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第一章 白狼は恋を知る

キャンドル祭

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 式から二日が経った日の夜、ミアはリースのベッドの上でうつ伏せになり唸っていた。
「ねぇミア、どうかしたの?」
 隣で本を読んでいるリースが、これで五回目となる問いを投げかけると、やっと顔を起こしたミアが口を開く。
「あのさ、俺、ガイアスに好きって言われたけどさ……」
「ミアも好きって言ったんでしょ?」
 想いが通じ合ったあの日、一番にリースに報告をした。
「そ、そうなんだけど」
「何か問題があるの?」
 ミアは自信なさげに答える。
「『付き合ってくれ』って言葉がなかったんだ」
「……え! そうなの?」
 狼にとって、告白は重要な意味を持つ。『好きだ』とどんなに言おうが、付き合う意思をきちんと伝え、それを相手が了承するまで二人は恋人ではないのだ。
 むしろ、好きと言い合うだけであれば、『合意の上の遊びです』と公言しているようなものだ。
「でもガイアスさんって人間だし、僕らとは文化が違うから、そのこと知らないだけなんじゃないの?」
「いや、前に授業でしっかり教えた。ガイアスやけに興味津々だったからさ、事細かに説明したんだ」
 好きと気付いたら、狼はすぐに告白の準備を始める。早く相手を手に入れなければ他の者に取られてしまうのでは、との思いからだ。
 その話をした時、ガイアスは『その気持ちは分かる』とばかりに頷いていた。
「それが本当なら、近いうちに告白されるんじゃない? 次は夕方から会うんでしょ?」
「その可能性は低いかも」
 ミアはベッドの上で頭を抱える。
「え、なんで?」
「次はサンドウィッチ食べて、屋台巡りするんだ」
「うーん、感性がちょっと独特なのかも」
 狼は告白をする際、自分の思う一番ロマンティックな場所と状況で完璧な告白をする。相手のことを好きだという気持ちを、自分ができる精一杯の形で表現するのだ。
 個人によってその方法は様々だが、多くの者は美しい景色や豪華な食事の最中に告白をする。
 ガイアスがミアのことを本当に好きだということは、大量の手紙と式の後の出来事で知ってはいるが、もしかしたら『恋人になりたい』とは思っていないのかもしれない。
(好きって言われて浮かれてた二日前の自分に戻りたい)
 恋愛に疎い二人がいくら悩んだところで、答えは出ない。
 ミアとリースは、空が明るむ時間になってもベッドの上で頭を悩ませていた。

 コンコンッ
 ドアのベルが鳴る音が響く。
 ガイアスの屋敷で働くメイド・メイが玄関の扉を開けると、先日会った白く美しい狼がいた。
「こんにちは」
「ッミ、ミア様⁈ あ、しゅ、主人は今外出しておりまして、夕方まで戻りませんが……」
「ガイアスに用があるわけじゃないんです。ロナウドさんを呼んでもらえますか?」
「かしこまりました。すぐにお呼びいたします」
 頭を下げて奥の扉へ急いで向かっていくメイドの背中が見えなくなると、ミアは屋敷を見回した。
(本当に立派な屋敷だな)
 ガイアスの実家は、騎士として国に貢献してきた功績が認められ、王から領土を貰って管理している。
(お金持ちっぽいし、もしかして俺の事も遊びのつもりなのかな?)
 一人でいると嫌なことばかり考えてしまうが、好きだと真摯に伝えてきたガイアスを信じたい。
 ミアが一人で百面相していると、執事のロナウドとメイド長・レジーナが現れた。
「ミア様、ようこそいらっしゃいました。私にご用事だと伺いましたが、いかがされましたか?」
 メイド長も頭を下げる。
「こんにちは。すみません急に来てしまって」
「いえ。早速ですが、応接室へ案内いたします」
 ミアはレジーナにちらりと目線を向ける。
「レジーナさんも来てくれませんか?」
「はい、かしこまりました」
 自分も呼ばれるとは思ってなかったレジーナは、驚きつつもロナウドとミアと共に応接室へ向かった。

