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 ここは、淫魔が人口比率の約一割を占める世界だ。

 人間と淫魔、2つの種族は大きな争いもなく平和に暮らしていた。
 両者の間で異種結婚も認められる昨今だが、種族共存の為、緩い規制が敷かれていた。
 緩い規制とは、淫魔指定の場所にはしているが人間の立ち入り禁止はしていない。忠告はするが警告はしない。その程度の規制である。

 淫魔は第二次性徴を迎えると、精液や体液を欲するようになる。他者からの精力を摂取する生き物だが、食べ物だけでも生命活動は維持できる。しかし精力を補給しなければ身体はいつも空腹を感じ本来持つべき力が発揮出来なくなる。

 精力を欲する点から淫魔は危険な種族だと思われがちだか、この世界の淫魔は人間の乱獲はしない。非常に偏食なのだ。見た目の好みも煩く結局のところ淫魔同士で精力を分け合う者が大半であった。

 淫魔と言っても危険度はほとんどない平和な世界の話である。








「え!? 俺が聖・淫魔学院担当なんですか?」


 俺、牧瀬爽太は牛乳配達業者で働く22歳。

 牛乳以外にもヨーグルトや健康食品を扱っている会社だ。
 個人宅への宅配や営業もある部署もあるが、自分の担当は企業や学校への配達を担っている。
 だが、今までは人間のいる場所に限られていた。

「うん。明日から担当よろしくね」
「淫魔がいる学園だなんて嫌ですよ~!」

 聖・淫魔学院は淫魔専用の学院だ。しかも、国内で一番大きな淫魔学院なのだ。
 淫魔は都会へ行けば、そこそこに見かける種族だが、専用の場所へ行くとなると話は変わってくる。

「淫魔は牛乳消費量がとても高いから、うちみたいな中小企業と取引してもらえて嬉しいよ」

 俺の心配を横に部長がははは。と笑っている。

「俺、そんな所へ行ってサキュバスにアハンされちゃったらどうするんですかっ!」

「でもなぁ、君以外に独身はいないんだ。既婚者が狙われたら一大事だろう?」

 大丈夫大丈夫と根拠のない大丈夫を繰り返す部長。その視線は泳ぎまくっている。

「心配するほどじゃないと思うよ。淫魔は美形が好きだからね」

 ……余計な一言。

「はぁ、まぁ、俺は平々凡々ですけどね」
「す、すまない。暴言であった」
「いいっす。事実っす」

 すぐに謝ってしまう部長を前にそれ以上強く言えなくて、渋々頷いた。


 ◇
 淫魔学院の配送担当が決まったのはもう三か月前のことになる。

 初めて学院に入った時は緊張と警戒をしていたが、牛乳と健康食品を各校舎の売店と食堂に卸すだけの単純作業。ごみの回収時間を含めても滞在時間は一時間弱程度であった。

 狙われてはと警戒していたが、なんのその平凡な自分はスルーされる。
 学院内で見かける淫魔は、どの子も驚くほどに整っていた。美形好きな淫魔がわざわざ人間なんて面倒くさい人種を選ばないはずだ。

 一つ難点を言えば、淫魔は場所を選ばず廊下でも食堂でもイチャイチャと盛る為、目のやり場に大変困る。
 さすが、淫魔というべきなのだろうか。異性だけでなく同性とも堂々とチュッチュッしている。

「あふん♡ 馬鹿ぁ。おちんちん触っちゃダメェ」
「そう言いながら、大きくしているのは君だろう」
「んもう~ス・ケ・ベ♡」


 サブイボだ。モラルが人間と違う。
 その横で牛乳を積んだカートをカラカラと押していく。
 


「よっと。今日の分はこちらに置いておきますね」

「はいよぉ! 今から大学部へ行くのかい? ついでにこの箱も持っていってくれないかい? 業者がパンを作りすぎたようでさ」

 売店のばぁちゃんは同じ人間だ。高齢なので、こうして運ぶ物があるなら一緒に運んでいくからと声をかけている。

「了解っす」

 パンを箱に入れカートに置いた。いつもありがとうねぇっと笑うばぁちゃんに手をふって高等部から別校舎の大学へ移動した。

 その移動中、中庭の階段でだるそうにうつ伏せになっている男子学生がいる。大抵休憩時間には、牛乳をだるそうに飲んだり過ごしていた。

 また、ボッチで牛乳飲んでる。
 
 このイチャイチャした雰囲気の学園で、一人で過ごす彼は珍しく、どうしても目に入ってしまう。

ガラガラ……。
 大学部へ配達を終え帰ろうとした時に再び中庭で男子学生がうつ伏せになった状態でいるのを見かける。

 あれ……? 休憩時間とっくに終わっているはずなのに。

 不思議に思って、男子学生へと近づいた。俺が至近距離まで来ているのにうつ伏せになったままだ。

「君? 大丈夫か?」

 肩をポンっと軽く叩くと、辛そうに顔を上げた。その精悍な顔は血色が悪く額は汗ばんでいた。

「……はぁ? 誰? アンタ?」

「あぁ、配達業者の者だ。具合が悪いのか?医務室まで歩けるか?」

「……ほっとけば、落ち着く、から」

 そう言って、再び蹲る男子学生。

 おい。落ち着くって益々呼吸も乱れているし。全然大丈夫そうに見えない。こんな所で病人放っておける人間じゃない。

「医務室に連れて行くよ。俺につかまって。一、二で立つよ」

 俺は男子学生の腕を肩に回してグッと立ち上がった。よろけたが、グッと上体を立てなおす。

 男子学生は本当に調子が悪かったようで、俺に支えられるがまま少しずつ歩き出した。
 どんどん彼の身体が重くなっていくが、医務室まであと少し。
 何とか、彼を医務室へ運び入れと養護教諭と共に彼をベッドに寝かせた。

