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晩餐会の出来事
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俺の態度に召使い達は困っていた。無邪気で自由奔放。教えたマナーを一切聞かずガサツで王宮に住む者の相応しい態度ではなかった。
さらに、王族が着る服を着ようとせず一番ラフな服を選んで着ていた。
そのことはケイネス王の耳にも届いているはずだ。
だけど、王は俺に自由にさせるよう指示を出していた。周りの者が焦っていても当の王はゆったりしている様子。
長く続けば城内の評判も悪くなるだろう。それでも俺は態度を変えなかった。明確な意思で彼を拒否した。
「うっ! 俺、ヤダって言ってんのに!?」
腕まくりをした召使いの女人達が俺を取り囲んだ。
大理石が輝く風呂で入浴中だった。初日以外はライと二人で入浴を許されていたのに、突然召使い達がやってきたのだ。
「いいえ! 今日こそ、コバ様を磨かせていただきますわ!」
「さぁ! わたくし共にお任せになって!」
「ひぃいいっ! やだってばぁあ!!」
俺の手足を召使いが掴んで拘束して、その間もう一人の召使いがオイルをコバの身体を隅々まで洗いオイルを塗り始めた。
コバ専属の召使いはこれまで手持ち無沙汰であったため張り切った。手足を拘束する者は爪をつるつるに磨き、ガザガザの手に保湿剤を塗り込む。
「コバ様は、真っ白な肌で磨けばとても美しいですわ」
「ひぃ、ひっ」
女人は容赦なく俺の身体を触るが、本気で止めて欲しかった。誰かに身体を触られると全身に鳥肌が立つ。気持ち悪くて目に涙が溜まってしまう。
「それによく引き締まって身体のラインがとても美しいですわ」
「褒めないで、いいよぉ……、どうせ鶏ガラみたいなんだから」
「いいえ。美しい筋肉の付き方ですわ。それに相手を喜ばせる肌色をなさっております」
女人の視線の先は俺の胸や男性器だった。
色白の肌にその部位だけは薄いピンク色。鳥肌のせいで乳首はツンと尖っている。可愛らしい少年の外見に少しだけ淫靡さがある。
「ぎゃー! なんで乳首にオイルを塗るの!?」
「ここも乾燥しないためですわ」
「ホント勘弁してぇえ、気持ち悪い!」
「大丈夫ですわ! ほら、コバ様の肌が益々潤って美しい」
女人達は、俺のことを美しいと褒め称えた。これ以上居心地が悪い経験をしたことがない。
拷問みたいな時間がまだまだ続き、真っ青になってそれを耐えた。
風呂から出ると、身体と髪を拭かれ、唇に保湿剤を塗り込まれる。
「はぁ、もういい? 限界。……身体を触られるのあまり好きじゃないんだ」
「えぇ、そうでしたわね。よく我慢なさいました。では鏡をどうぞ」
しれっと文句を受け流して女人はコバに手鏡を渡した。その鏡に映った自分はどこぞの金持ちの坊ちゃんみたいだと思った。
赤茶色の髪の毛はフワフワになり、よく磨かれた肌はくすみなく肌の透明度が上がっている。
自分の容姿に興味を持った事がない俺ですら、「おぉ!」と感嘆の声を漏らした。
「こんなにマトモになるもんなんだね」
「えぇ」
「……でも、もう二度とごめんだからね」
にこりと微笑む女人に俺は嫌な予感がして、もう一度「もうしないでね!」と声をかけた。
「……では、折角美しくなったのですからお洋服も着替えましょう」
「え!? もう着てるじゃん!」
コバは薄い白いワンピースを着ていた。
「それは肌着ですわ。今日は、その上に洋服を着ましょう。大丈夫ですのよ。全て私共にお任せくださいませ」
「……え!? なんで!? やだよ!」
コバは咄嗟に逃げようと立ち上がったが化粧室の扉の前には召使いの総監督である女人がドンッと立っていた。ぽっちゃり体型の彼女が笑えばそれだけで迫力がある。
「さぁ、どうぞお席にお戻りください」
「……ひぃ、今日はどうして? いつもは俺の自由に……」
年配女性に強く出られると言葉を濁してしまう。ルイーダを思い出すのだ。あの優しい女性を思い出して何故だか強く拒否できない。
じり……じり……と詰め寄られ席に戻されてしまう。
「はは……、俺に高い洋服着せるなんて勿体ないよ」
