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しおりを挟む「委員長、今度どっか行かね? 映画館とか」
「行かない」
毎日のように付きまとってくる鷹橋を今日も拒否していた。返事は「ない」だけ。
「はぁ、委員長のツンツンが激しいわ……」
そう思うなら、誘うのをやめればいい。飽きもせず同じような事ばかり。
「委員長委員長委員長いいんちょー……」
ほんと、飽きもせずっていうか、何度も呼ぶな。子供か。
「煩い!」
つい、振り向いた俺の口に何かを放りこまれた。口の中が甘くカカオの香りが広がる。
「疲れた時は甘いモン」
ニコっと笑う鷹橋。
反応のない俺に、こうして小さいモノを渡すようになった。俺に合わせたり気遣ったりして、居心地がよくなる度、イライラする。
イライラするのは、鷹橋ではなくて自分の優柔不断さ加減だ。
修二さんに、鷹橋が海外へ行く前に別れるように声をかけられて、二か月が過ぎて二年生が終わろうとしていた。
「委員長、頑張りすぎて、目の下でっかいクマ出来てる。ちゃんと寝てる?」
「———っ!」
鷹橋が俺の目の下をツゥッと指で触ってきた。そうして、近づいた鷹橋のいい匂いがする。
———ぞく。
驚いて、必要以上に鷹橋の手を強く払いのけた。
しまった。過剰反応してしまった。
教室にいるクラスメイトの視線がこちらを向く。
「あ——、いやん。ダーリンってば、シャイなんだから☆ そんなところも可愛いぜ?」
「誰がダーリンだっ!」
鷹橋がわざとお道化るとキョトンとしていたクラスメイトがクスクス笑う。初めはクラスメイトも鷹橋と俺をどう扱おうかと困惑しているようだったが、最近はよく笑われるようになった。
思わず、かぁっと赤面してしまう。
「委員長って、そんな性格だったんだね。もっと地味な子だと思ってた」
クラスメイトが言うと、鷹橋がズイッとクラスメイトの視界から俺を遮るように立つ。
「やらねぇぞ。髪の毛一本もな」
「いや、そもそもお前のじゃないし」
クスクス。
クラスメイトも俺も、鷹橋の空気に飲まれる。鷹橋が俺の傍から離れないから、彼の事を勝手に知ってしまう。
今まで、鷹橋の取り巻きはアルファだから、御曹司だから傍にいると思っていた。
。
“アルファ”を取り除いて見た鷹橋は、皆をまとめるのが上手く、話も分かりやすく、困っている人を助けたり、見えない所で勉強したり、縁の下の力持ちな部分がある事を知った。
鷹橋をじっと見ると、すぐに目が合う。目が合うと嬉しいとばかりにはにかむ。
「やった! 委員長が俺の事見てた♪」
「…………何だ、それ」
鷹橋が俺の事を知るみたいに俺も鷹橋の事を知っていく。
知れば知る程、優秀で、その才能は日本だけで留まらせておくには勿体ない。惹かれては駄目だとストッパーがかかる。彼が海外へ行くまでは、拒み続けなくちゃ。
その時、テーブルに置かれていた鷹橋のスマホが鳴った。
「おっと、俺だ。—————……あぁ、ちょっと出るわ」
鷹橋は、そう言って教室を出た。
「……?」
珍しく表情がこわばっていた。
あんな顔するのは珍しくて、気が付いたら、彼の後を追った。
鷹橋は非常階段で電話をしていた。それを下の階から聞いていた。
「———だから、行かねぇって言ってんだろ! 何、勝手に手続き進めてんだ。こんな時だけ親を押し付けてくんじゃねぇよ」
「……」
怒鳴り声をあげる鷹橋は初めて見る。どんな内容なのかは一瞬で分かった。
鷹橋の親はどんな人かは知らない。会ったことはないけれど、鷹橋の普段の様子を見るとよく分かる。
ガサツで食事が早くて、でもマナーなどは叩き込まれている。何度か行ったことがある大きなマンションに、ずっと一人暮らし。
……海外へ行くのは決定じゃなかったんだ。まだ……揉めてたんだな。
鷹橋が電話しているのを隠れて聞いて、壁に背中をもたれた。
☆
料理上手な母は、一人暮らしの修二さんに時折オカズを作る。そして、それを渡す係は、いつもお世話になっている俺。
その日も修二さんの一人暮らししているマンションへとオカズを持って行っていた。修二さんは、俺がオメガだと診断された時から、マンションの中へ入れてくれる事はなくなった。
「よっし、じゃ、送ってくわー」
「えー、いいよ」
ラフな格好の修二さん。必ずと言って俺を家まで送ってくれる。オメガ扱いではなく、子供扱いだそうだ。
歩道橋を渡りながら、修二さんが笑って言う。
「久しぶりにおかず届けに来たな」
「んー、期末テストも終わったからね」
俺は、修二さんとこうして二人で合う事を避けていた。自分でもまとめられない気持ちを追求されても答えられないから。
「……鷹橋の事、相談乗ろうか?」
ほら、ね。
俺は、しばらくどうしようか悩み、ううん、と小さく答えた。
「アイツも一人で考えているから、俺も一人で悩む」
「———そっか。何かあったら言えよ」
「うん」
さっき、鷹橋が親と揉めている件、揉めている原因が少しでも俺にあるのなら、色んな事を早く答えを出さなくちゃいけない。
修二さんは、話題を変えて、最近のニュースなどを話した。家に帰って母と修二さんがベラベラと話し合ってそして、帰った。
自部屋に戻って、鞄の中を見ると、スマホに着信履歴が三件あった。イケないと電源を入れる。
三件とも鷹橋だ……。
時折、メールや電話がかかってくる事がある。
メールはどうでもいい事や画像(無視)。電話は学校や行事事に関する業務連絡と完全に割り振られていた。
三件入っている事は、何か急用か?