 部屋に入って扉を閉め、向かい合うように席に着く。
 用意された熱い紅茶を一口飲むと、ミアの少し緊張がほぐれた。
「今日来たのは、ガイアスとのことなんです」
「さようでしたか。どうなさいましたか?」
「先日のお披露目式の後に、ガイアスに好きだと言われたんです。そして、俺も好きだと返しました」
 ミアの言葉に、ロナウドもレジーナも表情を明るくする。
「それは、非常に喜ばしいことですね」
「おめでとうございます」
 二人は、ガイアスとミアの想いが通じ合ったことを喜んでいる。
「それで、ちょっと聞きたいことがあるんですけど、」
 しどろもどろに話すミアに、どうしたのかと首をかしげる二人。
「ガイアスは、俺と恋人になる気は無いんですかね?」
「「……?」」
 今の幸せな話のどこに、不安になる要素があっただろうか……長年、人の考えを先回りして行動することに長けている二人でも、今のミアの発言の意図が分からなかった。

 ミアは、狼の告白の概念とそれをガイアスにも伝えたことを説明した。
「ミア様は、旦那様が軽い大人の付き合いで好きと言われたのか、不安に思われているのですね」
「はい。疑ってしまって、ガイアスには悪いと思っているんですけど」
「文化の違いですから仕方のないことです。告白がそんなに大きな意味を持つとは……恥ずかしながら私も今、初めて知りました」
 狼について明るくないロナウドは、申し訳なさげにミアに答える。
「ガイアス様は芯の通った方です。告白をせずにミア様と一緒にいようなど、考えてはいないと思います」
 レジーナはきっぱりと言い切り、その言葉に、不安な気持ちが和らいでいく。
「ミア様、次にガイアス様とお会いするのは明日で間違いないですか?」
「はい。夕方にここを出る予定です」
 ロナウドは二人の会話を聞きつつ考えていたが、確信して口を開く。
「明日ガイアス様は、ミア様に告白すると思われます」
「えッ!」
「今週末は街で大きな催しがあります。恋人のための祭とでも言いましょうか。貴方もたしかそこで……」
「ゴホン、私のことはどうでも良いんです! とにかく、ご安心ください」
 少し咳払いをして顔を赤らめたレジーナ。隣に座る執事はミアに笑顔を向ける。
「どんな催しかは、ガイアス様のために言わないでおきましょうか」
「そうですね、ミア様の驚くお顔を見たいでしょうから」
 ふふふ、と笑いあう二人に、ミアはもう一つ相談をする。
「もし告白されなかったら、俺から言うつもりなんです。その日、一番素敵な場所ってどこですか?」
 二人は、ミアに告白の定番スポットを数か所教えた。
 ロナウドは一番のオススメに、公園の噴水前のベンチを紹介し、レジーナに確認する。
「……ええ、あそこは思わず頷いてしまうような美しさでした」
 レジーナは頬を少し染めて頷いた。