「いーえ。今のコバ様でしたら全くそのようなことはありませんよ!!」
「ひ……」
◇
着飾った俺は女人に連れられてある一室に連れて行かれていた。
王宮の中をむやみにうろつかないように注意を払っていた。今歩いている通路は普段通らない廊下であった。
「ライが待っているから、そろそろ戻らなくちゃ」
「ライ様でしたら、既にそちらにお呼び致しております」
「ライを……」
嫌な予感がして引き返したい気持ちになったが、ライが既にそちらに向かっているならば腹を括って彼女達に従った。
大きな扉はコバが現れるとゆっくりと開いた。
まず、目に入ってきたのは扉前にいたアトレだ。アトレは俺の恰好に微笑み「さぁ、こちらへ」と中に入るように声をかけられる。
部屋の中には深緑の絨毯に長いテーブル、そして、部屋の中にいる人物たちを見てコバはやっぱりと思った。
その長いテーブルにはケイネス王がいた。
じっと俺を見つめる視線を感じる。
決して目が合わないように注意しながら、ケイネス王の向かい合わせに座っているライの元に駆け寄った。
「クゥ……」
「ライ、お待たせ行こうか」
ライを抱き上げようとするが、ライは目の前の食事を食べたいと視線を向ける。でも、俺がもう一度声をかけると食事から目を逸らした。
「コバ様、ライ様はお腹が空かれているようですよ」
そこにアトレがにこやかに声をかけてくるため、俺は睨んだ。
「嫌だって言ったよね」
「えぇ。ですが、本日は北の国から珍しい食材が手に入りましたので、是非お二人に召し上がって頂きたいとこの場を設けました」
その食材は北の国にしか生息しないキノコだった。食べられる部分が少ないが、食べると絶品。現地の人間でも滅多に食べることが出来ない。芳醇な香りと食感が酒にとても合う珍味だ。
「悪いけど……」
断ろうとすると、ライが再びテーブルの上の食事を見て喉を鳴らせて涎を垂らしている。
「くぅん」
「ほら、ライ様もお腹を空かせております」
「…………ライ」
ライの様子を見て、コバは仕方なく席に座った。
俺への配慮なのか、長いテーブルは10人掛けのようでケイネスと俺たちはかなり距離があった。
俺は子供のようにそっぽ向いて横向きに座った。召使いの一人が声を出して注意しようとしたがアトレが止めていた。
この場で臣下が俺に注意などをすれば、それは不敬になる——そういうことだろうか。
俺の立場は番。王位継承者の第一王子ライ。信じたくないけれど、アトレは今そういう扱いをしている。
一番の不思議はケイネスだ、俺たち二人に全く王宮のことを学ばせようとしないことだ。いや、ライには少しずつ教える手配をし教師などの準備は整えている。
ただ、俺には相変わらずだ。ケイネス王は俺をどうするつもりでいるのか。考えが読めない。
「折角の食事だ。美味しく食べよう」
ケイネスの言葉と共に、ライは食べ始めた。俺も仕方なくそっぽ向きながら食器を使わず手で食べ始めた。
召使いが肩を落としている。そんな周りの視線を無視して食事は進んだ。
「モロ国は穏やかな国民性で我が国とも長く良い関係が築けているんだ」
ケイネスは穏やかな口調で話し始めた。俺から相槌はしない。視線も合わせない。それでも、ケイネスは話しをやめない。
その声を聞いて、これまでの俺の態度を全く気にしていないことが分かった。
「モロ国の国王はね、クマ獣人でいつも晩餐会の時には絶品の鮭料理が出てくるんだよ、君にも……」
「ご馳走様!」
話の最中なのにコバは食事を終えようとした。見ると、コバにしては珍しく半分も食べていない。
「コバ様、お待ちください。メインの食材とこちらのお酒が実に合うのです。退席はそちらを召し上がられた後でもよろしいのではないでしょうか」
料理人の一人が俺に声をかけた。聞くと彼は王宮の総料理長らしい。初めて声をかけられる料理人の姿にコバは興味を持った。
「アンタが作ったの?」
「えぇ。いつもコバ様がキレイに食べてくださって嬉しく思っております」
「いつも? いつもの料理も? とても美味しいです。ありがとう」
料理人に頭を下げお礼を言った。
「…………じゃ、オススメだけもらおうかな」
「はい」
料理人の勧める酒を手に持った。くんくんと酒の匂いを嗅いだ。