 俺は養護教諭に事情を話すと、慣れた様子であぁっと頷いた。

「極まれに淫魔でもいるんですよ。体質が合いにくい子」
「体質?」
「他者との身体の相性が合いにくくて精力を得られない子です。人間で言うとアレルギー反応見たいな感じですか? 淫魔に生まれたのに他者アレルギーなんて可哀想ですよね」
「はぁ、そんな事があるんですね」


 淫魔じゃない人間の俺はそれがどれだけ辛いものかはよく分からない。


 俺は、ベッドに苦しそうに寝ている彼を見た。

 物凄く整った顔をして絶対にモテるだろうに童貞か。イケメンの無駄遣い。そう思うと可哀想かもしれない。

「童貞君よ。この牛乳は置いておくから飲むんだぞ」
 俺は余った牛乳を彼のベッドに置いて、静かに医務室を出た。






 次の日。
 いつものように牛乳を各校舎に届けている途中、ヌアッと高い壁が出来た。
 首を曲げて高い壁を見上げると昨日の男子学生だった。真っすぐ立ち上がるとこんなに身長高いのか。体格も俺より遥かにがっしりしている。
 俺は171cm。見上げた感じからコイツは190cm近くある。

 しかし、改めて近づいてみると凄い圧迫感だ。至近距離で見下ろされるのは居心地が悪い。

「少し退いてくれないか。ワゴンが通れないのだけど」
「………」

 すると、彼は腰を曲げて、俺の首筋に顔を寄せた。
 その瞬間言いようのないゾワゾワ感に鳥肌がたった。

「なっ、なんだ!?」

 飛び跳ねるように彼から距離をとった。

 コイツ、俺の首の匂い嗅いだ?!

「見つけた! アンタだっ! 俺と合う人間!」
「はぁ!?」
「昨日、俺を医務室に運んでくれた時、アンタの首からいい匂いがして、もしかしたらって思ったんだ! やっぱりそうだ!」

 何故か急に男子学生が喜び出した。

 匂い? なんの事を言っている?

 彼は俺が後ずさった分以上、前に来た。近づいてくると再び圧迫感を感じる。

「何を言っているのか分からないが、業務中なんでね。さっさと退いてくれないか?」

 すると、彼が俺の胸元につけているネームプレートを読んだ。

「えーと、牧瀬爽太さん。名前もいいね。すげぇ好み!」
「はっ!?」

「俺、吾妻レオ。レオって呼んで」

 そう言って、にかっと笑うと、彼が持つ異様な圧迫感が少しなくなる。いつも不機嫌そうな顔をしていたから、もっと怖そうな淫魔かと思っていた。


「…………いや? 突然何? 悪いけど、俺は仕事中だからそこ退いてくれ」

 退いてと言っているのに、レオという淫魔は全く動きもしない。

「ふてぶてしい奴だな? おい」
「爽太さん。俺、お腹空いた」

 レオが俺を見て舌なめずりをする。
 ん?
 一瞬の事だった。俺の口がふわりと柔らかいモノを押し付けられた。
 それが、レオの唇だと気づくのに暫くかかってしまった。
 唇同士が軽く触れ合った後、ペロリと俺の唇をレオの舌が舐めた。


「滅茶苦茶美味しい」

 男に唇を舐められたショックに固まっていたが、レオの何やら感激している声にハッと気づきレオの身体を突き飛ばそうと力を込めた。が、動かない。


「あぁ、人間って会ってすぐにこういう事しないんだよな? ごめん?」

「当たり前だ!!まず合意なくこういう事はしてはいけません!!」

 ごめんと謝りながらも、レオは俺の腰をグッと持った。

「あー、ダメ。一個良い所見つけると、色んな所が凄く良く見えてきた。一重の瞳もいいしふっくらした唇もいい。爽太さん、今までこの学院でいてよく無事だったな?」

 何を言ってんだコイツ?

 あっけにとられていると、またレオの身体がグググっと俺に寄ってきて顔に顔が引っ付きそうなので、両手でレオの顔を阻止する。

「おい、淫魔っ! 何するんだっ! 離せっ!!」

 すると、レオが眉間にシワを寄せたが、あぁ。そうか。と頷いた。

「人間は先に告白しなくちゃいけないんだったっけ?」
「は?」

「爽太さん。俺と付き合ってくれ」

 すると、レオの顔を掴んでいた手を持たれ、ちゅっと唇が手に押し付けられた。

「は? なんで?」

 レオは俺の手を掴んだまま、ニヤリと笑った。




「だって、爽太さんが美味しそう」
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