求愛ピエロ

モト

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「委員長、発情期凄かったな。締め付け凄くて俺のちんちん食われると思ったわ」
「…………」

あれから2日半経ち、ようやく発情期の半覚醒から意識を戻した。
第一声が下品すぎる。品位の欠片もない。

「中出しした。ごめんな。委員長の尻から俺の白濁が溢れるの最高にそそられた。アフターピルはちゃんと飲ませたから」

その道化た言い方で発情期中の事を言われると腹が立つ。彼を求めてしまった朧気な記憶に自分にも鷹橋にもイライラする。

「……やめろっ! 俺が発情期に入ったのは悪かったけど、お前の事、嫌いなのは変わらな……ケホッ!」
「……」
鷹橋は立ち上がって、水が入ったペットボトルを差し出した。

「委員長の尻見てたら、また挿れたくなるから服着せてもいい? 俺の服しかないけど」

ベッド横に俺の着替えとしてシンプルなTシャツと下着とスウェットが置かれていた。俺は急いでその服に着替えると、ブカブカでズレ落ちそうになる所を鷹橋がズボンの紐をキュッとくくった。

「お前……」
「ん? 何? あぁ、俺がイケメン過ぎて見惚れた?」
ニヤリと笑う鷹橋。問いかけようとした時、インターフォンが鳴り、注文していたデリバリーだと言い、玄関に取りに向かった。

「…………………」

いつも通り過ぎる。
俺の記憶では、発情期に入る前、かなり不機嫌だった。
今は……いつも通りの鷹橋に見える。っていうか、普通過ぎておかしい。
俺は、修二さんを使ってお前の事を拒否したのだぞ。嘘を付いてまで。中々に酷い態度だった。


「ん。委員長、腹減ってるだろう」
玄関から戻ってきた鷹橋の手には、サラダや総菜、パンなどがある。それを近くのテーブルに無造作に置き、俺の元に戻ってきて、俺を抱き上げようとする。

「あっな、何!?」
「立てないだろう。発情期中もこうしてたから。気にすんなよ」
「!!」

そう言って、俺をソファへ座らせてくれる。いつもの鷹橋なら傍に引っ付くように座ろうとするが、反対側のソファに座った。
俺が睨んでいるのに、気付くと苦笑いする。

「何もしねぇよ。ピリピリしても仕方ねぇだろ。二日間ゼリー飲料しか飲ませてないから腹減っていると思ってさ」

俺が何好きか分からなくて、適当に頼んだそうだ。デリバリーした箱の蓋を開けられるといい匂いがして、急に腹の音が鳴る。
急速に怒りより腹の減りが気になる。

「……ご両親は?」
今更だけど、聞いてみた。鷹橋は、首を振り、ずっと独り暮らしだと言った。

「俺はねー、皆が金持ちに憧れているみたいに普通に憧れてんの」
「嫌みかよ」
「普段はそう受け取られるから言わねぇよ。ほら、委員長、好きなの食えよ」

鷹橋が、そう言って俺にスプーンと箸の両方を差し出してくれる。

「…………お前が、勝手に連れてきたんだから金は払わない」
「そんなん気にした事ないぜ。どうぞ」
「い、いただきます」

一口食べて、旨さを噛みしめる。これ、そこら辺の店じゃない。食べるのが止まらなくて夢中になって食べていると、水を差し出される。

「ふは。すげぇ頬張ってる。リスみてぇ」

そう言いながら、鷹橋もつまんでいく。一口が大きい。あまり咀嚼もせず味わっていない。向かい合って食事を摂るのが初めてだが、こんなにもまずそうに食事を摂る人間は初めて見た。

