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遊園地 ①
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近鉄奈良駅から車で10分ほどの所に遊園地跡がある。
かつて地元の人達に愛された遊園地は、2006年8月に閉園してから既に10年以上経過していた。
園内には、手つかずとなった建物や遊具が放置され、風雨による劣化が激しい。残された建物は、所々コンクリートの壁が剥がれ落ちている。遊具に使われていた鉄筋は、塗装を失い錆を露呈する。そして誰も訪れなくなった雑草だらけの道。
作業服を着る隼人と桜は、二人で荒れ果てた園内を歩く。
「どうして、今回から作業服を着るのよ」
「それは、この間、下水道で餓鬼退治をした時に酷い目に会ったからじゃないかな」
「ふーん、まあ、赤色のつなぎだから良いけど」
桜は、作業着を気に入った様子だった。下水道での餓鬼退治の経験を教訓に、正人は作業用のつなぎを今回の仕事の前に用意していた。男性用は黒色のつなぎで、女性用は赤色のつなぎだ。
懐中電灯のスイッチを入れたり消したりする桜は、不機嫌そうにしていた。
「夕方じゃなくて、朝から調査したら良かったのに」
耳にはめるワイヤレス無線のイヤホンから、正人の説明が聞こえて来る。彼は園内の入り口に停めたボックスカーの後部座席で、ノートパソコンを操作しながら二人に指示するのが今回の役割だ。
「仕方が無いだろう、依頼主のご要望だから」
「夕方から晩にかけて調べる方が、出てくる可能性は高いと言う事ですか?」
「隼人の言う通りだ。もし、怪異があるなら日が暮れてからの方が見つけやすい」
「それでも、出来る事なら朝から夕方までで調査したかったわ」
「文句を言わないでくれよ、桜。何か都合でも悪かったのか?」
「べ、別に怖い訳じゃないから。気にしないで、正人」
しきりに周囲を気にしながら、ソワソワと落ち着かない桜は、虫よけスプレーを必要以上に吹き付ける。
そう、彼女は虫が嫌いなだけだった。雑草だらけの道を歩けば、気が付かない内に蚊に刺される。日が沈むと懐中電灯の光に誘われて、蛾などの虫が飛んでくるのが怖いのだ。
隼人は、古い園内地図を片手にチェックをしながら黙々と歩いて行く。落ち着きの無い桜は、遅れまいと隼人の作業着を後ろから摘みながら付いて来た。
「桜、大丈夫だから服を引っ張らないでくれよ」
「だっ、だって」、何かを言いかけて桜は、口を閉ざした。
「虫だろ。虫が、嫌いなんだろ。さっきから虫よけスプレーを何度も吹き付けているから分かるよ」
「しょうがないでしょ。嫌いなものは、嫌いなんだから」
「まあ、仕事に集中していたら、その内忘れるよ」
呑気な隼人の言葉が気に障ったのか桜は、眉間にしわを寄せて口をきつく結んだ。
ふてくされる桜に目もくれず、隼人はかつてお土産などを販売していた洋風の建物の中に入った。
「何も変わった所は、無いよな」、空っぽの部屋の中を懐中電灯の光が照らした。
「本当に空っぽで何もない。それに何も感じないわよ」
「そうだな。何もいない」、隼人は地図にペケ印を付けると正人に連絡した、「ショップだったお店に、問題は有りませんでした」
「ガッ・・・了解だ! 引き続き調査を頼む」
二人は、建物を出ると園内中央にそびえ立つ城を目指す。日が落ちると街灯の明りが無い園内は、真っ暗になる。足元に注意しながら進むと、前方に噴水跡が見えて来た。その周りからガヤガヤと騒がしい気配と、大人や子供らしき人影が見えた様な気がした。
「うーん、気のせいかな。何か人影が見えたけど」
「見間違いじゃないわよ」、何かを感じ取った桜が答えた。
「何だろう? 幽霊では無いし」
「多分、残留思念じゃないかしら」
「残留思念? 何それ」
「残留思念は、強い思いや感情、記憶などがその場に留まる事よ」