かけ直そうと思った時、再びバイブが鳴った。
「委員長」
「鷹橋」
着信を取ると、なんだか、鷹橋の声が低く、落ち込んでいるように感じる。それとも、電話先だからそう言う風に聞こえるのだろうか。
「何?」
「委員長、ちょっと家の外来て」
「え?」
家の外? まさか、この家の前に鷹橋が? ガラリと窓を開けると、電信柱の陰に鷹橋が立っていた。
「鷹橋……、なんで?」
「…………」
俺は、電話を切り、家の外に出た。
最近の鷹橋ならば、へらっと笑うはずなのに、無表情で……そして、あのオーラだ。
何か怒っていて、張り詰めた空気。
「今日さ……」
「?」
鷹橋が何かを言いかけて、やめた。
今日? 海外留学の件を言い淀んでいるのだろうか。そう思ったけど、それで、怒りを俺にぶつけるのは違うから、きっと、別の件だ。
鷹橋が怒ったように肩を揺らして近付いてくるから、思わずビクリと身体が揺れる。
すると、鷹橋が「あー……」と髪の毛をクシャっと握り、下を向いた。
鷹橋は俺には言わないが、彼を取り巻く複雑な環境がある。もしかしたら、何か嫌な事があったのかもしれない。
暫く、黙ったままの彼を、待つことにした。彼自身も俺に言うべきなのか迷っているような気がする。
すると、ぽつりと、辛いっと小さな声がした。
「……。……嫌なんだよ。委員長が、他の誰か好きなの、嫌」
「……え」
他の誰か?
「付き合ってたとしても別れさせて、それから、ソイツをボコボコにぶっ殺したい。あー……無理。もぅ———、いい奴無理……」
怒りに張り詰めていたオーラが、何だかどんどん小さくなっていく。
鷹橋がその場にしゃがみ込んだ。頭をクシャクシャに腕で丸めてどこにも棘がない。
「クソダサい。格好悪い。最低———……、こんな俺嫌い。でも、どうしていいんか分からん」
「……鷹橋」
「絶対、なんとかする、諦めねぇって———……思ってる、けど。辛くて」
鷹橋は、初めは強引で傲慢で、だけど、最近は同世代よりずっと頼れて。俺がいくら拒んでも余裕に対応して、悩んでもきっと自分の中で解決できる奴だと思っていた。
先ほど、自分の親にも自分の意志をしっかりと言って……悩む事はもっと沢山あるだろう??
なんで? それ??
なんで、そんな俺の事好きなの?
「———……委員長、好きだ」
だから、そんな弱弱しい声を出すなんておかしいよ。
「委員長がいいんです———……」
ダサすぎて死ねる、もういっぱい死ねる。と彼が言う。
俺も、コイツがこんな告白するとは、思わなかった。だけど、今までで一番、彼の言葉が胸に入ってくる。
鷹橋は、……ははは、と自嘲気味に笑い下を向きながら立ち上がった。そして、俺のすぐ目の前に現れる。
こんなに互いに真っすぐに見たことなかった。顔がしんどそうだ……。
「……知る度、香るの。なぁ、俺、簡単に諦められない。委員長が他の奴好きでも、委員長が好きだ」
その鷹橋の目を見ていると、口の中に唾液が溜まっていく。見つめられるのが、急に恥ずかしくなり、視線が泳ぐ。
「拒まれても好きだ。委員長——、嫌なら、逃げて」
ゆっくりとした動作で、俺の腕を掴んだ。力は強くない。払えばすぐに……
鷹橋の顔が近寄ってくる。どうしようか迷っている間に鷹橋の唇が触れる。
柔らかい感触。何度となく唇を重ねてきたのに、ドキドキした。
“逃げて”というが、きっと俺には、逃げ道はない。
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