白狼は森で恋を知る

かてきん

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第1章 白狼は恋を知る

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「昨日報告した通り、本日はミア様がお越しになります。食堂で昼食を取られ、その後はガイアス様のお部屋で過ごされるご予定。ご帰宅は午後3時となっております。」

早朝5時。メイド長が使用人達の前で、今日の予定を伝える。

「みなさんは、失礼のないようくれぐれも注意してください。…特にそこの2人。」

ビクッと反応したメイド2人が、「かしこまりました。」と慌てて礼をする。

「庭の方は今日は手入れをされないように。事務の仕事をお願いします。」

「「はい。」」

庭師とその見習いの男は、屋敷の他の雑務もこなしており、こうやって来客が来た時には執事の行う事務作業の手助けをしている。
ガイアスの祖父の方針で、使用人達は自分の仕事のみならず、様々な分野をサポートできるよう教育されてきた。

「2人は私と共に昼食の配膳をお願いします。部屋へのお茶は私が持っていきます。」

「「はい!」」

メイド2人も元気に返事をした。

「今日、メニューは特に指定がなかったから、こっちで考えておいた。前の昼食が好みだったようだから、肉をメインに…他にもサバルでよく食べられているものを何品か作る。土産用のサンドウィッチは、2時半までは用意しておく。」

「ミア様が『毎日食べたい』って言ってたって聞いて…昨日、夜遅くまで仕込みしてましたもんね。」

「おい、いつも通りだったろッ!俺がまるで浮かれてるみたいに言うな!」

「え~、張り切ってたじゃないですか~。」

「料理はお任せします。あと、お茶菓子の用意もお願いしますよ。」

料理長と見習いの青年がじゃれているのを、メイド長が軽く流して執事に話を振る。

「お出迎えは全員でした方が良いでしょうか。」

「そうしましょう。…屋敷の皆のために。」

皆、ミアがどんな人物なのか気になっているのだ。
屋敷の誰かが見たとあっては『自分も会いたかった』と落ち着かなくなるのは目に見えている。

今も「狼の方と会うのは初めてだから、緊張するな~。」とワクワクした顔で青年達が話している。

「そうですね。では、みなさん、お二人は12時に戻られるとのことでしたので、玄関に集まるように。」

「「「「「はい」」」」」」





・・・・・

「ここが俺の屋敷だ。」

「へぇ~、大きいなぁ。一人で住んでるの?」

「ああ。祖父がずっと住んでいたんだが、4年前に俺が引き継いだんだ。」

森の湖から歩いて10分、大きな屋敷が見えた。
広い庭は均整と調和のとれた繊細さを感じさせ、派手さは無く控えめな美しさだ。
屋敷の外観はいささかいかめしげで、いかつい印象を受けるものの、外から見える赤を基調とした彩り豊かなカーテンが、明るい雰囲気を醸し出す。

「楽しみだなぁ~。俺、ガイアスの部屋がどんなのか予想して来たんだ!」

「後で答え合わせしないとな。」
「へへ。」

玄関に着きガイアスが扉を開けると、使用人8人がズラリと並び、礼をしていた。

「ただいま戻った。皆顔を上げてくれ。客人を紹介する。」

その言葉に顔を上げた一同は、ミアを見てあまりの美しさに一瞬目を見開いた。

まず目に入ってくるのは、美しい銀色の髪とふさふさとした毛並みの良い耳。
目は蜂蜜のような金色で、屋敷の灯りをすべて反射しているかのようにキラキラと輝いている。
長いまつげで囲まれた大きな瞳は、その美しさを愛らしい印象に変えている。
全体を見ると、褐色の肌と白のコントラストがまるで芸術作品のようだ。

ガイアスと頭一つ分以上小さいというのに、その存在感。使用人達は初めて見る狼が、まさか王族だとは知らずにその姿に見とれた。

「こちらは、狼のミアだ。」

「こんにちは。今日はお世話になります。」

ペコっと頭を下げたミアに、使用人たちはハッとした様子でまた頭を下げる。

「食事の準備はできておりますので、いつでも始められます。」

「一旦荷を部屋に置いて食堂へ向かう。」
「かしこまりました。」

執事が軽く礼をすると、ガイアスがミアの方を向き、着いてくるよう促す。


石造りの屋敷は、豪華絢爛とは程遠いが、色鮮やかな絨毯が敷いてあることや、花々をあしらったデザインの石こう細工の飾りがところどころに施されていることで、柔らかい雰囲気が漂う。

「では、ご準備ができましたら食堂までお越しください。」

「分かった。」

一礼する執事に背を向けると、ガイアスは自室へミアを案内した。

「部屋は予想通りだったか?」

「うーん、全然違うけど、いい部屋だね。」
「どんな想像してたんだ。……後で聞こう。」

辺りを見回しながら返事をするミアから一旦離れる。
「好きに見ていていい。」と荷物をテーブルに置くと、ガイアスは着替えるために奥の部屋へ向かった。

ウロウロと見回っていたミアだったが、ふと机の上の端にまとめられている便箋の束と下書き用の紙が目に入る。

(名前の練習…?あと、なにか文字も書いてある。)

綺麗に書くために試し書きされた紙を見ながら、ガイアスが練習する様子を想像し、ほっこりした気持ちになる。

『もう一度会いたい』
『私を知って欲しい』

(なにこれ…。)

上から線が引かれており、おそらくこれらの言葉は却下されたのだろうが…。

(…これを誰かに書こうとしたのか?ガイアスが…?)

急に心臓がドクドクと音を鳴らす。
ぎゅっと胸を押さえて、その場に立ち尽くした。

(ガイアスには想っている誰かがいるのか…?)

