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-第3章- 王の誕生祭と真実

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 王の誕生祭当日。
 最後の踊りの打ち合わせが終わり、俺達出演者は控え室に移動した。
「なぁ、終わってからパーティーに参加するだろ?」
「うん。その予定だよ」
 話しかけてきたハンナにそう答える。
 国民の誰しもが参加できる王の誕生祭は夕方で終わり、それからは王族とその関係者、そして他国の王族が集まるパーティーが開かれる。
 俺達が踊るのはその宴の席であり、出番が終わればその後は参加者として、食事を楽しむ予定だった。
「パーティーの席がグライラ家と近かったら良いけど」
 ハンナが呟く。
 今日が終われば全員また別々の地域に帰ってしまう。
 踊りに集まったメンバーとは、歳が近いこともありすぐに仲良くなった。特にハンナと他数名の青年と話すようになった俺は、彼らと今後も連絡を取り合う約束をしていた。
「そうだね」
 皆、今日で別れることを寂しく思っているのか、最後まで楽しく過ごしたいとパーティーの途中で集まる計画をしていた。
「あ、ハンナ、ちょっと荷物見ててくれる?」
「出番近いんだから、早く戻れよ」
「うん」
 ハンナに本番用の着替えを預け、一旦控え室から出てお手洗いに向かった俺は、廊下ですれ違った男にじっと顔を見られた。
 誰だろう。あまりに不躾に見てくるので、知り合いかと思わずそちらを振り向くとおじぎをされる。
 その顔に見覚えはないものの、踊りのメンバーの身内だろうと思い、軽く会釈をしておいた。
 早足に去っていく男を少し不審に思ったが、城内にいる者であれば安心だろうと、深くは考えずに廊下を進んだ。

「ハンナ……この衣装、凄く恥ずかしいんだけど」
「そうか?」
 宴が始まり、ハンナと俺は衣装を着て出番を待つ。
 黒い衣装の上は、着るまで分からなかったがかなりぴったりとしており、ひし形に透けた胸部分の面積が思ったより広い。
 下も、男性にはズボン、女性にはスカートがあるが、それらは薄い素材で頼りない。特にぱっくりと割れたズボンの横からは風が入ってきてスースーとする。
 他の人は事前に着ていたのか、あまり気にしていないようだ。
「アサヒが着ると、なんかエロいな」
「たしかに。それにしても、腰ほっそいなぁ!」
 近くに控えていた青年達が話しかけてくる。そして、それに賛同するかのように何人かが話に加わる。
 全員俺よりも背が高く体格にも恵まれているが、俺はどちらかというと女の子寄りの体格で少し気後れしていた。
「中の下着、ちゃんと履いたか?」
 一人が、そう尋ねながら俺のズボンの端を少し捲ってきたが、ハンナがその手を掴む。
「おい、やめろよ。……俺のなら、いくらでも捲っていいぜ」
 冗談っぽく言って自分の裾をチラッと摘まんで見せるハンナ。それに対して、オエッと大げさに反応した青年達が笑っている。
 そのやりとりを微笑ましく見ながら、俺はイヴァンの事を考えていた。
 今日は朝から舞台と控え室を往復しており、付き添いで来ているルーサ以外の家族とは会っていない。
 本番が終わればすぐに会えるのだが、イヴァンとほぼ一日離れていたことに、少し寂しさを感じる。
「おいアサヒ、出番だぞ!」
 ぼぅっとしている俺に、ハンナが話しかける。
 これが終わったらイヴァンに会えるし、夜も一緒だ。
 欲求不満なのはイヴァンだけではない。今日は抱かれるのだと考えると恥ずかしい反面、期待もしている。
 一人で顔を赤くしている姿を見て、ハンナは俺の手をグイッと引っ張る。
「おい。い、いくぞ!」
 慌てたように声を上擦らせ、控え室から俺を連れ出した。

 拍手が沸き起こる中、ライトが眩い舞台へ上がり客席に目をやる。王はにこやかな顔で舞台の方を見つめ、隣に座る王妃と何やら話をしている。
 そしてグライラ家に用意された席に目を向ける。
 イヴァンは驚いた顔でこちらを見た後、不機嫌そうに顔をしかめた。
 おそらく衣装のことで言いたいことがあるのだろう、眉間に皺を寄せた顔に、気まずい気持ちになる。
 本番前に見せなくてよかった……
 もしこの衣装だと分かっていたら、俺のだけでもと変えさせるに違いない。
 考えている間に全員が位置につき、俺は踊りに集中しようと深呼吸した。

