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「マクさん好きです。大好き」

自分の事を“マク”と呼ぶのは、小さい頃から飼ってやっているリヒテルだけだ。
本当の名は、マクベス・ロマーノ。若い時は傭兵をやっていたが、今は料理人だ。
このリヒテルは傭兵時代に瓦礫の下で拾った犬獣人だ。
孤児となったリヒテル。そんな子供は世界では珍しくないが、見捨てるにはあまりにも心が痛んだ。

人に料理を作ってやるのが好きなタチであったし、一人面倒見るくらい構わないかと、まだ10、11歳程のリヒテルに一緒に来いと声をかけたのだ。
初めは全く表情のないリヒテルだったが、徐々に打ち解けよく笑うようになった。その頃から、俺の事をよく好きだと言う。


「そんな子供を拾うなんて、マクベスは本当に馬鹿ね」

当時、付き合っていた彼女達には、独身なのに子持ちなんて馬鹿だとよく言われたものだ。見た目も性格も悪くなく“子持ちじゃなければ”最高の結婚相手だと思われていたようだ。
子供一匹養った程度で、ブーブー小言を言う女とは、長続きしなかった。


「マクさん、大好き。早く帰ってきてください!」

俺が外出行けば、淋しそうに。帰宅すれば、全力で嬉しそうにする。そんな奴が可愛くないわけがない。ゴシゴシと奴の柔らかい髪の毛を無造作に撫でる。そうすると、目を細めて八重歯をのぞかせて本当に嬉しそうに笑うのだ。

「あ、そうだ。今日はベリーナの所に寄るから遅くなる」

ちなみに、ベリーナとは当時付き合っていた彼女だ。それを聞いたリヒテルはシュンと耳も尻尾も下げて残念そうな顔をした。

「…………僕も行きたい」
「バーカ。お前も早く彼女作ってこの家から出て行けよ」

どこへでもついてきたがる雛のような奴。そうして、雛はいつか巣立っていくもの……そう思っていた。


だが……。






「お前、いい年こいて早く出て行けよ!」
「嫌です」

リヒテルは、成人を迎えてもまだ家にいた。
コロコロと可愛らしい外見はぐんぐんと大きくなり、犬ではなく狼の獣人だとデカくなったガタイを見て知った。


さらに、リヒテルには金儲けの才があったようで一介の商売人が、今では様々な宿屋を営む経営者だ。
高身長、高収入で女も男もわんさか群がってくる美形だ。


出て行っても困らない金があるのに、リヒテルは俺のちんまい家を増築して新築のようにキレイにしやがった。


「リヒテル、もう義足にもすっかり慣れた。お前の気持ちは有難いが、もう一人でも十分生きていける。料理人としても働いているだろう」


そう。俺が傭兵を辞めた理由は、仕事中に事故に合い、片足をなくしたからだ。
決まっていた結婚も破談になり自暴自棄になった。

三十歳で、片足生活になる事は、そう簡単に受け入れられる事じゃない。一年は仕事も生活もままならずリヒテルには苦労をかけた。八つ当たりする事も珍しくなかった。

だが、他の皆が変わろうとも、リヒテルだけは変わらない態度で接してくれ、感謝している。
だからこそ、彼には幸せになって欲しい。


———もう義足生活も10年になる。義足は俺の足のように動かす事が出来る。ズボンを履けば義足だと分からないだろう。
備兵をしていた時のように筋肉はないからモテなくなったが、それでも、こんなオジさんも好みだと言ってくれる子がいたりはする。

「マクさんの料理人としての腕は、毎日そのご飯を食べている僕が一番知っています」
「分かっているなら、とっとと嫁さん見つけて出て行けよ」
「俺は、マクさんにお嫁さんになって頂きたいのです」
「…………はぁ、またか」

190cmのリヒテルが俺の目の前に立つと、首を上げなければならない。見降ろされた視線が真剣で、つい目を逸らした。

「そろそろ、僕の気持ちに応えてくれませんか?」

先ほど言ったが、昔からリヒテルは俺の事が好きだ。初めは単なる信頼できる大人として好かれているのだと思っていた。
だが、それは違うのだと、成長と共に強くなる視線が物語っていた。
保護者として、リヒテルの気持ちを無視することは決めていた。
諦めさせようと見せつけるように恋人を紹介したりしたが、効果はなかった。

俺は何度も無理と断ったが、全く諦めようとしないので、玄人の女と男、両方紹介した。リヒテルはそんなことをしても変わらないと言ったが、素直に男女共に抱いた。

これで、少しは発散され、俺への執着心も薄まるかと思った。だが、違った。「貴方がどんなセックスするのか考えてやりました」と平然と言ってのけた。
俺の育て方が間違っていたのか……。


「マクさん?」
考え込んでいる俺にリヒテルが首を傾げる。幼い頃からリヒテルはちっとも変わらない。義足になっても40歳になっても、おかしいくらい、俺に執着心を持っている。

俺のジャケットを手に持って、俺の肩にかけてくれた。

「今度、マクさんの寝室をリフォームしましょうか」
「いらん」
「はは。言うと思いました」

なら言うな。と思う事をコイツは言う。考えている事をすぐに言葉に伝えようとしやがる。その憎らしい程整った頬をつねってやった。

コイツは、雛鳥だ。初めに拾った親代わりに執着している。飛び立つ瞬間に親が義足になった事で歪めてしまったのだ。

「……俺は、仕事に出るから」
「はい。お気をつけて。早く帰ってきてくださいね」
そう言って、リヒテルも同じように家を出た。

俺の職場は、家から歩いて数分の距離にある。
肉をメインに取り扱う創作料理屋だ。

料理人として働き出した数年間で、中々の繁盛店にしたつもりだ。
俺の腕前を知った他店からハンティングされる事もあったが、俺の足の義足を見せて諦めて欲しいと頼んだ。

忙しい職場に入り、多くのオーダーをこなしながら、ピークを終えて休憩室へ向かうとウエイターのドニーがタバコをふかしていた。
俺を見て、タバコを消そうとするが、そのままでいいと伝える。
ドスンとソファに座り、はぁっと勝手に溜息が出る。

「デカい溜息っすね」
「まぁな、この年になると色々あるわけよ」
「あー、育て子のリヒテルさんの事っすか?」

ドニーは、この店の古株だ。リヒテルの事もたまに話していた。子供が家を出て行かないどころか家に金を入れ、増築工事をされたのを面白がって聞いてくれている。

「はっは、相変わらず、リヒテルさん面白いっすね!」
「笑うな。若くてぴちぴちの美少年、アイツに紹介してやってくれよ」
「あ——……、どっちかと言うと、老け専だと思うっす」
「あ!?」

睨むと冗談っす。と苦笑いされるが、確かに25歳の男が40歳を超えた老けた男を好きなのは老け専なのだろう。

「いいじゃないっすか。今のままでも」
「いや、子供がいつまでも親離れしないのはダメだろう」
「本当の子じゃないじゃないっすか」

そう言われると困るが、親代わりになったのなら、巣立つまで面倒を見るのが道理だと思う。生半可な気持ちでこちとら親になっている訳じゃない。

「やっぱり、俺が家を出るべきかねぇ。アイツには充分、恩感じているから、家の所有権くらいやってもいいからな」
「え!? そんなの、無理じゃないっすか!?」
「何で? あ、義足か? 見ての通り、別に介助要らねぇし。仕事も人と同じいや倍働いている自負あるぞ。あの家に留まる理由はねぇよ」

そう言う意味じゃないですよぉ~。と首を振るドリーを横目に俺はまた溜息をつき、親がまず手本にならなきゃな……などと思っていた。

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