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第三章 白狼と最愛の人

お披露目式

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「……」
 ガイアスは息を飲み、その美しさに目を奪われる。
「ねぇ、何か言ってよ」
「綺麗だ……とても、」
 さんざん言われ慣れているだろう言葉しか出て来ずもどかしい。しかし、この美しさを何と表せば良いのかガイアスには分からない。
 控え室の椅子に腰掛けるミアは、純白の結婚式衣装に身を包んでいる。

 サバル国とシーバ国両王に呼ばれた日から半年が経った。
 両国では新しい婚姻に関する法が定められ、世間は大いに賑わった。
 サバル国では公にされていないが、シーバ国ではミアとガイアスの婚約は既に発表されている。
 そして、シーバ国ではミアの婚約を祝って一か月程お祭が続いており、今日は王宮の入口を開放し、国民が参加できる結婚のお披露目式が行われる日だ。
 シーバ国の狼達は皆、王族が人間の男と結婚するというこの歴史的な日に立ち会えるとあって賑わっていた。今も、まだ式が始まる前だというのに、多くの狼の歓声が聞こえてくる。
 ガイアスとミアは式の三日前にサバル国とシーバ国、両王からの文書を受け取り、それにサインしたことで結婚は既に成立している。しかし、その後は迫りくる式の準備で忙しく、余韻に浸ることもできなかった。
 そして今、やっとお互いの姿を見て、結婚したという自覚がじわじわと湧いてきていた。
「ガイアスも凄く……うう、かっこよすぎ」
 ガイアスの着ている衣装は、この婚礼の為に作られた黒い騎士服だ。袖や胸元には、シーバの王宮服の柄で刺繍が施してある。そして揃いの長いマントには、これまた見事な刺繍がしてあった。
 悔しそうに言うミアにフッと笑うガイアスは、近寄って白い衣装を見つめる。
「俺もちょっとだけど、騎士っぽいデザインにしてもらったんだ」
 ミアはマントを指差している。ただ、とろんとした素材でできているそれは、マントというよりはショールのようで、やはりシーバの王宮色を強く感じた。
「お揃いだね」
「そうだな」
 はにかんだミアが近づいて上を向く。ガイアスはその唇に引き寄せられるように自らの顔を近づけた。
「あ、ちょっと待って!」
 ギリギリで止められたガイアスが様子を窺うと、ミアはキョロキョロと周りを見回していた。
「よし、いないな」
「イリヤ殿か?」
 いつも図ったように現れるイリヤだ。今回もありえると思っていたが、ミアの考えすぎだったようだ。確かにここはミアとガイアスの控え室であり、急に入ってくるような者はいないだろう。
 ちゅ、
 再び向き直ると、ガイアスはミアに被さるように立ったままキスをする。そのまま口を離して見つめ合っていたが、またどちらともなく口を寄せる。
「……んふ、」
 幸せすぎてキスの途中に笑ってしまったミア。
「なんで笑っている」
 問いかけながらキスを続けるガイアスが、薄く唇を開く。ミアは口を開けて舌を受け入れようとしたが……
「その辺りでお止めください。主役の口が腫れては国民に失礼ですよ」
 声がして扉の方へ勢いよく向いた二人。そこには腕を組んで立っている従者がいた。
「イリヤ! なんで入ってくるんだよっ!」
「お二人とも、今から式が始まるというのに、そうやって口を吸ってばかりいないで下さい。髪もセットしたのに、そのように触っては駄目です」
 ミアの項に回されたガイアスの手を、イリヤが石の力で剥がす。
「式が終わるまでは接触禁止です!」
「は、はい」
「分かった」
 従者の圧に押され、二人とも頷くしかなかった。

