だから、悪役令息の腰巾着! 忌み嫌われた悪役は不器用に僕を囲い込み溺愛する

モト

文字の大きさ
上 下
1 / 43
1巻

1-1

しおりを挟む




   プロローグ 前世の目覚め


 嘘みたいな美少年だ。
 真っ白な肌、艶やかな金色の髪の毛。青い瞳、バラ色の頬、小さな唇。
 鏡の中に映るのは見慣れた自分の姿のはずなのに、一瞬そうではないような不思議な感覚がした。
 頬に手で触れると、ぷにっと柔らかい。
 これは自分の顔で間違いないのに……

「今日もフラン様はとても愛らしいですわ」
「フラン様は私たちの天使です」

 左右に立つ二人のメイドが僕のことを褒めてくれる。
 ――フラン。
 そう、それは自分の名前なのに、どうしちゃったのだろう。
 
 こんなことってあり得るの? 
 僕は僕のはずなのに、なんだか他人を見ているような不思議な気持ち。

「顔周りにフリルがあると、フラン様の可愛らしさが引き立ちますね」
「では、午後からは水玉のリボンにいたしましょうね。あぁん、赤色のリボンも素敵ですわ」

 メイドたちはあれやこれやと僕の髪の毛に付けるリボンの色選びに迷っている。
 シャツだけで何着も着替えて、ようやく今日の服装が決まった。あとは小物だけ。
 別に特別なイベントがあるわけじゃない。いつもこうなのだ。彼女たちは何でも似合う僕の着せ替えを心から楽しんでいる。
 まるで、生きた着せ替え人形だ。
 ……あれ? 着せ替え、人形?
 その単語に、一気にの記憶が頭に押し寄せてきた。

「フラン様? どうかなさいましたか?」

 あまりに突然のことに放心してしまい、メイドが心配して声をかけてくれる。

「え? あ、ううん。……な、なんでもないよ」

 そう言いながら、もう一度鏡の中にいる自分を見た。
 八歳とはいえ、男の子の頭に大きなリボンカチューシャはおかしい。
 それにこのフリルだらけの洋服はまるで女の子みたいじゃないか。今から履かせようとしている赤い靴も間違いなく女の子用だよね?
 ……でも、とても可愛がってくれていると、さっきまで受け入れていた。
 ──前世と同じように。
 キャッキャウフフとはしゃぐメイドたちの喜び様は、──まさに前世の姉そのもの。
 姉……そう、僕は日本人だった。そして、三つ年上の姉がいた。
 もうしっかり前世が思い出せる。

「あ、あのね……」

 自分から聞こえる震える声が可愛い。
 ……あぁ、こんな小動物的な仕草をしちゃったら、メイドたちがますます自分を構いたがる。
 落ち着くために一度深呼吸をする。
 ──いいか、僕よ。前世の記憶を思い出したからといって取り乱して、急に態度を変えるのはよくない。年上の女性に逆らっていいことなど何一つない。うまく味方に付けるのが吉だ。
 後ろを振り向いて、彼女たちに笑顔を向ける。

「いつも丁寧にお仕事してくれてありがとう。でも、今からお勉強したいから一人にしてくれるかな?」

 前世を思い出した直後なのに、努めて冷静な僕の態度は実に素晴らしい。
 前世でも今世でも、年上の女性への対応が身に付いているからできることだ。

「……分かりました。では何かありましたら、お声がけください」
「うん。もちろんだよ」

 メイドたちはまだ遊び足りない様子だったが、頷いて部屋を後にした。


「ふぅ……。よし!」

 一人になった部屋で改めて鏡台の前に立った。
 そこにはメイドたちが褒め称える美少年が映っている。
 瞬きしても、口を開けてみても、頬を膨らませてみても、愛らしい以外に言いようがない。
 これが自分だと思うと、笑いが込み上げてくる。