「それじゃあ、あれは無視しておいて良いのか?」
「遊園地が記憶する、楽しかった思い出みたいな物だから、害はないと思う」
仕事に集中し始めたからなのか、もう桜は虫を気にしていない様子だった。
城の前で隼人が地図を確認していると、何かを見つけたのか、桜は左側にある屋外プールの方へと走り出した。
「ちょ、ちょっと待って」と、隼人は桜の後を追いかけた。
「ほらあそこ、何かいる」
桜が指さす方を見ると、流れるプールにウォータースライダーが見える。隼人は目を凝らすと、プールサイドに4,5歳くらいの子供が立っていた。
「子供の幽霊か? 未だに此処で彷徨っているのか?」
「霊にとって、時間は関係無いから。あの子は、ずっとあの場所に縛られているのよ。病気か事故で、亡くなった子供なのでしょうね。特別な思いが、此処にあるのかも知れない」
子供の幽霊は、抱いていたヌイグルミを落として消えた。隼人は、子供が落としたぬいぐるみを拾い、周囲を見渡した。幽霊の気配は無い、ヌイグルミは顔の長い犬のキャラクターだ。きっとこの遊園地のマスコットだったのだろう。
隼人の隣で桜も周囲を見渡したが、完全に子供の幽霊を見失った。
「もう、どこに行っちゃったのよ」
「縛られているのは、プールじゃなくて、この遊園地全体なのかな」
「多分、そうだと思うけど。ちょっと、自信ない」と、桜は下を向いた。
「きっと、また出て来るよ。次の場所の調査をしようか」
「そうよね、次行きましょう」
歩きながら隼人は正人へ報告する、「正人さん、プールで子供の幽霊を発見しましたが、見失いました。次の場所へ移動します」
「分かった、次は何処のエリアを調査するんだ」
「そうですね、此処からだと動物園のエリアに向かいます」
「気を付けろよ。動物の幽霊もいるからな」
「そうなんですか? 動物の幽霊ですか」
「動物の霊は、本能むき出しで彷徨っているかな。襲われるなよ」
正人と隼人のやり取りを聞いていた桜は、余裕なのか隼人に向かって親指を立てて、清々しく白い歯を見せた。
かつて地元の人達に愛された遊園地は、2006年8月に閉園してから既に10年以上経過していた。
園内には、手つかずとなった建物や遊具が放置され、風雨による劣化が激しい。残された建物は、所々コンクリートの壁が剥がれ落ちている。遊具に使われていた鉄筋は、塗装を失い錆を露呈する。そして誰も訪れなくなった雑草だらけの道。
作業服を着る隼人と桜は、二人で荒れ果てた園内を歩く。
「どうして、今回から作業服を着るのよ」
「それは、この間、下水道で餓鬼退治をした時に酷い目に会ったからじゃないかな」
「ふーん、まあ、赤色のつなぎだから良いけど」
桜は、作業着を気に入った様子だった。下水道での餓鬼退治の経験を教訓に、正人は作業用のつなぎを今回の仕事の前に用意していた。男性用は黒色のつなぎで、女性用は赤色のつなぎだ。
懐中電灯のスイッチを入れたり消したりする桜は、不機嫌そうにしていた。
「夕方じゃなくて、朝から調査したら良かったのに」
耳にはめるワイヤレス無線のイヤホンから、正人の説明が聞こえて来る。彼は園内の入り口に停めたボックスカーの後部座席で、ノートパソコンを操作しながら二人に指示するのが今回の役割だ。
「仕方が無いだろう、依頼主のご要望だから」
「夕方から晩にかけて調べる方が、出てくる可能性は高いと言う事ですか?」
「隼人の言う通りだ。もし、怪異があるなら日が暮れてからの方が見つけやすい」
「それでも、出来る事なら朝から夕方までで調査したかったわ」
「文句を言わないでくれよ、桜。何か都合でも悪かったのか?」
「べ、別に怖い訳じゃないから。気にしないで、正人」
しきりに周囲を気にしながら、ソワソワと落ち着かない桜は、虫よけスプレーを必要以上に吹き付ける。
そう、彼女は虫が嫌いなだけだった。雑草だらけの道を歩けば、気が付かない内に蚊に刺される。日が沈むと懐中電灯の光に誘われて、蛾などの虫が飛んでくるのが怖いのだ。
