今世の幸せはあなたの隣で生きること

かてきん

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-第2章- 新しい町と幸せな日々

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「アサヒ、本当に一人にして大丈夫か?」
「うん。困ったことがあったら屋敷の人達に聞くよ」
 この町に来て四日が経った。
 イヴァンは、不慣れな俺の為だと言いながら共に部屋で過ごしていたが、さすがにこのままでは仕事に影響が出るらしい。
 昨夜、兄であるアルダリが働けと圧をかけに部屋へやって来て、ようやく仕事を再開すると決めたようだ。
「アサヒが寂しくないように、すぐに帰るからな」
「大丈夫だって。ちゃんと仕事してね」
 イヴァンは午前中に外出し、午後からは事務室で作業をするとのことで、離れている時間はほんのわずかだ。
「もし部屋から出る時は、ナラに言うんだぞ」
「分かった」
 昨日、紹介された若い従者はナラと言い、これから俺の身の回りの世話や勉強を見てくれるのだという。
 彼は十八歳の男で、すでに婚約者がいるらしい。
 人当たりの良さそうな笑顔は好印象で、同じくらいの年齢であるため親近感を感じた。
 今は俺達のやりとりを見守りながら後ろに控えている。
 この国の王に俺を保護したことを報告したイヴァンは、手紙の返事が来るまで外に出ない方がよいと言う。
「不自由させるが、家の中を好きに探検してくれ」
「探検って……子どもみたいなことしないよ。ちゃんと大人しくしてるから安心して」
 俺の言葉に、よしよしと機嫌良さげに頭を撫でてきた。
「イヴァン様、お時間です」
「ああ、行こうか」
 呼びに来た従者と共に、イヴァンは俺に無理やり背を向けて仕事へ向かった。
「アサヒ様、今日はいかがなさいますか?」
「何も決めてないけど、この屋敷で何か手伝えそうなことを探してみようかな」
 俺が出来ることと言えば……家事全般と高校二年までの勉強、あとは料理とスポーツくらい。
 出来る事は少ないが、この屋敷に住まわせてもらう限りは、何かしら役に立ちたいと考えていた。
「えっと、とりあえず調理場に行ってみようかな」
 まずは得意の料理で何か手伝えないものかと、少し緊張しつつ調理場へ向かった。

「なかなかの腕じゃないですか! もしかして前の町では料理人を?」
「いえいえ、そんな! 芸人のような事をしてました」
「ああ、そんなに見た目が良けりゃ当たり前か!」
 俺の返事に、料理人達は妙に納得していた。
 調理場で事情を説明した俺が手伝いをしたいと申し出たところ、料理の腕前を見たいと言われた。そして、得意である魚のスープを作り、無事合格を貰ったのだ。
 そして、ここの料理長である人物に『イヴァンが好きな味』だと伝えたところ、レシピを事細かに聞かれた。
「時々でいいので、イヴァンに俺の料理を食べてもらいたいんですが……」
「もちろん、ここは好きに使って構いません。イヴァン様も喜ぶでしょう」
 料理長は俺の願いを快諾してくれた。

 今から昼食の準備で忙しくなるという調理場を後にし、次は洗濯場へ向かう。
「おはようございます。いい天気ですね」
 三人の使用人の女性がワイワイと話しながら洗濯物を干している。
 その様子が微笑ましく、つい気軽に声を掛けてしまった。
「ア、アサヒ様?」
「何か手伝うことはありますか?」
「いえ! お気持ちだけ頂きます」
 俺の提案は、恐縮した彼女達に断られてしまったが、重たそうな籠が目に入り、ひょいと持ち上げて干し場まで運ぶことにする。
「では、これだけ運ばせてください」
 俺が重たい籠を軽々と抱えたのが意外だったのか、皆目を開いて驚いていた。

「このクロス……もう替え時かしら」
「あ、このシミは洗濯用洗剤で洗うと広がるから、食器用の洗剤を使えばいいですよ」
「わぁ、アサヒ様って物知りなんですね~!」
 三人が俺を取り囲んで、キャッキャと盛り上がっている。
 籠を運んだ後、しつこくせずに帰ろうと思っていたが、女性の一人に呼び止められた。
 大きなシーツがあり、四隅の一つを持って欲しいとのことで、俺は笑顔で承諾したのだ。
 その後も彼女達と楽しく話しながら作業をし、気付けば洗濯物の籠は空っぽになっていた。
「もし他に手伝えることがあったら、いつでも声を掛けて下さいね」
「アサヒ様のおかげで勉強になりました。本当にありがとうございます」
 嬉しそうな彼女達に見送られ、軽く手を振ってその場を後にした。

