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-第1章- 生きたい俺と死にたい俺
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「……ッふ、」
シュッ、シュッと水気を含んだ擦れる音が家に響く。
時折、苦しそうに息を詰めるイヴァンは俺の首に顔を埋めて自らを扱いている。首に熱い息が掛かり、顔が熱くなる。
「はぁ、アサヒ……」
イヴァンは空いた手で俺の腰辺りを撫でてきた。
「わっ……!」
急に触られてびっくりしていると、イヴァンが腰に置いた手を移動させて俺のモノにそっと触れる。
「んッ……やめ、」
この状況、正常でいられるはずがない。
はぁ、と漏れる吐息が首にかかる度に俺のソコは少しずつ反応していたが、知らぬふりをしていた。それが今、イヴァンに触られたことでビクッと大きく震えて緩く勃ちあがる。
「アサヒ、興奮してるのか?」
耳元で問いかけるイヴァンの低い声にまた身体が反応する。恥ずかしくて死にそうだが、明らかに硬くなったモノをごまかすことはできない。コクリと小さく頷いた。
「なら、一緒にしよう」
イヴァンは俺のモノを優しく包み込むと、自分のと一緒に掴んで擦り始めた。
「あッ、ん、」
先走りでヌルヌルとした先端が擦れると堪らず、自然と腰が動く。
「やらしいな。腰が揺れてるぞ」
フッと笑いながら言われ、恥ずかしさが募り目をギュッと瞑る。
「うう……、」
「虐めてすまない」
泣きそうな声で唸ると、額にキスをされた。
「なッ……!」
その行動にまた動揺した俺は、それ以上は何も喋ることができず、快感を引き出すように動く手にただただ喘いだ。
「んっ、あ、ぁぁ……ッ」
「くッ……出る」
手の動きがより速くなり、何も考えられなくなる。
イヴァンは呻くように「出る」と呟くと、勢いよく精を吐き出した。
そのまま、温かい精液を俺のモノに塗り込むように数回擦っていく。
「ああッ、」
その指が根元からカリまでズッと擦り上げた瞬間、俺は喉を晒すように反らせながら果てた。
はぁはぁ、と呼吸の乱れる俺の前髪をイヴァンが優しくかき上げる。
「アサヒ、……だ」
イヴァンが何か言ったが、疲れて今にも意識を飛ばしそうな俺にその言葉は届かなかった。
一晩明け、いつものようにイヴァンの胸の中で目覚めた俺は、昨日のことを思い出して顔を赤くしていた。
何とも思ってないって感じにしないと……
昨日してしまった男同士で抜き合うという行為。こちらの世界ではよくあることなのか、俺のモノに触るイヴァンには一切の躊躇いがなかった。
逆に、俺の元いた世界では普通だと思われてるのか……
どちらにせよ恥ずかしいことをしてしまったのは確かだ。
俺が一人で百面相していると、横にいるイヴァンが起きたようで、くぐもった声が聞こえた。
「んん……、おはようアサヒ」
そう言って眠たそうな顔を俺の肩に近づけると、擦りつけるように首を振る。
もしかして……甘えてる?
自分に顔を擦り付けてくるイヴァンが幼い子どものようで可愛い。笑ってそれを受け入れていると、顔を離したイヴァンが俺をじっと見る。
「アサヒ、可愛いな」
イヴァンの言葉に固まる。
顔は熱を持ちだし耳まで熱くなった。
「昨夜は最高だった」
黙っている俺に、イヴァンがさらに続ける。その内容は、俺のモノと擦れて気持ちが良かった、今度は明かりをつけたままシたい、など俺を発狂させるようなものばかりだ。
「今日もいいか?」
「え……きょ、今日も……?」
どう答えたら良いか分からず目を伏せると、イヴァンは昨日の俺がどんな反応を示したか事細かに説明し始めた。
「わ、分かったから、もう黙って!」
慌ててイヴァンの口を手で塞ぐ。
イヴァンが作戦成功と言いたげに、目を細めて嬉しさを表した。
今夜もアレをするのか……?