隼人は、古い園内地図を片手にチェックをしながら黙々と歩いて行く。落ち着きの無い桜は、遅れまいと隼人の作業着を後ろから摘みながら付いて来た。
「桜、大丈夫だから服を引っ張らないでくれよ」
「だっ、だって」、何かを言いかけて桜は、口を閉ざした。
「虫だろ。虫が、嫌いなんだろ。さっきから虫よけスプレーを何度も吹き付けているから分かるよ」
「しょうがないでしょ。嫌いなものは、嫌いなんだから」
「まあ、仕事に集中していたら、その内忘れるよ」
呑気な隼人の言葉が気に障ったのか桜は、眉間にしわを寄せて口をきつく結んだ。
ふてくされる桜に目もくれず、隼人はかつてお土産などを販売していた洋風の建物の中に入った。
「何も変わった所は、無いよな」、空っぽの部屋の中を懐中電灯の光が照らした。
「本当に空っぽで何もない。それに何も感じないわよ」
「そうだな。何もいない」、隼人は地図にペケ印を付けると正人に連絡した、「ショップだったお店に、問題は有りませんでした」
「ガッ・・・了解だ! 引き続き調査を頼む」
二人は、建物を出ると園内中央にそびえ立つ城を目指す。日が落ちると街灯の明りが無い園内は、真っ暗になる。足元に注意しながら進むと、前方に噴水跡が見えて来た。その周りからガヤガヤと騒がしい気配と、大人や子供らしき人影が見えた様な気がした。
「うーん、気のせいかな。何か人影が見えたけど」
「見間違いじゃないわよ」、何かを感じ取った桜が答えた。
「何だろう? 幽霊では無いし」
「多分、残留思念じゃないかしら」
「残留思念? 何それ」
「残留思念は、強い思いや感情、記憶などがその場に留まる事よ」
「それじゃあ、あれは無視しておいて良いのか?」
「遊園地が記憶する、楽しかった思い出みたいな物だから、害はないと思う」
仕事に集中し始めたからなのか、もう桜は虫を気にしていない様子だった。
城の前で隼人が地図を確認していると、何かを見つけたのか、桜は左側にある屋外プールの方へと走り出した。
「ちょ、ちょっと待って」と、隼人は桜の後を追いかけた。
「ほらあそこ、何かいる」
桜が指さす方を見ると、流れるプールにウォータースライダーが見える。隼人は目を凝らすと、プールサイドに4,5歳くらいの子供が立っていた。
「子供の幽霊か? 未だに此処で彷徨っているのか?」
「霊にとって、時間は関係無いから。あの子は、ずっとあの場所に縛られているのよ。病気か事故で、亡くなった子供なのでしょうね。特別な思いが、此処にあるのかも知れない」
子供の幽霊は、抱いていたヌイグルミを落として消えた。隼人は、子供が落としたぬいぐるみを拾い、周囲を見渡した。幽霊の気配は無い、ヌイグルミは顔の長い犬のキャラクターだ。きっとこの遊園地のマスコットだったのだろう。
隼人の隣で桜も周囲を見渡したが、完全に子供の幽霊を見失った。
「もう、どこに行っちゃったのよ」
「縛られているのは、プールじゃなくて、この遊園地全体なのかな」
「多分、そうだと思うけど。ちょっと、自信ない」と、桜は下を向いた。
「きっと、また出て来るよ。次の場所の調査をしようか」
「そうよね、次行きましょう」
歩きながら隼人は正人へ報告する、「正人さん、プールで子供の幽霊を発見しましたが、見失いました。次の場所へ移動します」
「分かった、次は何処のエリアを調査するんだ」
「そうですね、此処からだと動物園のエリアに向かいます」
「気を付けろよ。動物の幽霊もいるからな」
「そうなんですか? 動物の幽霊ですか」
「動物の霊は、本能むき出しで彷徨っているかな。襲われるなよ」
正人と隼人のやり取りを聞いていた桜は、余裕なのか隼人に向かって親指を立てて、清々しく白い歯を見せた。
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