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ケイネスの心遣い
しおりを挟む青空が広がり天気がとてもいい。
俺とライが王宮の中庭を散歩していると召使いが外でお茶でもどうかと声をかけてきた。
「お茶? うん。小腹も減ったし嬉しいよ。あ、中庭の花壇に新しい花、沢山植えたんだね。とってもキレイ」
「まぁ、そうでございますか! お気に召しましたか?」
「え? うん」
「ふふふ」
召使いの反応が嬉しそうなのが不思議ではあったが、持ってきてくれたお茶を楽しんだ。
ほとんど毎日歩いている中庭は、手入れが行き届いている。最近は、特に草花が華やかになったように感じるのは良い気候が続いているからだと思った。
その次の日、朝食に硬いパンとスープが出てきた。
「いかがでしょうか?」
いつもは俺の感想など聞きにこない召使いが、味について聞いてきた。
コバはしっかりと硬いパンを噛みながら、首を傾げた。
「うーん、と。美味しいよ。でも、いつもの柔らかいパンの方が俺は好きかなぁ」
「そうでしたか」
「あ、ごめんね? このパンも美味しいから気にしないで!」
フォローしながら食事を終えると、食器を下げた召使い達が「このパンのレシピじゃないみたいだわ。酵母菌の違いかしら? それとも粉?」と話し合っていた。
あれ? このパンは自分の為に用意されたのか?
硬いパン……。もしかして、ルムダンの食事を再現しているのか?
そう言えば、以前ケイネスが俺にルムダンの郷土料理を尋ねたことがあった。確かにルムダンでは硬いパンをスープで浸して食べることがある。
だけど、郷土料理という程でもない。パンが硬くて食べられないから皆スープに浸して食べるのだ。
俺は、ふかふかの焼き立てパンが好きだ。
ここ数日、こういった気遣いを感じる。風呂の湯がいい匂いがしたり、部屋に花が飾られていたり、ライの遊び道具が増えていたりする。礼を言いながら不思議に感じていた。
朝食から自室に戻ったあと、ライを召使い達に預け外出するための用意をする。ライはこの頃、俺と離れるのにひと悶着しなくなった。
そのことが良いのだか悪いのだか複雑に思いながら門へと向かった。
フルゴルの街には、二日に一度の頻度で向かっていた。
王宮の大きな門前で案内役のサハンが俺を待っている。口を一文字にして仏頂面の虎男は立つだけで周りを威圧させる。だが、そんなサハンにもすっかり慣れた。
「おはよう。今日も頼むよ」
「はい」
フルゴルの街はコバが希望を言わない時は、サハンが勝手に案内し始める。
彼は初めこそ大通りや市場、見晴らしのいい丘や美しい造形物など観光案内をしたが、次第に市民の暮らしを見せるようになった。
今日は学び舎の見学だった。
学び舎は国の制度で13才までの子供が無料で勉学出来る場だった。
「凄いね。お金がなくても教えてもらえるの?」
「えぇ。子供の学力は大事です。知識を持った彼らはそのうち成長し国を発展させます。ケイネス様も学び舎に大変力を注がれているのですよ」
「へぇ」
「……子供の頃から働かなくてはいけない者がいます。コバ様はこういった子供はどうなさいますか?」
こうして彼は俺を試すような質問をすることがある。これに限らず色々なことに「コバ様ならどうしますか?」と問いかけてくる。
サハンは、俺に何を期待しているんだろう?
サハンは王宮にはいないタイプの獣人だ。王宮には俺に不必要な質問をしてくる者はいない。
それにサハン自身も実はあまりマナーがよくない。食事や行動を共にしていると午前中と短い時間でも案外分かるものだ。俺としては気が楽だけど。
サハンは学び舎の資料を出してきて読み始めた。
実は彼は説明がそんなに上手ではない。そのため少しでも正確な情報を教えるために資料を読むのだ。
王宮外の散歩はサハンのおかげで暇知らずだが、申し訳なく感じる。
「——……サハンさん、俺はアンタの期待には応えられないよ」
「どういう意味でしょうか?」
「そのままの意味だよ。俺、なんにも学がないもん」
すると、サハンは自分の身の上を話し始めた。
サハンは元難民だった。苦しい辛いそんな経験を越えてこの国にやってきたそうだ。
彼と会話すると共感も多い。実は同じような境遇ではないかと思っていたのであまり驚かなかった。
「この国は何も持っていなくてもいいのです。自分のヤル気こそが結果に出る国なのです」
「……」
「その国の地盤を固めているのが、貴方様の番であるケイネス王ですよ」
言っていることはよく分かった。だけど頷かず首を横に振った。
サハンともこれ以上親しくしてはいけない。
俺の散歩の目的は、王宮を出る為の情報収集だ。
逃走するなら、あとは難民居住地を探りたい。地図を見れば難民居住地はフルゴルの外れにあり逃走するにはそこを調べる必要があった。
深く考えちゃいけない。逃げる。…………逃げるんだから
「──コバ様? どうされました? 顔色が悪いですよ?」
「ううん。なんでもないよ!」
俺達は茶屋を後にした。ぼんやりする俺を心配したサハンが馬車を呼んだので徒歩で帰れる距離なのに馬車に揺られた。
中央の大通りは人がごった返している為、馬車はいつも少し遠回りする。
馬車から遠くに視線を向けると難民居住地が小さく見える。
「今、事情があり難民居住地には行けませんが、そのうちコバ様にも案内したいと思います」
「事情?」
「近づいてはいけませんよ。あぁ次の外出日にスーリャに会いに行きますか?」
「……うん!」
フルゴルの街から王宮に戻ってくると、サハンがどんな説明をしたのか知らないが医師が部屋にやって来た。何ともないのに身体を診てもらって休むようにと言われた。まぁいいやと目を閉じて昼寝をする。
何か変な夢を見た。
ふわりと嫌ないい匂いが近付い来て、その匂いを嗅いだ瞬間、涙が溢れて苦しくなる。
————コンコン。
部屋を召使いがノックした。
ベッドから起き上がっている俺の顔色を見て、召使いがお茶にしようと声をかけてきた。
そう言えば昼飯を食べていなかったので、丁度小腹が空いている。
召使いに誘われるまま中庭のテーブルに腰を掛けた。召使がお茶とお菓子を持ってきた。
とっても可愛らしい焼き菓子だった。花や貝の形など一つ一つ形が違う。
「これは……?」
後ろに控えている召使いに声をかけた。召使いは優しく微笑み「コバ様が元気になりますようにと」と言った。
誰がそう言ったのか、そしてこの前から少しだけの気遣いを誰が命じているのか、それらが分からない程、俺は鈍くなかった。
「……そう」
テーブルのお菓子に視線を変えた。可愛らしい焼き菓子を何度も見たことがあった。
口に含むと懐かしい優しい味がする。
「ルイーダさんの焼き菓子だ」
俺にとってこれが故郷の味だ。優しいルイーダのことを思い出した。ライのおばあちゃん。
ルイーダは『コバちゃんコバちゃん』と少女のような声で優しく呼んでくれるのだ。
これを食べればいつもはとても幸せでいっぱいになる。なのに、今は違った。
俺のこと見てんじゃねぇよ。
俺は、俺は……とても苦しい。
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