「わぁああああん!」
 洗濯場から離れ、そのまま庭へ向かって歩いていると、近くの部屋から子どもの泣き声が聞こえた。
 近寄ってみると庭に面した部屋のカーテンが開いており、中では二歳くらいの子どもが二人、ワンワンと泣いている。
「「やぁああああ……ッ!」」
 その泣き声の激しさに、使用人の女性達もおろおろしており、誰か他の人を呼びに行こうとしているようだった。
 子どもは好きだ。母が生きていた時は、よく家に母の友達の子どもが遊びに来ていた。
 俺はカーテンから顔を覗かせ、子ども達に声を掛けた。
「こんにちは」
 急に聞こえた声に、子ども達がピタッと泣き止み、俺がいる庭の方を見つめた。
「アサヒ様!」
 俺に気付いた女性が近づいてくる。
 親はどうしたのか尋ねると、仕事であと一時間はここに来れないと言う。それを聞いて、この子達がアルダリの子どもだと理解する。
 二人きりで過ごしたいと言うイヴァンの要望で、俺は昼食も夕食も部屋で取っていた。しかし、初めて家族で食事をした時に、アルダリとその妻であるシータが子どもについて話していた。
 そういえば、遅い時間だったから子ども達は別で食事を取ったって言ってたな。
 あの時の会話を思い出しつつ、子ども達に近づく。
「初めまして、俺はアサヒ。君達は?」
 床に座って挨拶をする俺を、未だにきょとんとしながら見る二人は、話に聞いていた通り双子だった。
「ララ」
「リリ」
 二人は小さい声で名乗ってくれた。
「なんで泣いてたの?」
 俺は、さっきまで泣いていたにも関わらずしっかり挨拶できた二人に微笑みながら尋ねる。
「ママに、」
「あいたいの」
 そう話す二人は、また大きな瞳に涙を滲ませた。
「お母さんはあと少しで来るんだって。その時二人が泣いてたら、どんな気持ちになるかな?」
 二人は、ギュッと自分達の服の端を握り締めた。
「「かなちい」」
「じゃあ笑顔で待ってたら、お母さん絶対嬉しいね」
 涙を堪えながらも一生懸命答えるお利巧な双子に、いい子だねと意味を込めてそっと手を取る。
「お母さんが来るまで、一緒に遊んでくれない?」
 お願いするように頼むと、二人は大きく頷いた。

「あらアサヒさん、うちの子達と遊んでくれてたの?」
 お昼の時間になり、二人の母親が現れた。
「すみません、勝手に」
 頭を下げて事情を説明する。
 その間、双子達は興奮しながら「あしゃひあしゃひ!」と俺の足元で名前を呼んでいた。
 礼を言われ、お昼の時間だからと部屋に帰ろうとする俺に、ララとリリが貼りつく。それを見かねたシータから、昼食を一緒に食べて欲しいと頼まれてしまった。

 その後、ララとリリ、シータと他の二人の子ども達を含めた六人で昼食をとった。
 俺の隣は、先ほどまで遊んでいた双子に陣取られ、長男次男である十歳位の子ども二人は目の前の席に座る。
「長男のラウルと、次男のセズです」
 子ども達の名前も分かり、俺はこれからよろしくという思いを込めて握手をした。
 上の子ども達はしっかりとしていて、行儀よく席について食事をしており、双子は俺に一生懸命話しかけながらも美味しそうにご飯を食べていた。
 子ども達ともすっかり打ち解け楽しい時間となったが、帰る際、俺から離れようとしない双子をラウルとセズが引き剥がし、少し喧嘩のようになった。
「えっと、明日また来るね!」
 慌ててそう言った俺に安心したのか、大人しく兄達に従い双子が手をブンブンと振る。
「あしゃひ~、またあちた~!」
「はやくきてね~!」
 五人に見送られ、俺はそのまま自室へ戻った。

「食べながら一生懸命俺に話しかける姿、本当に可愛かったんだよ」
「ふふ。ララ様とリリ様はアサヒ様との時間がよほど楽しかったようですね」
 自室のソファに腰掛け、従者であるナラに今日の出来事を話す。
 ナラの姿は見えなかったものの、今日の俺の行動は把握していたようで、微笑みながらお茶を淹れている。
「明日もララ様とリリ様にお会いになられますか?」
「うん」
 明日が楽しみだと、大きく頷いた。

 午後は図書館でこの国の歴史や文化を学んだ。
 俺のいた世界と歴史が異なるのはもちろんだが、文化に関しては通ずるものがある。
 勉強するのは苦ではないし、俺がこの国のことを知ればイヴァンの手助けができるかもしれない。


「アサヒ!」
 日が落ちかけた頃、図書館の本を持ち帰り部屋で読んでいた俺は、自分の名前を呼ぶ声を聞き、本を閉じた。
「イヴァン? 部屋にいるよ」
 恋人が帰ってきたのだと気づき急いで返事をすると、イヴァンの部屋へと繋がっている扉を開けた。
 脱いだ上着を従者に渡しながら歩いてくるイヴァンは、俺の姿を見ると手を広げてきた。
 その胸に駆け足で近づくと、ギュッと抱きしめられ頬にキスを落とされる。
 たった半日だが、久々に長時間離れていたこともあり、お互いに懐かしい感じがする。
「昼には屋敷に帰る予定が、長引いてしまった」
「今日はいろいろ楽しいことがあったから平気だよ」
「そうか。何をしていたのか、食事の時にゆっくり聞かせてくれ」
 上機嫌なイヴァンは、着替えるためにクローゼットへ軽い足取りで向かって行った。

「これは……」
 食事の時に出てきた魚のスープを見て、イヴァンは目を丸くしていた。
 俺が作ったことを告げると微笑み、食事中だというのに抱きしめられた。
 それからは、お互いに何をしていたのか報告し合う。イヴァンはララとリリが俺に懐いたことに驚いていた。
「あの二人が家族以外に懐いているのを見たことがないな。一体どうやったんだ?」
「特別なことはしてないよ。あの子達は賢いから、俺が言いたかったことをすぐに理解してくれたみたい」
「そうか」
 目を細めて、イヴァンが俺をじっと見る。
「今日は他の者の世話ばかりしていたようだな。夜は俺の『お守り』をしてくれるか?」
 それを聞いて思い浮かぶのは、ベッドの上でのいろんな行為で……
「しっかり寝かしつけてもらおうか」
 顔を赤くしている俺に、イヴァンは意地悪く笑った。
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