「透明な酒。果実酒とは違うね。不思議な匂いがする」
「こちらも北国の酒になります」
コバの不思議な匂いという言葉を聞いて、ケイネスは自分に注がれている酒の匂いを嗅いだ。その瞬間立ち上がった。近づいてくるケイネスに驚いていると、俺の手に持つ酒を奪い取り自分の口に放り込んだ。
「っ!?」
「王!?」
俺は飛び跳ねるようにケイネスから距離を置いた。ライを抱き寄せる。
何が起きたのか分からず俺は後退しながら考えた。
そんなケイネスの周りに臣下の者が集まり彼に水を飲ませ始めた。
「ぐ………」
「王!? 貴方様が飲んでどうするのです!! 水を飲んで吐かれて下さい」
「あ、つ……い」
ケイネスは、身体が熱い……と呟いた。次第に荒い呼吸に変わってくる。
「お、おい」
王は俺の酒を飲んだ。俺の酒に毒でも入っていたのか!?
毒……と考えると身体がブルリと震え頭の血がサーと下がった。ケイネスに近づき手が伸びる。だかその手はアトレに掴まれた。
「ここにいては危険です! 急いで逃げてください」
「え?!」
「ぐるぅううう……!!」
大きな唸り声だ。動物の声。その声に振り向いた瞬間、アトレの上にケイネスが飛び乗り地面に叩きつけた。さらに馬乗りになり殴りつけようとする。
「ひっ!!」
尻持ちをついた俺はケイネスの変わり様に悲鳴をあげた。彼の瞳孔は散大しており、美しい毛は逆立っていて興奮状態にあることが分かる。
「お、おいっ!?」
その時、召使いの一人がコバを立ち上がらせ、そしてライはもう片方の女人が抱き上げた。
「部屋の外に出るのです。あの酒は……ひぃ」
アトレを殴りつけたケイネスが今度は召使いを睨んでいた。アトレを見ると将軍ともあろう者が王に殴りつけられ失神していた。
ケイネスはふらりと立ち上がった。騒ぎを聞きつけた兵が急いでケイネスの周りに集まるが、興奮状態の彼は兵が止めるのも聞かず、俺に一直線で向かってくる。その迫力、押さえる兵よりも力が強く、どんどん距離が近づいてくるのを俺は呆然と見つめた。
「コバ様っ!! お逃げになってくださいませ!」
女人に声をかけられて、ハッとした。ライを目で追うと、既に別の女人によって部屋を離れたようだ。
急いで部屋を出ようとした。
だが、後ろを少し振いた時には、大きな影がコバを覆った。
「——————……」
「ぐるぅううううう……」
「コバ様お逃げください!!」
兵と召使い達の悲鳴が聞こえる。
はぁ~、はぁ~……と大きな呼吸。焦点が合わない視線。胸が異常に痛くなるのを感じた。
ケイネスは俺の肩をグッと掴んだ。
「……」
しかし、アトレのように押し倒されなかった。ケイネスはズルズルと俺の身体をなぞりながら足元に蹲った。
見ようによっては王が俺に首を下げて懺悔しているようにも見えた。その場にいる者が違う意味で息を飲んだ。
「っ!」
コバが後ろに下がろうとした時、足首を掴まれた。これでは逃げられない。
逃げられないと思っているのは焦っていた俺だけだ。本当は掴んでいるのか触れているのか分からないほどの力だった。
「ア、アンタ……何してんだ……」
蹲って反応のないケイネスに思わず声をかけた。
「……」
「離せよ……、俺を解放してくれ。俺はアンタとは……」
すると、ケイネスが何かを言った。かすれた声で聞きとりにくかった。ルムダンの時もそうであったが、今度はちゃんと聞こえた。
「わたし……の名は、ケイネス・アウグスト」
「…………」
「君の名、は……?」
何を言っているのか、もう既に互いの名を知っているのに。
ケイネスは顔を上げた。
やはり興奮している。目元も頬も紅く肩を上下させるほど呼吸は大きい。先程は焦点が定まらなかったのに今は真っ直ぐ俺を見つめている。
「……………コバ」
「コバ……、良い、名だ」
「…………」
俺は腰が抜けたようにその場に座り込んだ。
さらに、王族が着る服を着ようとせず一番ラフな服を選んで着ていた。
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「うっ! 俺、ヤダって言ってんのに!?」
