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あいしてる
しおりを挟むそして、また月曜日がやってきた。
全く疲れのとれない休日を過ごした後の月曜日。……最近、こんなのばかりだな。
「あっははは!」
俺のデスク周りは、月曜の朝からご機嫌だ。
……柏木さん・小嶋さん、朝からよくそんなにテンション上げられるな。何がそんなに楽しいのだろうか。
「山川くんもこれ見てよ~」
小嶋さんがまたスマホを見せてくる。また、SNSか。それで、また『田中清一郎』か。いつになったら、飽きるんだよ。
見たくはないが、見せてくるのでその文字を読む。
『あ 貴方が
い 愛おしくて
し 心臓が苦しい
て 手を繋ぎたくて
る るんるんるん 』
「…………」
るんるんるん……?
「絶対、これ、「る」が思いつかなかったのよ!!」
「分からないわよ。手を繋いで“るんるんるん”したいのかもしれないし、って子供かっ!」
ウケている女子たちを横目に頭を抱えた。
————……社長は、月曜の朝から、何を呟いているのか。
「田中清一郎も好きな相手と進展があったのねぇ。ほら、この呟きさぁ……」
「これ、進展あるのかな? この人の妄想なんじゃない?」
田中清一郎が進展???
「……………???」
社長、本当に何を呟いてんだ? 進展があったように嘘の呟きをされては困る。いや、別に困ったりはしない。社長と俺の間には何もないのだから。
チラリと小嶋さんのスマホを覗く。
『世界一って君だけだと思ったけど、君の味噌汁も世界一だった。他にどんな世界一が君にはあるの?』
「……」
それは、進展じゃない。親切心だ。
親切心で、あの飲み会の後、泊めて、それで朝ごはんにみそ汁を作った。多分、そのことだろう。
思い出したくないが、金曜、土曜を回想しよう。
金曜日、俺は、酔っぱらい社長を家に泊めた。
社長はベッドで寝、俺はビーズクッションで寝た。だが、次の朝には、俺のベッドで二人並んで寝ていた。
勿論、これは、何かの超常現象ではない。
社長が、悪い気の利かせ方をしたんだ。ビーズクッションで寝ていた俺をベッドに寝かし、枕が一つしかないからと社長の腕を貸してくれたのだ。
休日の朝は寝るものと思い込んでいるので、ちょっとやそっとでは起きない。それが俺の28年の身体だ。体内時計とはなかなか崩れにくいんだ。
男のがっちりした腕枕だろうとも、窮屈なベッドだろうとも、俺はぐっすり眠れてしまうのだ。
ただ、起きてからは、ヒィ……とか、エェ……とかそんなドン引きだ。
会話と言えば、社長は酔っ払ったことをとても謝ってくれた。酔いつぶれるまで酔ったことがないそうで、自身でも驚いていた。
「本当に迷惑をかけた。なんと詫びればいいのか」
「はぁ、もういいですよ」
「また、行ってくれるということかい?」
「ヒィ……それは飛躍していませんか?」
とまぁ、こんな感じだ。ヒィ……ヒィ……とな。
帰るというので、社長が車を呼んでくるまでの間、みそ汁だけ作ったんだ。出汁の素のやつ。
これで、この話はおしまい。
ちなみに、俺の連絡先は聞かれていないので教えていない。次の約束もしていない。
ほら、進展などしていないだろう?
スーツの詫びになったかは分からないけれど、気持ち的にはスッキリしたので、次回の誘いからはちゃんと断ろうと思う。
SNSで盛り上がっている二人には悪いけど、俺はこのまま社長の熱が沈下するのを待っている。
「……俺、備品室に行ってきまーす」
さ、仕事仕事。
デスク用品の補充するために別フロアの備品室に取りに向かった。
補充する印刷用紙や文房具などを持って行きやすいように一つの段ボールに入れる。
「えーと、マーカーも切れていたよな……?って、あの人……」
先に備品室にいた女性社員が重そうな荷物を持ってふらついている。
このままでは危ないのでは?