「はは、ははは……。なんてことだろう⁉ 信じられない、ペン入れをした顔がここにあるなんて!」

 この可愛い顔は間違えようがない。
 ──そう……、ペン入れだ。
 美しい僕は、フラン・アイリッシュ。プリマリア侯爵の嫡男ちゃくなんだ。
 そして、ここは──BL漫画家である姉の商業漫画『イケメンたちが(重)溺愛すぎる』の世界。
 フランはこの漫画の主人公で、絶世の美青年
 前世の僕は姉のアシスタントをしていた。自分がペン入れをしていたキャラクターに転生するなんて、実に珍妙なこともあるものだ。
 一つ思い出すと、連鎖的に他の設定も思い出した。
 物語の舞台は、魔法が発達したルーカ王国。
 高度な治癒魔法が使えるフラン・アイリッシュを巡って、イケメン貴族たちが恋の火花を散らす。
 フランは彼らに迫られていやらしいことをされるが、いつもタイミングよく邪魔が入る。挿入までに至らないギリギリ感が読者には評判だった。
 だけど、この話の結末がどうなるのかを僕は知らない。
 ラストが描かれる前に、交通事故で死んでしまったからだ。
 フランは多くのイケメンたちに身体を弄られ、口説くどかれて溺愛されていたが、結局どのイケメンとくっついたのだろうか。
 いや、まさかハーレム? 3P、4P……いやだ、考えたくない。

「……」

 鏡の中に映る自分のバラ色の頬をつねる。痛い。
 今はまだ可愛いだけだけど、成長していくにつれて魔性の美青年となり、街中で噂になっていく。
 自国や他国やらのイケメンたちにもてはやされ、それを見た女性たちから陰湿な嫌がらせを受けることになる。
 虐めとセクハラ三昧ざんまいの未来が待ち受けていると思うと、はぁ~~と長い溜め息が出た。

「……最悪。溜め息をつく顔すら可愛い」

 なんだよ、このピンクの小さい爪は。ハーフパンツから出ている膝小僧もピンクなのか。
 セクハラ設定を受け入れなくちゃいけないのかと思うと、この容姿に腹が立ってくる。

「──ん? 待てよ。今は、まだ……可愛いだけ、か」

 今は可愛いだけ。漫画のように男を誘惑する魔性に育つとは限らない。
 そう思うと希望が湧いてきた。
 僕はまだ八歳だ。これからの長い人生、漫画シナリオと同じ道を歩む必要はどこにもない。
 ──まだ物語は始まっていない。
 そうだ。NO! セクハラ! NO! 総受け!

「よし! これからの人生ルートは僕が決めてやる!」



   第一章 腰巾着への道


 アンティーク調の可愛い家具で揃えられた、白を基調にした美しい部屋は美少年にぴったりだ。
 ベッドフレームの綺麗な曲線を指でなぞりながら、部屋をくるくると小さく回る。考えごとをしている時の癖だ。なぜか身体を動かしたくなる。

