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番外編・後日談
父上の契約書~父さんの時間は誰のもの?~
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「とうさん! こっち来て~!」
「はーい。今行くよ!」
隣の部屋から聞こえてくるローシェの声に返事をして立ち上がろうとするが、イヴァンに腕を取られる。
引き留めようと自分の方へ引っ張るイヴァンに、どうしたのかと視線を向けた。
「アサヒ、今は俺の時間だろう」
「え、でもあと五分じゃん」
「駄目だ。『契約』どおり、あと五分ここにいろ」
重々しい言葉を使ってくるイヴァン。
「う……分かった」
大げさに聞こえるが『契約』というのは事実で、契約書をしっかりと交わしたので文句を言うことはできないのだ。
ローシェが三歳になった時、イヴァンは俺とローシェにそれぞれ『契約書』と書かれた紙を持ってきた。
「俺は最近、すごく我慢している」
「どうしたの、急に」
俺は首を傾げ、それを真似してローシェも首をコテンと横に倒す。
その仕草があまりに可愛く、ローシェをよしよしと撫でていると、イヴァンが咳払いをして俺の注意を引いた。
「これを読んで、納得したらサインをしろ。ローシェには言葉で伝えるから、父上の話をよく聞くように」
「はぁい」
ローシェが笑顔で片手を挙げて返事をしている。
俺は恐る恐るその紙を受け取ると、広げて目を通した。
「あのさ……これって、必要ある?」
「必要だ。さぁ、サインをしろ」
その内容は、『俺が一日の内決められた時間をイヴァンと二人きりで過ごす』というものだった。
そしてその間は、イヴァンにだけ集中するよう書かれている。
決められた時間というのは、朝目覚めてからの一時間。そして、夕食後の一時間。
その他には、『週末の風呂は二人きりで入ること』と太字で書いてある。
「こんなのにサインしなくても、頼まれたらそうするよ」
「現実にはそれができていないから、これを持ってきたんだ。ローシェと三人も楽しいが、俺は時々アサヒへの欲望をど、」
「ちょっと止めてよ! 小さい子の前で!」
ローシェの耳を指で軽く抑える。
「ローシェ、よく聞け。ここには父上と父さんが仲良くするために必要なことが書いてある」
「はぁい」
分かっているのかいないのか、ローシェはこくりと頷く。
「父達が仲が良いと嬉しいだろう? では、ここに指を付けなさい」
「はい、ちちうえ」
イヴァンはローシェの小さい指を素早く朱肉につけ、紙へと導く。
「こ、こら……!」
止めようとローシェを持ち上げたが、既に素早くペタッと指紋が押されてしまっていた。
「もう、勝手にこんなことして! ローシェ、すぐに手を拭こうね」
「ふふ……きたなぁい!」
ローシェは手を汚して楽しいのか、きゃっきゃと喜んでいる。
「小さな子でさえ、このように快諾したというのに……アサヒも見習え」
「ちょっと、俺が悪いの?」
呆れた顔でイヴァンを見るが、おかまいなしに俺に朱肉を近づけてくる。
その気迫の恐ろしさに、俺が思わず両手を後ろに隠したところで、扉からコンコンとノックの音がした。
「イヴァン様~、アサヒ様~、ローシェ様~! ご夕食のお時間ですよ。皆様お揃いです」
「あ、行かなきゃ……は~い、今行くよ!」
俺は、呼びに来たドロシーに返事をすると、ローシェを抱えて立ち上がる。
「アサヒ、これにサインしてからだ」
「とぉしゃん、しゃいんして」
二人から言われ、扉の向こうからはドロシーに呼ばれ、諦めた俺は指をペタッと紙に押し付けた。
「はぁ、皆待ってるから食堂行こう」
「アサヒ、この契約書の約束を破ったら、罰が待っているからな」
「え、やだよ。そんなこと書いてなかったじゃん」
「裏に書いてある」
「えっ?」
にやりとした表情で裏面を向けてくるイヴァン。
「は⁉︎ 裏面の項目、多くない⁈」
俺は寝る前にきちんと内容を読んでおこうと決め、とりあえず急いで食堂へ向かった。