 踊りが終わり、大きな拍手が起こる。
 楽器隊の演奏にも気合が入っており、俺達の演技も今までで一番揃っていたと感じた。
 家族に迷惑掛けずに済んで良かった……
 鳴りやまない拍手の中、俺達は舞台を後にした。
「なぁ、完璧だったよな⁈」
 控室へ帰る途中、半歩先を歩くハンナが興奮ぎみに聞いてくる。
「うん。今までで一番良かったね。ッわ……!」
 答えたと同時に、俺の身体が後ろへ強く引っ張られた。
 え、何だ? 何が起こっているのか分からず引かれた方を見ると、今日廊下で会った怪しい男がいた。
「おい! お前誰だ!」
 ハンナが助けようと手を伸ばすが、男は素早く俺を抱えて走り出した。
「ハンッ……!」
 叫ぼうとしたが、男の腰に鈍く光る刃物が見え、恐怖でそれ以上は声を発することが出来なかった。
 男は予め逃げる道を確保していたようで、警備の薄い小さな通路を迷いなく抜けていき、俺は外へ運び出された。
 そして城外でもう一人の男と合流し、俺は二人がかりで目隠しと猿ぐつわをされた。
 ここには誰もいないし、無駄に暴れて怪我をするよりかは、逃げるチャンスを待とう。
 恐怖の中で、努めて冷静になれと自分に言い聞かせる。
 こういう場合は、騒がずに油断させてから逃げる道を探すのが一番だ。
 その機会を伺いながらじっとしていると、馬車に乗せられた。
「行くぞ」
 中には、先程の二人とは別の男が乗っていたようで、俺を攫った男達に指示を出している。
 そして、俺の手を取ってフッと笑った。
 どうすれば良いものか、なぜ俺を攫うのか……
 考えている間にも、馬車は進んでいく。
「やっとだな」
 そしてしばらく走った後、急に横から声がし、目元の布を外された。
「ん……」
 車内の窓は閉められ暗いが、隣に座る男の顔ははっきりと見えた。
 男はおそらく二十代後半。黒い瞳に黒い髪、黒い衣装と怪しい雰囲気を漂わせている。
 誰だ……? この顔に見覚えはない。
 混乱しつつも男をじっと見つめた。

 予想通り、この馬車には俺以外に三人が乗っているようだ。一人は俺を攫った怪しい男で、向かいの席に座って窓の隙間から外を確認している。そして馬車を運転している男。恐らく門の前で待ち構えていた奴だろう。
「ッ……!」
 急に、隣に座る黒ずくめの男が俺の頬に手を添え、その感触に驚き目を見開いた。男は口の端を上げている。
「やっと姿を現したか」
 薄暗い中、細められた男の目に捉えられた瞬間、なぜか寒気がし、身震いした。