「うーん、人生のルート変更っていっても、どうしようか。目立ちたくないと思ってもこの顔だし……」

 実のところ、フランの可愛すぎる顔設定は嬉しくない。
 そう思ってしまうのは、フランと前世の自分が少しだけ似ているからかもしれない。
 フランほどではないけれど、前世の僕もそれなりに可愛かったのだ。
 子供の頃は少女のような見た目をしていて、よく姉に可愛い服を着せられた。ヒラヒラワンピース、フリフリスカート。その服がまた僕によく似合った。
〝着せ替え人形〟という言葉で前世を思い出すくらいに姉に遊ばれていた。
 中学生になると、さすがに女の子に間違われることはなくなったが、女の子が騒ぐような男らしい見た目じゃなかった。
 丸顔、丸い目、小ぶりな鼻と口に、低い身長、色素の薄い髪……可愛らしさが残る容姿だったのだ。
 格好よさに憧れて、筋トレグッズを買った。ヘアワックスで髪の毛をセットして、背伸びをして大人びた服を着た。モテを意識し始めたのもちょうどその頃だ。
 そんな僕にやってきた初恋。
 相手は同じクラスの女の子。委員会で仲良くなって、放課後二人で帰るようにもなった。告白すれば付き合えるかもしれないって浮かれてさ。
 でも、その子は別の男が好きだった。僕と仲良くしていた理由は、彼女が好きな男と僕が親友だったから。
 その事実を知った次の日、もっと最悪な事態が起きた。
 親友が僕のことを好きだと告白してきたのだ。つまり地獄の三角関係。
 親友だと思っていた男に告白されて困惑した。女の子がコイツのことを好きなのにどうしようって焦りもあったのかもしれない。
 感情がごちゃ混ぜになって、かなり手酷く振った。
「気持ち悪い」って、最悪の言葉をぶつけてしまったのだ。
 それが、好きな女の子の耳にも入った。

「君って本当に最悪だよね。キレイな顔して性格ドブス」
「……え?」
「顔がいいってそんなにエライことなの? その顔じゃなければ誰もアンタのことなんて好きにならないわよ」

 好きな女の子の言葉で、僕の心は微塵みじんに粉砕された。
 それから僕に関する悪い噂が広まった。ヤリチンとかビッチだとか、いわれない言葉たち。廊下を通れば、くすくすと嘲笑う声。
 親友に酷いことを言った自分が悪い。 
 でも、こんな噂を流すのは違うじゃん?
 負けず嫌いな僕は、反発心で学校には通った。噂も全否定した。
 でも、ある日、学校帰りに違うクラスの男たちに絡まれたことがあった。

「なぁ、俺らと遊ぼうぜ」
「お前、バイなんだろ? セフレになってよ」

 人通りのあるところだったし、少し身体を触られただけだけど、鳥肌が立つほど嫌な気分になった。

「噂はデマだから」

 必死にそれだけ言うと、男は、ははっと軽く笑った。

「お前がそんな見た目をしているのが悪いよな」

 そう言われ、噂をする方は真実なんて求めていないことに気が付いた。
 ──見た目を変えよう。
 この容姿が悪いのなら、隠してしまえばいい。
 見た目で陰口を叩かれるのにも、変に絡まれるのにもうんざりしていた僕は高校に入って逆デビューをした。
 前髪で顔を隠しダサい眼鏡をかけ地味な服装にして、もさもさとしたイケてない男子となった。
 案の定、全然モテない。おかしな噂は止まったけど、好きな子ができるどころか、女子には避けられる始末。
 あの子の言葉は正しかったんだなって、二度目のギャフン。自分なんてと卑屈になって、人付き合いも一気に下手になった。
 陰キャモブ化した僕を姉だけは可愛がってくれたから、姉が描くBL漫画のアシスタントをしていたわけなんだけどさ。

「うーん……」

 前世を思い出して唸った。
 この黒歴史は忘れていたかったが、今世では失敗しないために必要な教訓だと受け入れよう。
 まず、顔を隠しても楽しくない。
 本来あるべき姿で堂々と自分をエンジョイしたい。恋人は自分のことを分かってくれる一人だけでいい。
 だけど、この超絶美貌でモテずに過ごす打開策は思いつかない。
 うーん。ともう一度唸っていると、──コンコンと部屋のドアがノックされる。
 ──独り言を聞かれたかもしれない。
 誰だろうとドアを開けると、メイドが微笑んでいた。

「……あの、僕の独り言が聞こえちゃった?」
「いいえ。何も聞いておりません。フラン様、奥様がリビングに来るようにと」
「なんだ。そう、今行くね」

 アイリッシュ家の家族構成は、侯爵の父、母、僕、弟だ。
 僕は自分の家族が大好きだ。特に母、ナターシャはフランの母とあって美しい。それでいて賢い女性で頼りになる。
 部屋から出て、足早にリビングにいる母の元に向かった。

