獣人王の想い焦がれるツガイ

モト

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スラム街  スーリャ視線

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※スーリャ視点  コロコロ視点が変わってすみません。




 コバは優しい。
 俺にとってコバは、生まれ落ちたスラム街で兄的存在だった。コバは皆に優しかったが、その中でも一番に身体が弱かった自分をとても大事にしてくれた。

「へへ。すまん。今日はこれだけしか儲けがなかったんだ」
「えー!」

 コバが危ない目をして買ってきたパンをスラム街の子供は知らずに食べるのが許せなかった。
 コバの飄々とした様子に俺も少し前までそうして分けてもらっていたことも腹立たしい原因だ。

「コバ、お前も食べろ。俺の半分やる」

 そう言って、スーリャが稼いで買ったパンをコバと分け合った。

「スーリャが分かってくれたらいいや。へへっ」

 そう言って、いつも明るく笑うコバが大好きだった。
 コバは運動神経がよく小柄なことから鉱物の採掘で爆弾を使うような場所への危険な仕事をしていた。スラム街の子供に与えられる賃金は少なかったが、コバは真面目によく働いた。
 俺は子供心にそんなコバのことを優しくて強い英雄のように憧れていた。

 成長するにつれ、自分の容姿が目立つようになった。とても美しく育ったのだ。こんな場所で美しいなど不運でしかなかった。厭らしく俺の身体を触ろうとする輩も多くなってくる。

 ある日、俺は大人に腕を引っ張られ路地に連れて行かれた。組み敷かれている俺の元にコバが助けに来てくれたのだ。
 コバは畜生に石を投げ駆け、俺の元に駆けつけた。

「スーリャ、逃げるぞ!」

 俺の手をしっかりと握って、コバの駿足で駆けた。そうなると、もう誰もついていけない。
 自分もこけないように足を動かすのでやっとだ。

 コバの赤色の髪の毛が太陽の光に反射してキラキラしていた。閉鎖的で汚く差別的なこの街で、彼だけがいつも輝いていた。

「全く、変態が多くて嫌になるよな!」

 逃げ切ってあははっと笑うコバ。その笑顔を見ると、先ほどの嫌な気持ちが吹き飛んでいく。

「——……ははっ! ホントだぜ!」

 スラム街だから色々ある。色々あったけどコバがいるから楽しかった。自分にはコバがいてくれて本当に良かったと心から思った。
 俺たちはとても気が合い支え合った。



 15の年だ。流行り病に罹った。
 その時、外は大雨続きで仕事が出来なかった。コバはニコリと笑って、しばらく住処のテントを出た後、クスリと卵を持って帰ってきた。
 俺は、熱に浮かされながらもコバの異変にすぐに気がついた。コバは顔を殴られていた。いつもは逃げて殴られるようなへまはしない。そして、コバの体臭に変な匂いがしてすぐに彼が何を売ってこの薬と卵を買ったのか分かった。

「コ……、コバ……お前……」

 涙がポロポロ溢れた俺の目をコバはゴシゴシと拭いた。
「お人よし過ぎるだろうがぁ……!」
「泣くなよ。俺はなんも恥ずかしいことしてない。だろ! へへへ!」

 コバは強いと思った。
 だけど、あの日のコバが強がりだったことに気づいたのは、それから二年後、自分が売春宿に働き出してからだ。

 売春宿で働き出した俺は、自分の性に合っていると思った。この顔のおかげで待遇もいい。いやいや言うよりヤル気になった方が生きてて楽だがら、この仕事も楽しんでいる。

 ある日、コバが路地裏で一人黙って嘔吐して貧血みたいに真っ青な顔をしていた。駆け寄ると、春を売ったあの生々しい香り。太腿から流れる血……。
「触られると気持ち悪いんだ。吐き気がずっとしてさ」
 本音を明かした。

