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間違えないように共に
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二人の婚儀は7か月先の暖かな季節に行うことが決まった。
大国の王の婚儀とあって、様々な国の王族の来訪が予定されている。
コバは立ち振る舞い一から全て専属の教師に教わっていた。教わる事が多くて目が回りそうだ。
「……やっぱり屋根上は落ち着くな」
王宮の定位置。
俺は王宮の屋根の上に登って、周りを見ていた。
ここは余計な雑音を拾わず最上階の声を聞く事が出来る。
考え事するのにも盗み聞きするのにも丁度いい場所でもあった。
丁度、最上階の部屋ではケイネスがアトレと話し合っている。
普段は声を荒げることなく静かに話すケイネスだが、今日は珍しく違った。
『婚儀に批判が多いだと? コバとの婚儀は絶対だ。私の妃は彼以外有り得ない!』
『分かっております。しかし、コバ様の悪評が益々出回っており国民も不安を感じているのです』
二人が話しているのは、俺の話だった。
大国の王妃になる者がスラム街の少年だということが漏れたようだ。それにより、国中では俺の噂で持ちきりになっている。
王族や貴族は力の強い獣人が占めている。それにスビラ王国の王と王妃は代々獣人と決まっていた。
それが、現王は半獣、その王妃となる者は先祖返りの人間。さらにスラム街出身とくれば納得しない者も多いだろう。
──反発か。そりゃ分からなくはねぇよ。
拒否をして何も知ろうとしなかった時と、教師をつけ学び始めた今は違う。
大国の王妃となる者ならば王族たちと交流を持ち、社会奉仕活動など積極的に行う。それが国民や貴族の支持に繋がる。
婚儀が発表されるまで俺は表舞台に全く立とうとしなかった。そんなならず者がすぐに受け入れられる訳がない。
ケイネスはアトレの報告を受け批判の多さ、あることないことでっち上げた噂に溜息をついている。
『コバは勘がいい、彼の耳に入らないようにしろ』
『は』
俺は特別庇護されている。俺から学ぶと言わなかったらきっと今でも無知のまま囲われていただろう。
俺に対して、溺愛と過保護が混ざっていて心配だと思った時、彼は言った。
『王妃の侮辱は許さぬ。度が過ぎる噂には処罰を検討する』
処罰?
確かに王族を侮辱することは許されないだろう。悪い噂が大きくなれば国への反発にも繋がる。だが、いつものケイネスならもっと違った方法で対処するかのように思えた。
ふとモロ国での王の噂を思い出した。
“番に泣くマヌケ者”
俺から見ればケイネスは、自分だけに愛と忠誠を誓う良い男に感じる。
でも、国民から見れば違うことは分かる。番を甘やかすばかりで何もやらせない。悪い噂が出て当然だ。
ケイネスは俺を傍に置くために何でもしてしまうかもしれない。
一番初めにルムダン国で俺の元から離れたケイネスは国王として正しい判断をした。でも、一人の男としてずっと悔やんでいる。
俺が頑なに殻に籠もったのとケイネスの過保護は似ているのかもしれない。
そんなケイネスを知り、王宮での役目が少し分かった気がした。
————コンコン。
外から壁を叩く音がするため、ケイネスとアトレは振り返った。
すると、最上階の窓の縁にコバが片足を軽く引っ掛けている姿が見える。
「コバッ!」
ケイネスは椅子から立ち上がり、俺を抱き上げ部屋の中に入れた。
「コバ、ここは最上階だよ。壁を登りたかったのかい?」
「ううん。さっきの話盗み聞きしちゃったんだ。ごめん」
「……」
ケイネスの腕から離れ地面に降りた。
「話したいことがあるんだ」
用件を言いかけて、少し考える。
普通に言ったら却下されそうだ。
「あっそうだ! ケイネスとの婚儀が上手くいくようにしたいことがあるんだ!」
これはケイネスと一緒にいるために必要な話だと前述した。
◇◇◇
スビラ王国、第一都市フルゴルの難民住居地。
日の当たりが悪く誰も好まない“空き場所”に難民を受け入れたことが難民住居地の始まりだった。
日が陰り、湿気が強い。陰鬱なその場所は、最近活気づいていた。
とある商人が、この難民住居地はある植物を生息させるのにうってつけだと言ったのだ。
その植物は、乾燥させれば薬になる。
「この場所で植物を育てるっていうのかい。無理さ無理さ」