「母様、遅くなりました──」
「フラン、お客様の前ですよ」

 母以外誰もいないと思ったのに、彼女の横には僕と同じ年頃の男の子がいた。その後ろには従者が控えている。

「ごめんなさ、い……」

 語尾が小さくなってしまったのは、その男の子に見覚えがあるからだ。
 ふわふわとした茶色の髪の毛、人に好かれそうな愛嬌のある顔。そして髪より少し濃い茶色の目。
 その目が真っすぐに僕を見つめるものだからギクリとする。僕の記憶違いでなければ、目の前にいる少年は公爵令息のブラウド・ドリアスだ。
 驚いて固まっている僕に母が手招きをする。

「フラン、いらっしゃい。ブラウド様が学園で貴方を見かけてご挨拶したいと、わざわざ家にいらしてくださったのよ」

 僕が口を開く前に、彼はニコリと微笑んで礼儀正しい所作で挨拶をしてくれる。

「はじめまして。ブラウド・ドリアスです」

 ……やっぱり、彼はブラウドか。
 じり……と無意識に足が後退した。
 僕たちははじめましてだ。だけど、前世の記憶が彼は〝主要キャラ〟だと騒いでいる。
 姉のアシスタントとして長年こき使われていたから、キャラの特徴も悲しいくらい記憶している。
 ブラウド・ドリアス――彼の母親は王妹で、王位継承権も持っている。爽やかな見た目と愛想のよさで周囲からの人気も高い。それからもちろん、彼はフランを溺愛する一人だ。
 いずれ出会うにしても、まだ接点はないと思っていた。
 黙りこくる僕に、母がゴホンと咳払いをして自己紹介をするように促す。

「……申し遅れました。フラン・アイリッシュです」 
「ううん、こちらこそごめんね。突然挨拶しに来て驚いたよね。学園で君のことを見かけて、ずっと話してみたいと思っていたんだ」
「僕を見かけて……ずっと?」

 魔法学園には全国から生徒が集まっていて、在籍している生徒数は多い。話すどころか、一度も顔を合わせずに卒業する生徒もいるだろう。
 ……接点なんて全くないのに、見かけただけで──家まで来た? 

「ねぇ、フラン」

 ブラウドが頬を染めて、僕の全身を見る。子供が物珍しい物を見つけたように目を輝かせている。

「私服もすごく可愛いね。制服とは違ってフリフリでとても君に似合っている」
「え、っと……」 

 メイドに着せられたフリル服だ。僕の可愛さが前面に押し出されている。
 家族以外の人に会うと分かっていたならすぐに着替えたのに。
 固まっていたら、母はテーブル席へ案内し、僕とブラウドを隣同士に座らせた。
 すぐに紅茶を用意させると母が言っている横で、彼は僕の手を握る。

「ひっ」
「君の手、すごくスベスベしているね」
「……」

 額から汗が噴き出る。
 ──物語はまだ始まっていない、そう思っていた。
 だがしかし、この熱い視線はなんだというのだ。
 僕という可愛い存在が生まれた時点でモテフラグはそこら中に立っていた、そういうことなのか⁉ 
 漫画の中のブラウドを思い出して、彼の手をそぉっと外す。ササッと立ち上がり、母の後ろに下がった。

「あら? フラン、どうしたのです?」
「母様、僕、お腹痛いです……。お昼に甘いケーキを食べすぎちゃったのかもしれません」

 前世の記憶を取り戻してすぐに主要キャラに出くわすなんて思いもしなかったから、僕は考えることを放棄した。
 とにかくこの場から離れたい。

「それはいけませんね。仕方ないわ、お部屋で休んでおいで」

 仮病を使うと、母は僕に無理せず部屋で休むように声をかけてくれた。

「はい、お部屋に戻ります。……ブラウド様、せっかく来てくださったのにごめんなさい」

 僕はこれ幸いと、ブラウドに謝りながら部屋に慌てて戻った。
 この後は社交的な母がうまくフォローしてくれるだろう。




   ◇


 マズイマズイマズイマズイマズイマズイ……!

