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-第3章- 王の誕生祭と真実

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「アサヒ! 今のステップどう思う?」
「うーん、もう少し腰を入れた方がいいんじゃないかな」
 俺は今、イヴァンの妹であるルーサのダンスを見学している。
 この屋敷に来て数日は、イヴァンが俺を部屋に囲っていたため、グライラ家の人達と話す機会がなかったが、それに怒ったアルダリがイヴァンに苦言を呈し、俺はようやく皆とコミュニケーションが取れるようになった。
 イヴァンの兄であるアルダリは、まるで父のように俺を可愛がってくれていたが……つい数か月前、とうとう俺の本当の父親になった。
 そしてイヴァンの父にとっては、小さい俺は孫のようなものらしく、その眼差しは、ララやリリ達を見る時と同じである。
 そしてイヴァンの妹のルーサは俺と年齢が近いこともあり、今では友達のような関係だ。
 今日も、頼めるのは俺しかいないのだと、ダンスの練習に付き合ってほしいと懇願された。
 彼女は今、来月に城で開かれる王の誕生祭で踊る演技の練習をしている。
 領主の家族の中で踊りが上手い者が選出され、用意された舞台で踊るのだが、これは非常に名誉なことらしい。しかし、ルーサは先ほどから溜息ばかりついている。
「なんでこんなクネクネした踊りなのよ! 私はもっとかっこいい振付が良かったのに!」
 ぶつぶつ文句を言いながらも、彼女は練習を続ける。
「このテーマ決めた人は変態に違いないわ!」
「いや、領主会議で決まったことだから」
 踊りのテーマは毎年領主が話し合って決めるようで、今年は『妖艶』だ。
 この踊りをしたくないがために、ルーサは初めて会った日に、俺に代わりに踊るよう提案してきたのだ。
 その後、スポーツの得意な俺が実は踊りもできると知ったルーサは目を輝かせていたが……イヴァンに睨まれて肩をすくめていた。
「誕生祭の間、俺にできる仕事があったら振っといてね」
 イヴァンとアルダリ、彼らの父も行くだろうから、それまでにしっかり仕事を学んどかないと!
 気合を入れる俺を横目に、ルーサはダンスのターン練習を始めた。
「アサヒ何言ってるの?」
 ルーサは回転しながら続ける。
「アサヒも誕生祭に参加するの……よッ!」
 その言葉と同時に、回転を入れた大技に挑戦しようと勢いをつけたルーサ。
「ええ……ッ⁈」
 自分も出席の頭数に入っているとは知らず、思わず大きな声が出てしまった。
「きゃッ……! いっつ、」
 俺の大声に驚いたルーサは、ビクッと身体が固まり、そのまま転倒してしまった。
「いったぁ……、」
 眉を寄せて足首を撫でているルーサは、どうやら足首を捻ってしまったようだ。
「ルーサ大丈夫⁈」
 急いで駆け寄るが、顔は痛みに堪えているようで、手を足首から離さない。
「人を呼んでくる!」
 俺は部屋から急いで出ると、近くにいた使用人を呼び、ルーサは救護室へ運ばれた。

「ルーサ、ごめんね」
「気にしないで、私が悪いのよ」
 うなだれて謝る俺に、ルーサは申し訳なさそうな様子だ。
「私が話をしながら練習してたから」
 ごめんと謝り合う俺達の横で足を診察していた医者は、一通りの確認が終わり、ルーサに声を掛けた。
「二か月間は、激しい運動をしないでください」
「え! 嘘……!」
「足が腫れていて、しばらくは歩くのも辛いかと。安静になさってください」
「ど、どうしよう」
 ルーサの顔から血の気が引いていく。
「兄さん達に何て言ったら……!」
 この踊りに参加することは、重要な意味を持つらしい。
 一番の目的は、他の領の人達との交流。
 領主会議以外で、遠くの領地の状況や政策を聞く機会はめったにない。皆、自身の土地に住む者により良い暮らしをさせたいと、新しい情報を求めている。
 本来であれば、ルーサも今後の交流に繋げるために参加しなければならないのだが、今の状態では不可能だ。
 いつも自信満々なルーサが、しおしおと項垂れる姿に胸が痛む。
「あのさ、それって男も参加できるの……?」
 おずおずと聞く俺に、ルーサの目が少し輝きを取り戻す。
「出来るわっ!」
 ルーサは食い気味にそう答え、俺の手を両手で掴む。
「……代わりに、出てくれるの?」
 期待の籠った目で見られると、はいと言わざるをえない。
「うん……俺で良ければ」
「もちろんよ! いいの⁈」
 待ってましたとばかりに俺の手を取り、ブンブンと大きく縦に振る。
「うん。俺のせいでもあるし」
 これでルーサが怒られずに済むのなら……
 俺は小さく頷いた。

