を少し開けた。
ミアの唇にガイアスの舌が少し当たってしまい、ミアはビクッと揺れる。

「ご、ごめん。」

ミアは反射的に謝る。

「なんで謝るんだ？…してくれ。」
「…っ。」

目を瞑ったままのガイアスに、ゴクっと喉が上下する。そしてまた唇を寄せた。

何度も啄んでいるとガイアスがまた口を開け、その舌がミアの唇に当たる。
初めはビクビクとしていたもののミアもだんだん慣れてきて、その舌にキスをしたり、下唇を吸ってみたりする。

（なんか、これってすごく大人なことしてるんじゃ…。）

ミアは顔が熱くなってきた。

そんなミアにガイアスが低い声で喋りかける。

「ミア、口開けて。」

反射的に口を少し開いたミアに気付いたガイアスが、薄く目を開け小さな口に舌を入り込ませた。

「…んぅ…ッ」

ミアは急に入って来たガイアスの舌にびっくりし、自分の舌を後ろに引っ込める。

（なんか、ぬるって…ガイアスのベロが…。）

さっきまでの立場が逆転したように、今度はミアがぎゅっと目をつぶり、ガイアスが目を開けてミアの反応を伺っている。

ぬるぬると口内を優しく舐められ、ミアは身体がジーンとしびれたように感じた。

それはゆっくりと動いて、ミアの舌を呼ぶように掠めていく。
じっくりと舐められ、ミアは力の入らない身体をガイアスに完全に預ける。

くったりとしたミアに、さらに口づけを深くしていくガイアス。

「はぁ…ッ」

ミアが呼吸の合間に息を漏らす。ガイアスはその声に自分の身体が熱くなるのを感じた。

「ッあ…んむ…。」

急に激しくなったガイアスの舌の動きに、ミアは慌てる。

「ん…んぅ…。」

ミアはどう息をしたら良いか分からず混乱するが、自分の中でさらに激しく動く舌。

「んー！っん！」

ドンドンと背中を叩く手に気づき、ガイアスが顔をゆっくり引き、最後にとミアの舌を軽く吸って顔を離す。

ちゅ…

「ミア、大丈夫か？」

ミアの顔は首まで赤くなっており、口は吸ったせいか、いつものピンク色がさらに濃く色づいている。

「こ、これって…？」
「キスだ。…その、大人の。」
「え…ッ、これが…。」

信じられないといった顔で驚くミアが新鮮で可愛い。
そんな初心なミアを自分が染めているのだと思うと、ガイアスは高揚した気持ちを抑えられなかった。


「ガイアス…あの、」

言いにくそうにミアが話しかけてくる。

「コレ。」

ガイアスの足の間を指さして、ミアが不思議そうにこっちを見てくる。

「朝じゃないのに、変だね。」

ミアは自分の尻を押し上げるように硬くなっているガイアスのソレが、まるで病気であるかのように、心配そうな目を向けてくる。

「あのな…これは病気じゃない。ミアが可愛いかったからだ。」

「え、俺のせいなの？大丈夫？」
「…ああ。」

（狼の性知識はこれが普通なのか…？）

ガイアスは疑問に思いながら「とにかくこれ以上先は今はダメだ。」とミアを膝から降ろした。




帰り際、ミアがガイアスの手を握って上目使いに口を開く。

「大人のキスって気持ちいいね。…またしよう。」

ミアはガイアスの手を引くと、ちゅっ、と軽いキスをし「おやすみっ！」と言って消えた。



ガイアスは、眠れぬ夜を過ごした。