「どうしよう!」

 一人になってグルグルと部屋中を歩き回る。
 漫画のストーリーは十八歳で始まる? とんでもない! もう既にフラグが立ち始めているじゃないか⁉

「では、フランによろしくお伝えください」

 頭を抱えていると、外からブラウドの声が聞こえてくる。

「……」

 二階部屋の窓からこそっと覗くと、帰るブラウドたちと見送る母の姿が見えた。
 ブラウドはまだ可愛らしい少年姿。だけど、成長した彼は筋肉隆々のたくましい美丈夫びじょうふになる。
 そして要注意キャラで、彼は作中で最も執念深しつこいのだ。
 一見爽やかだけど熱情を秘めていて、教室や屋上、中庭でもフランを押し倒す。

『あっ、ブラウド、ぁっ、やめてっ。おちんちんっ、引っ付けちゃぁ、やぁん』
『嫌だと言っても身体は感じているよ』

 腰をグリグリ押し付けられて性器を刺激されれば、誰だって反応する。ブラウドはそれをフランの感度のせいにして、強引にことを進めようとするのだ。

『エッチな君をもっと見せて』
『あぁっ、んんぁあ、やぁん、あんん』

 ──ぞっ。
 これが将来の自分だと思うと恐ろしくて身震いする。
 ただ、僕がブラウドに近づきたくない理由はもう一つあった。
 彼には熱狂的な取り巻きがいる。未来のフランは彼の取り巻きに嫉妬されて虐められるのだ。
 靴の中に釘を入れられ、突き飛ばされることなんて日常茶飯事。オホホと上品に笑う貴族女性の裏の顔は真っ黒だ。
 しかも、嫌がらせに傷ついて一人ぼっちで泣いているシチュエーションが、これまた男の庇護欲をかき立てるのだそう。
 ブラウドだけじゃない。その姿に誘われた男たちがフランを溺愛する。
 この運命には逆らえない?
 ──いいや、そんなことはない。それはフランの物語、僕の物語はまだ始まっていない。
 でも、このまま一人では総受けフラグを折ることはできない。

「そう……、そうか。何も一人ぼっちでいる必要はないじゃないか」 

 ……じゃ、誰を味方に付ける? 
 モテ具合を考えると、多数を味方に付けることは火種を起こすようなもの。それに大勢相手にうまく立ち回る自信もない。
 協力を頼むなら──一人。
 そう考えた時、真っ先に思い浮かぶ人がいた。
 暴力的な強い魔力を持ち、忌み嫌われている同級生がいる。
 ルーカ王国一の財力を持つ大貴族、唯我独尊ゆいがどくそん、誰とも群れない一匹狼。
 その人は、漫画でも僕に惚れなかった。バラの棘のような人。

「僕を殺そうとする悪役令息、──サモン・レイティアス」

 恐ろしい彼の取り巻きになれば、安易に近寄られない? それに断る理由にも……
 ──ガチャ。 
 僕はクローゼットを開いて、学園服を見た。


   ◇


 ルーカ王国の教育は、王族、貴族、金持ちは学園で、庶民は個人が営む寺子屋的な学び舎で学ぶ。
 僕が通う王立グランツ魔法学園は、王都の外れに位置し、七歳から二十歳までの生徒が在籍している。
 広い敷地には小学部、中学部、専攻学部と各年齢層に分けられた校舎の他、魔法実践場、化学館、運動公園、図書館など様々な施設がある。ほとんどの生徒が貴族なので、魔法や一般教養の他にも社交術や乗馬、ダンスなどが必修科目となっている。
 入学試験では魔法適性検査と筆記テストの両方があり、その試験の成績順でクラスが分けられる。秀でた者は特進クラスのA、B組。その他の者は一般クラスのC~F組に分類される。
 僕はD組だ。C~F組内は合同授業も多い。
 僕がブラウドを見かけたことがなかったのは、彼が特進クラスだからだろう。

