イケメン社長に超口説かれるモブの受難

モト

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普通の好きだ

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密室空間のイケメンの迫力……。侮っていた!

「しゃ……しゃちょ……」

ゆっくりと彼の顔が近づいてくる。
もしかして、このままキスされるのか!? ぶっちゅーとされる!?

いや、俺たち付き合っている訳でもないんだぞ。前と違って酔っ払ってもないのにキスはしないだろう!!
でも、社長、海外生活長い人だし、キスは挨拶かもしれない。頬にはチュッチュッと何度もされたし。ひぃ……、これ以上近付いたら、社長と言えどビンタだ。いや、車を出るか!?


「……へ?」

近付いてくる社長の顔だったが俺の顔をスルリと横切った。——助手席のシートベルトを引っ張ってカチャリと装着してくれる。そして、自分のシートベルトを締める。

あ、あれ?
社長は、俺に向かってウィンクした。

「シートベルトは僕の代わりに君を守ってくれる大事な相棒さ」
「——っ! あ、ありがとうございます」

その様子と寒い言葉に俺の顔が真っ赤になった。
今、物~凄く雰囲気に流されていた。この車に乗ってから社長は別に何もしていないのに、俺だけ社長のイケメン顔におかしなテンションになっていた。
恥ずかしい。


「ところで」

あ、まだ、指は絡みついたままだった。くるりと絡めて、ギュッと力を入れたと思ったら、スゥっと離れていく。この人、絶対、スケベだ。


「すぐには帰したくない。愛する君をめくるめく夜に連れ去りたい。いいかい?」
「……なるほど」
「?」


あぁ、そうか、分かった。社長のオーバー過ぎる発言と行動が原因で俺の過剰反応が起こったのか。


「…………どこまで行くんです?」
「中華街でもどうかな。ここから高速で飛ばせば、1時間ほどで着くよ」


中華街なら、中華街と言ってくれ。ホテルかラブホに連れていきたいのかと思っただろう。


「食べたら口の中で肉汁が溢れる小籠包、口の中でふわっと蕩けるフカヒレ。薄い皮のパリパリした歯触りが堪らない北京ダック……」

さらに旨さを伝えようとする社長を止めた。すきっ腹に旨そうな話はダメだ。これ以上旨そうな情報聞いたら涎が出る。社長の食センサーは本物だ(俺の味噌汁は置いておいて)

「僕は車だから飲まない。前回のような失敗はないよ。まぁ、酒が飲まなくても君に酔ってしまいそうだけど。あぁ、違うな。もうずっと君には酔わされている」

——————スン。
うん。絶妙にサムい。

「……社長、今日はその台詞、冷静になれていいです」
「ん? そうかい?」


丁度、俺の腹の音もぐぅっとなった。
正直、空腹で早く何かを旨いものを食わせろと腹も脳も欲している。さらに社長のせいで、完全に口が中華だ。北京ダック食べたい……。

「……行きます」

身体の叫びが口説かれる恐怖に勝ってしまう。
イケメンと二人の空間は怖いけど、この調子でサムイことをバンバン言ってくれればその都度正気に戻り、どうにかなるだろう。……どうにかなるよね?



社長は嬉しそうに車を走らせた。


高速道路のただ真っすぐの道を、少し緊張していて見ていた。

「ふぅ」



先程、俺は、完全に乙女な反応だった。ノンケの俺ですらこの動揺、イケメンの顔力の攻撃力を知った。
きっと、これから物凄く甘い台詞や口説き文句で迫ってくるに違いない。
もしかして、自家用ヘリとか用意されていて、「100万ドルの夜景より君の方がキレイだよ。今夜は帰さない」なんて、映画でもしないようなサプライズがあったり……。社長ならやりかねない。

俺はこれから、どうなるんだろう。













「はは……。いい話ですね」

中華を食べながら社長の話を聞いているけれど、今は特に何も起きていない。「君の瞳に恋してる」とカンパイの音頭があるくらいか。

飯が上手すぎて普通に楽しい時間を過ごしている。これから起こるのだろうか?



「社長はいつから海外へ?」
「僕の母がイタリア人だから、4歳まではイタリアで日本には4歳から12才の8年間だけ日本にいたんだ。それからアメリカへ。日本にいた期間の方が少ないかな」


なるほど。イタリア人とはよく褒め、口説くイメージだな。社長もイタリア人の血が混じっていたのか。


「ハーフだなんて恰好よくて羨ましいです」
「そうかい? 母の顔つきには似ているところもあるけど、どこにでもいる顔だけどね」

うげぇっと顔を思わず歪めてしまう。

「嫌味かな?」
「そりゃ、そうです」
「はは」


何口説かれるんだろう、どう迫ってくるんだろうって思っていたのに、拍子抜けだ。





帰りの車の中でも社長の様子は変わらない。


「今日はどうだった?」
「あ、はい。素晴らしく美味しかったです。——……あと、普通に楽しかったです」


本当に気の合う友達と話しているような感覚だった。
なんでだろう。社長みたいな人、絶対気を使って仲良く話せないと思ったのにな。


「今、君へのアプローチ期間だけど、別に特別なことをしたいわけじゃないんだ。勘違いさせて悪かったね」
「……」


もしかして、俺が緊張していたの分かったのか。……そうか。出発前に明らかな挙動不審だったし。


「拓郎君と付き合えたら、美味しい物を食べて沢山喋って。これは僕が誘ったデートだから少しキチンとした場所だったけど、屋台のラーメン屋でもハンバーガーでもいいんだ」

「…………」


三か月の期間なんて設置していたけれど、俺は心の奥底の部分でこの人は絶対にないだろうと否定していた。そんな俺を見透かしていたのだろう。

「…………はい。社長が言う感覚は、俺も分かります」


街頭やビルのネオンにキラキラと社長の顔が映る。金持ちで海外生活長くて同じ会社で働いていること以外共通点がないと思っていたのに、不思議な人だな。今日は、社長と付き合ったらを想像できる一日だった。


車はもう、寄り道せずに……ゆっくりの速度で走りマンションへと着いた。


「時間が溶けたように早かった。あー、離れたくないなぁ。……でも、今日は紳士的に君を送るよ」
「はい」
「……………うん。そうは言っても腰が重いな」




社長は唸りながら助手席のドアを開けるため腰を上げ、車の外に出た。
その時、ポロリと彼のズボンから何かが出てきた。


その何かはキーホルダーだった。
剣の形のキーホルダー。

「……え」

俺の持っているキーホルダーと同じでマジマジ見てしまった。
間違いなく、お菓子の抽選で当てたやつだ。


俺のか? いや、俺のは家の予備キーに付けているから普段は持ってこない。家から外に出さないものだから俺のでは絶対にない。そして、随分年期が入っている。


俺のキーホルダーは、友達とお菓子を食いまくって応募券集めたんだ。彼の分と俺のと2つ当てたんだ。
それを一人一つずつ持った。「親友の証~」なんて言って……。


ん……あれ? 社長はなんで、俺のSNSのアカウントが分かったんだっけ。


考える間もなく、社長が助手席のドアを開けてくれる。当たり前のように手を差し伸べられ、その手を掴んで立ち上った。
整った顔、焦げ茶色の髪の毛、鍛えられた身体……、思わずじっと見つめてしまった。


社長はそんな俺の頬にチュッと挨拶のキスを落とした。

「君が好きだ」
「……」
「おやすみ」



俺は、去っていくフェラーリに腕組みした。

ぶつ、ぶつ……。


鳥肌がたった。何に対する鳥肌なのか……。

「…………これは、ビビった」
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