白狼は森で恋を知る

かてきん

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第1章 白狼は恋を知る

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自室に帰ったガイアスは、手に入れた絵を見ながら、手紙を書くために便箋を広げた。

「まさか王子だったとは。」

まだにわかには信じがたいが、せっかく手に入れた手がかりを無駄にはしたくなかった。
絵描きの店主からは断固として「売ることはできない。」と言われたが、こちらも譲れない。
結局、店のリアカーの修理の”お礼”という形で受け取ることができた。

…額は外されたが。


(狼に謁見希望の手紙を書くなんて初めてだ。)

日ごろは無口と言ってよいガイアスだったが、この数か月で溜まった彼への想いを込めて、丁寧に筆を走らせた。



手紙を出してから1週間が経ったが返事はない。
さらに1週間が過ぎ、また手紙を書いた。

彼からは何の音沙汰もなく、届いていないのか、届いていても読んでいるのか何も分からなかった。

待っても待っても返事がない日々が続いたが、それでもガイアスは諦めずに何度も手紙を送った。

狼国へ他国の者が連絡を取る手段は、手紙のみだ。
それも人間国で2日、狼国で3日の検疫ののち本人へ届けられる。
もし無事に届いても、あちらから返事がなければそれまでなのだ。



手紙を出すのと同様に、ほぼ毎日森へ向かう。
今日も仕事終わりに森へ見回りに行き、帰ってまた手紙を書く。

(彼ともう一度会わせてくれ。)

信じたこともない神に祈りながら、封筒に蝋を垂らした。





・・・・・

ミアを見つけた日から半年が経ったある日、いつものように森を歩いていると、湖の側に白い何かが見えた。

「っまさか…!」

心臓の音がうるさい。
足は勝手に湖の方へ向かい、半年前のあの光景を思い出す。
木々の間から光が差し込む草むらの中で、彼が丸くなって眠っていた。

あの日と同じ光景に、ドクドクと脈打つ心臓。

慎重に、慎重に、彼に近づき見下ろした。





・・・・・

「っん…ふぁ~!今何時だ…?」

目をこすりながら起きたミアは、眠気まなこで腕輪の石を確認しようとした…のだが、視界の端に何やら大きい物体が見える。

「っわあああああ!!」

上を向いたミアは大きな声で後ろへ下がり、男を見つめる。大きな目はさらに見開かれ、尻尾がブワっと立っている。

「腹は減ってないか。」

「…………え?」

意外な言葉に、一瞬何のことかと戸惑うが、男のあまりに冷静な態度に、ミアも落ち着いてくる。

「…っあの、あなた誰ですか?なんでこの森に?」

「ガイアスだ。ここは俺の敷地だ。」

「え!ここ私有地だったのか!…すみません、俺知らなくて。」

「別にいい。腹は減ってないか?」

(やけにお腹空いてないか聞いてくるな、この人…。)

身体に似合わない黄色のリボンが付いた可愛らしいバスケットを持っている男を見つめる。

(ピクニック…じゃないよな。)

ミアの返事を待たずに、隣に座ってバスケットを開けた男は、中から美味しそうな焼菓子を出すと、ミアに手渡した。

「これ、食うか。」
「あ、ありがとうございます。」

出されて断るわけにもいかず、受け取ってまじまじと焼菓子を見つめる。
手の平サイズのマフィンに赤や緑の木の実がトッピングされている。
ちょうど小腹が空いていたミアは、石が危険を知らせて光ることもなかったため、安心してそれを一口かじる。

「美味しい!」
「そうか。」

ふっ、と少し笑ってミアを優しく見つめた男は、慣れない手つきでティーセットを準備しだした。

(この人、本当にピクニックしに来たのかも。)

男の目的がはっきりしたところで、名前を名乗ってなかったことに気づく。

「俺、ミア…です。勝手に敷地に入ってすみません。」

やはりもう一度謝っておかねば、と頭を下げる。

「……ミアか。敬語はいらない。俺のことはガイアスと呼べ。」

「ありがとう、ガイアス。」

王家に生まれ、小さい頃からほとんど敬語を使わず生活していたミア。
それでも、明らかに年上で初対面の男に失礼ではないか、と心配になった。

「それでいい。」

頭をポンっと撫でられ、ホッとしたと同時に、家族以外にされたことのないその行為に、少し気恥ずかしくなった。

「少し待っていてくれ。」

ティーカップと受け皿の柄を合わせ、紅茶を注ぎだしたガイアスを見つめながら、今の状況を確認する。

白に金の刺繍で花があしらわれた上品なレースの敷物。その上には、いろんな種類の焼菓子たちがちょこん、と並んでいる。
小さなティーカップには香りの良い紅茶が入れられ、湯気を立てている。
その可愛らしい雰囲気の中に、違和感しかない大きい男。