「おはようございます」
「フラン君、今日はいい天気だね」

 学園の門をくぐり校舎に向かいながら、すれ違う生徒たちと挨拶を交わす。

「おはようございます」

 基本の挨拶は愛想よく。
 ふっと力を抜いて笑顔を作ると、それを見た生徒たちはポポッと頬を染めた。
 前世で大人になった記憶が蘇ったからか、周囲にいる生徒がやけに幼く見える。
 彼らを見て可愛らしいと思えるなんて、これから計画していることに若干気持ちの余裕が生まれてくる。
 小学部の低学年棟は子供の賑やかな声が廊下まで響いていた。元気な声を聞きながら階段を上ってD組がある二階に到着すると、そこの教室の周りだけやたらと静かだ。
 同じタイミングで登校したクラスメイトも、教室の前に着くまではおしゃべりだったのに、今は口を一文字いちもんじに引き結んでいる。
 二学年全体がこうじゃない。D組だけが静かなのだ。
 担任の先生が厳しいわけじゃなく、むしろ優しいくらいだが……

〝こわいなぁ。近づきたくないよ〟

 そんな心の声が聞こえてきそうな教室内に入った。
 つい僕もいつもの癖で口を閉じる。
 みんな、窓際の一番後ろの席を見ないように視線を逸らして席に着いていた。
 腫れ物のように避けられているその席には黒髪黒目の少年がいた。
 僕はそこをしっかりと見据え、歩を進める。

「おはようございます。サモン君」

 少年の名は、サモン・レイティアス。公爵家の嫡男ちゃくなんだ。
 レイティアス一族の歴史は長く、国ができるずっと以前に銀行の仕組みを取り入れた貿易商だった。王国の飢饉ききんを救った一族でもある。国の経済発展と共に名声は広まり、現在ではルーカ王国のみならず他の近隣諸国にもその名を轟かせている。
 そんな名のある大貴族の御令息ならば、幼いながらも周りに取り巻きの一人や二人いてもおかしくない。
 だけど、彼の周りには誰もいなかった。
 昨日までは彼を避けていた僕が挨拶をするものだから、周りがざわつく。

「今日はとても天気がいいね」
「……」

 彼から返事はなく、完全無視。
 魔力が高い証拠であるその黒い瞳は、ずっと本に向けられている。
 深い眉間のしわに、目の下に刻まれた濃いくま──何をどうしたら八歳でそんなダークな雰囲気が出せるのか。

「よかったら、三限目にある実技のペアを組まないか――」

 そう言いかけた時、ゾクリと悪寒おかんが走る。
 彼の目がゆっくりと本から僕に向けられた。たったそれだけで僕の身体は鳥肌だらけになる。
 ──魔力による威嚇だ。
 身体が自然と震えるけれど、堪えて笑顔を作る。

「ゴホン。……同じクラスだけど話すのは初めてだね。改めて自己紹介するよ。僕の名はフラン・アイリッシュ」

 ガクガクするな、ブルブルするな……、この子はまだ誕生して八年しか経っていない子供だ。他のクラスメイト同様、小さくて可愛いじゃないか。
 可愛い、怖くない、可愛い、可愛い……
 頭の中で繰り返し、そう念じて話を続ける。

「フランと呼んでおくれよ」
「黙れ」

 ピシリ。
 笑顔が凍り付くようだ。
 なんて取り付く島もない子なんだ。二歳のいやいや期くらいに酷い。それに今もずっと魔力威嚇が続いていて、変な汗が噴き出る。
 それでも意地で、笑顔を貼り付けていると……

