ダンジョンでサービス残業をしていただけなのに~流離いのS級探索者と噂になってしまいました~

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第四章

第76話 転移魔法

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「姿を消した?」

 俺は、《影狼チャンネル》に怒濤のように押し寄せられてくるコメント欄を目で追う。

〈俺、シュガァがいた第1艇の配信観てたんだけど、進行中にいきなり参加者がみんな消えて〉
〈その直前に、赤い魔法陣が出現したんだよ!〉
〈俺も俺も! トーミケの乗ってた第6艇も似たような感じで全員消えちまった!〉
〈影狼の乗ってた第3艇も同じだ! 蘭もヒバナ達も、みんな居なくなってるぞ!〉

 混乱と動揺で賑わうコメント達。

 このKOD決勝ラウンドの舞台に進んだ参加者達が――有明東京湾ダンジョンへと向かっていた船の上から消えた、と。

 彼等は口を揃えて“赤い魔法陣”が現れたと言っている。

「お、おい……何が起こってるんだ、影狼」

 俺の背後から、おずおずとカガッチが尋ねてくる。

「……他の参加者達が、皆、消えたらしい」
「消え、た?」
「ああ」

 そこで、俺はカガッチを振り返りながら、しかし、《影狼チャンネル》の視聴者達にも語り掛けるように言う。

「俺の憶測だが、おそらく“転移魔法”の類いが使われたと思われる」

〈転移魔法?〉
〈一部の魔法に関わるスタイルの探索者や、同じく魔法を扱うモンスターなんかが使用する魔法だ〉
〈知ってるよ。ダンジョン内を、場合によっては階層を越えて移動できる魔法だろ〉
〈もしかして、運営がやったとか!? 救援目的で!〉
〈いや、違うだろ。まだ大会の最中なんだし……〉

「転移魔法って……誰が、そんなこと……」
「少なくとも、KOD運営や俺達参加者側の仕業とは考えにくい」

 運営が動くのは、あくまでも参加者が棄権を宣言したり、大会が大会として成り立たなくなるレベルの災害的事象が発生した場合だ。

 先程の強力な個体……アンノウンの出現をそう解釈したというのであれば仕方が無いが、ならば、その個体と戦っていた俺とカガッチが真っ先に避難させられていない理由にならない。

 何なら、その赤い魔法陣はアンノウンをヒバナの雷撃から守るかのようにも発動していた。

 つまり――。

「おそらく、転移魔法はダンジョン側の存在が使用したと思われる」
「ダンジョン側……と、東京湾ダンジョンのモンスターが、って事かよ」
「あくまで憶測だが……」

 と、俺がそこまで持論を述べたところで、だった。

〈影狼! 影狼! 大変だ! 急いで黄泉のジミ子のチャンネルを観てくれ!〉
〈え! ジミ子がどうしたって!?〉
〈これは……良い知らせというか、悪い知らせというか……〉
〈どうなってんの!?〉

 コメントを視認すると同時、俺はドローンカメラにセットしていたスマホを操作する。

《影狼チャンネル》の配信は継続しつつ、画面上にジミ子さんのチャンネル……《黄泉のジミ子の徘徊チャンネル》を表示した。

 ……芸能プロダクションも辞めたんだから、このチャンネル名も変えればいいのに。

 などと考えている場合ではない。

『え、ええと……ここは、どこなんでしょう……』

 画面の中には、カメラの前に立つジミ子さんの姿があった。

〈ジミ子生きてたか!〉
〈よかったあああああああああ!〉
〈海に落ちた時は完全に終わったと思った……〉
〈ええ!? あの状況から入れる保険があるんですか!?〉
〈いや、っていうか、ここどこ? ジミ子、どうやって助かったの?〉