恥ずかしさで、ドキドキと心臓が鳴った。
それからさらに三日が過ぎた。
イヴァンは毎晩俺と抜き合いをする。
約束した通り二日目からは明かりをつけて行ったのだが、そのせいで俺の心臓は破裂しそうだった。
眉間に皺を寄せて快感に耐えるイヴァンの顔は男らしく、大人の色気が漂っていた。
それだけでも俺の顔を赤くするには十分だというのに、彼は自分達の興奮した証が擦れ合うのを見るよう強要し、射精をする時は、必ず俺の頬やおでこにキスをする。
「はぁ……」
いよいよ明日、イヴァンはこの家を出て自分の町へ帰る。
朝、イヴァンはいつものように目覚めた俺に、おはようと言うと長めに抱きしめてきた。
その後は二人で町へ降りた。
イヴァンが来てからはすっかりしていなかった手品を披露すると、久々だからか観客も多く、思ったより稼ぐことができた。
「アサヒは本当に何でも出来るんだな」
イヴァンは初めて見た俺の手品に感心していた。そして、稼いだお金を集めて市場へと向かう。
「これ、ちょっと高いなぁ」
「ここは俺が全部出すから、アサヒは心配せず好きな物を買うといい」
今日は彼と過ごす最後の夜であり、豪勢にしようと二人で好きな食材を買う。
イヴァンは俺の作る魚のスープが一番好きだと言い、今日のメニューに加えるよう頼んできた。
それじゃ、いつもの夕食と変わらないじゃん……
そう思いながらも、彼がこの家で食べる最後の食事にいつも作るスープを選んでくれたことが嬉しかった。
そして家に帰ってからは二人で夕食を作る。
最初の頃は、危なっかしい手つきで包丁を持っていたイヴァンだが、今ではすっかり慣れた様子で野菜を細かく切っている。
「旨そうだ」
彼の横でスープをかき混ぜてると、手元を覗き込まれる。
明るく穏やかな雰囲気に包まれて、俺達は微笑みながら他愛もない話とともに手を動かした。
「アサヒ」
食事が終わり、水浴びをしようと立ち上がった俺の腕をイヴァンが掴む。
「ん? なに、」
振り向くと、深い茶色の瞳が自分を見上げている。
俺は覚悟を決めてイヴァンの次の言葉を待った。
「明日、俺は町に戻る。……アサヒはどうする?」
俺はイヴァンの前に座り正座をする。
今日一日、この話題になるのをずっと避けていた。
「……イヴァンは、どうしたらいいと思う?」
この一週間ずっと悩んでいたが、結局俺は結論を出せずにいた。
そして俺は聞きたかったことを正直に口に出す。
イヴァンに、『俺について来い』と言って欲しかった。
「アサヒが決めるんだ」
しかし期待していた言葉はかけられず、イヴァンは俺が決断するのだとはっきり言った。
その返答に俺の瞳が揺らぐ。
この家は俺の全てだ。愛着がないと言ったら嘘になる。
実際、最初に王からの手紙の内容を聞いた時は『この家から離れたくない』と思った。しかし、ここで過ごした日々を振り返ってみると思い浮かぶのはイヴァンの顔ばかり。
彼と過ごしたこの数週間が、この世界だけでなく、母が亡くなった後のどの時間よりも幸せだったのだと気付いていた。
でも俺には決めることが出来ない……
「なんで選ばせるの?」
声が震える。泣きたくないのに視界が潤んで声が詰まる。
「俺、選べない……!」
急にそう言って泣き出す俺は、きっと情緒のおかしい奴だと思われているだろう。でも、決断しろと言われて涙がポロッと目から零れた。
「どうしてだ?」
イヴァンはそんな俺の側に来てギュッと抱きしめると優しく問いかける。
「落ち着いたら教えてくれ」
イヴァンはそう言って、しゃくりあげる俺の背中を何度も撫でた。
「……ぅ、……うう、」
しばらくわんわんと泣いてしまい、やっと落ち着いた俺の顔をイヴァンが覗き込む。
「ゆっくりでいいから、落ち着いてから話そう」
俺は涙で赤くなった目を擦りながら首を振った。
「あのね、」
イヴァンは俺の背を優しく撫で続ける。
「母さんは、俺のせいで死んだんだ。俺が……選んじゃったから」
十歳の誕生日、俺は母と二人で遊園地に出掛けた。
父は仕事で参加できなくなり、延期しようという話になったが、俺は前から約束していたと我儘を言った。
結局、遠い場所であるにも関わらず、優しい母は一人で運転して遊園地に連れて行ってくれた。
その帰り道、夜道の運転に自信のない母はどこかに泊まるか、そのまま帰るか選ぶよう俺に言った。
一年に一回だけの誕生日、俺は父にも『おめでとう』と言って欲しくて家に帰ることを選んだ。
そしてその数時間後……
車で眠っていた俺は知らなかったが、母が飲み物を買いに車を降りた時、誤発進した大型トラックがそこに突っ込んできたらしい。
大勢の大人達が声を上げているのに気づいて目を覚まし車から降りると、母は担架に乗せられて救急車へ運びこまれていた。俺が確認できたのは、救急隊員越しに見えた母の足だけだった。
