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好きの反対

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見てる、見てる……。ジッと見てる。

俺は視線を逸らしながら、甘くならない返答を脳内で模索した。



例題1
「俺みたいな平凡、みつめても楽しくないでしょう」はは……と苦笑いして答える。
返答
「神様が君をこの世に誕生させた時、皆に君を自慢しただろうね」
(小嶋さんから聞いたSNS情報より引用)
とさらに社長から見つめられる。


例題2
「社長は私服だと雰囲気が変わるのですね」と服の話をする。
返答
「あぁ、君の服は幸せな反面不幸だ。幸せなのは温もりを感じられること。不幸なのは、どんなに素敵な服でも君の魅力の前ではぼやけてしまうことさ」
(小嶋さんから聞いたSNS情報から引用)
「あぁ……、でも、その温もりを感じられるのなら不幸なことなど些細なことだ」と益々熱視線になる……。


脳内で例題を二問出してみたが、どちらも不正解だ。
とりあえず、例題2は絶対にダメだ。
服は着るもの。着るものは脱ぐものだ。脱ぐことを社長にイメージされては困る。安易な質問をして深みにハマってはいけない。



接待では、いきなり仕事の本題は避け、互いの緊張をほぐすためにも話題を膨らませたりするものだが、社長には危険かもしれない。


「あの、社長は、大学の頃から海外で仕事をなさっていたのですよね?」
「あぁ。そうだよ。大学で経営学を学びながら仕事をし始めたんだ」

この場は、仕事の話で甘い雰囲気を打破する……!! これが、正解だ!


丁度、料理が運ばれてきてテーブルに並んだ。彩り美しい料理の数々だ。

「わぁ……旨そうですね」
「君の好みに合うといいな。食べようか」

促されるままに、大きなサザエを摘まむ。バジルソースで味付けされて、サザエの食感がコリコリして美味しい。
その横の胡麻豆腐ももの凄く旨い。口の中が幸せになる。
素材も味付けも抜群だ。今年来た店の中でもダントツにいい店だ。

こんな旨い料理を出す店を知っているなんて、流石社長だ。毎日豪華なモンばっかり食っているんだろうな。
パクパク食べる俺に、「可愛い」と微笑む社長。喉つまっちゃう。



「よかった。実は、日本に戻ってきた時に接待を受けた店なんだ。日本の店は詳しくなくて、君を誘えそうな店がここしか浮かばなかったんだ」

「はぁ、……光栄です」

「価格もそれほど高くないんだ。君の営業の接待にも使えると思うんだ」
「ありがとうございます」

よく気が利く。

この見た目と行動力なら遊んでそうだけど、遊び相手に俺を選ぶところが、もしかして社長は平凡な見た目しか好きになれないタイプの人間だろうか。それで、会社や他社の美人の誘いをことごとく断っている?

好みは人それぞれだもんな……。モブ専か。俺以外を誘えばもっといいのに。


「それで、さっきの僕の仕事の話だけど」
「あぁ、はい」
「僕はお菓子が好きで、それをもっと沢山の人に食べてもらいたかったんだ」
「あ、俺もそうです。カロッソのお菓子が好きで……」

好きと言った瞬間、社長が蕩ける笑みを浮かべる。おい、アンタの事じゃァねぇよ!!
訂正するにも嬉しそうな社長を見ると、何とも言えない気持ちになる。


一旦食事に集中しようと、箸を進める。
旨い。旨い……うまい…………って、目の前の社長も中々に箸と酒が進んでいる。
続々と食べ物が運ばれてくるけれど、それがスルスルなくなっていく。


「——社長って、よく食べますね」
「あぁ。恥ずかしいな」
「いえ、所作がキレイなので、見ていて気持ちいいですね」
「……」
「昔、大食いな友達がいたんですが、そいつもキレイな食べ方していたんですよね。社長と違って凄いデブだったんですけど」


すると、社長が固まった。
ん? 俺、何か変なこと言ったか?


「……仕事を早くから学びたかったのは、お菓子が好きというのと。もう一つ、邪な気持ちもあるんだ」

あ、また仕事の話だろうか。

「はぁ」
「君に成功した僕を見てもらいたくて頑張ってきたんだ」
「…………????」


お、っと。おっと? よく分からないが、急にジャブが来た。
なんで、そういう話になるんだ。仕事を早く学びたかった理由がなぜ、俺に見てもらうことになるんだ?

「……あの?」

俺は仕事柄、理解できない人、話が合わない人に出会う。そのせいか、自分の中で分からない単語をよく砕いて考える癖があった。

普通に聞けば、時系列がおかしいようなセリフだ。
だが、ドリーマー社長の中では、俺は、もはや運命の中で出会うべくして出会う存在? それで、いつか出会う運命に胸を張って出会えるように頑張っていた?
そして、運命を確信したから、この発言が出た……ということか?