初めは難民達も商人のことを疑った。だが、商人自身が作業を始めると周りの者も商人につられて植物を育て始めた。
そこに暮らす難民達は、老人、子供、女で外に出稼ぎに行くのは難しいが働ける者は沢山いる。
「いらっしゃい! とっても腹痛に効く薬! 寒いからお腹冷える時もあるでしょう。そんな時にはハイこの薬さ!」
商人が売る薬は、フルゴルの街では馴染みがなく初めはそれほど売れなかった。
だが、商人が毎日そこで売り始めると、買ってみたい客が出始める。それが次第に評判になり商人が売る薬はよく売れるようになった。
「この薬は、難民住居地で栽培しているんだよ」
「へぇ、あんな湿気のあるところでかい? 難民達が?」
「そうさ、あそこにいる人たちは皆よく働くよ」
商人は頭を長い布でグルグルと覆った少年。そして、その横には荷物持ちの虎獣人がいた。
評判になればやっかみを持つ者もいて売り上げを奪われることもあった。でも商人の少年は次の日も同じように薬を売った。
馴染みの客が出来れば、家まで行って声をかけ様子をきく。必要あれば雑用も頼まれる。
ニコニコと愛想のよい商人をフルゴルの街の人が受け入れるのも時間がかからなかった。
「行ってやっておくれよ。薬は難民住居地でも売っているから」
フルゴルの街の人からの難民住居地はイメージが悪かった。でも、商人を信用して難民住居地に街の人が足を運び始めた。
◇
商人は、頭にグルグルに巻いた長い布を外した。ふわりと赤色の髪の毛が現れる。
馬車から降りて、後ろの虎獣人と共に王宮内に入った。
「コバ様、どうなることかと思いましたが上手く薬草が売れ始めましたね」
「うん。商人の少年だってさ、少年って年じゃないのにね」
毎日、俺は商人として難民住居地とフルゴルの街を行き来していた。
難民住居地の湿地に生息しやすい植物を植えるように提案し、荷車を引いて薬を売っているのも俺だ。その横で手伝いをしているのはサハンだ。少しずつ難民たちの協力が増えてきて作業も楽になってきている。
「“商人の少年”としての評判は上々です。しかし、王妃様として行動なさっていませんので、王妃コバ様の悪評は収まっておりません」
「そっか。表向きに俺名義で孤児院に寄付とか頑張ってくれているのに申し訳ないよ」
外では、王の番という立場を隠している。
王の番として難民住居地に出向けば危険度がとても高くなるし、自由に動けない。
それでも、俺がこうして商人に扮しているのには一つ訳がある。反逆者を知る為だ。
“王妃の悪評”には、反逆者が絡んでいることが分かった。
反逆者とは、ケイネスがルムダン国に来るきっかけとなった襲撃を行った者達だ。一時的に収束したが、身を潜めていた反逆者がこの機に乗じて悪評を流して王への不満者を増やしているのだ。
それを知り、俺はある提案をした。
まず、自分が街の噂の人間になる。
その時に評判のいい人間でなくてはいけない。
そしてその方法に、気がかりになっていた難民住居地に目を向けた。
この地を活用する手はないかとサハンに案内された時から考えていた。そして、日の当たらないあの土地でも生息できる植物を育て売ることにしたのだ。
“一日何百売れた”“複数の国で商人として成功してきた”など大袈裟すぎる実績をでっち上げ、わざと人目を向けていた。
大きく見せて評判になれば、あらゆる者が寄ってくる。
「そんな簡単に見つかるものかと思いましたが、意外にも……」
そう。来るのだ。“人間嫌いの獣人”も。俺が王の番だとも知らずに人間とついでに王の番も悪く言う。
「しし。目立つ者には色んな奴が寄ってくる!」
「簡単に言いますが、それが分かっていても出来る者は少ないのですよ。コバ様があの地を“どうにかしたい”と考えたから皆が動くのです。毎日驚かされていますよ。全く貴方は……」
サハンはギクリと固まった。
その様子に俺も背後を振り返ると、柱を背もたれにしてケイネスが立っていた。王宮の中庭で話していたからケイネスがいてもおかしくはないのだけど……。
隣にいるサハンがゴクリと唾を飲んだ。けど、俺もそういう気持ちだ。
実は、色々とケイネスを説得中だった。渋々街に行くことは承諾してくれたが、“危険だ”と毎日言われている。
「サハン下がれ。報告は後で聞く」
「はっ」
サハンは大丈夫かとチラリと横目に見た。そしてその様子がケイネスには余計に気に食わないようでピクリと頬が痙攣した。
