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-第5章- 小さな命と絆

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「そろそろですので、部屋を準備しておきましょう」
 あれからさらに三か月が過ぎ、ドロシーは俺に、いつ出産してもおかしくない時期だと言った。
 辛い時にはしっかり薬を飲むようにした俺は、前より食欲も出て、少しではあるが身体がふっくらしてきたように感じる。
 ドロシーは、お腹の感じから見て、一週間以内に生まれるのではないかと判断した。
 そして生むための場所として、俺が森で使っていた布団が敷いてある部屋を使うことになった。
 イヴァンが持ってきてくれた俺の布団は、ナラによってしっかり手入れがされていることと、一年に一回のクリーニングにより今でもフカフカとしている。
 時々二人でそこに寝て森での思い出を話したり、言い合いをして拗ねた俺がそこへ逃げたりと、この布団部屋はいろんな使い方をされてきた。
 今はちょうどクリーニングに出す時期でもあり、布団には、子どもが生まれるまでは隣町の店にいてもらうことになった。
「これは、すごい部屋になったな」
「本当だよね。あ、これって何に使うんだろ」
 俺とイヴァンは、ジルとドロシーによって部屋に運び込まれた器具を見て唖然としていた。
 部屋には特殊な形のベッドと複雑な形の器具、そして例の保育器が置かれている。
 タオルなどの布もこれでもかと積まれており、少し大げさなのでは……と思わずにいられない。
「もうすぐ会えるな」
 俺の少し膨らんだお腹に、イヴァンが声を掛ける。
 服を着ていれば分からないが、俺の下腹は少し出ており、子どもが順調に育っていることが分かる。
「早く顔を見せてね」
 俺がお腹を擦りながらそう言うと、イヴァンも同じように、お腹に向かって「早く出ておいで」と話しかけていた。

「いっつ……、」
 出産の準備が整って数日後。
 一向に生まれる気配が無く油断していた俺は、夜中に下腹部の激痛で目を覚ました。
「イヴァン、イヴァン、生まれるかも、腰が痛い……ッ」
 隣で眠るイヴァンを揺すると、イヴァンが飛び起きた。
「何だと! ルーサを起こす。少し待ってろ!」
 イヴァンが、俺の部屋から一番近い部屋のルーサを起こしに行った。そして戻ってくると、ベッドの上で座る俺の背中を優しく撫でる。
「アサヒ、すぐにドロシーが来るからな。大丈夫か?」
「うん。中の穴が開いてるのかな? 今は、少し痛いくらいだよ」

「アサヒ様!」
 深呼吸しながらじっとしていると、ドロシーが名前を呼びながら部屋へ入ってきた。
 そして、手渡されたガウンのようなものに着替えさせられ、イヴァンの手を借りて隣の出産部屋へ移動する。
 そのままベッドに寝かされると、不思議な器具に囲まれドキドキと緊張してきた。
「イヴァン様は、お隣で声をおかけください」
 イヴァンは、俺がショックで失神しないように隣にいる。そして子どもを産んだ経験のあるシータと、ドロシーから座学を受けたナラが出産の補助をする。
 若いルーサは、パニックになってはいけないからと、イヴァン達の父やアルダリとともに部屋の外で待機することになった。
「アサヒ、頑張ってくれ」
 イヴァンの声に励まされ、俺はドロシーの指示に従って身体に力を込めた。

 ぱちゅんッ、
「アサヒ……ッ!」
 水気を含んだ大きな音がして皆が歓声を上げる。
 イヴァンは嬉しそうに俺の名前を呼び、無事子どもを産むことができたのだと分かる。
 ふいに顔を下に向けるが、腰に掛けられたカーテンのような布が邪魔で、我が子を見ることができない。
「アサヒ、よくやった! 本当に……ありがとう」
 イヴァンが興奮した様子で俺の手をぎゅっと握る。少し疲れており、力なく笑って頷いた。
 イヴァンが俺の頬を撫でている間に、ドロシーとナラが素早く子どもが包まれている膜をぬるま湯で洗った。
 そして例の特殊な保育器の蓋がカチャンと締まる。
「アサヒ様、イヴァン様、元気な御子様ですよ」
 ガラガラと保育器が近くに寄り、俺はやっと自分の子どもと対面した。
「わ、ぷよぷよっ……!」
「今は膜に入っているので、お顔を見るのは難しいかもしれませんね」
 水分を閉じ込めた膜はポヨンと大きく、スライムのようだ。ドロシーの言う通り、膜が白がかっているため中がよく見えない。しかし、頭と思われる丸い大きな影が見えて、赤ん坊がこの中にいるのだと分かった。
 産む時はメロンでも出している気分だったが、よく見ると子どもはりんご程度の大きさのようだ。
「これからどんどん大きくなるらしいぞ」
「なんだか、信じられないね」
 結果的に言うと、俺は二時間も経たずに子どもを産んだ。
 男の出産において、これが早いのか遅いのかは分からないが、ドロシーの様子から、難産では無かったのだと安心した。
 シータは安産を知らせる為に部屋を飛び出し、ナラは生命の誕生に感動している。ドロシーは予想通り大粒の涙を流して俺の手を握っていた。
「アサヒ! 子どもが産まれたって?」
「身体は無事か……⁈」
「「兄さん!」」
 父やアルダリ、そして弟達も入ってきて、部屋はぎゅうぎゅうになる。
 おめでとうと言ってくれた全員にお礼を返したかったが、急にどっと疲れが出たのか、瞼がどんどんと落ちてきて、気付かぬうちに眠ってしまった。

