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ア・イ・シ・テ・ルのサイン
しおりを挟むもう三週間前になる。
あの備品室で「君のハートにロックオン」された後、そのまま恰好つけて去ろうとする社長の腕を掴んだ。真摯な社長を誤魔化すのは良くないと思ったんだ。
「気持ちがないです。ごめんなさい!」
「っ!!」
その言葉が、社長の心臓にトスンと突き刺ささる……幻覚が見えた。
社長はフリーズした。きっと、滅茶苦茶傷ついているのだろうと思うが、俺は言葉を続けた。
「社長には俺以外にもっと相応しい人がいると思います。ごめんなさい!」
「っ!!!!」
ごめんなさいの言葉が再び社長の心臓に突き刺さった。社長は、心臓を押さえてふらついたが気を取り直した。
髪の毛をかき上げて、動揺していないフリをしているが真っ青になっている。
「分かった。でもチャンスを欲しい。一年間の期間限定でアプローチの許可をくれ」
「……一年間?」
「分かった。半年間」
「半年……?」
「……っ、……っ、では、三か月で、頼むよ」
その必死な様子。男とか身分が違うとか一度取っ払って、社長自身を見て判断しなくていいものか……。とかちょっと俺の中で芽生えてしまった。
「はい。分かりました」
三か月後、俺が社長に気持ちが傾かなければ、迫ってこないことを約束してくれた。
そうして、三か月。期間限定のアプローチを社長から受けることになった。
とは言っても、今のところ、大きな変化はない。
お取り寄せグルメを送ってきたり、会社で挨拶するぐらいだろうか。
社長というだけあって、俺の出退勤時間を把握している面がある。だからか、偶然? ロビーで会うことがよくある。
会釈する俺に、さらりと「おはよう」と微笑まれる。
社長にとっては単なる挨拶に過ぎないと思っているのだろう。
だが、普段は無表情の社長のこの笑顔……。その度、周りにいる社員が「ぎゃーっ!!」「笑顔、サンシャイ——ン!」「ご来光がぁ……!!」と騒ぐので、全然さらりで済んでいない。(勿論、これは社長が立ち去った後のロビーの様子だ)
ひっそりと社長のファンクラブが発足されているが、朝と退勤時間は社長の笑顔が見られると噂になっている。
「……はぁ」
「何だか切なくなってきちゃった……」
変わったことと言えば、三週間ほど前から俺のデスク周りで大笑いがなくなったことだ。
柏木さんと小嶋さんは相変わらず、スマホを見てお喋りしているが以前のような反応と違う。田中清一郎は飽きたのか。
俺だって、社長の甘いボキャブラリーに慣れ始めたのだ。色んなコンテンツが豊富な世の中、大衆の目移りは激しいだろう。
デスク周りが田中清一郎のSNSの話をしないとなると、今、田中清一郎のアカウントがどうなっているのか俺も全く分からない。
穏やかな日常、仕事もトラブルなく順調だ。
「最近、発注ミスや記入漏れなく上手く仕事が回っていますね」
定時を刻んだ時計を見ながら、帰り支度をしている柏木さん達に声をかけた。今日は、花の金曜日なので、二人は飲みに行くようだ。
「そうね~。失敗が続くときには続くけど」
「なんとかの前の静けさってやつ? あ、そういうこと言うと現実になるからやめておこう。ダブルチェックよ!」
小嶋さんが言うと、前の柏木さんも不吉なことを言う。
「あ、それより、山川くんも飲みに行かない」
「いえ……、今日はやめておきます。また今度」
「え~!!」
二人とも恋愛の話が好きなので根掘り葉掘り聞かれると面倒くさい。さらに小嶋さんは妙にカンがよく、社長に迫られていることがバレると厄介だ。
二人に苦笑いしながら、俺も帰り支度をして会社を出た。夕ご飯の食材と酒を買うためにスーパーに寄ろうと視線の先のスーパーを見た時、有料パーキングに止まっている車が目に入る。
10月の6時半、すっかり辺りが薄暗くなっているが、遠目でもよく分かる赤いフェラーリ。
「…………今日は金曜日か……」
俺は思わず呟いた。
金曜日とは、土日休みの社畜には最も開放的な気分になる一日。
そろそろ、何かアクションがあるのではないかと思っていた。このまま穏やかな3か月を過ごせるとは思ってはいない。
俺も男だ。3か月、社長のアプローチを受けると決めたので、出来るだけ、可能な限りで対応していきたい。