「サハンさん、俺は大丈夫だから」
苦笑いしながらサハンに手を振ると、彼は頭を下げてその場を離れた。
二人っきりになったその場がシンッと静まり返る。
「ただいま、ケイネス」
「……」
いつもはムスッとしてもすぐ苦笑いに変えておかえりと迎えてくれるが、今日は無言のままだ。何か言いたそうにしているが言えないのだろうか。
サハンは下げたが俺は下げないということは俺に用事があることは間違いない。俺はケイネスに近づき手を握った。
その手は冷たい。
「心配したの? 俺は大丈夫だ」
「心配しないわけがない」
毎日、暗い朝から出て暗くなって戻ってくる。初めに言い渡された外出時間をとっくに破っている。
冷たい手をニギニギと握って緩めてを繰り返す。
「……あ、そうだ! ね、ちょっと来て!」
俺はケイネスの腕を引っ張って走り始めた。目的地は俺だけの秘密基地。屋根の上だ。
どこでも登れてしまう俺だが、今回は最上階まで階段で登り小さなベランダから梯子を出して上に登れと声をかけた。
「コバ、私はそのようなところ登らない」
「はは。登れないの? 上品な王様らしいお言葉だよね!」
そう言うと、またケイネスがムスッとする。俺はわざと言った。
「俺が先に行くから! 見てて。梯子から足をしっかり踏ん張って瓦を掴んで飛び上がるんだ」
「……私は」
「来いよ!」
強く言うと、ケイネスは梯子に足をかけて登り始めた。
トントンと自分の横に座るように誘導した。すると、俺を膝に乗せて座るので苦笑いする。最近は彼との時間もとれなかったので、彼の膝上で大人しくする。
「……ここ。俺のお気に入りなんだ」
「……」
最上階から見る景色と少しだけ違う。解放感があり、空がいつもより大きく見えるように感じるのだ。もうすぐスビラ王国は冬季に入るため、空気が若干寒いけれど。
「そうか。ここが君の見ている景色か。────遠いな」
「遠い? 何が?」
すると、空が遠いとケイネスは呟き、はぁっと溜息をついて俺をギュウギュウ腕の中に抱きしめた。
急に抱き締められるとドキドキする。
「聞いてくれるかい?」
「あ、あぁ、勿論! ここなら何を言っても人目を気にしなくていい……」
言い終わる前に「ヤキモチ」とケイネスが言うので首を傾げる。
「コバの周りにいる者すべてが羨ましい。子供みたいだが、胸がモヤモヤして苦しいのだ。難民達が君に絆され、楽しそうに話している姿を想像する。君は大型獣人にとてもモテると聞く。私の番に性的な触れ方をしてみろ。死刑にしてやると内心思っている。サハンには毎回だ。胃が煮えくり返る。私も君を独占したい。いつも触れていたい」
「お、おぉ……そうか」
溢れだした激情だが、いささか考えていたものと違った。
「止めたい。危ないことはしないで欲しい。なのに君が活躍し溢れる才を知れば止められない。凄く遠くへ行ってしまうのではないかと思う」
「……」
俺が街で行動するようになってから、ずっと気持ちを言わずに我慢していたのだろう。
「君に行かないで欲しいんだ。苦しい」
強く抱きしめられキスをされる。
唇を離されると言いたいことがあるのにのぼせてしまう。はぁはぁと荒い呼吸をするコバの頬や額に軽めのキスが降って来る。呼吸が整ってくるとまた口にキスされる。
彼の口付けが止まった後、彼の胸元に顔を埋める。そして彼の背中に腕を回した。
「────ケイネス、一緒に行こう」
俺はようやくそれが自分がしたいことだと気づいた。
大国の王様、それに見合う自分になれるかどうかなんて分からない。
でも、王の────ケイネスの為になることを考えることは出来る。俺だけが出来ないことがある。
「変わっていこうよ」
「コバ……」
ケイネスの瞳がきらりと光ったような気がするのは気のせいじゃない。
大国の王の婚儀とあって、様々な国の王族の来訪が予定されている。
コバは立ち振る舞い一から全て専属の教師に教わっていた。教わる事が多くて目が回りそうだ。
「……やっぱり屋根上は落ち着くな」
王宮の定位置。
俺は王宮の屋根の上に登って、周りを見ていた。
ここは余計な雑音を拾わず最上階の声を聞く事が出来る。
考え事するのにも盗み聞きするのにも丁度いい場所でもあった。
丁度、最上階の部屋ではケイネスがアトレと話し合っている。
普段は声を荒げることなく静かに話すケイネスだが、今日は珍しく違った。