「キモイ」
「──え?」

 その言葉に驚いた。

「貴様の顔、気持ち悪い。二度と近寄るな」
「……」

 彼の視線はまた本に戻る。もう話しかけるなと彼のオーラが物語っていた。
 視線が外れたことで魔力威嚇が解除され、身体が弛緩する。

「……気持ち悪い?」

 僕は首を傾げた。
 フランの顔が気持ち悪い?
 誰でも魅了してしまう超絶美貌が気持ち悪い?
 笑えば大人だって頬を染めるというのに?
 思わず、彼の机をバシンと両手で叩いてしまった。

「え、え、えっ⁉ えぇええ⁉ 君は僕の顔が気持ち悪く見えるのかい⁉」

 驚きのあまり、怯えていた気持ちが吹き飛んでしまう。
 彼がもう一度僕を睨むけど、威嚇なんて効かないくらい歓喜に震えている。
 まさかこの美少年に気持ち悪いと言う人間がいるなんて。俄然彼に興味を持った。

「サモン君、よかったら、僕とともだ――」
「フラン君! もうすぐ授業が始まるから席に着こう!」
「わわっ⁉」

 クラスメイトが僕の腕を引っ張り、強引に自分の席へ座らせる。
 魔法時計を見るともう授業が始まる直前だ。仕方なく鞄から魔法スティックを取り出して、一限目の準備をする。
 後ろを少し振り向いて、本ばかり読んでいるサモンを見た。
 どんなに魔力が強くても彼は八歳。ほだすなら子供の今しかない。話してみて分かったけれど、やはり、彼で決まりだ。
 ──悪役令息、サモン・レイティアスを攻略する。
 だが、ただの攻略ではない。WinWinの関係を築くべきだ。
 僕はサモンの腰巾着になり、彼を理由にあらゆる誘いを断りたい。それに嫌われ者の彼の取り巻きになったところで妬みや嫉妬とは無縁だろう。サモンという盾がほしい。
 その代わり、僕はサモンを更生させる。彼の悪役ルートはいばらの道だ。周囲には敵しかおらず、破滅へと続いている。
 本人だって自分の身の破滅なんて望んでいないだろう。
 僕が腰巾着になったあかつきには、しっかり回避してあげようじゃないか。


「なぜ、貴様がそこに座っている?」

 次の日の朝、サモンの席の前に座っている僕を見て、彼は不愉快そうに睨む。

「ふふ、席を替わってもらったのさ」
「替わっただと……?」
「そうさ」

 今僕がいる席に座っていた生徒は、サモンに大層怯えていた。
 そのことに気付いた僕は席の交換を提案したのだ。すると、彼は僕のことを天使だと言って喜んで替わってくれた。

「うん。席が近くなったんだ。仲良くしようよ!」

 とびっきりのスマイルを向けたというのに、彼の表情は冷めきって、まるで氷点下。その表情を見た周りの生徒は一斉に僕らから目を背けた。
 だけど僕は「やっぱり!」とむしろ嬉しくなる。

「君って、美的センスがズレているんだね」

 美しすぎて総受けになってしまうフランの美貌に対してときめかない人間は貴重だ。
 味方にするなら権力と魔力の両方を持つサモンがいいと思って近づいた。けれど、彼を選んで正解だった。


しおりを挟む
感想 142

あなたにおすすめの小説

【完結】悪役令息の従者に転職しました

  *  
BL
暗殺者なのに無様な失敗で死にそうになった俺をたすけてくれたのは、BLゲームで、どのルートでも殺されて悲惨な最期を迎える悪役令息でした。 依頼人には死んだことにして、悪役令息の従者に転職しました。 皆でしあわせになるために、あるじと一緒にがんばるよ! 本編完結しました! 時々おまけのお話を更新しています。 『もふもふ獣人転生』に遊びにゆく、舞踏会編、はじめましたー!