 どのくらい走ったんだろう……
「降りるぞ」
 馬車が急に止まり、隣に座る男が降りるよう指示する。
 どうするべきか悩んでいると、躊躇なく横に抱きかかえられる。
「おい、甘えてるのか?」
 理解できない台詞を投げかけられ、黙ることしか出来なかった。
「お前達は馬車を変えてこい。準備が整い次第、すぐに帰るぞ」
 男は俺を抱いたまま近くの民家へと入っていった。
 この男の家か? でも今、『帰る』って……
 建物に入り、男が明かりを付ける。
 黒だと思っていた目と髪は少し紫がかっており、目は切れ長で冷たい印象だ。俺を横抱きにしたまましっかり歩いていたことから分かるように、がっしりとした身体つきで鍛えているみたいだ。
 一体何が目的なんだ?
 俺が抵抗することなく見上げているのが面白いのか、男は急に笑いだす。
「おい。私に捕まったのに、その顔は何だ」
「……」
「追いかけてほしくて、わざと逃げたのか?」
 そう言いながら俺の頬を指で軽く撫でてくる。
「やっ……」
 その感覚にゾワッとして、思わず男の手を払いのけた。 しまったという顔をすると、嬉しそうに笑う男。
「やっと可愛い声が聞けた」
 その声色と態度に、異様さを感じる。
 俺の意思とは別に、身体がこの男に怯えているかのように震えている。鋭い目に見つめられると、背筋が凍り身体が言う事を聞かない。
「どうした? 薄着だから冷えたのか」
 男は俺の震えを寒さと勘違いしたようだ。
 中へ入って来た仲間に、風呂を用意するよう命じた。
「かしこまりました、ディル様」
 仲間の男が跪きそう答えたことから、俺を抱えている男はディルという名であることが分かった。
 男はそのまま俺をベッドの部屋へ連れていく。
 大きなベッドを目の前にした途端、急に怖くなってきて抵抗するが、びくともしない。
 男は笑いながら俺をベッドへ降ろした。
「はは、そんなに警戒するな。今は何もしない。それとも、期待に応えた方がいいか?」
 サッと身構えてベッドの端へ移動する俺に、男が問いかける。
 男の目的が分からず、黙ってベッドのシーツを握る。
 すると、男もベッドに座り、壁に追いやるように近づく。
「お前を、愛している」
 そう言って自分を見つめる男。
 その瞳の紫色を見ると、胸から何かがせりあがってくる。
 急に、息が、苦し……ッ、
 いきなり首が締まるような苦しさが訪れ、目の前が霞んでくる。
「おい!」
 目の前の男は心配しながらも慣れた手つきで俺に袋を被せた。はっ、はっ、と何度も浅い呼吸をした後、少しずつ落ち着いてきた俺に、男は安心したような表情を見せつつも、その目は怒りを含んでいた。
「まだ俺の愛を拒むのか」
 低い声でそう言うと眉をひそめる。
「……ローシェ」
 知らない名前で呼ばれ、また苦しさが襲ってくる。胸がむかつき、喉からはわずかな息が漏れるのみ。俺はぎゅっと目を閉じて、意識を手放した。
 
 ん……、ここはどこだ?
 さっきまでの息苦しさが消え、俺は薄く目を開く。
 自分の身体は宙に浮いており、思わずびっくりして叫んだが声は出ない。
 もしかして死んだのだろうかと自分の手足を確認するが、声が出ず宙に身体が浮いている以外変わったところはない。
「おい、待て!」
 混乱しつつも、大きな声が聞こえ思わず近くの木の影に隠れる。
「ローシェ、待ってくれ! お前を、愛しているんだ!」
 そう叫んでいるのは、俺がさっきまで一緒にいたディルという男。
 そして、彼から逃げるように走っているのは、なんと俺だった。
 正確に言えば、この身体の主であり、俺の魂が中に入る前のことであると分かった。
 まさか、この身体の記憶の中にいるのか……?
 そうだと分かると、俺は何が起こっているのか見守るために近づく。
 ローシェと呼ばれた青年は何も持っておらず、着の身着のままでどこかへ必死に逃げているようだ。
「もう来ないで!」
「ローシェッ!」
 この身体の主は、ローシェって名前だったのか。

 そこで場面が急に切り替わる。
 今度は、幼いローシェが豪華な庭で遊んでいる。
 そこへ父親と思わしき人物が、幼いディルを連れてやって来た。
 初めて出会ったと思われる二人は緊張ぎみに挨拶を交わしており、ほのぼのと平和な様子だ。
「彼は、お前の婚約者だ」
「……え?」
 父親の言葉に、ローシェはさっきまでの穏やかな表情を曇らせた。
「しかし、お姉様達は……」
「ディル様は、お前が良いとおっしゃってくださった。遠慮することはない」
「そ、そうですか」
 分かりましたと返事をするローシェを見守るように、姉と思われる女の子が二人、隠れて様子を覗いていた。
 父とディルが去っていき、ローシェは地面に座り込む。
「そんな……」
 あの場では頷いたものの、いきなりの婚約はショックが大きかったのか、悲しげな表情で庭を見つめていた。