『婚儀に批判が多いだと? コバとの婚儀は絶対だ。私の妃は彼以外有り得ない!』
『分かっております。しかし、コバ様の悪評が益々出回っており国民も不安を感じているのです』
二人が話しているのは、俺の話だった。
大国の王妃になる者がスラム街の少年だということが漏れたようだ。それにより、国中では俺の噂で持ちきりになっている。
王族や貴族は力の強い獣人が占めている。それにスビラ王国の王と王妃は代々獣人と決まっていた。
それが、現王は半獣、その王妃となる者は先祖返りの人間。さらにスラム街出身とくれば納得しない者も多いだろう。
──反発か。そりゃ分からなくはねぇよ。
拒否をして何も知ろうとしなかった時と、教師をつけ学び始めた今は違う。
大国の王妃となる者ならば王族たちと交流を持ち、社会奉仕活動など積極的に行う。それが国民や貴族の支持に繋がる。
婚儀が発表されるまで俺は表舞台に全く立とうとしなかった。そんなならず者がすぐに受け入れられる訳がない。
ケイネスはアトレの報告を受け批判の多さ、あることないことでっち上げた噂に溜息をついている。
『コバは勘がいい、彼の耳に入らないようにしろ』
『は』
俺は特別庇護されている。俺から学ぶと言わなかったらきっと今でも無知のまま囲われていただろう。
俺に対して、溺愛と過保護が混ざっていて心配だと思った時、彼は言った。
『王妃の侮辱は許さぬ。度が過ぎる噂には処罰を検討する』
処罰?
確かに王族を侮辱することは許されないだろう。悪い噂が大きくなれば国への反発にも繋がる。だが、いつものケイネスならもっと違った方法で対処するかのように思えた。
ふとモロ国での王の噂を思い出した。
“番に泣くマヌケ者”
俺から見ればケイネスは、自分だけに愛と忠誠を誓う良い男に感じる。
でも、国民から見れば違うことは分かる。番を甘やかすばかりで何もやらせない。悪い噂が出て当然だ。
ケイネスは俺を傍に置くために何でもしてしまうかもしれない。
一番初めにルムダン国で俺の元から離れたケイネスは国王として正しい判断をした。でも、一人の男としてずっと悔やんでいる。
俺が頑なに殻に籠もったのとケイネスの過保護は似ているのかもしれない。
そんなケイネスを知り、王宮での役目が少し分かった気がした。
————コンコン。
外から壁を叩く音がするため、ケイネスとアトレは振り返った。
すると、最上階の窓の縁にコバが片足を軽く引っ掛けている姿が見える。
「コバッ!」
ケイネスは椅子から立ち上がり、俺を抱き上げ部屋の中に入れた。
「コバ、ここは最上階だよ。壁を登りたかったのかい?」
「ううん。さっきの話盗み聞きしちゃったんだ。ごめん」
「……」
ケイネスの腕から離れ地面に降りた。
「話したいことがあるんだ」
用件を言いかけて、少し考える。
普通に言ったら却下されそうだ。
「あっそうだ! ケイネスとの婚儀が上手くいくようにしたいことがあるんだ!」
これはケイネスと一緒にいるために必要な話だと前述した。
◇◇◇
スビラ王国、第一都市フルゴルの難民住居地。
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日が陰り、湿気が強い。陰鬱なその場所は、最近活気づいていた。
とある商人が、この難民住居地はある植物を生息させるのにうってつけだと言ったのだ。
その植物は、乾燥させれば薬になる。
「この場所で植物を育てるっていうのかい。無理さ無理さ」
初めは難民達も商人のことを疑った。だが、商人自身が作業を始めると周りの者も商人につられて植物を育て始めた。
そこに暮らす難民達は、老人、子供、女で外に出稼ぎに行くのは難しいが働ける者は沢山いる。
「いらっしゃい! とっても腹痛に効く薬! 寒いからお腹冷える時もあるでしょう。そんな時にはハイこの薬さ!」
商人が売る薬は、フルゴルの街では馴染みがなく初めはそれほど売れなかった。
だが、商人が毎日そこで売り始めると、買ってみたい客が出始める。それが次第に評判になり商人が売る薬はよく売れるようになった。
「この薬は、難民住居地で栽培しているんだよ」
「へぇ、あんな湿気のあるところでかい? 難民達が?」
「そうさ、あそこにいる人たちは皆よく働くよ」
商人は頭を長い布でグルグルと覆った少年。そして、その横には荷物持ちの虎獣人がいた。