 ◇◇◇

(緊張してずいぶん早く来ちゃった)
 ミアは森の入り口に立って、時間通りに現れるであろうガイアスを待つことにした。
 履きなれない黒いズボンに白いブラウスの裾を入れ、黒い薄手のジャケットを羽織っている自分の姿に違和感を感じる。
 いつもゆったりとしたデザインの服を着ているせいか、体にフィットするこの服に多少むずむずとしていた。
 尻尾と耳は石の力で消えており、見た目では狼だと分からない。
 寒さに強い狼のミアは、めったに履かない靴下と靴を見下ろしながら、自分の恰好が変ではないか心配になった。
(リースもイリヤも、似合ってるって言ってくれたけど)
 そわそわしていると、屋敷の方向からガイアスが歩いてくるのが見えた。まだ約束の時間まで三十分はある。
「ミア!」
 気づいて手を振るガイアス。黒いズボンに白いシャツ、上着は濃いグレーのニット。靴は黒い革で、全体的に落ち着いた大人な装いだ。
「ガイアス!」
 タタッと近寄るミアに手を広げ、その身体を抱きしめると、頭の上に軽くキスを落とすガイアス。
「えっ!」
「ミア、いつもと雰囲気が違うな」
 頭に残る感触に、ミアの心臓が鳴る。
「変かな?」
「素敵で、目のやり場に困る」
 ガイアスは微笑みながら、ミアの頬を親指の腹で軽く撫でる。
(ええ~~~! ガイアスってこんな事言っちゃうの⁈)
 甘い雰囲気に、あわあわと動揺を隠せないミア。ガイアスはフッと笑うと、耳のない頭をじっと見た。
「前にも見せてもらったが、本当にどうやって消えてるんのか、不思議だな」
「俺も分かんない。便利だからいいけど」
 音は聞こえているので、触れないだけで存在はしているようだ。
「そうだな」
 そう頷いて、ガイアスが手に持っていたマフラーをミアに巻く。
「これって俺用だったの?」
「夕方から少し冷えるからな……というのは建前で、ミアをあまり他の奴に見せたくないんだ」
 ミアの首元でマフラーを整えつつ、ガイアスは照れたように横を向いた。
(か、可愛い……!)
 ミアは高鳴る胸を押さえながら、不安に思った。
(俺の心臓、夜まで持つかな⁈)

 街に降りてみると、色とりどりのキャンドルが道路横に並べられていた。大小さまざまで大きいものだと五十センチはある。
「今日は街で一番盛り上がる祭の日なんだ。キャンドル祭と言って電気を使わずに過ごし、俺達の代まで文明を築いてくれた先人に感謝する」
「へぇ~、シーバにはそんな祭ないよ」
 言いながらキョロキョロと周りを見渡す。
 そんなミアが通り過ぎると、必ずと言っていいほど人々が振り返り二度見する。
「可愛い」「誰だあの美人」と噂する声が聞こえるが、ミアは噂されることに慣れており全く気にしていない。
「あと少ししたら、全てに火が灯されるはずだ」
「綺麗だろうなぁ~。楽しみ!」
「あぁ、俺もだ」
 ガイアスは少し体勢を下にすると、無防備なミアの手を下からすくうように握った。
「あっ……」
「嫌だったか?」
「ううん、凄く嬉しい」
「そうか」
 ガイアスがミアの指の間に自身の指を絡めた。手の平全体が密着するこの繋ぎ方に、ミアは頭が沸騰しそうだった。
(なんか、すごく恋人っぽくない? ガイアス、今日はいつもより積極的……)
 顔が熱くなるのを冷ますため、手をパタパタさせて自分に風を送るミア。
 それを横目に見ながら、ガイアスも浮かれた気持ちで街を歩いた。

