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第二章 白狼と秘密の練習

アスマニカの剣舞団

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「ふぁあ……、」
 朝、ミアが目を覚ますと見知らぬ天井。
 カーテンは閉められ薄暗いが、隙間から零れる光が朝であることを告げている。
 身じろぎしようとして、自分の身体に乗っている腕の重みに気付く。
(あ、俺ガイアスの実家に泊まったんだった)
 隣に眠る恋人。すー……と静かに寝ている顔を観察する。普段の切れ長な目は閉じられ、どことなく幼い印象だ。
「ふふ……」
 いつも先に起きてミアの顔を眺めているか、支度をしているガイアス。そんな彼の無防備な姿を見ることができた嬉しさから、思わず笑みがこぼれる。
 少しの間、近くで顔を眺めていたミアは、顔にあるいくつかの傷を指でそっと触る。
 普段滅多に怪我をすることがなく、また回復力の高さから傷の残りづらい狼のミアは、珍しい傷跡に興味深々だ。
 眉の端を断ち切るようにある傷と、顎にあるソレを撫でていく。そこは盛り上がり、少し赤みがある。
 よしよしと撫でているうちに愛しく感じてきた顎の傷に、ちゅっと口づけると、枕にしていた腕とお腹に乗っていた腕が動いてミアを抱きしめた。
「わッ、」
「誰だ、悪戯する狼は」
 目を開けて、くつくつと笑うガイアス。
「起きてたの? いつから?」
「ミアが身体を俺の方に向けた時からだな」
「……ッ! 寝てると思って恥ずかしいことしちゃった」
 拗ねるミアは頬を膨らませる。
「起きてる時はしてくれないのか?」
 たまにする意地悪なガイアスの表情。その顔にムッとしながらもドキドキする。
 ミアは、自分を愛おしそうに見つめる恋人の顎に手を掛けると、目を閉じてそっとキスをした。

「ガイアス~! ミアちゃん~! 起きてる?」
 ベッドの上で戯れていた二人だったが、ガイアスの兄であるシュラウドが無遠慮に扉を開けたことで、甘い空気は散っていく。
「わッ!」
「おい」
 地を這うような低音で兄を睨むガイアスは、お腹の上に寝そべるように乗っていたミアに布団を掛けその姿を隠すと、優しく横に降ろした。
「ごめん邪魔して……そのままでいいから聞いて~!」
「おい、邪魔だと分かったなら出ていけ」
 怒りの声は無視して、シュラウドは豪華な装飾の施された紙をガイアスに見せる。
 ミアはすっぽりと布団を被されているため、何が起こっているのか分からない。
「これ、今日街である剣舞の券だよ。せっかくだから二人で行ってきなよ~!」
「剣舞?」
 その単語に反応し、ミアが布団の中から声を出す。
「あ、ミアちゃんが食いついてる~」
「……」
 ガイアスが黙って兄を見つめる。
「ほらぁ、今回は俺が勝手にいろいろしちゃったせいで迷惑かけたでしょ? だから、罪滅ぼしの品として受け取ってくれない?」
 布団をずらして、ミアが顔だけをヒョコっと出す。
「あ、ミアちゃん! 朝から可愛いね」
「おい」
 兄の軽口に、またガイアスが冷ややかな目を向ける。
 ミアの視線は、シュラウドの手元にある券に釘付けだ。
「俺達にくれるんですか?」
「そうだよ~!」
 満面の笑みで、ミアにチケットを渡そうと近寄ってくるシュラウド。
「兄さん、分かったからそこのテーブルに置いておけ」
「良かった~! 昨日必死に探した甲斐があったよ!」
 何も考えていないようでありながら、シュラウドは今回の件を少しは反省しているらしい。ホッと息をついて、券を封筒に入れると机の上に置く。
「始まるのは夕方五時だからね。ベッドでイチャイチャしてからでも十分間に合うよっ!」
 シュラウドが親指を立てて、にっこり笑う。その言葉に、ボンッと顔が赤くなるミア。
 その可愛い表情を隠すため、またしてもガイアスが布団を頭まで被せる。
「わッ」
「じゃあね~ミアちゃん! 僕は仕事だからこれで。また遊びに来てね~!」
 言うと、さっと身をひるがえして扉から出ていく。
 扉が閉まるのを確認して、ガイアスが布団をめくりミアを出した。
「ガイアス、剣舞だって!」
「ああ、楽しみだな」
 わくわくした気持ちを露わにするミアを微笑ましく思いながら、兄の失態に対して、怒りが少しだけ和らいだガイアスだった。