「ミア~、準備できた?」
「うん! 入って大丈夫だよ」
 コンコンという音とともにリースの声が聞こえる。返事をすると扉が開けられ、リースとスーシャ、そしてカルバンが入ってきた。
「わぁ~、ミアもガイアスさんも素敵だね!」
「よく似合ってるわ!」
 リースとスーシャは衣装を見比べて素敵だとはしゃいでいる。
「兄様……?」
 後ろで黙っている兄を不審に思い、ミアが顔を覗き込むと、カルバンが急に身体を抱きしめてきた。
「わ、何⁈」
「私の話を聞いてくれ。ミア、ガイアス……」
 真面目な兄の声に、何だろうかと言葉を待つ。名前を呼ばれたガイアスも、カルバンの次の発言に耳を傾けた。
「……結婚おめでとう」
「えっと……なんで急に?」
「祝いの言葉を贈っていなかったからな」
 兄の言葉に、たしかにそうだと記憶を遡る。結婚の報告をした時、反対したり怒ったりはしなかったものの、目の輝きは消え、数日間骸のように過ごしていた。
 式が近づくにつれ徐々に元には戻っていたが、時々溜息をついたりと元気がなかった。
 反対しないということは認めているのだろうと、ミアは特に気にしていなかった。しかしカルバンはずっとそれを気に掛けていたようで、やっと言えたとホッとした顔をしている。
「ありがとう兄様」
 カルバンは弟と妹を溺愛しており、数年前、スーシャに婚約者ができた時には数か月引きずっていた。
 今ではすっかり婚約者と仲良くしているが、初めて挨拶に来た時は殴り掛かろうとするカルバンを数人で取り押さえたくらいだ。
「ガイアス、近いうちに王宮へ来てくれ。家族で食事をしよう」
 今まで、お披露目式後と挨拶以外でガイアスを王宮に連れて来たことはなかった。
 ミアがサバル国へ行く方が簡単である為そうしていたが、落ち込むカルバンに遠慮していたのも事実だ。
「ありがとうございます」
 ガイアスが笑顔で礼を言う。
 これで一件落着……と思った時、ミアを抱きしめる腕の力がさらに強くなった。
「う……っ、苦し、兄さま……」
「ああ、やはり嫌だ! ミアは私のものだ。うッ、……」
 結局最後に本音を吐き出したカルバンは言葉を詰まらせ、片手を目頭に当てた。
「ちょ、兄様……泣いてるの?」
「……泣いてない、」
 ミアが慌てて尋ねる。カルバンは肩を震わせて静かに泣き始めた。
 時期国王である兄の涙などめったに見ることのないミア。焦ったように姉に目を向けると、なんとスーシェも目からポタポタと涙を流し始めた。
(え、え、何この状況……!)
 リースは……と振り向いたところで、大粒の涙を零す弟が視界に入る。
(えぇぇ~、リースもなの?)
「「ミアァァ~!」」
 おろおろとガイアスを見ると、ミアと同様どうして良いのか分からず立ち尽くしている。
「はいはい、出ますよ」
 カオスな状況を見かねたイリヤが、石の力で三人を部屋から無理やり出した。
「では、ミア様とガイアス様、お時間まで『何もせず』過ごしてください」
 何もするなと強調したイリヤは、そう言い残すと扉を閉めた。
「なんか、ごめんね……」
「皆、ミアのことを愛しているんだな。俺のものになってしまって大丈夫か?」
 ガイアスはミアの腰を軽く抱く。先程の兄達の涙を見て、少し心が痛んでいた。
「うん。俺は、ガイアスだけの狼になりたい」
「ミア……」
 その言葉に、また自然と唇を寄せ合った二人だが、寸前のところでイリヤの顔が思い浮かび、同時に顔を離す。
「そうだ、父さん達にも挨拶に行くか?」
「……うん」
 二人は無理やり気持ちを切り替え、別の控室で待っているジャックウィル家の皆に会いに行くことにした。

「ミアちゃーん!」
 部屋へ入ってきたミア目掛けてシュラウドが抱き着こうとしたのを、兄達が止める。
「おい! せっかくの衣装が崩れるだろうが!」
「いい加減にしろ!」
「今日くらい大人しくしろよな!」
 兄に対してとは思えない言葉遣いだが、これがジャックウィル家の兄弟達の普通なのだろう。言われたシュラウドも気にする様子もなくヘラヘラと笑っている。
「ミアさんとっても素敵。式が本当に楽しみだわ。ねぇ、あなた」
「ああ」
 ガイアスの母はミアを誉め、リバーも嬉しそうに微笑んだ。その後ろから、ガイアスの弟も顔を出す。
「ミアさん本当に綺麗。後で衣装を見てもいいですか?」
「うん、もちろんいいよ」
 ルーヴはミアの衣装が気になって仕方がないようで、目をキラキラさせながら聞いてきた。
「もうすぐ始まるのか……なんか俺達まで緊張するな」
「シーバに入るだけでもビビっちまうのに、こんなでっかい式に参列なんてな」
「ミアはともかく、ガイアス大丈夫か?」
 少し緊張気味の三人の兄達がミアとガイアスを囲む。
 この結婚式の日まで、ジャックウィル家へ何度も足を運んだミア。
 転移ですぐに本家に帰ってこれることを知った母は、ガイアスの衣装は自分がデザインすると提案した。
 そして、衣装合わせの為に何度も本家に帰省していたガイアスとミアは、毎回夕食を家族と共にし、時には泊まることもあった。
 ルシカに住む他の兄達も、ミア達と一緒に本家に転移することが増え、ジャックウィル家の週末はずいぶんと賑やかになった。
 最初はミアに遠慮していた兄弟達も、今ではかなりフランクな物言いと態度になり、本当の兄弟のように接している。特に弟は、粗野な兄達とは違ったミアに親近感が沸いたようで、とても懐いていた。
 ジャックウィル家の兄弟と話をしながら時間を過ごしていると、ノックの音がしてイリヤが現れた。
「ガイアス様、ミア様、そろそろお時間ですので、陛下と妃殿下のお部屋にお越しください」
 イリヤはミアとガイアスの腕に触れると、返事も待たずに転移した。

「ミア様とガイアス様をお連れいたしました」
 目の前の扉を開けて中へと入るイリヤに続く。
 部屋では、アイバンとシナが窓辺の椅子に座っていた。
「おお、よく似合ってるな」
「あら、本当に。とっても素敵だわ」
 ミアはマントを見てくれと母に近づき、かっこいいと褒められてご機嫌だ。
 親子の仲睦まじいやりとりの隣で、ガイアスはアイバンに再度頭を下げた。
「ミア様と結婚することができるのは、アイバン様のお力添えがあったからです。心から感謝いたします」
「息子の幸せに尽力しない親などいない。君はもう私の家族だ。これからよろしく頼む」
「はい」
 握手を求められ、その手を強く握ったガイアスは、しっかりと返事をした。
「もうすぐ出番みたいよ。子供の結婚のお披露目なんてカルバン以来ね。楽しみだわ~」
 ワクワクしている母を見ていると、ガイアスの母に通じるものを感じる。二人ともおっとりとしているが、仕事に関しては自他共に厳しいのだ。そしてしっかりと家族を支えている。
 今夜の食事会で顔を合わせる母二人がどんな会話をするのか、実に気になるミアだった。
「さて、国民に息子達の幸せな姿を見せようか」
 アイバンの言葉にミアとガイアスは頷き、宮殿のバルコニーへと向かった。
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