悪役令息の七日間

リラックス@ピロー
BL
唐突に前世を思い出した俺、ユリシーズ=アディンソンは自分がスマホ配信アプリ"王宮の花〜神子は7色のバラに抱かれる〜"に登場する悪役だと気付く。しかし思い出すのが遅過ぎて、断罪イベントまで7日間しか残っていない。 気づいた時にはもう遅い、それでも足掻く悪役令息の話。【お知らせ:2024年1月18日書籍発売!】

幽閉王子は最強皇子に包まれる

皇洵璃音
BL
魔法使いであるせいで幼少期に幽閉された第三王子のアレクセイ。それから年数が経過し、ある日祖国は滅ぼされてしまう。毛布に包まっていたら、敵の帝国第二皇子のレイナードにより連行されてしまう。処刑場にて皇帝から二つの選択肢を提示されたのだが、二つ目の内容は「レイナードの花嫁になること」だった。初めて人から求められたこともあり、花嫁になることを承諾する。素直で元気いっぱいなド直球第二皇子×愛されることに慣れていない治癒魔法使いの第三王子の恋愛物語。 表紙担当者:白す(しらす)様に描いて頂きました。

宰相閣下の執愛は、平民の俺だけに向いている

飛鷹
BL
旧題:平民のはずの俺が、規格外の獣人に絡め取られて番になるまでの話 アホな貴族の両親から生まれた『俺』。色々あって、俺の身分は平民だけど、まぁそんな人生も悪くない。 無事に成長して、仕事に就くこともできたのに。 ここ最近、夢に魘されている。もう一ヶ月もの間、毎晩毎晩………。 朝起きたときには忘れてしまっている夢に疲弊している平民『レイ』と、彼を手に入れたくてウズウズしている獣人のお話。 連載の形にしていますが、攻め視点もUPするためなので、多分全2〜3話で完結予定です。 ※6/20追記。 少しレイの過去と気持ちを追加したくて、『連載中』に戻しました。 今迄のお話で完結はしています。なので以降はレイの心情深堀の形となりますので、章を分けて表示します。 1話目はちょっと暗めですが………。 宜しかったらお付き合い下さいませ。 多分、10話前後で終わる予定。軽く読めるように、私としては1話ずつを短めにしております。 ストックが切れるまで、毎日更新予定です。

性悪なお嬢様に命令されて泣く泣く恋敵を殺りにいったらヤられました

まりも13
BL
フワフワとした酩酊状態が薄れ、僕は気がつくとパンパンパン、ズチュッと卑猥な音をたてて激しく誰かと交わっていた。 性悪なお嬢様の命令で恋敵を泣く泣く殺りに行ったら逆にヤラれちゃった、ちょっとアホな子の話です。 (ムーンライトノベルにも掲載しています)

推しのために、モブの俺は悪役令息に成り代わることに決めました!

華抹茶
BL
ある日突然、超強火のオタクだった前世の記憶が蘇った伯爵令息のエルバート。しかも今の自分は大好きだったBLゲームのモブだと気が付いた彼は、このままだと最推しの悪役令息が不幸な未来を迎えることも思い出す。そこで最推しに代わって自分が悪役令息になるためエルバートは猛勉強してゲームの舞台となる学園に入学し、悪役令息として振舞い始める。その結果、主人公やメインキャラクター達には目の敵にされ嫌われ生活を送る彼だけど、何故か最推しだけはエルバートに接近してきて――クールビューティ公爵令息と猪突猛進モブのハイテンションコミカルBLファンタジー!

ハッピーエンドのために妹に代わって惚れ薬を飲んだ悪役兄の101回目

カギカッコ「」
BL
ヤられて不幸になる妹のハッピーエンドのため、リバース転生し続けている兄は我が身を犠牲にする。妹が飲むはずだった惚れ薬を代わりに飲んで。

王子を身籠りました

青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。 王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。 再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。