それから俺は、人が関わる重要な場面では、自ら選択することをやめた。
自分のせいで誰も死んでほしくない、不幸になって欲しくない、あの頃の俺は自分が疫病神である気がしてならなかった。
母の通夜が終わり真実を話した俺に、お前のせいじゃないと静かに言った父。俺はその背中を忘れない。
大きくて頼りになる父が肩を震わせて泣いていた。
いっそ、お前のせいだと言ってほしかった。
それからは父と何となく気まずい日々が続いた。
新しい女性と出会い、父の傷は少しずつ癒えていったようだが、そのことも俺に違和感を感じさせた。
しかし『結婚しないでくれ』という言葉を選ぶことはできなかった。
俺は選んじゃいけない人間だ。
自分のトラウマの全てを話した俺は、また目元が熱くなる。それをグッとこらえて拳を握った。
「俺が側にいることを選んだせいで、イヴァンが……不幸になっちゃったらッ、俺……」
苦しそうに声を詰めて言う俺に、イヴァンは肩を掴んで俺の目を見つめる。
「アサヒ、俺は不幸にはならない」
「そんなの……、わかんないよッ!」
イヴァンは目を逸らそうとする俺を視線で留めた。
その深い茶色が真剣さを物語る。
「選択できないというなら、俺がする」
イヴァンは俺の肩を掴む手にグッと力を入れた。
「俺と一緒に来い」
待ち望んでいたその言葉に、頷きたいが身体が言うことを聞かない。
黙って震える俺にイヴァンは続ける。
「好きだ。アサヒと一緒にいないと俺は不幸になる」
真っすぐに俺を見ながら言う瞳に嘘はなく、俺の目からは枯れたはずの涙が一筋落ちていった。
「俺ッ……、イヴァンのことが好きだ」
この涙が悲しいものではなく、嬉しさや安堵からきているのだと感じとったイヴァンは、俺の肩から手を外し両手を握る。
「イヴァンと、一緒にいたい……ッ。」
「ああ、ずっと一緒にいよう」
イヴァンは俺の唇に口を寄せてくる。
人生で初めてしたキスは、涙でしょっぱいはずなのに、どこか甘く感じた。
シュッ、シュッと水気を含んだ擦れる音が家に響く。
時折、苦しそうに息を詰めるイヴァンは俺の首に顔を埋めて自らを扱いている。首に熱い息が掛かり、顔が熱くなる。
「はぁ、アサヒ……」
イヴァンは空いた手で俺の腰辺りを撫でてきた。
「わっ……!」
急に触られてびっくりしていると、イヴァンが腰に置いた手を移動させて俺のモノにそっと触れる。
「んッ……やめ、」
この状況、正常でいられるはずがない。
はぁ、と漏れる吐息が首にかかる度に俺のソコは少しずつ反応していたが、知らぬふりをしていた。それが今、イヴァンに触られたことでビクッと大きく震えて緩く勃ちあがる。
「アサヒ、興奮してるのか?」
耳元で問いかけるイヴァンの低い声にまた身体が反応する。恥ずかしくて死にそうだが、明らかに硬くなったモノをごまかすことはできない。コクリと小さく頷いた。
「なら、一緒にしよう」
イヴァンは俺のモノを優しく包み込むと、自分のと一緒に掴んで擦り始めた。
「あッ、ん、」
先走りでヌルヌルとした先端が擦れると堪らず、自然と腰が動く。
「やらしいな。腰が揺れてるぞ」
フッと笑いながら言われ、恥ずかしさが募り目をギュッと瞑る。
「うう……、」
「虐めてすまない」
泣きそうな声で唸ると、額にキスをされた。
「なッ……!」
その行動にまた動揺した俺は、それ以上は何も喋ることができず、快感を引き出すように動く手にただただ喘いだ。
「んっ、あ、ぁぁ……ッ」
「くッ……出る」
手の動きがより速くなり、何も考えられなくなる。
イヴァンは呻くように「出る」と呟くと、勢いよく精を吐き出した。
そのまま、温かい精液を俺のモノに塗り込むように数回擦っていく。
「ああッ、」
その指が根元からカリまでズッと擦り上げた瞬間、俺は喉を晒すように反らせながら果てた。
はぁはぁ、と呼吸の乱れる俺の前髪をイヴァンが優しくかき上げる。
「アサヒ、……だ」
イヴァンが何か言ったが、疲れて今にも意識を飛ばしそうな俺にその言葉は届かなかった。
一晩明け、いつものようにイヴァンの胸の中で目覚めた俺は、昨日のことを思い出して顔を赤くしていた。
何とも思ってないって感じにしないと……
昨日してしまった男同士で抜き合うという行為。こちらの世界ではよくあることなのか、俺のモノに触るイヴァンには一切の躊躇いがなかった。
逆に、俺の元いた世界では普通だと思われてるのか……
どちらにせよ恥ずかしいことをしてしまったのは確かだ。
俺が一人で百面相していると、横にいるイヴァンが起きたようで、くぐもった声が聞こえた。
「んん……、おはようアサヒ」
そう言って眠たそうな顔を俺の肩に近づけると、擦りつけるように首を振る。
もしかして……甘えてる?
