イケメン社長に超口説かれるモブの受難

モト

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君の瞳に乾杯

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「仕事終わったら、この店に来て欲しい」

社長は、一枚の名刺を俺に渡した。
《割烹 やまびこ》

白い和紙に白の繊維が少し混ざっている名刺だった。書体はシンプルで美しい。名刺からセンスの良さが伝わる。


「本当は、君の課まで迎えに行きたいけれど、騒ぎになれば迷惑になるかなって」
「……お気遣いありがとうございます。こちらのお店に直接行けばいいのですね?」
「あぁ、会社の前に車を手配しておくから、それに乗ってきて欲しい。ただ、店前は車が通れなくてね」


すると、社長は店の名刺をくるりと裏返した。

「分からなかったらここに連絡してくれ」
「…………」

そこには、手書きで携帯の電話番号が書かれていた。社長自らの手書きで思わずドキリとする。俺は、余儀なく社長の携帯番号をゲットしてしまった。


……これは、手慣れている。
通常なら、互いの名刺交換となる。だが、それは会社の連絡ツールであって個人の連絡先ではないはずだ。
そうなると、俺だけ会社の名刺を渡すのもどうかと思う。

「じゃ、また後で」
「あ、はい」

ぎゅっと、最後に手を握って、それから恥ずかしそうに照れた社長。

「本当に楽しみにしているから」
「……」

そう言って、社長は休憩室から去っていった。ポツンと残された俺も休憩時間が短くなっていたので、課に戻る。
戻った俺は、書類整理をしながら、全身がむず痒い感覚に陥っていた。


————スマートな対応後の照れる仕草……。ギャップというやつか。

実に巧妙な手口だ。
社長は、この技術を行使して今までに幾多の男? 女? をモノにしてきたに違いない。


「山川君、どうしたの? いつも以上にヤル気になってるわね?」

積み上げた書類を黙々と整理する俺に小嶋さんが言った。

そうだ。ヤル気を出すんだ……。急なトラブルで残業が発生して約束が潰れないかなと思うのはよせ。今日ではない別の日がくるだけだ。問題解決を遅らせようとするな。

俺も営業4年。今まで、失敗するかもしれないという商談があった。俺は完璧マンではないので、失敗も多いが、でも、成功した案件も沢山ある。俺はやれる! と思い込むんだ

火に油は注がない。きっとうまく避わすことが出来るはず……。








退勤時間になり、俺はもらった名刺の店《割烹 やまびこ》に着いていた。
はぁっと溜息をつく。

店の中に入ると、着物を着た店の方が近付いて来て「山川様でしょうか?」と声をかけてくれた。

「あ、はい」
「田中様より承っております。こちらへどうぞ」

そう言って、店員が奥へと案内してくれる。
外観からは広く見えない店だったが、店内は奥行きがあった。和モダンで落ち着いた空間だ。会社からもそれほど遠くなく接待にも良さそうな店だ。

社長のボキャブラリーからして、洋食かと思いきや、和食なんだな。君の瞳に乾杯とかグラス持って言いそうなのにと思っていると、店員が奥の個室のドアを開けて通してくれた。

「拓郎君! よく来てくれたね!」

俺を見ると、既に来ていた社長が満面の笑みで立ち上がった。

「————社長……?」

一瞬誰かと思った。
……私服だ。大きめのジャケット、ラフなシャツ。黒いズボン。それに、いつもきっちり前髪を上げている髪の毛が下りている。その髪の毛が軽くウェーブがかかって、社長というより、どこかの海外モデルみたいだ。
分かっていたけど、すげぇ、イケメン……。

顔面偏差値の高さに驚き後退りした俺。社長は、そんな俺の腰に手を添えて、椅子を引いた。近づくと石鹸の匂いがする……何故だ。


————何故、シャワーを浴びたんだ……!?


「拓郎君、どうぞ?」
「あぁっ!? すみません」

社長が引いてくれた椅子に座ると、社長はテーブルを挟んだ椅子に座った。

「緊張しないで。一人の男として誘ったんだから」

はは……はは、と乾いた笑いが出てくる。一人の男として誘った? 

……——————この男、ヤル気か?



髪の毛を下ろしたせいか、いつもより猛烈な色気。腕まくりしたシャツからは鍛えられた前腕の筋肉。逞しいアピールか? どこもかしこも計算高く見える。

……間違いない。俺の事を抱くつもりでいる。シャワーまで浴びて準備万端なのが証拠だ! 
爽やかな笑顔の裏に野獣が隠れている……。


「ここは日本酒が美味しくてね」
「ビールで」

これが上司というなら、アルコール度数の高い日本酒でも勧められるままに飲むが、一人の男としてなら話は別だ。酔いつぶれるわけにはいかない。

「そうかい? じゃ、僕も同じものにしようかな」

社長は気を悪くした様子もなく、同じビールを注文した。
メニュー表を一応渡してくれるが、女将のオススメの料理を既に頼んでくれているようだ。
イタリア人さながらの手際のよさじゃないか。油断のならない男だ。

こうなってくると俺も、この場面をどう切り抜けようかと躍起になってくる。

程なくして、ビールと通しの大根煮が出てくる。おっと……ビールがフルート型グラスじゃないか。

社長が俺の目をじぃっと見つめてグラスを持った。

こ、これは……来るのか!? 来るのか!!! 乾杯の音頭……!! 

「君の瞳に乾杯」


き、きたぁ……。
俺の瞳に乾杯してきた……!! 


「————……お疲れ様です」

そう言って、俺も乾杯した。
よし……、平常心を保った。

俺は火には油は注がない。消火器を使う男だ。
だが、社長が俺の顔をうっとりと見たままだ。またフリーズしているのか。俺の顔のどこにそんな魅力があると言うんだ。

社長は、ハッとしたように照れる。おい、それは順不同なのか?

「僕の目がおかしくなったみたいだ。……君から目を離せない」

————俺の平常心よ。どうか、持ちこたえてくれ……!!!
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