 中心街に来ると、沢山の屋台が並び賑わっている。
「一応、店を予約しているんだが、屋台で食べたいか?」
「予約? サンドウィッチは持ち帰り専門店って言ってなかった?」
 てっきり食べ歩きをするのだと思っていたミアは、予約と聞いて不思議に思った。
「ミアには言っていなかったが、今日は違う店を考えてみたんだ。もちろん変えることもできる。」
「ううん! そっちに行ってみたい!」
 ガイアスが今日の為に選んでくれたのが嬉しく、ミアは明るい声で答えた。
「俺の一番好きな店なんだ。特別な日に、よく祖父と一緒に行っていた」
(特別な日! そこで告白するつもりってこと……?)
 期待で顔がカッカとしてくる。
「予約まで時間があるから、少し店に寄っていいか?」
「うん、どこか行くの?」
「ああ、頼んでいた物が届いたと連絡があったんだ」
 そう言ったガイアスが向かったのは、宝石店だった。
「好きに見ていてくれ。受け取ってくる」
 そう言って店のカウンターまで行くと、上品な老紳士と話すガイアス。
 チラッと視線を向けると、店主である紳士の申し出に軽く手を振り、何かの申し出を断ったようだ。
 そして小さい箱を受け取り、そのままポケットへ入れた。
(これは! 人間が渡し合うという指輪……?)
 リースと徹夜で、人間の愛の形について調べた時に得た知識だ。
 人間は恋人や結婚の証として、身に着ける物を贈りあう習慣がある。
 国や地域によって違いはあるが、ここサバル国では指輪がその証だ。
 ミアが後ろから凝視していたとは知らないガイアスは、店主の「ありがとうございました」の声と同時にミアの元へ戻ってきた。
「待たせたな」
「ううん。手ぶらだけど、ちゃんと受け取れたの?」
「ああ、自分用だから包装は断ったんだ」
「そ、そっかぁ!」
 少し大きめの声で反応してしまったミアだったが、ハハッと笑ってごまかした。
「ここだ」
 ガイアスが予約したというレストランは、いかにも記念日に来るような特別な雰囲気のお店だった。
 赤茶色の屋根と白いレンガ造りの外観は温かみがあり、店の横に立てられた白い看板のプレートには『ようこそ最高の日に』と書かれている。
 窓からはぼんやりとした黄色い灯りがカーテン越しに映っており、中はどうだろうかと期待をあおる。
「よお、ガイアス。よく来たな」
 店内に入ると、七十代のいかつい店主がガイアスに挨拶した。
「今日は二名の予約だったな……って、ん?」
 ガイアスの後ろにいるミアに気付いた店主は、のぞき込んでその美しさに驚いていた。
「彼は俺の大切な人だ。今日はよろしく頼む」
「今日ここに連れて来てるってことは、ははーん……お前もすみにおねけぇな」
 その会話を聞き、ミアの顔がボンッと火を噴いた。
「よ、よろしくお願いします」
「おっ、美人かと思ったら可愛い子だったのか。真っ赤になっちゃって」
 店主の男は豪快に笑って、二階へと案内した。
 角にある窓ガラスで囲まれた席へ座ると、店主から今夜の見所を説明された。
「ここからメインの通りと、あっちに公園が見えるだろ?どっちもキャンドルが付いたら絶景だから、見て楽しむといい」
「はい。楽しみです」
「じゃあ、メニューが決まったら呼んでくれ」
 そう言った店主は、ミアにウインクをして去っていった。
「明るい人だね」
「彼は祖父の知り合いで、昔から世話になってるんだ」
 そう説明するガイアスの表情は楽しげで、仲の良い間柄なのだと分かる。
「ミアは何が食べたい?」
 ガイアスがメニューをミアの方へ向ける。
 それをパラパラとめくっていたミアだったが、シーバ国には無い名前の料理ばかりでいまいちピンとこない。
「うーん、何が有名なの?」
「肉料理はすべて美味いな。特に牛の煮込みが絶品だ」
「それがいい! 他にもオススメ教えて。名前からじゃ想像できなくて」
「分かった」
 ガイアスはメニューをミアに向けたまま、料理の説明をする。
「俺がよく頼むのは鳥のグリルだな。これに付いてるチーズソースが美味いんだ」
「美味しそう……!」
「あとは、マッシュポテトとベーコンをパンに付けて食べるこれも好きだ。そして、いつも箸休めにピクルスを頼む。あ、この海老の塩焼きもいいぞ」
「うーん、全部食べてみたいけど……多いかな?」
 どうしようと悩むミアに、ガイアスは大丈夫だと言って頷く。
「量はどれもそんなに多くはないんだ。店主はああ見えて繊細な料理を出す」
「ふふ、意外だね」
 今選んだ料理は、この店でいろんな料理を食べたガイアスの上位五品だ。ぜひ食べてみたいと全てを注文することにした。
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