あれから二年……まだ契約は続いている。
今日は俺もイヴァンも仕事が休み。そしてローシェは午後からは家庭教師による授業が待っているものの、午前中は自由だ。
イヴァンは俺に布団を掛けると、逃げないようにと強く抱きしめる。
「この時間が終わったら、またアサヒは皆のものになってしまう」
「あのさ、俺達いつも一緒じゃん」
「二人きりではない」
その返事に溜息をつく。ローシェが生まれて五年。俺達が結婚してから八年の時が過ぎた。
我が家でずっと問題となっていることは、イヴァンが俺と二人の時間を求めることだ。
とはいっても、朝は共に目覚め、仕事もほぼ一緒。夜も同じベッドで眠るので十分だと思うのだが、イヴァンは違うらしい。
こちらの世界に倣って、ローシェは自室で一人眠っている。ドロシー直伝の寝かしつけ術で、夜に起きてくることはほとんどない。
寝る前、イヴァンは隙あらば俺の身体に触ってくる。そして愛しい男に触れられ反応しないはずもなく……
つまり俺は結婚してからほぼ毎日、夜の営みをしているのだ。
まだ足りないのか? と呆れた顔で伴侶の顔を見上げる。
イヴァンは愛おしそうに俺を見つめた。
「アサヒは、ずっと可愛いままだな」
「何言ってんだよ」
照れ隠しにイヴァンの胸に顔をうずめる。
「本当のことだ。正直な話、俺は毎晩一緒に眠って反応してしまうが、アサヒのことを考えて抑えている」
「……そういうこと真顔で言わないで。ていうか、あれで抑えてるの?」
「ああ。俺の本気は凄いぞ」
内容とは似合わない真剣な顔のイヴァンが可笑しくて、思わずプッと噴き出してしまった。
「お、もっと可愛くなったな」
イヴァンが俺の両頬を掴んで顔を覗き込む。
そのまま俺にちゅっちゅと数回口づけ、その手を寝巻きのズボンにかけたところで、寝室の扉が急に開いた。
「とうさん、なんで来てくれないの?」
「ローシェ!」
ローシェはベッドまで歩いて来ると、拗ねたように頬を膨らませる。
するとイヴァンが俺を布団の中に隠した。
「ローシェ、今は父上の時間だから駄目だ」
「もう過ぎてるよ~」
「なんだと」
イヴァンが時計を確認すると、約束の時間から数分が過ぎていた。その事実を認めたイヴァンが布団の端を捲る。
「こっちへおいで」
「わぁい」
イヴァンが微笑みながら息子を呼ぶ。
ローシェは笑顔でベッドに上がると、俺とイヴァンの間にもぞもぞと入ってきた。
「朝食の時間まで、三人でこうしていようか」
「ちちうえ、とうさんと仲良くできたの?」
「ああ、ローシェがいい子で待っていてくれるから助かっている」
イヴァンの言葉に、ローシェはにっこりと笑った。
「ローシェ、さっきは何で俺を呼んだの?」
「えっとね、家族のお顔を描いてたんだけど、とうさんと僕の目のお色が見つからなかったの」
俺の問いかけに、何とも可愛い返事が返ってくる。
お絵かきをしていたが、たくさん色があって探すのが大変なのだという。
「そうだったの? ご飯食べたら一緒に探そうね」
「うん!」
俺が、緑っぽい青って何て名前だっけ……と色の名前を考えていると、イヴァンがローシェのおでこを撫でてそこへキスを落とす。
「俺も後で見ていいか?」
「ちちうえも見て!」
嬉しそうに顔を綻ばせてるローシェを見ていると癒される。それはイヴァンも同じなのだろう、表情が緩みきっている。
俺はその様子を見てほっこりとしていたが、急に契約書の内容を思い出した。
「ん、待って。あのさ……今日はお互い休みだし、朝の一時間に関しては俺の任意じゃなかった?」
「む、」
契約書に書かれてある譲歩の件についてイヴァンに詰め寄ると、イヴァンがバツの悪そうな顔をした。
「バ、バレたか……」
「今日は夕食後の一時間は無しね」
「それは駄目だ!」
「いや、騙したイヴァンが悪い。反省して」
「……気付かなかったアサヒも悪いだろ」
「へぇ~、そんなこと言うんだ? それなら俺にも考えがあるんだけど」
ローシェを間に挟んでの言い合いが続く。