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大理石が輝く風呂で入浴中だった。初日以外はライと二人で入浴を許されていたのに、突然召使い達がやってきたのだ。
「いいえ! 今日こそ、コバ様を磨かせていただきますわ!」
「さぁ! わたくし共にお任せになって!」
「ひぃいいっ! やだってばぁあ!!」
俺の手足を召使いが掴んで拘束して、その間もう一人の召使いがオイルをコバの身体を隅々まで洗いオイルを塗り始めた。
コバ専属の召使いはこれまで手持ち無沙汰であったため張り切った。手足を拘束する者は爪をつるつるに磨き、ガザガザの手に保湿剤を塗り込む。
「コバ様は、真っ白な肌で磨けばとても美しいですわ」
「ひぃ、ひっ」
女人は容赦なく俺の身体を触るが、本気で止めて欲しかった。誰かに身体を触られると全身に鳥肌が立つ。気持ち悪くて目に涙が溜まってしまう。
「それによく引き締まって身体のラインがとても美しいですわ」
「褒めないで、いいよぉ……、どうせ鶏ガラみたいなんだから」
「いいえ。美しい筋肉の付き方ですわ。それに相手を喜ばせる肌色をなさっております」
女人の視線の先は俺の胸や男性器だった。
色白の肌にその部位だけは薄いピンク色。鳥肌のせいで乳首はツンと尖っている。可愛らしい少年の外見に少しだけ淫靡さがある。
「ぎゃー! なんで乳首にオイルを塗るの!?」
「ここも乾燥しないためですわ」
「ホント勘弁してぇえ、気持ち悪い!」
「大丈夫ですわ! ほら、コバ様の肌が益々潤って美しい」
女人達は、俺のことを美しいと褒め称えた。これ以上居心地が悪い経験をしたことがない。
拷問みたいな時間がまだまだ続き、真っ青になってそれを耐えた。
風呂から出ると、身体と髪を拭かれ、唇に保湿剤を塗り込まれる。
「はぁ、もういい? 限界。……身体を触られるのあまり好きじゃないんだ」
「えぇ、そうでしたわね。よく我慢なさいました。では鏡をどうぞ」
しれっと文句を受け流して女人はコバに手鏡を渡した。その鏡に映った自分はどこぞの金持ちの坊ちゃんみたいだと思った。
赤茶色の髪の毛はフワフワになり、よく磨かれた肌はくすみなく肌の透明度が上がっている。
自分の容姿に興味を持った事がない俺ですら、「おぉ!」と感嘆の声を漏らした。
「こんなにマトモになるもんなんだね」
「えぇ」
「……でも、もう二度とごめんだからね」
にこりと微笑む女人に俺は嫌な予感がして、もう一度「もうしないでね!」と声をかけた。
「……では、折角美しくなったのですからお洋服も着替えましょう」
「え!? もう着てるじゃん!」
コバは薄い白いワンピースを着ていた。
「それは肌着ですわ。今日は、その上に洋服を着ましょう。大丈夫ですのよ。全て私共にお任せくださいませ」
「……え!? なんで!? やだよ!」
コバは咄嗟に逃げようと立ち上がったが化粧室の扉の前には召使いの総監督である女人がドンッと立っていた。ぽっちゃり体型の彼女が笑えばそれだけで迫力がある。
「さぁ、どうぞお席にお戻りください」
「……ひぃ、今日はどうして? いつもは俺の自由に……」
年配女性に強く出られると言葉を濁してしまう。ルイーダを思い出すのだ。あの優しい女性を思い出して何故だか強く拒否できない。
じり……じり……と詰め寄られ席に戻されてしまう。
「はは……、俺に高い洋服着せるなんて勿体ないよ」
「いーえ。今のコバ様でしたら全くそのようなことはありませんよ!!」
「ひ……」
◇
着飾った俺は女人に連れられてある一室に連れて行かれていた。
王宮の中をむやみにうろつかないように注意を払っていた。今歩いている通路は普段通らない廊下であった。
「ライが待っているから、そろそろ戻らなくちゃ」
「ライ様でしたら、既にそちらにお呼び致しております」
「ライを……」
嫌な予感がして引き返したい気持ちになったが、ライが既にそちらに向かっているならば腹を括って彼女達に従った。
大きな扉はコバが現れるとゆっくりと開いた。
まず、目に入ってきたのは扉前にいたアトレだ。アトレは俺の恰好に微笑み「さぁ、こちらへ」と中に入るように声をかけられる。
部屋の中には深緑の絨毯に長いテーブル、そして、部屋の中にいる人物たちを見てコバはやっぱりと思った。