評判になればやっかみを持つ者もいて売り上げを奪われることもあった。でも商人の少年は次の日も同じように薬を売った。
馴染みの客が出来れば、家まで行って声をかけ様子をきく。必要あれば雑用も頼まれる。
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◇
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馬車から降りて、後ろの虎獣人と共に王宮内に入った。
「コバ様、どうなることかと思いましたが上手く薬草が売れ始めましたね」
「うん。商人の少年だってさ、少年って年じゃないのにね」
毎日、俺は商人として難民住居地とフルゴルの街を行き来していた。
難民住居地の湿地に生息しやすい植物を植えるように提案し、荷車を引いて薬を売っているのも俺だ。その横で手伝いをしているのはサハンだ。少しずつ難民たちの協力が増えてきて作業も楽になってきている。
「“商人の少年”としての評判は上々です。しかし、王妃様として行動なさっていませんので、王妃コバ様の悪評は収まっておりません」
「そっか。表向きに俺名義で孤児院に寄付とか頑張ってくれているのに申し訳ないよ」
外では、王の番という立場を隠している。
王の番として難民住居地に出向けば危険度がとても高くなるし、自由に動けない。
それでも、俺がこうして商人に扮しているのには一つ訳がある。反逆者を知る為だ。
“王妃の悪評”には、反逆者が絡んでいることが分かった。
反逆者とは、ケイネスがルムダン国に来るきっかけとなった襲撃を行った者達だ。一時的に収束したが、身を潜めていた反逆者がこの機に乗じて悪評を流して王への不満者を増やしているのだ。
それを知り、俺はある提案をした。
まず、自分が街の噂の人間になる。
その時に評判のいい人間でなくてはいけない。
そしてその方法に、気がかりになっていた難民住居地に目を向けた。
この地を活用する手はないかとサハンに案内された時から考えていた。そして、日の当たらないあの土地でも生息できる植物を育て売ることにしたのだ。
“一日何百売れた”“複数の国で商人として成功してきた”など大袈裟すぎる実績をでっち上げ、わざと人目を向けていた。
大きく見せて評判になれば、あらゆる者が寄ってくる。
「そんな簡単に見つかるものかと思いましたが、意外にも……」
そう。来るのだ。“人間嫌いの獣人”も。俺が王の番だとも知らずに人間とついでに王の番も悪く言う。
「しし。目立つ者には色んな奴が寄ってくる!」
「簡単に言いますが、それが分かっていても出来る者は少ないのですよ。コバ様があの地を“どうにかしたい”と考えたから皆が動くのです。毎日驚かされていますよ。全く貴方は……」
サハンはギクリと固まった。
その様子に俺も背後を振り返ると、柱を背もたれにしてケイネスが立っていた。王宮の中庭で話していたからケイネスがいてもおかしくはないのだけど……。
隣にいるサハンがゴクリと唾を飲んだ。けど、俺もそういう気持ちだ。
実は、色々とケイネスを説得中だった。渋々街に行くことは承諾してくれたが、“危険だ”と毎日言われている。
「サハン下がれ。報告は後で聞く」
「はっ」
サハンは大丈夫かとチラリと横目に見た。そしてその様子がケイネスには余計に気に食わないようでピクリと頬が痙攣した。
「サハンさん、俺は大丈夫だから」
苦笑いしながらサハンに手を振ると、彼は頭を下げてその場を離れた。
二人っきりになったその場がシンッと静まり返る。
「ただいま、ケイネス」
「……」
いつもはムスッとしてもすぐ苦笑いに変えておかえりと迎えてくれるが、今日は無言のままだ。何か言いたそうにしているが言えないのだろうか。
サハンは下げたが俺は下げないということは俺に用事があることは間違いない。俺はケイネスに近づき手を握った。
その手は冷たい。
「心配したの? 俺は大丈夫だ」
「心配しないわけがない」
毎日、暗い朝から出て暗くなって戻ってくる。初めに言い渡された外出時間をとっくに破っている。
冷たい手をニギニギと握って緩めてを繰り返す。
「……あ、そうだ! ね、ちょっと来て!」
俺はケイネスの腕を引っ張って走り始めた。目的地は俺だけの秘密基地。屋根の上だ。
どこでも登れてしまう俺だが、今回は最上階まで階段で登り小さなベランダから梯子を出して上に登れと声をかけた。