「仲良くなるための時間じゃ、なかったの……?」
頭上で繰り広げられる言い争いに、ローシェは首を傾げながら呟いた。
「はーい。今行くよ!」
隣の部屋から聞こえてくるローシェの声に返事をして立ち上がろうとするが、イヴァンに腕を取られる。
引き留めようと自分の方へ引っ張るイヴァンに、どうしたのかと視線を向けた。
「アサヒ、今は俺の時間だろう」
「え、でもあと五分じゃん」
「駄目だ。『契約』どおり、あと五分ここにいろ」
重々しい言葉を使ってくるイヴァン。
「う……分かった」
大げさに聞こえるが『契約』というのは事実で、契約書をしっかりと交わしたので文句を言うことはできないのだ。
ローシェが三歳になった時、イヴァンは俺とローシェにそれぞれ『契約書』と書かれた紙を持ってきた。
「俺は最近、すごく我慢している」
「どうしたの、急に」
俺は首を傾げ、それを真似してローシェも首をコテンと横に倒す。
その仕草があまりに可愛く、ローシェをよしよしと撫でていると、イヴァンが咳払いをして俺の注意を引いた。
「これを読んで、納得したらサインをしろ。ローシェには言葉で伝えるから、父上の話をよく聞くように」
「はぁい」
ローシェが笑顔で片手を挙げて返事をしている。
俺は恐る恐るその紙を受け取ると、広げて目を通した。
「あのさ……これって、必要ある?」
「必要だ。さぁ、サインをしろ」
その内容は、『俺が一日の内決められた時間をイヴァンと二人きりで過ごす』というものだった。
そしてその間は、イヴァンにだけ集中するよう書かれている。
決められた時間というのは、朝目覚めてからの一時間。そして、夕食後の一時間。
その他には、『週末の風呂は二人きりで入ること』と太字で書いてある。
「こんなのにサインしなくても、頼まれたらそうするよ」
「現実にはそれができていないから、これを持ってきたんだ。ローシェと三人も楽しいが、俺は時々アサヒへの欲望をど、」
「ちょっと止めてよ! 小さい子の前で!」
ローシェの耳を指で軽く抑える。
「ローシェ、よく聞け。ここには父上と父さんが仲良くするために必要なことが書いてある」
「はぁい」
分かっているのかいないのか、ローシェはこくりと頷く。
「父達が仲が良いと嬉しいだろう? では、ここに指を付けなさい」
「はい、ちちうえ」
イヴァンはローシェの小さい指を素早く朱肉につけ、紙へと導く。
「こ、こら……!」
止めようとローシェを持ち上げたが、既に素早くペタッと指紋が押されてしまっていた。
「もう、勝手にこんなことして! ローシェ、すぐに手を拭こうね」
「ふふ……きたなぁい!」
ローシェは手を汚して楽しいのか、きゃっきゃと喜んでいる。
「小さな子でさえ、このように快諾したというのに……アサヒも見習え」
「ちょっと、俺が悪いの?」
呆れた顔でイヴァンを見るが、おかまいなしに俺に朱肉を近づけてくる。
その気迫の恐ろしさに、俺が思わず両手を後ろに隠したところで、扉からコンコンとノックの音がした。
「イヴァン様~、アサヒ様~、ローシェ様~! ご夕食のお時間ですよ。皆様お揃いです」
「あ、行かなきゃ……は~い、今行くよ!」
俺は、呼びに来たドロシーに返事をすると、ローシェを抱えて立ち上がる。
「アサヒ、これにサインしてからだ」
「とぉしゃん、しゃいんして」
二人から言われ、扉の向こうからはドロシーに呼ばれ、諦めた俺は指をペタッと紙に押し付けた。
「はぁ、皆待ってるから食堂行こう」
「アサヒ、この契約書の約束を破ったら、罰が待っているからな」
「え、やだよ。そんなこと書いてなかったじゃん」
「裏に書いてある」
「えっ?」
にやりとした表情で裏面を向けてくるイヴァン。
「は⁉︎ 裏面の項目、多くない⁈」
俺は寝る前にきちんと内容を読んでおこうと決め、とりあえず急いで食堂へ向かった。
あれから二年……まだ契約は続いている。
今日は俺もイヴァンも仕事が休み。そしてローシェは午後からは家庭教師による授業が待っているものの、午前中は自由だ。