「大丈夫ですか?」
女性社員の荷物を反対側から持ってあげる。結構重たい。なんで、こんな無理をするのかと相手を見ると若い女の人だ。
新人さんかな……。
女の人が持てる荷物じゃないので、カートを持ってこようかと声をかけると、丁度出払っているそうだ。
「じゃ、手伝いますよ」
そう言って、荷物を二つに小分けにして重たい一つを俺が持ち、備品室を出た。
彼女の部署は、備品室からすぐ隣だった。だから重たくても持とうとしたのかなと考えてフロア内に入る。
「きゃっ!」
その時、先頭を歩く彼女が黄色い悲鳴を上げた。
なんだ? と彼女の視線の先を見ると、……あぁ、うん。社長だ。
相変わらずどこにいても目を引く美貌。どうやら社長は会議室から出てきたばかりのようだ。
仕事をしている姿を見かけたのは初めてだが、噂通りの無表情で迫力がある。
この部署でも俺のデスク周りのようにヒソヒソと社長の美貌を見て「足長い、顔ちっちゃい」「ヤバいカッコいい」などと囁かれている。
俺は、なんとな~く、見つかりたくなくて、女子社員の後に隠れた。
その時、社長に一番近い場所にいる女子社員が持っていた書類をバッサーと派手に床にぶちまけた。
社長の足元まで者類が落ちている。
「きゃぁ! ごめんなさいっ!!」
女性社員が慌てて書類を拾おうとすると、社長もしゃがみ込み、その書類を拾った。
「優しい」「優しいキュン」「尊いキュンキュン」
……いや、女性社員達よ。落ちた書類を拾うのなんて、人として当たり前だから。
社長の様子に拝んでいる女性に内心でツッコミを入れてしまう。
社長は、その書類を拾ってまとめて女性社員に渡した。渡された女性社員は顔が真っ赤になった。
「あ、ありがとうございます」
「どういたしまして」
「ひっ!!! ……っ、っ、っ!!!」
いや、どういたしましてって言われただけで、そんな息を詰まらせなくても。大袈裟すぎないか?
これが社長の日常ならやりにくいだろうなぁ。
そう思いながら、持っている荷物を置いて去ろうとすると、社長とパチリッ!と、そりゃもう音がなったかのように目があった。社長は驚いた後……
————ふわ。ニコ……
その瞬間さ、ヒギィーっと女性社員は卒倒した。中には腰砕けになり、くにゃくにゃと地面に着いた人もいる。
「……」
俺はこれが通常の社長だと思っているから何ともない。というか、男の俺が女子社員みたいな反応したらおかしいな。
それより、今の社長の表情。「あ、偶然と言う名の運命。ラッキー」な顔ではないだろうか。
柏木さん、小嶋さんがSNSを毎日聞かせてくれるせいで、何を考えているのか想像してしまう。
「ねぇ、荷物ここでいいですか?」
「——あっ、はい! そうです。ありがとうございます」
「はい。じゃ、次はカート確保した方がいいですよ」
そう言って、社長の色香にやられた女性社員から離れる。
さて、自分の荷物を持って帰るかと、備品室に戻った。
「あー、在庫切れになってるじゃん。最後持って行ったヤツ、なんで発注かけないんだよ」
備品室に戻ると、備品の在庫切れを見つけてしまい、リストにチェックをする。
一つ見つけると、また不足が見えてくる。不思議だ。
今日は打ち合わせも急な用事が入っていないので、備品のチェックをしてもいいかと思いチェックリストを持って備品を確認する。
カチャリとドアが開き、誰かが入ってきた。備品室は棚と備品だらけで入り口から誰かが入ってきてもすぐには分からない。
気にせず作業をしていたら、コンコンと物置き棚をノックされた。
後ろを振り向いて、固まった。
「拓郎君」
社長だ。棚にもたれて、髪の毛をかき上げて格好つけている。
流石にノックされたので、前回のように飛び跳ねるまでは驚かないけどさ、やっぱりこの顔が近いとギクリとする。
「月曜からこうして出会えるなんて運命だと思わないかい」
「…………」
社長、その運命論だと、朝起きて出会った人全てが運命だと言う事になりませんか。
「……お疲れ様です」
スルーして返答すると、近付いて来て、俺の手を掴んでチュッと挨拶をする。
…………分かっている。これは挨拶だ。動揺してはいけない。海外ではチュッチュしているもんな。
社長が、先日はありがとうとお決まりの言葉を並べるので、俺もスマイル0円で対応する。いや、だから、俺の0円スマイルで頬を染めるのは貴方だけですよ!!!
「…………」
……何の沈黙!? 何か用件あったんですよね!
社長は目をそらし照れている。
「ゴホン……この土日、君の温もりを忘れられなかった」
「——……んん、っ??……、俺の温もりは渡していません」
聞きようによっては滅茶苦茶一線を“越えた”台詞だ。なぜ、その台詞が出てくるのか、俺には理解不能だ。
俺は、人差し指を立てた。会社って言うのは誰が聞いているか分からないんだ。すると、状況を理解したのか、小声で言う。何故、俺の耳元で言うんだ!
「忘れられない夜になったよ」
「…………」
と、鳥肌ぁ~!!!!!
——……メルヘン社長にかかれば、ただの介抱がキラキラと光り輝いたメモリアルになっているのか。
俺は、危険なことを言う社長の口を手で塞いだ。
危険だ。一刻も早くここから立ち去らねばっ!
「……では、俺は課に戻りますね」
俺は、早めに備品室から出ようとすると、トンっと腕が伸びて通せんぼする。もう一本の社長の手もトンっと優しく壁に手を付いた。
なんのつもりだ。壁ドンか。まさか俺が味わおうとは。
「こんなこと言うなんて早いことは分かっている。だけど、もう自分の気持ちが溢れてしまうんだ……」
真剣な社長の顔がまっすぐ俺を見た。
間違いない、きっと俺は付き合ってくれと言われるのだ……。
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