自分に顔を擦り付けてくるイヴァンが幼い子どものようで可愛い。笑ってそれを受け入れていると、顔を離したイヴァンが俺をじっと見る。
「アサヒ、可愛いな」
イヴァンの言葉に固まる。
顔は熱を持ちだし耳まで熱くなった。
「昨夜は最高だった」
黙っている俺に、イヴァンがさらに続ける。その内容は、俺のモノと擦れて気持ちが良かった、今度は明かりをつけたままシたい、など俺を発狂させるようなものばかりだ。
「今日もいいか?」
「え……きょ、今日も……?」
どう答えたら良いか分からず目を伏せると、イヴァンは昨日の俺がどんな反応を示したか事細かに説明し始めた。
「わ、分かったから、もう黙って!」
慌ててイヴァンの口を手で塞ぐ。
イヴァンが作戦成功と言いたげに、目を細めて嬉しさを表した。
今夜もアレをするのか……?
恥ずかしさで、ドキドキと心臓が鳴った。
それからさらに三日が過ぎた。
イヴァンは毎晩俺と抜き合いをする。
約束した通り二日目からは明かりをつけて行ったのだが、そのせいで俺の心臓は破裂しそうだった。
眉間に皺を寄せて快感に耐えるイヴァンの顔は男らしく、大人の色気が漂っていた。
それだけでも俺の顔を赤くするには十分だというのに、彼は自分達の興奮した証が擦れ合うのを見るよう強要し、射精をする時は、必ず俺の頬やおでこにキスをする。
「はぁ……」
いよいよ明日、イヴァンはこの家を出て自分の町へ帰る。
朝、イヴァンはいつものように目覚めた俺に、おはようと言うと長めに抱きしめてきた。
その後は二人で町へ降りた。
イヴァンが来てからはすっかりしていなかった手品を披露すると、久々だからか観客も多く、思ったより稼ぐことができた。
「アサヒは本当に何でも出来るんだな」
イヴァンは初めて見た俺の手品に感心していた。そして、稼いだお金を集めて市場へと向かう。
「これ、ちょっと高いなぁ」
「ここは俺が全部出すから、アサヒは心配せず好きな物を買うといい」
今日は彼と過ごす最後の夜であり、豪勢にしようと二人で好きな食材を買う。
イヴァンは俺の作る魚のスープが一番好きだと言い、今日のメニューに加えるよう頼んできた。
それじゃ、いつもの夕食と変わらないじゃん……
そう思いながらも、彼がこの家で食べる最後の食事にいつも作るスープを選んでくれたことが嬉しかった。
そして家に帰ってからは二人で夕食を作る。
最初の頃は、危なっかしい手つきで包丁を持っていたイヴァンだが、今ではすっかり慣れた様子で野菜を細かく切っている。
「旨そうだ」
彼の横でスープをかき混ぜてると、手元を覗き込まれる。
明るく穏やかな雰囲気に包まれて、俺達は微笑みながら他愛もない話とともに手を動かした。
「アサヒ」
食事が終わり、水浴びをしようと立ち上がった俺の腕をイヴァンが掴む。
「ん? なに、」
振り向くと、深い茶色の瞳が自分を見上げている。
俺は覚悟を決めてイヴァンの次の言葉を待った。
「明日、俺は町に戻る。……アサヒはどうする?」
俺はイヴァンの前に座り正座をする。
今日一日、この話題になるのをずっと避けていた。
「……イヴァンは、どうしたらいいと思う?」
この一週間ずっと悩んでいたが、結局俺は結論を出せずにいた。
そして俺は聞きたかったことを正直に口に出す。
イヴァンに、『俺について来い』と言って欲しかった。
「アサヒが決めるんだ」
しかし期待していた言葉はかけられず、イヴァンは俺が決断するのだとはっきり言った。
その返答に俺の瞳が揺らぐ。
この家は俺の全てだ。愛着がないと言ったら嘘になる。
実際、最初に王からの手紙の内容を聞いた時は『この家から離れたくない』と思った。しかし、ここで過ごした日々を振り返ってみると思い浮かぶのはイヴァンの顔ばかり。
彼と過ごしたこの数週間が、この世界だけでなく、母が亡くなった後のどの時間よりも幸せだったのだと気付いていた。