イヴァンは俺に布団を掛けると、逃げないようにと強く抱きしめる。
「この時間が終わったら、またアサヒは皆のものになってしまう」
「あのさ、俺達いつも一緒じゃん」
「二人きりではない」
その返事に溜息をつく。ローシェが生まれて五年。俺達が結婚してから八年の時が過ぎた。
我が家でずっと問題となっていることは、イヴァンが俺と二人の時間を求めることだ。
とはいっても、朝は共に目覚め、仕事もほぼ一緒。夜も同じベッドで眠るので十分だと思うのだが、イヴァンは違うらしい。
こちらの世界に倣って、ローシェは自室で一人眠っている。ドロシー直伝の寝かしつけ術で、夜に起きてくることはほとんどない。
寝る前、イヴァンは隙あらば俺の身体に触ってくる。そして愛しい男に触れられ反応しないはずもなく……
つまり俺は結婚してからほぼ毎日、夜の営みをしているのだ。
まだ足りないのか? と呆れた顔で伴侶の顔を見上げる。
イヴァンは愛おしそうに俺を見つめた。
「アサヒは、ずっと可愛いままだな」
「何言ってんだよ」
照れ隠しにイヴァンの胸に顔をうずめる。
「本当のことだ。正直な話、俺は毎晩一緒に眠って反応してしまうが、アサヒのことを考えて抑えている」
「……そういうこと真顔で言わないで。ていうか、あれで抑えてるの?」
「ああ。俺の本気は凄いぞ」
内容とは似合わない真剣な顔のイヴァンが可笑しくて、思わずプッと噴き出してしまった。
「お、もっと可愛くなったな」
イヴァンが俺の両頬を掴んで顔を覗き込む。
そのまま俺にちゅっちゅと数回口づけ、その手を寝巻きのズボンにかけたところで、寝室の扉が急に開いた。
「とうさん、なんで来てくれないの?」
「ローシェ!」
ローシェはベッドまで歩いて来ると、拗ねたように頬を膨らませる。
するとイヴァンが俺を布団の中に隠した。
「ローシェ、今は父上の時間だから駄目だ」
「もう過ぎてるよ~」
「なんだと」
イヴァンが時計を確認すると、約束の時間から数分が過ぎていた。その事実を認めたイヴァンが布団の端を捲る。
「こっちへおいで」
「わぁい」
イヴァンが微笑みながら息子を呼ぶ。
ローシェは笑顔でベッドに上がると、俺とイヴァンの間にもぞもぞと入ってきた。
「朝食の時間まで、三人でこうしていようか」
「ちちうえ、とうさんと仲良くできたの?」
「ああ、ローシェがいい子で待っていてくれるから助かっている」
イヴァンの言葉に、ローシェはにっこりと笑った。
「ローシェ、さっきは何で俺を呼んだの?」
「えっとね、家族のお顔を描いてたんだけど、とうさんと僕の目のお色が見つからなかったの」
俺の問いかけに、何とも可愛い返事が返ってくる。
お絵かきをしていたが、たくさん色があって探すのが大変なのだという。
「そうだったの? ご飯食べたら一緒に探そうね」
「うん!」
俺が、緑っぽい青って何て名前だっけ……と色の名前を考えていると、イヴァンがローシェのおでこを撫でてそこへキスを落とす。
「俺も後で見ていいか?」
「ちちうえも見て!」
嬉しそうに顔を綻ばせてるローシェを見ていると癒される。それはイヴァンも同じなのだろう、表情が緩みきっている。
俺はその様子を見てほっこりとしていたが、急に契約書の内容を思い出した。
「ん、待って。あのさ……今日はお互い休みだし、朝の一時間に関しては俺の任意じゃなかった?」
「む、」
契約書に書かれてある譲歩の件についてイヴァンに詰め寄ると、イヴァンがバツの悪そうな顔をした。
「バ、バレたか……」
「今日は夕食後の一時間は無しね」
「それは駄目だ!」
「いや、騙したイヴァンが悪い。反省して」
「……気付かなかったアサヒも悪いだろ」
「へぇ~、そんなこと言うんだ? それなら俺にも考えがあるんだけど」
ローシェを間に挟んでの言い合いが続く。
「仲良くなるための時間じゃ、なかったの……?」
頭上で繰り広げられる言い争いに、ローシェは首を傾げながら呟いた。
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