「えっとぉ……それでね、」
 今、家族全員が揃う食事の席で、ルーサが再び顔を青ざめさせている。
 彼女は、目の前に座るイヴァンとアルダリに今日の出来事の説明をしていた。
「ダンスは出来ないってお医者さんに言われちゃって……アサヒが代わりに出てくれることになったの」
 目線を下に向けて話すルーサ。
 その言葉を無表情で話を聞いていたイヴァンが、静かに口を開く。
「それで説明は終わりか?」
 明らかに不機嫌な声のイヴァンに、ルーサはこれ以上何も言えなくなる。
 イヴァンの隣で黙って聞いていた俺も、さすがに彼女が可哀想になり、口を挟んだ。
「俺がやるって言ったんだ。えっと、元はと言えば俺のせいだから」
「ルーサが喋りながら踊りの練習をしていたことが、一番の問題じゃないか?」
「それは……」
 言い返せない俺の肩にアルダリがポンと手を置く。その手を見て軽く眉を動かしたイヴァン。
「おいおい、アサヒは俺の息子だぞ。肩を触るくらいべつにいいだろ」
 肩に乗せた手をポンポンと動かしアルダリが続ける。
「今回の件は、踊りの参加者に選ばれた以上、うちから必ず一名は出さないといけない。俺とイヴァンはステップすらできないし、アサヒに出てもらうしかないだろ」
 以前、弟達と踊りを習った時の事を思い出す。ダンスはしたことがあると講師に伝えると、踊ってみてほしいと言われたので、体育祭でやったものを披露した。
 体育や文化祭でも練習させられたので、何個かダンスのステップは知っているがどれも初心者レベルのものだ。
 しかし、この国には無い動きだったようで、講師に言葉の限りを尽くして褒めちぎられた。
 俺が作ったステップではないことを説明しても、もはやその言葉は耳に入っていないようで、「君は天才だ!」と俺の手を取って大きく頷いていた。
 そして、その話はイヴァン達にまで伝わってしまった。
 皆こぞって俺の踊りを見たがり、逃げ場が無くなった俺は、羞恥に耐えながらも家族全員の前でダンスを披露したのだ。
「俺は、アサヒに出てもらうしかないと思う」
 なんとか説得を続けるアルダリに折れたのか、イヴァンは溜息をひとつつくと、腕を組んだまま口を開く。
「分かった。……ただし条件がある」
 渋々といった顔のまま、イヴァンが俺を踊りに参加させるにあたっての条件を述べた。
 まず『顔を出さないこと』。そして『衣装は露出の無いものにすること』。最後に『最後列の一番端で踊ること』。
 出されたものはどれも独占欲を感じさせるもので、アルダリとルーサは顔をしかめた。
「衣装と踊る位置に関しては、俺から仕切っている領主へ提案してみよう。ただ、踊りは指定通りだから変えられないぞ」
「ああ、分かっている」
 アルダリがイヴァンの条件を最大限に配慮することを示すと、怒りのオーラが少し弱まった気がした。

 家族での会議が終わり、今イヴァンは仰向けに寝転がる俺のお腹に、うつ伏せになって頭を乗せている。
 お風呂はすでに済ませており、もう寝ようとした時に、イヴァンが子どものように甘えてきたのだ。
「本当は、アサヒに舞台に出てほしくない」
『本当は』って。さっきも不機嫌丸出しだったような……
 まるで、嫌だけど顔には出さずに我慢していたと言わんばかりのイヴァン。
「アサヒの魅力に皆が気付いてしまう」
「あのさ、俺のことなんて誰も見ないって」
 話を詳しく聞いてみると、踊りには十五人も参加するとのことだ。
 一応、外見の審査もあるらしく、見目麗しいお坊ちゃんお嬢さん方に混ざって踊る俺のことなど、誰が見るのだろうか。俺は隅っこで皆に遅れを取らないように踊るのみだと考えていた。
 俺の言葉を聞いて、イヴァンは大げさに溜息をついた。
「アサヒは分かっていない……」
 その言葉から始まり、イヴァンが拗ねた口調で続ける。
 最近、屋敷では使用人達が俺を探していたり、兄弟達が俺を呼ぶ声が響いて賑やかだ。
 いろんなところで前世の知恵を活かして手伝いをしている俺は、家事に関して頼られることが多々あった。
 俺が皆と打ち解けている点に関しては、イヴァンも素直に嬉しいようだが、その反面、親しく接してくる者達に嫉妬しているのだと言う。
「アサヒを誰にも触れさせたくない」
 ぎゅうっと俺のお腹に抱きついてくるイヴァンの頭に手を乗せる。
「ほら」
 俺はその頭をよしよしと撫でながら声を掛けた。
「俺、こんなことイヴァンにしかしないし、されないよ」
 イヴァンは俺のお腹にうずめていた顔を上げた。
「これもか?」
 そう言いながら俺の顔の方へズリズリと上がってくると頬にキスをしてくる。
 ふふ、と笑いながら頷く。
「これもか?」
 次は服の端に手を入れてくる。
「イヴァン、」
 怪しい手つきに嫌な予感がし、静止させようと恋人の名前を呼ぶが、その指は滑り込むように寝間着の中へ入り、胸の辺りを撫でてきた。
「もっと俺を安心させてくれ」
 さっきまでの拗ねた態度はどこへいったのか、今は口の端を上げて俺の反応を楽しんでいる。
「明日から踊りの練習なんだけど、」
「ちゃんと安心できれば早く寝る」
 イヴァンの匙加減じゃないか……と文句を言いたいところだが、そもそも踊りの代役を務めることになったのは俺の責任だ。
 観念して手を頭の上に上げ、好きにしてくれと上目遣いでイヴァンを見る。
「アサヒ……」
 目の前の男の喉が、ゴクリと上下したのが分かった。
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