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恋の調査兵

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ピンポーン。

朝、7時に鳴るインターフォン。
起きてはいるが、誰だよ。こんな朝っぱらからインターフォン鳴らしてくる奴は。

「はい」
「おはよう。やぁ、君にハートを盗まれた僕だよ」
「——……」


知らない。そんな奴は知らないとインターフォンを切りたい。いや、俺は社会人だ。そのような対応はしない。

俺は、玄関のドアを開けた。そこにいたのはスーツ姿の社長だ。なんだか、全身からこうピカーッとオーラ? みたいなものが見える。

「おはようございます。熱は下がったようですね。朝からどうしたんですか?」

昨日は39℃の発熱があったというのに、どう見たって元気いっぱいだ。

「昨日は、見舞いに来てくれてありがとう。君は僕の特効薬だよ」
「……良かったです。わざわざそれを言いに?」
「素敵だった」
「う!!」


昨日の見舞いのことは思い出す度に、内心でぎゃぁああと叫び声をあげている。

気まずくて視線を下げると、顎クイをされる。そこには、目がハートマークになっているように見える社長の目が……おぉおい。

「それもあるけれど、君に一分一秒でも会いたくて震えていた」
「……」
「愛しているよ」

そう言って、そのまま俺の唇に近づいてくる社長の顔をパシッと掴んだ。マンションの前で何しようとしてるんだ!?

「!?」
「……そのことですが、部屋にどうぞ」

出社時間まで残り45分。ゆっくりする時間はない。
俺なりに一日寝かせて考えた。いくらなんでも流されすぎるのは、社長だけじゃなくて俺にも原因がある。


「昨日のことです、が————ぐぇ!?!?!」

振り向いた途端、抱きしめられて、……キスされてるぅ!?
早いっ!! 電光石火のごとく!? え、んあっ……ひぃ、なんでだ!!
グッと両腕を彼の胸に突っぱねた。

「——社長っ!!」
「あぁ、そこにスイーツがあったら食べたくなって」

俺は、スイーツじゃない。
また、両手広げて俺を抱きしめようとしている。この腕、反射神経がいいのだろう。滅茶苦茶早いんだ。

ドン引いている俺の顔を見て、「戸惑っているのかな。僕のエンジェルは初心なんだね」と言ってくるので鳥肌が立ちまくる。

「今にも地球上のあらゆる生物に、君を僕の恋人だと紹介したい気持ちなんだ。みんな~、この可愛いエンジェルが僕の愛しい恋人だよ~ってさ。はは」
「…………ひぃ」

恐ろしいことを言っている。早くこの誤解を解かなくてはとんでもないことになる。

「——ゴホン!! 社長、いいですかっ!! 昨日のことは、社長の利点の話をしていたに過ぎません。俺は貴方とはまだ付き合っていないんです!!」
「照れなくても……、僕は君から好きだって言われたよ?」


ははっと疑いなき眼で今にも俺の額を「照れ屋さん」とコツンしてきそうな雰囲気だ。

「社長の“面白い”ところが好きだって言ったんです」
「僕も君の色んなところが好きだよ。その色んなところはこれから伝えていくよ。あぁ、伝えきれるかな。だって、君はエンジェルだし、瞳はキラキラ太陽のごとく輝いているし、——はぁ……胸がドキドキだ。頑張って伝えるようにするよ」

駄目だ。この人一日でだいぶ脳みそやられている。未来の希望に目を輝かせている社長には悪いが、出社時間まで僅かだし、ここは心を鬼にして。

「それは社長が具体的にどこがいいか。と聞かれた答えです。LOVEじゃない。いいですか、俺は貴方と付き合っていません!」
「え————……」


ひゅん、ドズン。っと“付き合っていません”の文字が社長の胸に刺さる。
興奮して顔色が良かったのに、サーっと顔が青白くなっていくのが、目に見えた。
目の輝きまで失っている。


あれ……。胸がズキンとする。なんだ、この反応。昨日一日かけて社長への気持ちはLOVEではないと考えたが、やっぱり違うのか……?
とは、言え、かける言葉がみつからない。