「こんなに旨いのに、もっと味わえよ」

思わず、そう言うと、あぁ、と気が付いたように、俺に合わせてゆっくりと食事を摂り始める。

……鷹橋相手に何言っているんだ。
コイツとじゃれ合う気はない。

「そういうところ、いいなぁって思うわけよ」
「……は?」
聞き返すと、鷹橋が頬を染める。

———……なんだ。コイツ?気持ち悪い。

「そういう普通そうな所がいいって」
「…………………………げ」

げぇっと顔を歪ませた俺を見て、鷹橋が首を捻る。

「————————……間違えた? どう言えばいいんか?」

鷹橋が腕を組み、何かを考えている。なんか変だ。変なのが通常ではあるけれど。
そんな違和感を感じながら、食事を終えると、風呂に入るように促される。

「…………むぅ。なんか、奴が変で、拒否するの忘れた」

湯船に入りながら、独り言ちる。
いつも通りだけど、ベタベタ触れてくるわけではないし、かと言って世話は焼いてくる。

このまま、鷹橋のペースにハマっては二の舞だ。ちゃんとしなきゃ……


身体が自分で思っているより疲れていたのだろう。湯の温かさが身体に沁みる。

気持よくて、少し、目を瞑った。
少しのつもりだったけど、身体のだるさと熱っぽさでうたた寝をしていたようで、鷹橋がベッドに運んでくれていた。

大層大事に抱きしめられた気がする。



目が覚めたのは夜中で、鷹橋の腕の中で起きた。服はきちんと着た状態だった。
起き上がろうとすると、鷹橋が寝ぼけて俺を離そうとしない。
寝ていてもなんて自分勝手な奴なんだ!! と思って抵抗するが、腕が外れない為、諦めた。
「くそぉ。 今だけだからな!」
はぁ、と溜息をついて室内をぐるりと見渡す。


一人暮らしなのに本当に無駄にデカい部屋……。俺もいずれ一人暮らしはしたいけど、この半分以下の大きさもあれば充分すぎる。
そんな事を考えていると、再び眠気が襲ってきて目を閉じた。

そして、朝。
心配されたが、ぐっすり眠ったおかげで体調は良くなっていた。
家に帰ると伝えると、鷹橋は引き留め。どこに電話しているのかと思えば、数分後に使用人が来て、そのまま家へと車で送られた。

「もう、この関係は終わりにしたい」

車から降りる時、鷹橋に言い逃げのように言った。




「あら、まぁまぁまぁ、至れり尽くせり」
ハイヤーから降りた俺をからかうように母が言った。
鷹橋は母に連絡を入れており、その対応がかなり気に入ったようだ。少女のように母がはしゃいでいる。
「今度、お相手さんに会わせて欲しいわ。弥生に恋人が……お母さん、嬉しくなっちゃう!」
「…………母さん、頼むから、もうやめて」

恋人でないとは言えない。
発情期の事を、鷹橋が連絡入れて共に休んだとなると、学校内でもそう言う風に見られるのだと思うと気が滅入る。





次の日、学校へ行くと、やはり違っていた。
今までは鷹橋のお気に入りだったのが、鷹橋の恋人扱いになっていた。

「委員長、おはよう」
「委員長、何か手伝おうか?」

いつもは、俺の事を素通りするヤツらにも声をかけられる。
明らかに媚びを売ってくる態度にげんなりする。
休憩時間になると、鷹橋が俺の腕を引っ張った。

「委員長~、ここに座れ。おい、お前らどけよ」
「は? 何言ってんの? 俺、昨日、言ったじゃん」

鷹橋が自分の傍の席に座らせる。鷹橋を取り巻いていた周りがざわめくが、ここ数日、共に休んだ事が決定打で何も言いに来ない。その中にはオメガもいて、俺は強い視線にさらされる。

「……なんのつもりだ」
「ん? 委員長が逃げる前に確保したの」
「俺は、一人がいい」
「あ、そう。お前らどっかいけって」

そう言って、取り巻きの奴ら追い払って、俺だけが鷹橋の傍に残される。

コイツは、結局、俺が何を言ったって変わらねぇのか!? 

イライラと睨む俺に飲み物を手渡された。
鷹橋は何を話すわけでもなく、横で本を読み始めた。難しそうな空間図形の本だ。
こうなれば、俺も無視を決めたが、その後も鷹橋は話しかけてこず、そのまま休憩時間を終えた。

単にその日だけで終わればよかったが、鷹橋の奇行はずっと続いた。あんなにわいわい騒がしくしていた取り巻きを遠ざけ、俺を傍に置いた。

「なんのつもりだ」
「ん?」
「とぼけんな。この状況だ。俺は針の筵だ。マスコットかなんかだと思っているのかよ。それとも、嫌がらせか?」
いつもなら、“アルファの俺の傍にいられて幸せだろう”とかよく分からない言動をするはずだ。

「俺は委員長の傍にいたい」
「……は?」
「委員長が聞いたんだろう」

そうして、腰を掴まれて肩とが触れ合うくらいに寄せられる。ほのかに香る奴の匂い。
クラリと脳内が痺れるような感覚。強引にキスするようならビンタを食らわせてやる。

だが、それ以上くっついて来なかった。

俺が睨んでいるとははっと困った顔で笑う。その後、少し俯く。以前には見られなかった動作だ。
「一から出直して、委員長を知る所から。でも、離したらそのまま逃げてしまうだろう。それは嫌なんだ」
「俺は……お前が嫌いだ」
「あぁ、分かってる」