その長いテーブルにはケイネス王がいた。
じっと俺を見つめる視線を感じる。
決して目が合わないように注意しながら、ケイネス王の向かい合わせに座っているライの元に駆け寄った。
「クゥ……」
「ライ、お待たせ行こうか」
ライを抱き上げようとするが、ライは目の前の食事を食べたいと視線を向ける。でも、俺がもう一度声をかけると食事から目を逸らした。
「コバ様、ライ様はお腹が空かれているようですよ」
そこにアトレがにこやかに声をかけてくるため、俺は睨んだ。
「嫌だって言ったよね」
「えぇ。ですが、本日は北の国から珍しい食材が手に入りましたので、是非お二人に召し上がって頂きたいとこの場を設けました」
その食材は北の国にしか生息しないキノコだった。食べられる部分が少ないが、食べると絶品。現地の人間でも滅多に食べることが出来ない。芳醇な香りと食感が酒にとても合う珍味だ。
「悪いけど……」
断ろうとすると、ライが再びテーブルの上の食事を見て喉を鳴らせて涎を垂らしている。
「くぅん」
「ほら、ライ様もお腹を空かせております」
「…………ライ」
ライの様子を見て、コバは仕方なく席に座った。
俺への配慮なのか、長いテーブルは10人掛けのようでケイネスと俺たちはかなり距離があった。
俺は子供のようにそっぽ向いて横向きに座った。召使いの一人が声を出して注意しようとしたがアトレが止めていた。
この場で臣下が俺に注意などをすれば、それは不敬になる——そういうことだろうか。
俺の立場は番。王位継承者の第一王子ライ。信じたくないけれど、アトレは今そういう扱いをしている。
一番の不思議はケイネスだ、俺たち二人に全く王宮のことを学ばせようとしないことだ。いや、ライには少しずつ教える手配をし教師などの準備は整えている。
ただ、俺には相変わらずだ。ケイネス王は俺をどうするつもりでいるのか。考えが読めない。
「折角の食事だ。美味しく食べよう」
ケイネスの言葉と共に、ライは食べ始めた。俺も仕方なくそっぽ向きながら食器を使わず手で食べ始めた。
召使いが肩を落としている。そんな周りの視線を無視して食事は進んだ。
「モロ国は穏やかな国民性で我が国とも長く良い関係が築けているんだ」
ケイネスは穏やかな口調で話し始めた。俺から相槌はしない。視線も合わせない。それでも、ケイネスは話しをやめない。
その声を聞いて、これまでの俺の態度を全く気にしていないことが分かった。
「モロ国の国王はね、クマ獣人でいつも晩餐会の時には絶品の鮭料理が出てくるんだよ、君にも……」
「ご馳走様!」
話の最中なのにコバは食事を終えようとした。見ると、コバにしては珍しく半分も食べていない。
「コバ様、お待ちください。メインの食材とこちらのお酒が実に合うのです。退席はそちらを召し上がられた後でもよろしいのではないでしょうか」
料理人の一人が俺に声をかけた。聞くと彼は王宮の総料理長らしい。初めて声をかけられる料理人の姿にコバは興味を持った。
「アンタが作ったの?」
「えぇ。いつもコバ様がキレイに食べてくださって嬉しく思っております」
「いつも? いつもの料理も? とても美味しいです。ありがとう」
料理人に頭を下げお礼を言った。
「…………じゃ、オススメだけもらおうかな」
「はい」
料理人の勧める酒を手に持った。くんくんと酒の匂いを嗅いだ。
「透明な酒。果実酒とは違うね。不思議な匂いがする」
「こちらも北国の酒になります」
コバの不思議な匂いという言葉を聞いて、ケイネスは自分に注がれている酒の匂いを嗅いだ。その瞬間立ち上がった。近づいてくるケイネスに驚いていると、俺の手に持つ酒を奪い取り自分の口に放り込んだ。
「っ!?」
「王!?」
俺は飛び跳ねるようにケイネスから距離を置いた。ライを抱き寄せる。
何が起きたのか分からず俺は後退しながら考えた。
そんなケイネスの周りに臣下の者が集まり彼に水を飲ませ始めた。
「ぐ………」
「王!? 貴方様が飲んでどうするのです!! 水を飲んで吐かれて下さい」
「あ、つ……い」
ケイネスは、身体が熱い……と呟いた。次第に荒い呼吸に変わってくる。
「お、おい」
王は俺の酒を飲んだ。俺の酒に毒でも入っていたのか!?