「わ~、こんなでっかい会場でやるの?」
 夕方までゆっくりと部屋で過ごしたミア達は、都市・アナザレムにある巨大なスタジアムにやって来た。
 首都であるルシカの次に大きな都市であり、施設には人が多く集まっている。
「シーバには、こんなに大きい施設無いよ」
 ミアは辺りを見回している。
「アナザレムは催しが多い都市だからな……あっちが入口みたいだぞ」
 ガイアスが券を二枚取り出す。
「楽しみ!」
 はしゃいでいるミアは、今日も耳と尻尾を消している。
 そして、フードが付き顔が隠れるような服を着ているにも関わらず、よく通る明るい声に人々が時折振り返る。
 ミアは視線に慣れておりちっとも気にしてないが、横にいるガイアスは常に気が気ではない。
(本当に、ミアが今まで無事だったのは奇跡だな……)
 どこに行っても人を惹きつける恋人を心配し、ガイアスはミアの肩をしっかりと抱いて歩いた。

 今回、このスタジアムで剣舞をする剣舞団は相当人気らしく、見渡すと席がみっちりと埋まっていた。
「俺達の席は……最前列か」
(兄さん、昨日から券を探し始めたって言ってたよな?)
 どんな手段で手に入れたのか定かでは無いが、相当苦労したことが窺える。
「わ~! こんなに近くで見れるの?」
 席は最前列の真ん中から少し右側。周りに座っているのは、煌びやかな服を着た者ばかり。
 団体ごとに仕切られているようで、しっかりした二人掛けの席に案内される。
「こちらです」
「えっ、ここ? ガイアス見て!」
 舞台を指差すミアは、ステージへのあまりの近さに興奮している。
「良かったな」
「うん!」
 満面の笑みで答えるミア。
(はぁ、癪だが……兄さんに感謝だな)
 そもそもが罪滅ぼしの品なのだが、ミアのこんなに嬉しそうな表情を見れてガイアスは幸せを感じた。

 先に注文した飲み物を片手に、少し待っていると会場が暗くなる。それとともに客の歓声が響き、いよいよ剣舞のステージが始まるのだと分かる。
「わ! 始まるみたいだね!」
 二人は手を繋いでおり、ミアが興奮で手を胸元に上げたため、ガイアスの片手も自然と上がった。
 今回の剣舞は人間国三つのうちの一つ、アスマニカ国から来た剣舞団だった。サバル国で主流の力強い型とは違い、流れるような美しい型が特徴だ。
 まずは主役である舞団の前に、いくつかの団体が演技を披露する。
 ミアは終始、真剣にステージに目を向けていた。そして舞いが終わるたびに、凄かったとガイアスに笑顔を向ける。

 わぁぁぁああああ
 今回の主役となる団体が入場し、会場は今日で一番大きな歓声に包まれる。
 列になって登場する団員達。そして最後の一人が入場すると、会場から割れんばかりの黄色い声が響いた。
 その声に答えるように投げキッスを送る男に、またしても「きゃぁぁああ~!」と高い女性の声。
 その声の的にガイアス達が目を向けると、なるほど……非常に整った容姿をしていた。
(ちょっとだけ、カルバン兄様に似てるかも?)
 彫刻のように完璧な美貌を持つカルバンとまではいかないが、それに近い容姿。
 耳の後ろで結ばれたハーフアップの髪は白がかった金髪で緩くウェーブしており、優しさと色気溢れるたれ目がちな目元が印象的な男だった。
 優雅な動きで歩きながら観客席に手を振っている男は、中央の先頭に立つと、真剣な顔になり剣を構える。

 楽器の演奏の音が大きくなり、団員達が剣を掲げて剣舞が始まった。
 サバル国とは違った緩やかな構えと細かい動き。ミアはその繊細な動きを逃さないよう目で追う。
 五十人余りの団員が一糸乱れぬ動きで舞う姿は圧巻で、さっきまで黄色い声援を送っていた女性達も、息を止めてその剣技に見入っていた。

 音楽の終わりとともに歓声が上がる。皆立ち上がって拍手を送り、その剣技の高さを評価した。
 ミアも例外ではなく、立って力いっぱい手を叩く。隣のガイアスも同様に拍手を送った。
 中央で舞った主役ともいえる男が、観客を見ながら流れるように礼をする。しかし、ミア達のいる右側に向いた時、男がピタ……と動きを止めた。
(ん? なんか目が合ってる?)
 大勢いる観客の中で、彼が自分を見ているはずはないだろうと思うミアだったが、どうにもその目が自分を捉えている気がしてならない。
 その時、横から急にフードを被せられた。
「わっ……ガイアス?」
「立ち上がった時に外れたぞ」
 人間国では目立たないようにフードやマフラーなどで顔を隠す約束をしているミア。興奮して、気付かぬうちに顔を露わにしてしまっていた。
「あ、ごめん」
 ミアが次に舞台に目を向けた時には、主役の男は別の方向へ向き、観客にウインクを飛ばしていた。
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