《徘徊チャンネル》のコメント欄には、彼女の配信のオーディエンス達による歓喜と戸惑いの声が入り交じっている。

 それもそうだろう。

 ジミ子さんはアンノウンとの交戦中に、海に落下した。

 誰もが命の危機を感じていたはずだ。

「ジミ子さん……良かった」

 かくいう俺も、肝を冷やしていた者の一人だ。

 何はともあれ生存している姿を見て、ホッと胸を撫で下ろす。

「あ、ジミ子じゃねぇか! 無事だったのかよ!」

 俺のスマホを覗き込み、カガッチも少なからず安堵している様子を見せる。

「つぅか、ジミ子、どこにいるんだ?」
「………」

 俺は手早く、スマホの通話機能を操作する。

 画面にジミ子さんの配信を表示したまま、彼女に電話を掛ける。

『あ……影狼さんから電話です!』

 カメラに映っているジミ子さんが、俺からの着信に気付き、安心したように笑顔を浮かべた。

『も、もしもし、影狼さんですか!? ジミ子です!』
「ジミ子さん。ひとまず無事で安心した」

 俺は、画面の中のジミ子さんに話し掛けるように言う。

〈おおお! 影狼からの着信だ!〉
〈なんか、安心する〉
〈ホラーゲームで緊迫した状況が続いていたところで、やっと仲間の声を聞けたみたいな感覚だな〉

「落ち着いて、わかる範囲で教えて欲しい。君の身に何が起こったんだ?」

 盛り上がるコメント欄にも視線を向けつつ、俺はジミ子さんに質問する。

『それが、その……あたしの乗ってた船に、何か、凄く強いモンスター? みたいなのが現れて……他の皆さんや、メアリーさんが倒されていく中で、あたしは何もできず、海に落ちちゃって……あ、今コメント欄を見て知ったんですけど、影狼さん、その直後に第2艇にまで飛んできたんですか? ……凄い……流石です』
「ああ、今はその件は置いといてくれ……海に落ちた後は?」
『それが、気付いたらあたしを追ってきたドローンカメラと一緒にここに……な、なんだか周りは暗くて、岩壁ばかりで……』
「……おそらく、そこは東京湾ダンジョンの内部だ」

 俺は、ジミ子さんに告げる。

『え?』
「君はおそらく、何者かの転移魔法でダンジョン内に送られた。俺とカガッチ以外の参加達も同じ状況らしい。周囲に人影はあるか?」
『い、いえ……あたし一人だけだと思います……ここが、東京湾ダンジョン?』

 ジミ子さんも動揺している。

 無理も無いだろう。

 いきなり、最高攻略難易度ダンジョンの、第何階層かもわからない場所に送られたのだ。

「ジミ子さん。まずは、《幽体離脱》で周囲の状況を確認するんだ。モンスターがいれば無理に交戦しようとせず逃げるように。他の参加者がいれば、一緒に協力して――」

 そこで、俺は言葉を止める。

『……影狼さん?』

 首を傾げるジミ子さん。

 だが、そこで、ジミ子さんも俺が声を止めた理由に気付いたようだ。

 バッ――と、その場で振り返る。

【……全てで30~40匹前後か】

 ――ジミ子さんの背後に、球体が浮かんでいた。

 巨大な球体。

 薄闇の中に浮遊していながら、その漆黒の全容がハッキリと分かる……存在感に満ちた球体だ。

『え? え? こ、これって……それに、今の声は……』
「……こいつは」

 俺は察する。

 過去、俺は二度、その球体を見ている。

 それらは両方とも、神々しいほどの光を放っていた。

 だが、こいつは……むしろその逆。

 まるでブラックホールのように、何もかもを吸い寄せて消し去るような、そんな圧倒的な黒色だ。

「ダンジョンコアか……」
【ようこそ、虫けらども。我が体内へ】

 まるで地獄の底から響いてくるような、そんな声で、有明東京湾ダンジョンのダンジョンコアは言う。

【人間の侵入者など幾年ぶりか……このフォーマルハウトの迷宮で育成された、強靱な生命達がお相手しよう。せいぜい、楽しんでいくが良い】
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