考えていると笑えてきて「ふふっ」と笑みをもらすミア。

「ここで何をしていたんだ?」

マフィンを1つ食べ終わり、紅茶を飲んで落ち着いたところで、ガイアスが尋ねてきた。

「剣の練習をしてたんだ。」
「剣?横に置いてあるやつか。」

「うん。剣に興味ある狼って少なくて、俺いつも1人で素振りしてるんだ。」

「場所を変えてか?」
「地図で適当に決めた森に転移するんだ。」
「…そういうことか。」

何かに納得した様子のガイアスだったが、ミアは続ける。

「俺、かっこいいから剣が好きなんだ。でも師匠もいないし仲間もいないから、全然上達しなくて。」

「俺が教えようか。」
「えッ!!」

思いもしなかった申し出に、思わずガイアスの方へ顔を寄せ、腕を掴む。

「ガイアス、剣が得意なのっ?」
「得意というか、自衛隊だからな。」
「自衛隊?!剣舞の?!」
「そうだな。剣の競技は一通りできる。」
「本当に!?」

目を輝かせたミアがガイアスにさらに近づく。

「…ああ。」

吸い込まれそうな金色の目が自分を見つめてくる姿に、ガイアスは動揺しつつ返事をする。
耳はピンと立っており、少し揺れている。

(これは…嬉しいのだろうか。)

「頼む!俺の師匠になってほしい!」
「…師匠なんて大げさだな。」

小さく笑ったガイアスが、ミアの頭を撫でてくる。
耳の近くが軽く掠められ、尻尾がブワっと膨らむ。

「っん……あの、なってくれる?礼はする。」

「大丈夫だ。…あと、礼はいらない。」

上目遣いで見つめるミアにそう言うと、ミアは安心したような顔をした後、満面の笑みで「やったー!」と両手を挙げた。
その子どものような行動に、また頬が緩む。

(本当にまだ子どもなのかもしれないな。おそらく成人はしてないだろう。)

ガイアスはミアあまりの幼い反応にミアが成人してるが故に行われるお披露目式のことをすっかり忘れていた。

「ミアはいくつなんだ?」
「今年19歳になるよ。」
「……っ、そうだったのか。」

「あ~、どうせもっと下だと思ってたんだろ!背はしかたないだろ!俺の身長は母親譲りなんだ!」

「いや…そのくらいだと思っていた。」
「絶対ウソ!」

頬を膨らませてこちらを睨むミアに、身長ではなく仕草が幼さを強調しているのでは…と思ったガイアスだったが、そこは言わずに黙って首を振った。

「ガイアスは何歳?」
「俺は24だ。」

「へぇ~、もっと年上かと思った!雰囲気あるからさ。」

ははっ、と笑いながらクッキーを摘むミア。

「あっ!さっきの件だけど、やっぱり礼はさせてよ!俺本当に基礎も出来てなくて…絶対迷惑かけるから!」

「別にいらないが…じゃあ狼について教えてくれ。」

「えっ…そんな事でいいの?」

「興味があるんだ。しかし文献が少ないから調べようもない。」

「そうなのか?よし!俺がガイアスを狼博士にしてやるよっ!」

胸を張って「任せろ!」と言うその態度に、またしても幼さを感じる。
ミアに伝えれば怒るだろうし、感情を素直に表現する姿は微笑ましい。
本人が気付くまで、ガイアスは黙っておくことにした。

「ミアはいつなら空いてるんだ?」

「まとめて時間が取れるのは週末かな。あとは忙しくて、1,2時間くらいしか無理なんだ。」

「俺も週末は大丈夫だ。では、今週末から始めるか。」

毎週末の2日間、この湖に集合することになった。

「うんっ!時間はどうする?」

「9時はどうだ?自衛隊の剣指導が始まる時間と同じだ。」

「そうしようっ!……なんか、すっげー楽しみだ!」

にっこりと笑って「俺にもついに師匠が…!」とガッツポーズするミアを見つめて、態度には出さないものの、自らも心の中で拳を握るガイアスだった。
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