なるほど。なかなかの難しい解読だ。

「……社長、お言葉ですが、それは俺ではありませんよ」
「君だよ」

ニッコリと社長が笑った。……いや、ここは、否定しておかねば。

「いえ、俺ではありませんって」
「君だって」
「…………」

なんだ、この不毛な会話は。
場を保たせるために、俺は席を回って日本酒を飲み始めていた社長のお猪口に酒を注ぐ。

「君にお酒を注いでもらえるなんて……」「どうぞどうぞ!」

社長が、何か甘い台詞を言おうとしたに違いないと思った俺は、素早く制した。






社長は結構酒を飲んでいた。この店は、日本酒が美味しいと言っていたし。しかし、結構なハイペースだ。
酒、強いのだろうか……。
社長の酒を頼もうと思ったが、これは、むしろ止めた方がいいのではないか。あ、また頼んだ。
仕方なく、自分もビールで付き合う。


「あれ? どうしまし————……え?」
社長が席を立って、俺の真横の席に座った。
実は、4人掛けの席で向かい合わせだったのだが…………、なぜ、終盤となった今、隣に座る!?
至近距離で社長が。
すげぇ肌キレイ、三十路前とは思えない、とかちょっと逃避行しそうな脳みそを戻す。

「えーっと????」
「君はきれいだ」

そう言って、俺の髪の毛を———……ひぃ、耳にかけた。

キレイではない俺をキレイだと言っている。確実に口説こうとしているな!! 今からどんな甘い台詞がくるんだ!? 

「ここは、天国にちがいない。だって君がいるんだもの」

絶対! 酔っている……。全然顔色変わっていないが、これは酔っている。

「俺は、エンジェルではないですよ」
「?? おや、では、輝く星だ。最近、夜空を見ると、君の星座を作ってしまうんだ」
「残念ながら星でもありません」

酔うと、あれだな……! SNSに呟いていることが口に出るんだな。そろそろお開きだと声をかけようとした時だ。


「君が好きだ。拓郎君」


そう言って、俺の頬を優しく……触ってくる。
お、おぅ……、直球じゃねぇか。

かぁあああっと赤くなってしまう自分の顔。だが、ここで断っておかなくちゃ。
しかし、そのタイミングが遅れて、コツンと額同士が当たる。おひぃ!!!

「あ、あ……あぅう……」

おい。何を少女のようにキョドっているんだ。しゃ、社長、酒臭いのに、なんかいい匂いする……。ドッドっドと心臓が煩い。

「あの、俺は、すみません……。好きの反対で……」
「好きの反対? ——————キス?」
「おっと———?! ……んちゅ——!?!?!!?!」

唇に生温かい感触がっ!!! ひぃ!! キス、キス、キスしてるぅぅうううう!!!!!

だ、だが、なんだ。このやっさしいキスは……。
こんなキス、俺は女性にもしたことがないぞ!! 

ハッとして、社長の胸をグッと押すと、社長は簡単に離れた。離れた後の————……壮絶な色気を俺は見た!!!!

まつ毛、ばっさ。ばさ。濡れてる。酔っていて少し目元が赤い。

その長いまつ毛に見惚れていると、また、ちゅっと唇が引っ付いてきたので、「ぎゃっ!!」と飛び跳ねる。
ドンドン胸を押すと、また簡単に離れた。



「——っ!! 社長、随分酔っていますって!! そろそろ帰りましょう!! 何が何でも帰りますからね!!」

相手が社長だろうが酔っ払い相手にしていられない。

「……もうかい? 緊張して上手く話せなかった。飲んで食べてばかりいた。では、最後に一杯だけ付き合ってくれ」

緊張していたのか? 饒舌だったじゃねぇか。

「じゃ、水で」
「水が好き? だとしたら、僕の事も60%好きになってもらえる可能性があるねぇ」

あぁ、成人男性は体重の60%が水分だからなぁ……! 前向きかっ!!

フフフ……とうつ伏せになってしまった。でも、笑っている。

————ダメだ。タクシーを呼ぼう。

俺は、項垂れた社長に肩を貸し立ち上がった。会計の時だけ、スッとカードが出てきた。

「僕も最近、天然水にハマっているんだ。ほら、山があり、川が流れているだろう……」
「はいはい。俺の名字は山川ですよ。どこからそんなにボキャブラリーが湧き出てくるんですかね」
「僕は……朴念仁だよ」
「ボキャブラリーの宝庫じゃないですか」
「……君にだけ」

すると、社長の腕が回ってきた。

ん……、肩を貸していたポーズから、後ろから抱きしめられている形になって……いる!?!?!

「ひぃっ!!!!」

首筋に当たるのは、社長の唇で……!?!?!


おぉぉお……、俺は何気にめちゃくちゃピンチだ!? 
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