 コバが山暮らしを決めたのもそれが原因だと思っている。小汚い恰好のコバだが、宝石のような美しい目と小柄な体形で、そういう目で見てくる奴も少なくなかったから。
 淋しかったけれど、コバの決断を見守った。
 もし、俺を頼ってくる時があれば、全力で助けたい。



◇◇◇




「ふぅ」

 コバがルムダン国を出たのを見送った後、屋敷に一人帰った。

 コバの手前蓄えがあるように言ったが、実際には蓄えはなかった。売春宿では住居と食が与えられるが、金は入ってこない。
 金は、客にプレゼントされたモノを売り払って作った。

 足りない分は、宿の主人に借金した。ここで一度借金すると利子が高くて返すのに苦労すると評判であった。

「♪」

 ────気分がいい。
 もしかしたら、コバも俺を助けてくれた時、こういう気分だったのかもしれない。
 医者の話を信じるならスビラ王国という国へ行けば、コバと子はゆったりと暮らしていけるのだ。コバの子はきっとコバ似の可愛らしい子に違いない。そう思うととても嬉しい。

 手続きは全て、街医者が行ってくれた。
 死亡届が受理されて、コバは死んだことになった。もう長年コバは山暮らしで、彼を知る者が街にはほとんどいなかったので疑う者などいなかった。


「スーリャ、お前は今日から別の場所に連れて行く。そっちの方が客をとれるからな」

 宿の主人が帰ってきた俺にそう告げた。

「そうかよ」

 今までのようないい暮らしもおしまいか、と宿の主人の後を歩いている時だ。
 なんだか街一帯が騒がしい。

 何かあったのかと宿の主人が周りの人間に聞いていると、この商人街の全員に身辺調査を受けるよう役人が言って回っているそうだ。

「身辺調査……?」
「スーリャ、別の宿に行くのは今度だ!」

 宿の主人は様子がおかしく動揺しているようだ。大方、国へ支払う義務の金を隠しているとかだろう。

「ははん。アンタ、変な悪巧みして金儲けしてんだろ」
「黙れ。相変わらずの減らず口め」
「へー、へー……って、なんだ?」

 足早に宿に戻ると、宿前には役人が来ていた。客も同僚も役人に連れて行かれている。役人はスーリャ達を見ると一緒に同行を求めてきた。

「これは、これは、何のご用件でしょうか。うちはしっかりと毎月王都に金を支払っております。決して不正などは行っておりません」

「何を言っている? 全く違う件だが、後で調査に伺おう」
「……は?」

 宿の店主がやたら喋りまくって役人に怪しまれている。
 墓穴掘ってんのっと嘲笑いながら、俺は、役人の指示に素直に従った。

 そうして役人に連れて行かれた場所に着くと、大きな仮設テントの前に長蛇の列が出来ていた。先の方が見えない状態だったが、スルスルと順番が回ってきて先頭になる。

 どうやら、一人当たりの時間は短いようだ。テントに入りすぐに出てくる。

「次の者、中へ」

 そうして、テントの中へと呼ばれた。
 中に入ると布で仕切られていて相手側が見えない。しかし、俺が入った時に布の向こうで何者かが立ち上がった音がした。
 しばらく、スーリャの様子を確認するかのように沈黙があり、太くて低い男の声が質問してきた。

「お前は、赤色の髪の毛で緑色の目をした小柄な男を知っているか?」

「……」

 コバのことかとドキリとするが、スラム街で山籠もりをしていたコバのことを聞かれるはずもないかと「知らない」と答えた。

 皆、このテントでそれを聞かれているのか?
 そういえば、10~20才までの男の召集令は結果どうなったのだろう。召集令を受けて王都から戻ってきた人間から聞いたが、彼らは事情聴取を受けただけだと言っていた。