最近感じていた違和感は、鷹橋の傲慢さが控えめになっている事だ。だけど、俺に向ける視線は真っすぐで変わらない……。

「委員長に信用されたいんだ」
「……」










鷹橋は相変わらず、学校内にいる時間を俺の傍で過ごしている。
「委員長、そこの公式間違えてるぞ」
個室の自習部屋を開放して使用していた。学年首位、二位が揃っている為、教員も簡単に個室の自習室の鍵を貸してくれるのだ。

鷹橋は俺の方をチラ見しただけで、間違いを指摘した。そして、俺のシャーペンを奪ってサラサラと正しい公式を書いていく。
凄い……
感心しているとクンッと匂いを嗅がれる。

「おい」
「あ~、いや、勉強してる姿に欲情した。いい匂い」

信用は? と不快感に目を細める。

「この状況で我慢してるのが信用だろ?」

このポジティブモンスターめ……。

なんだかんだ、こいつにうまく誘導されている気がする。
人の視線が気になると逃げようとしたら、「他の奴らは野菜にでも思っておけば?」と言いながらも、こうして誰もいない個室の自習室へ誘うようになったのだ。
自習室が使えない時は、校舎裏のベンチ、別館の階段、人のいない方へと連れて行かれる。



普通ならば、俺のような平凡なオメガが鷹橋のような上位のアルファの横に並ぶことなどやっかみの一つがあってもいいはずなのに、ない。
それがない事が逆に変だ。

「あぁ、それはアルファが本気だからかな」
「————……朝日川先生、俺の独り言を聞いて……?」

放課後、教室で書類の整理をしながらぼやいていた。誰もいないと思ったのに、いつの間にか修二さんが教室に入ってきていた。
極端な鷹橋の態度には気付いているのだろう。勿論、発情期で休んだ事は知られている。

「アルファって厄介だよなぁ」
修二さんが苦笑いする。
「厄介なのはオメガですよ。匂いを嗅いだだけで抵抗も出来ない」
すると、ははっと修二さんが笑う。修二さんらしくないちょっと小馬鹿にした笑い方だ。

「なんですか?」
「あぁ、ごめんごめん。まだ、子供だなぁって思ってさ」
そう言って、もう書類整理はいいから帰りなさいと下校を促される。
「……どういう意味ですか?」
「夏川は抵抗なんてしていないだろう。俺からみたら鷹橋を弄んでいる」
「アルファの匂いにやられているだけです」
「アルファねぇ……、鷹橋も可哀想だけど、叔父としては、このままでもいいかなと思っている」

何だか含みのある言い方だ。思わず眉をひそめる。すると、修二さんは真剣な表情をした。


「鷹橋、来年の二学期には海外へ行くぞ」
「……」


ほら。アイツの言っている事なんて信用できない……。

ジワァっと手に汗を掻く。暫くぼうっとしていたようで、ポンポンっと背中を修二さんに叩かれて気付く。

「ちゃんと別れてやれよ。無理なら俺が何とかしてやるから」

修二さんは、教室を出た。
俺は、思考が停止したみたいに固まって、暫く、そこから動けなかった。ぼんやりと時計を見て、もう15分も固まっていた事に驚いた。

帰らなきゃ……

やっと鞄を持った時、修二さんがジャケットを置きっぱなしにしているのが目に入った。後で取りに来るだろうけど、持って行った方がいいかもしれない。
ジャケットを手に、何となく、修二さんはどんな匂いがするのか気になった。
修二さんはアルファだから、きっといい匂いがするだろう。顔を近づけてジャケットの匂いを嗅ぐ。

いい匂いがする。
「……はぁ……」
だけど、溜息が出た。

修二さんの匂いは、鷹橋のようにゾクゾクと身体に甘い痺れを起こすような匂いではなかった。

そう言えば、と思い出す。
アイツだって、初めは無視できる匂いだった。でも、今は……無視するにはあまりに甘くて凶暴な匂いがする。
身体はあの発情期から繋いでいない。なのに……。

匂いは何と比例しているのだろうか。アイツの気持ち? それとも俺……なのだろうか。

教室のドアを閉めて、ジャケットを渡す為、職員室に向かった。
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