「コバ、私はそのようなところ登らない」
「はは。登れないの? 上品な王様らしいお言葉だよね!」
そう言うと、またケイネスがムスッとする。俺はわざと言った。
「俺が先に行くから! 見てて。梯子から足をしっかり踏ん張って瓦を掴んで飛び上がるんだ」
「……私は」
「来いよ!」
強く言うと、ケイネスは梯子に足をかけて登り始めた。
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「……ここ。俺のお気に入りなんだ」
「……」
最上階から見る景色と少しだけ違う。解放感があり、空がいつもより大きく見えるように感じるのだ。もうすぐスビラ王国は冬季に入るため、空気が若干寒いけれど。
「そうか。ここが君の見ている景色か。────遠いな」
「遠い? 何が?」
すると、空が遠いとケイネスは呟き、はぁっと溜息をついて俺をギュウギュウ腕の中に抱きしめた。
急に抱き締められるとドキドキする。
「聞いてくれるかい?」
「あ、あぁ、勿論! ここなら何を言っても人目を気にしなくていい……」
言い終わる前に「ヤキモチ」とケイネスが言うので首を傾げる。
「コバの周りにいる者すべてが羨ましい。子供みたいだが、胸がモヤモヤして苦しいのだ。難民達が君に絆され、楽しそうに話している姿を想像する。君は大型獣人にとてもモテると聞く。私の番に性的な触れ方をしてみろ。死刑にしてやると内心思っている。サハンには毎回だ。胃が煮えくり返る。私も君を独占したい。いつも触れていたい」
「お、おぉ……そうか」
溢れだした激情だが、いささか考えていたものと違った。
「止めたい。危ないことはしないで欲しい。なのに君が活躍し溢れる才を知れば止められない。凄く遠くへ行ってしまうのではないかと思う」
「……」
俺が街で行動するようになってから、ずっと気持ちを言わずに我慢していたのだろう。
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強く抱きしめられキスをされる。
唇を離されると言いたいことがあるのにのぼせてしまう。はぁはぁと荒い呼吸をするコバの頬や額に軽めのキスが降って来る。呼吸が整ってくるとまた口にキスされる。
彼の口付けが止まった後、彼の胸元に顔を埋める。そして彼の背中に腕を回した。
「────ケイネス、一緒に行こう」
俺はようやくそれが自分がしたいことだと気づいた。
大国の王様、それに見合う自分になれるかどうかなんて分からない。
でも、王の────ケイネスの為になることを考えることは出来る。俺だけが出来ないことがある。
「変わっていこうよ」
「コバ……」
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獣人には番と呼ばれる、生まれながらに決められた伴侶がどこかにいる。番が番に持つ愛情は深く、出会ったが最後その相手しか愛せない。
私――猫獣人のフルールも幼馴染で同じ猫獣人であるヴァイスが番であることになんとなく気が付いていた。精神と体の成長と共に、少しずつお互いの番としての自覚が芽生え、信頼関係と愛情を同時に育てていくことが出来る幼馴染の番は理想的だと言われている。お互いがお互いだけを愛しながら、選択を間違えることなく人生の多くを共に過ごせるのだから。
だから、わたしもツイていると、幸せになれると思っていた。しかし――全てにおいて『番』が優先される獣人社会。その中で唯一その序列を崩す例外がある。
『飼い主』の存在だ。
獣の本性か、人間としての理性か。獣人は受けた恩を忘れない。特に命を助けられたりすると、恩を返そうと相手に忠誠を尽くす。まるで、騎士が主に剣を捧げるように。命を助けられた獣人は飼い主に忠誠を尽くすのだ。
この世界においての飼い主は番の存在を脅かすことはない。ただし――。ごく稀に前世の記憶を持って産まれてくる獣人がいる。そして、アチラでは飼い主が庇護下にある獣の『番』を選ぶ権限があるのだそうだ。
例え生まれ変わっても。飼い主に忠誠を誓った獣人は飼い主に許可をされないと番えない。
そう。私の番は前世持ち。
そして。
―――『私の番には飼い主がいる』
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