この胸の痛みは、師匠を取られることへの寂しさなのか、嫉妬なのか、ミアにはまだ判断することができなかった。



「待たせてすまない。…ミア?」

これ以上見ていたくなくて、机から離れソファに座って心を落ち着けようとしていたミアだが、静かなその様子にガイアスが心配そうに駆け寄ってくる。

「どうした?やはり具合が悪いのか?」

隣に座り心配そうに尋ねてくるガイアス。
その胸に、急にミアが抱き着いてきた。

びっくりしたのか身体をこわばらせるガイアスだったが、すぐに両腕をミアの背に回し、よしよし、と控えめに小さい背中を撫でる。

(ガイアスがもし誰かのことを好きで…その人にもこんな風に優しくしてたらと思うと…嫌だ……ッ)

ミアはギュッと目を瞑ってある案を思いつく。

(俺は、王家の力を使ってガイアスを繋ぎとめる!)


急に抱き着いてきたかと思うと、今度は静かに震えるミア。
不思議に思ったガイアスがミアの顔を見ようと首をかしげる。

「言わなくちゃいけないことがあるんだっ!」

ガバっと顔を上げたかと思うと、ミアが大きい声で言った。

「俺、王子なんだ!!」
「……。」

ガイアスは静かに「そうか。」と言って頭を優しく撫でた。

「…本当なんだけど?」

なんだか思ってた反応とは違い、ミアは恐る恐るガイアスを見る。
目を細めて少し嬉しそうなミアの好きな表情。

また、胸がキューっとしめられたような感覚がした。

「そうじゃないかと思っていた。」
「えっ!…すごいなガイアスは!」

ガイアスは疑問に思ったことを口に出す。

「なぜ今言うんだ?」
「それは…えっと、王家の力でガイアスを…」

「ん?俺をどうしたいんだ。」

ごにょごにょと口ごもるミアに耳を傾ける。


「ガイアスが誰かに取られちゃ嫌だから、俺から離れちゃダメって、命令…しようと思って…。」

予想外だったのか、珍しく動揺するように目が揺れるガイアスにさらに続ける。

「俺は王子だから、俺が良いって言うまで勝手に誰かと結婚しちゃダメだ!」

権力乱用もいいところだ。
しかも人間であるガイアスに、狼のミアの命令などは法的に通用しない。

「…なんで急にそんなこと心配するんだ?」

「えーっと…ガイアスを好きな奴は、いっぱいいるだろ?もし良い子だったらガイアスも好きになるかもしれないし、そしたら…」

「嫉妬したのか?」
「え…?」
「…いや、なんでもない。」

ミアが、深く考えず感情に任せてそう言ったのは明らかだった。

(今の発言で分かったが、ミアは俺に好意を持っている。今すぐにでもミアに気持ちを伝えたいが、相手が気づいていないうちにそれを言うのは賭けだ。)

ガイアスは、自分の胸の中で不安そうにこちらを見上げる狼を見つめる。

(ミアが俺から離れていくなんて、考えたくもない。)

「俺はミアを一番大切に思っている。」
「え。」

「ミアの事ばかり考えているから、他を思う余裕はないな。」

「そ、そうなの?」
「ああ。」

ガイアスがミアを一番だと言ってくれることに顔を赤くしつつも、王子だと知っても態度の変わらないガイアスにホッとした。

(勢いで王子って告白しちゃったけど、結果的には良かったな…。あの下書き用紙の字も、何か詩でも書いてたのかもしれないし。)

先程の文字が頭をよぎる。

(うん、そう思おう…。)

無理やり自分を納得させ、この調子でお披露目会の招待状を…とミアが思ったところで、扉が叩かれた。

「ガイアス様、お食事はいかがなされますか?」

「今行こう。…ミア、大丈夫か?」

「うん。安心したらお腹空いてきた。」
「ふっ…そうか。」

立ち上がる前に、軽く頭を撫でられる。
変わらないガイアスに、また嬉しくなったミアであった。



バタン


ガイアスの自室が閉まり執事の姿が見えなくなると、ミアは息を吐いた。

「はぁ~、お腹いっぱい。」
「いっぱい食べたな、王子様。」

ふぅ、とお腹をさするミア。

「この部屋落ち着く。」

リラックスして「広いソファがいい感じ~。」とご機嫌なミアがすぐにそこに座って背にもたれかかる。

ガイアスは先ほど昼食中にミアが言っていたことを思い出した。

「ミアが想像してた俺の部屋だが、自衛隊はあんなイメージか?」

「いや、ただ俺の憧れっていうか。」
「…物騒過ぎて眠れそうにない。」

ミアが思い浮かべていたガイアスの部屋は、『武器や狩猟用の銃などが壁に掛けられ、入口には獣の像か騎士の鎧が置いてある』というものだった。


しばらくソファの上で雑談をしていたが、思い出したように、ミアが身体を起こす。

「あ、そうだ、これ渡そうと思ってたんだ。」

「なんだ。」

鞄をゴソゴソと探って、中から金で縁取られた豪華な赤い封筒を出した。
封をしている蝋には、王家の証である印が押されている。

「10日後に俺のお披露目式があるんだ。王家の狼は成人になった歳から4回、国民の前に姿を見せなくちゃいけなくて。昨年はシーバ国であったんだけど、今年はサバル国であるから。」

「大変だな。それで忙しそうだったのか。」

「まぁ、最近新しい仕事も始まったし、いろいろ重なって。…もし来れそうなら式を見に来てほしい。」

「……必ず行く。」

ガイアスは少し考えるそぶりをした後、頷いた。

「正装した俺がかっこよくて、ガイアスびっくりするかもよ!」

「それは楽しみだ。」

ガイアスは笑いながら、貰った封筒を大事にテーブルの上に置いた。
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