 場面が切り替わり、ローシェとディルは十五歳前後くらいに成長していた。
 ディルはローシェを気に入っているようで、彼の元を毎日のように訪れ愛を囁く。
 しかしローシェは、心が育っていないうちに投げかけられる愛の言葉に、どうして良いか分からない様子だ。
 いつも曖昧に礼を言っては、ディルに甘い返事を強要されて困っていた。
 王族同士の政略結婚か……
 身に付けていた服から、身体の主は良家のお坊ちゃんだと予想していたが、まさか王族だったとは。
 ローシェは北にある小さな国の王子だった。
「ローシェ様、お可哀想に……」
「仕方のないことだわ。もう選ばれてしまったもの」
 城内で働く人々の話を聞くに、この国の王族は政略結婚から逃れられない理由があるようだ。
 
 場面が何度も切り替わり断片的にローシェの様子を知る。 彼は結婚の時が近づくにつれ、表情を失っていった。
 しかし、そんな彼にも穏やかに過ごせる時間はあったようだ。毎晩寝る前にはゆっくりと本を読んでおり、本棚にはいくつも物語の本が並んでいた。そして、その多くは南の国を題材にしたものだった。
 ローシェの住むこの地域は、随分と北に位置している。 彼の記憶のほとんどは雪景色であり、寒そうに手を擦り合わせている姿をよく見た。
 もしかして、憧れの地で死にたいと思ったのかな……

 そこから場面がまた切り替わる。
 自分のベッドで寝ているローシェ。扉が開いてそちらに目をやると、ディルが静かに入ってきた。そして寝ている身体に跨ると、服を脱がせ始めたのだ。
「……ッ、ディル? なにを、」
「ローシェ、私達は婚約者だ。そうだろ?」
「まさか……ッ」
 ディルの意図に気づいたローシェが抵抗するも、大きな身体に押さえつけられて身動きが取れない。
「や、やだ! 離せッ!」
 ローシェの目からは涙が溢れ、そのうち、ヒックヒックと嗚咽交じりに泣きだした。
「はな…し、……てッ、う、うう、」
「泣くな。お前を愛してる」
 いくら静止の声を掛けても暴れても、服を脱がす手を止めないディル。
「ひゅッ……、はっ、はっ、はっ、」
 混乱で過呼吸になってしまったローシェ。流石のディルも手を止め、呼吸を落ち着けようと唇を塞いだ。
「はぁ、…ふっ、……はぁ、はぁ、」
 しばらくするとローシェの呼吸は落ち着いてきたが、涙がさらに溢れだす。
 胸を大きく上下させて泣く姿が痛々しい。
 これはローシェにとって初めてのキスだった。
 結局、泣き続けて震える小さい身体に罪悪感を感じたのか、ディルは何もせずに部屋から出て行った。
「明日また来る」
 残された言葉にローシェは絶望し、一晩中泣いた。

 朝方、ローシェは城から離れた森の前にいた。
 追いかけてくるのはディルただ一人。
 昨日の態度が気になって、朝に様子を見に城に来ていたディルは、ベッドに姿が見えず必死に探したようだ。
「ローシェ、戻って来い!」
 二人の間にはずいぶん距離があり、十分逃げられる。
「僕は、君と結婚しない!」
「私から離れることは許さない!」
「僕は、僕の心に従う……ッ!」
 そう言い残し走り出したローシェは、慣れない森をひたすら進んだ。
 場面は森から町へ、そして次の町へと変わり、俺の住んでいた森に変わった。
 身に着けていた服や装飾品が減っていく様子から、それらを売りながら旅をしていたのだと分かる。
「ここは、暖かいな」
 座って池を眺めるローシェ。なぜか俺の視線も池を見つめていた。
 さっきまでは俯瞰で見ていた俺だが、彼に乗り移ったかのようにローシェの感情が直接伝わってくる。
 彼の目的はディルから逃げることだった。しかし、それはいつ叶うのか分からない。
 逃げている間も、ディルが手配したと思われる人物に狙われることが多くあり、どこへ行っても何をしても彼の気配を近くに感じる。
「……逃げ切らないと」
 最初はただ闇雲にディルから逃げることを考えていた。 そして本で読んだような穏やかな南の地で、自分が心から愛する人と暮らせたら……
 しかし、その夢を追うのも限界だと感じていた。
「さよなら」
 水面に映る自分の顔を見ながら『死のう』と決め、ローシェは池に飛び込んだ。
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