暫く社長の様子をズキズキした胸で眺める。

「————ふ」
「ふ?」

社長は俺の腕を掴んで壁にトンと押した。壁にもたれた俺に社長が壁トンした。

「じゃ、僕は今から調査兵に入るよ。どうやったら君が僕を好きになるか調査して突き止める」

言ってる台詞がアレなんだが。

「そして、そこを狙い撃ちするよ」

バキュンとはしなかったが、言っている台詞がアレだ……。まだ、鳥肌がブツブツ立っちゃう。

社長は、スッと俺から身を離した。

でも、って、ショックそうな顔は隠しきれてなくて……また胸が痛くなる。あれ、ちょっと待て、やっぱり、俺はそうなのか? 

「じゃ、また会社でね。——あ、僕も行ってきます」

はははははは……と空元気気味で部屋から出ていく社長を見送った。













「あら。珍しい。帰ってきたの?」
「母さん、ただいま」

週末の休み、俺は実家に戻ってきた。
俺は、元自室だった物置き部屋からアルバムをとり出した。これは、赤ちゃんの時、幼稚園、小学校……。
ペラペラとアルバムをめくると、俺と友達の写真が出てきた。俺は、そのアルバムと持ってリビングで眺めた。

俺とよく映っているのは、白いマシュマロみたいな肌で太っちょの友達。

「田中清一郎……せいちゃん」

せいちゃんは恥ずかしがり屋で、どの写真も真ん中にくるのを嫌がり、恥ずかしそうに俯いている。
このせいちゃんの名は田中清一郎。社長と同性同名。写真をマジマジ見てもやっぱり違う気がする。


「どうみても俺の勘違いだよなぁ?」


社長のマンションへ行った時、モダンで大人な彼の部屋にまた、キーホルダーを見かけた。なぜ、こんな小さいキーホルダーが目に入ったかは、それだけ彼の空間には似つかわしくない子供っぽい物だからだ。
完全に彼の趣味じゃないよな……。


「あらー、せいちゃんじゃない。よく家にも来ていたわよねぇ。どうしたの?」

母さんが後ろからアルバムを覗き込んできた。
料理が作るのが好きな母さんは、何でもよく食べるせいちゃんが来ると、張り切ってご飯やらお菓子やらを作っていた。

「懐かしいわ~。せいちゃんってアンタのこと滅茶苦茶大好きだったものね」

その言葉を聞いて、ブウっと飲んでいたお茶を零しかけた。いけねぇ。アルバム濡らしてしまう。

「えぇ!?」
「何? その反応」

いや、何? と言われても困るな。滅茶苦茶大好き? そりゃ仲良くてずっとつるんでいたけどさ。

「アンタって人の話、ゆっくり聞く所あるじゃない? 話し下手のせいちゃんには居心地よかったんじゃない?」
「あぁ~、そうか。普通の友達としてのね?」
「?」

今、せいちゃんと同性同名の男に迫られているから、過剰反応してしまった。
ドキッとするのやめろ。俺。
写真で見ても全然似てねぇだろ。せいちゃんは一重の細目、社長はくっきり二重、……て肉に埋もれていたから一重だったってことは……いやいや。

あの、せいちゃんが俺のことをずっと好きで……とか恥ずかしい妄想だろ。せいちゃんに謝れ、俺! 

「ねぇ、お好み焼きあるけど食べる?」
「うん」

作ってくれたお好み焼きを食べていると、母ちゃんが思い出したように「あ」と言った。

「転校する前、せいちゃんが家の前に立っていたことがあったの。中にどうぞって声かけたけど、首を振って帰られたことあったのよね」
「…………それ俺知らない」
「言い忘れていたわ」
「……」

なんて親だ。でも、まぁ、そうだった。せいちゃんは小学校卒業のタイミングで引っ越ししたんだった。なんか小学生なりに淋しくって、最後には別れの挨拶とかしなかったなぁ。どこに引っ越すのかも意地張って聞かなかったっけ。

「海外へ行ったらなかなか帰って来られないものねぇ」
「……」

元気にしているのかしら。という母親の呑気な声に思わず立ち上がっていた。



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