驚いて止まった足だが、また歩き始めた。
赤い フェラーリはドゥウンっと恰好いいエンジン音をふかした。
ピカッとライトが光った。
すると、消えた。
すると、また光った。ピカ、ピカ、ピ……。
ア
・
イ
・
シ
・
テ
・
ル
5回のライト点滅。アイシテルのサイン……。
「…………」
……出来るだけ可能な限り対応していきたい。そう思った意志が縮んだ。
今時、この愛の技法を使うなんて……。社長、本当は28才ではないだろう。昭和からタイムスリップでもしてきたのか……。
は~と心の中でツッコミを入れる。一体何故、そういう登場の仕方をするのか。
覚悟を決めて、赤いフェラーリに近づくと、スーツ姿の社長が出てきた。流石に私服ではないな。
「やぁ、拓郎くん。月夜の光に照らされた天使をみつけて、思わずライトでアイシテルのサインを送ってしまったよ」
「…………お疲れ様です」
社長がフェラーリにもたれて恰好付けているが、言っている内容と行動が恰好よくないので、全然響かない。
社長に営業スマイルを忘れてしまうが、これは仕方がない。格好いいフェラーリを何に使っているんだ。
「君を家に送らせてくれないかい?」
「はい。お願いします」
「あ……」
社長は、何か言葉を詰まらせた。なんだ。俺が断ると思っていたような反応だ。断られるつもりでキザな台詞を用意していたのだろうか。
三か月はアプローチを受ける約束したのだから、これくらいは断らない。
「…………ふふ。そうかい。素直な君はなんて可愛いんだろう」
「……」
こういう時の社長は、本当に嬉しそうに笑う。女性社員が“笑顔サンシャイン”と叫ぶ気持ちが分からなくもない。
「では、助手席にどうぞ」
そう言って、社長は助手席のドアを開けて、俺に手を差し出した。こういうエスコートが板についている。仕草の一つが映画のワンシーンになりそうだ。
少し鳥肌が立つのを押さえながら、社長の手を軽く持ち、フェラーリの助手席に座った。
そして、社長が運転席に座る。
「ん? どうしたんだい?」
キョロキョロを見渡す俺に社長が聞いてきた。
「あ、いえ。フェラーリって内装まで凄いんですね」
外装だけじゃなくて内装も、細部までフォルムが芸術的だ。椅子にしても座り心地がいい。
「あ、社長。すみません。フェラーリの恰好良さに見惚れていました。どうぞ出発してください」
そう言いながらも、フェラーリの美しい内装をジロジロと見まくってしまう。
すると、社長はおでこをハンドルにぶつけた。
……なんだ? 悔しそうにしている?
「————く。フェラーリに嫉妬する日が来るなんて……」
「はぁ……」
そこなのか。俺の呆れた視線を感じた社長が「僕だって嫉妬するよ」だか何だか言っている。知らんがな。
「……社長もフェラーリに劣らず恰好いいですよ」
面倒くさくて、さらりと嘘ではない社交辞令を伝える。フェラーリに並ぶ社長は怖いくらいに似合っているからな。
すると、ハンドルにおでこをぶつけたまま、ブワァッと顔を赤くした。
え。
「……」
もしかして、この人、自分は言うのはいいけど、言われるのは恥ずかしい人なんだろうか。
「そうか、君にそう思ってもらえて嬉しいな」
「…………」
お、っと。おっと。おっと……?
褒められ慣れているだろうに、俺だからこんな反応見せるのか?
俺に褒められて全力で嬉しがっている社長を見て、動悸がしてきた。イケメンとの空間は平凡にはハードルが高かったようだ。
社長は、ハンドルから顔を離して俺を見た。ひぃ……顔力。クソォ、やっぱり顔力が凄すぎる……。
アプローチを受けるとは言ったが、考えれば社長に対して俺の装備力はゼロに等しい。こんな美形に普段接しないから……。
居酒屋とはまた密室度が違う……いや、俺は流されないっ!!
「あ、あの……」
「僕も拓郎君の顔、格好良くて好きだ」
ヒィ……ぎゃぁあっ!?!?
はっ。今、俺、女子の反応になっている。いや、この空間に飲まれているだけだ。
顔を近づけるな!? キスはダメだぞ!? 取り決め……あれ? 取り決めって3か月のアプローチ許可だけだ。
「このまま、君を連れ去ってしまいたい」
ひ、ぃい……。
そうして、するりと俺の指に長い指が絡んできた。
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