でも俺には決めることが出来ない……
「なんで選ばせるの?」
声が震える。泣きたくないのに視界が潤んで声が詰まる。
「俺、選べない……!」
急にそう言って泣き出す俺は、きっと情緒のおかしい奴だと思われているだろう。でも、決断しろと言われて涙がポロッと目から零れた。
「どうしてだ?」
イヴァンはそんな俺の側に来てギュッと抱きしめると優しく問いかける。
「落ち着いたら教えてくれ」
イヴァンはそう言って、しゃくりあげる俺の背中を何度も撫でた。
「……ぅ、……うう、」
しばらくわんわんと泣いてしまい、やっと落ち着いた俺の顔をイヴァンが覗き込む。
「ゆっくりでいいから、落ち着いてから話そう」
俺は涙で赤くなった目を擦りながら首を振った。
「あのね、」
イヴァンは俺の背を優しく撫で続ける。
「母さんは、俺のせいで死んだんだ。俺が……選んじゃったから」
十歳の誕生日、俺は母と二人で遊園地に出掛けた。
父は仕事で参加できなくなり、延期しようという話になったが、俺は前から約束していたと我儘を言った。
結局、遠い場所であるにも関わらず、優しい母は一人で運転して遊園地に連れて行ってくれた。
その帰り道、夜道の運転に自信のない母はどこかに泊まるか、そのまま帰るか選ぶよう俺に言った。
一年に一回だけの誕生日、俺は父にも『おめでとう』と言って欲しくて家に帰ることを選んだ。
そしてその数時間後……
車で眠っていた俺は知らなかったが、母が飲み物を買いに車を降りた時、誤発進した大型トラックがそこに突っ込んできたらしい。
大勢の大人達が声を上げているのに気づいて目を覚まし車から降りると、母は担架に乗せられて救急車へ運びこまれていた。俺が確認できたのは、救急隊員越しに見えた母の足だけだった。
それから俺は、人が関わる重要な場面では、自ら選択することをやめた。
自分のせいで誰も死んでほしくない、不幸になって欲しくない、あの頃の俺は自分が疫病神である気がしてならなかった。
母の通夜が終わり真実を話した俺に、お前のせいじゃないと静かに言った父。俺はその背中を忘れない。
大きくて頼りになる父が肩を震わせて泣いていた。
いっそ、お前のせいだと言ってほしかった。
それからは父と何となく気まずい日々が続いた。
新しい女性と出会い、父の傷は少しずつ癒えていったようだが、そのことも俺に違和感を感じさせた。
しかし『結婚しないでくれ』という言葉を選ぶことはできなかった。
俺は選んじゃいけない人間だ。
自分のトラウマの全てを話した俺は、また目元が熱くなる。それをグッとこらえて拳を握った。
「俺が側にいることを選んだせいで、イヴァンが……不幸になっちゃったらッ、俺……」
苦しそうに声を詰めて言う俺に、イヴァンは肩を掴んで俺の目を見つめる。
「アサヒ、俺は不幸にはならない」
「そんなの……、わかんないよッ!」
イヴァンは目を逸らそうとする俺を視線で留めた。
その深い茶色が真剣さを物語る。
「選択できないというなら、俺がする」
イヴァンは俺の肩を掴む手にグッと力を入れた。
「俺と一緒に来い」
待ち望んでいたその言葉に、頷きたいが身体が言うことを聞かない。
黙って震える俺にイヴァンは続ける。
「好きだ。アサヒと一緒にいないと俺は不幸になる」
真っすぐに俺を見ながら言う瞳に嘘はなく、俺の目からは枯れたはずの涙が一筋落ちていった。
「俺ッ……、イヴァンのことが好きだ」
この涙が悲しいものではなく、嬉しさや安堵からきているのだと感じとったイヴァンは、俺の肩から手を外し両手を握る。
「イヴァンと、一緒にいたい……ッ。」
「ああ、ずっと一緒にいよう」
イヴァンは俺の唇に口を寄せてくる。
人生で初めてしたキスは、涙でしょっぱいはずなのに、どこか甘く感じた。
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