毒……と考えると身体がブルリと震え頭の血がサーと下がった。ケイネスに近づき手が伸びる。だかその手はアトレに掴まれた。
「ここにいては危険です! 急いで逃げてください」
「え?!」
「ぐるぅううう……!!」
大きな唸り声だ。動物の声。その声に振り向いた瞬間、アトレの上にケイネスが飛び乗り地面に叩きつけた。さらに馬乗りになり殴りつけようとする。
「ひっ!!」
尻持ちをついた俺はケイネスの変わり様に悲鳴をあげた。彼の瞳孔は散大しており、美しい毛は逆立っていて興奮状態にあることが分かる。
「お、おいっ!?」
その時、召使いの一人がコバを立ち上がらせ、そしてライはもう片方の女人が抱き上げた。
「部屋の外に出るのです。あの酒は……ひぃ」
アトレを殴りつけたケイネスが今度は召使いを睨んでいた。アトレを見ると将軍ともあろう者が王に殴りつけられ失神していた。
ケイネスはふらりと立ち上がった。騒ぎを聞きつけた兵が急いでケイネスの周りに集まるが、興奮状態の彼は兵が止めるのも聞かず、俺に一直線で向かってくる。その迫力、押さえる兵よりも力が強く、どんどん距離が近づいてくるのを俺は呆然と見つめた。
「コバ様っ!! お逃げになってくださいませ!」
女人に声をかけられて、ハッとした。ライを目で追うと、既に別の女人によって部屋を離れたようだ。
急いで部屋を出ようとした。
だが、後ろを少し振いた時には、大きな影がコバを覆った。
「——————……」
「ぐるぅううううう……」
「コバ様お逃げください!!」
兵と召使い達の悲鳴が聞こえる。
はぁ~、はぁ~……と大きな呼吸。焦点が合わない視線。胸が異常に痛くなるのを感じた。
ケイネスは俺の肩をグッと掴んだ。
「……」
しかし、アトレのように押し倒されなかった。ケイネスはズルズルと俺の身体をなぞりながら足元に蹲った。
見ようによっては王が俺に首を下げて懺悔しているようにも見えた。その場にいる者が違う意味で息を飲んだ。
「っ!」
コバが後ろに下がろうとした時、足首を掴まれた。これでは逃げられない。
逃げられないと思っているのは焦っていた俺だけだ。本当は掴んでいるのか触れているのか分からないほどの力だった。
「ア、アンタ……何してんだ……」
蹲って反応のないケイネスに思わず声をかけた。
「……」
「離せよ……、俺を解放してくれ。俺はアンタとは……」
すると、ケイネスが何かを言った。かすれた声で聞きとりにくかった。ルムダンの時もそうであったが、今度はちゃんと聞こえた。
「わたし……の名は、ケイネス・アウグスト」
「…………」
「君の名、は……?」
何を言っているのか、もう既に互いの名を知っているのに。
ケイネスは顔を上げた。
やはり興奮している。目元も頬も紅く肩を上下させるほど呼吸は大きい。先程は焦点が定まらなかったのに今は真っ直ぐ俺を見つめている。
「……………コバ」
「コバ……、良い、名だ」
「…………」
俺は腰が抜けたようにその場に座り込んだ。
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