 それもこちらに関係があるのだろうか。


「もう一度聞く。赤色の髪の毛で緑色の目をした山暮らしの男を知らないか?」
「……」

 血の気が下がっていくのを感じた。

 やっぱり、コバのことなのか。
 役人を遣わせることが出来る権力を持つ人間がコバのことを探している。

「————さっき言ったけど、知らない」

 だが、知らないと言い張ることにした。どういう経緯でコバのことを探しているのか分からない。

「嘘をついているな。お前を連行する」
「はっ!?」

 その低い声と同時に後ろから役人に身体を取り押さえられてしまった。訳も分からないままテントの別の部屋へと案内される。

 その部屋にいたのは、一人の大男だった。
 大男は騎士のような恰好をしているが、帽子とベールをつけて顔が見えない。

「下がれ」

 大男が低い声で役人に命じた。
 さっき質問してきたのはこの大男だ。どうして、俺がコバの事を知っているのが分かったんだ。
 先ほどの宿屋の店主のように墓穴を掘る訳にはいかないと口を噤む。

 すると、大男がスーリャに近づきそのベールと帽子をとった。

「ひっ!!」

 思わず悲鳴を上げた。その目の前にいる大男の顔が虎だったからだ。

「一つ聞きたい。嘘をつけば食うぞ」
「……」

 虎が喋った。どこかで被り物ではと思っていたスーリャは驚きすぎて苦笑いしてしまう。

「────は、はは。マジか」

 獣人だ。
 虎が立って話す姿など初めて見るが、獣人がいることは昨日医者から聞いたばかりだ。

 なんてこった。医者が言ったことは本当だ。だけど、獣人がコバを探している。──コバを?

 獣人がコバの事を探すとなると一つの答えが浮かんでくる。冷静に考えようと思っていた矢先、ぐあぁああっと一気に頭に血が上った。
 考えるよりも先に、虎めがけて殴りつけようと駆けた。

「……っ!? なんだ。お前は」

 虎男の身体の動きは早く、殴りつけようとした俺を避けて回り込み彼の身体を拘束した。

「っ、くそっ、離せっ!! この畜生がっ!! 殴り飛ばしてやるっ!!」
「……おい。一体急にどうした?」
「それは、こっちの台詞だっ!!」

 虎男の力も強く、スーリャは身動きが出来ない。それでも抵抗するスーリャに虎男は縄を使って彼を拘束し椅子に括りつけた。

「は、なっせ!!」
「落ち着け。話しがしたいだけだ」

「さっき、嘘をつけば食うと言ったのは、どこのどいつだ!! お前みたいな卑劣で傲慢で最低野郎は見たことない!!」

 卑劣で最低と酷い罵声を浴びせられ虎男の顔はグルゥッと喉を鳴らした。

 俺は負けず虎男を睨みつける。獣人がコバを探しているなんて考えつく答えが一つしかない。コバを蹂躙したのはこの虎男だ。そのデカい牙と口で脅したのだろう。なんて卑劣なんだ。

「そう脅せば問いに答えるかと思った。少なくとも戦場ではこういう脅しは効くのでな」
「最低だな! 畜生め!」

 すると、虎男は大きく溜息を吐き、首を振った。
 
「こちらも焦っているのだ。山奥に住む赤色の髪の男を探し出すのにもう半年以上費やしている。早く見つけて保護しろとの命令だ」

「は? 命令……? アンタじゃないのか?」

「俺ではないとは? やはりお前は赤色の男を知っているな。分かるぞ、お前には彼の匂いが微かにする。間違いない」


 匂いと言われ、俺は自分の服を嗅いだ。
 コバの匂いなんてしない。だが、虎は嗅覚が優れている。人間では感知できない匂いがわかるのだろうか。

 この虎男は、誰かの指示で動いている。この虎男も身なりから団長クラスだろう。それよりもさらに上の身分の獣人がコバを探している。

「……コバのことを探しているのは誰だ」
「コバ様と言うお名前か」

「……は? 様?」

 虎男はニヤリと笑った。笑うと尖った牙がきらりと光った。

「分かるぞ。お前は友のためならば勇敢になれる者だ。そういう者は信用できる」

 愉快そうに笑う虎男に呆気にとられる。

「コバ様は、スビラ王国の王妃になられる方だ」
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