 ◇◇◇◇◇

「あ、そろそろ様子を見に行こうか」
「ああ」
 出産の後、一か月は安静にしろとドロシーに言われた俺は、ベッドで寝ているだけの生活を送った。
 イヴァンもなるべく仕事を減らし、暇さえあれば俺の隣にいる。
 そして朝夕の二回、子どもに会いに行くのが俺達の日課になっていた。
 暗い場所にいなければならない子どものことを考え、一日に二回しかその姿を見ることはできなかったが、白いプヨプヨに包まれた中に黒い影が見えると、早く会いたいと思う気持ちが強くなった。

 それから三か月が経ち、そろそろ膜を破ってもおかしくないとドロシーに言われた。
 最初は膜の中でりんご程度だった影も、今ではカボチャくらいの大きさになっていた。
「狭そうだね」
「動いて膜を蹴ってるな」
 ドロシーが持ち歩いている携帯機器は、もし膜が破れた時にはすぐに知らせてくれる便利な道具だ。それが鳴ればすぐに子どもを別の保育器に移す必要がある。
 そのためこの部屋には今、保育器が二台並べられている。
 ここ一、二週間で膜が小さくなっていっていることを心配していた俺だが、ドロシーによると窮屈そうだが問題はないとのことだったので、今は安心して膜を蹴る我が子を見ている。
 この膜は本当に特殊だ。養分をたっぷり含み、特殊な保育器にいれば液の状態も変わらない。
 そして子どもが排せつをするようになってからは、排泄物が膜から染み出し外へ出ていく。
 また、それはすぐに保育器の中で洗浄され、常に清潔な状態を保てるとのことだ。
「こんなもの作っちゃうなんて、北国は凄いね」
「この技術を生み出した事に関しては、感謝しないとな」
 目の前にある複雑な機器を作ることのできる北の技術に驚く。そして、それはローシェの一族の為にディルの一族が作り出した物らしい。
 もしディルの一族がいなければ、俺は安全に子どもを産むことができなかった。
 ローシェの件があり、ディルの一族には悪い印象しか無いが、その技術には感心せざるを得なかった。

 その日、俺がイヴァンと食堂で昼食を取っていると、廊下からパタパタとせわしない音が聞こえた。
「アサヒ様! 御子様が……!」
 その声に立ち上がると、イヴァンと共に部屋へと急いで向かった。
 部屋に入ると、子どもの入った保育器が揺れている。覗き込むと、まだ膜は破れていない。しかし、そこから出たいのか足をバタバタと激しく動かしている。
「頑張れ」
 自分で膜を破るまでは見守るようにと言われているため、手を貸したい気持ちを抑えて、じっと我が子を見つめた。
 イヴァンも同じ気持ちのようで、眉を寄せて真剣な表情で見守っている。
「あ、ドロシーさん、液がちょっと漏れてます……!」
「あら、本当ですね!」
 膜からは液が染み出し、心の中でさらに頑張れと応援する。そして俺とイヴァン、ドロシーが見守る中、暴れる子どもの足がパチンと音を立てて膜を破った。
「さぁ、取り出しましょうね」
 ドロシーが保育器を開け、小さいハサミで膜を切っていく。すると中から白いぬめりに包まれた子どもが出てきた。
 髪がうっすらと生え、爪のようなものも見える。
 ドロシーがすぐに子どもを抱えて処置していくのを茫然と眺める。どうしたらいいのか分からず立ち尽くしていると、わぁぁんと泣き声が聞こえた。
「アサヒ!」
「う、うん!」
 イヴァンが俺を呼び、俺達はタオルにふんわり包まれた我が子を見る。
 わぁっと泣いている顔は赤くて小さくて、俺はその一生懸命な姿に目の前が滲んだ。
「かわいい……」
「ああ、本当に」
 胸がいっぱいでそれしか言えない俺の背中を、イヴァンが優しく撫でた。

「さぁアサヒ様、手はこのように器の形にして」
「こ、こうですか?」
「はい、そうです。では抱っこされますか?」
「お願いします」
 ドロシーから我が子を手渡される。
 恐る恐る抱いた子どもは思っていたより軽く、こんなにも小さいのかと驚く。
「こんなに小さいのに、頑張って会いに来てくれたんだね。ありがとう」
「アサヒの頑張りのおかげでもある」
 イヴァンは俺と子どもを包むように、後ろから優しく抱きしめた。

 その晩、食卓では俺の子どもの話で持ち切りだった。
「ララとリリの時は視察で遠くにいて、見れたの一か月後だったのよ。あんた達もあんなに小さかったのね」
「ルーサやめてぇ」
 ルーサがララの頬を突きながら話す。
 俺の子どもが無事に膜を破ったことを知った皆は、仕事の間に代わる代わる赤ん坊の顔を見に来た。
 弟である双子達は、自分より小さい存在を見て「おとうと~!」と言って喜んでいた。
「どっちに似るかしらね~」
「男の子だから、イヴァンに似たほうがいいよ」
 ルーサの言葉に俺が答える。
 俺達の子どもは男の子だった。うっすらと生えた髪は茶色で、今のところどちらに似ているのか定かではない。
 少し悔しい気もするが、男の子なら背が高くて顔もかっこいいイヴァンに似たらいいなとずっと思っていた。
「アサヒに似ると、色んな奴に狙われて危ないからな」
 イヴァンが俺を抱き寄せ、真剣な顔で言った。
「もう、何言ってんだよ……」
 ずっと目を瞑っているため、瞳の色はまだ分からない。
 俺は保育器ですやすやと眠っているであろう我が子を思い浮かべ、早く見たいと頬が緩んだ。
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