獣人王の想い焦がれるツガイ

モト

文字の大きさ
上 下
10 / 35

モロ国

しおりを挟む
 ※ 前半、ケイネス視点  後半、コバ視点
【ケイネス視点】

「何故だ!」

 報告書を読み、乱暴に机を叩いた。
 小国のルムダン。しかも限られた場所であると言うのに一向に彼の存在を見つけられない。

 赤色の髪にターコイズブルーの瞳、この容姿はルムダン国では凡庸な容姿なのだろうか。

 商人街でそのような特徴を持つスラム街の男が暮らしていたと言う情報は入るが、どれも曖昧な供述であった。
 そして、つい数刻前に、そのような特徴を持つ人間の死亡届が出されていると役人から報告を受けたばかりだ。

「これ以上、ジッと待っておけぬ」

 我慢の限界だった。周りの者が止めるのも聞かずに王宮を出ようとする。

「王よ、まだ本人と決まったわけではありません!」

 勿論、番が死んだなどと一切信じていない。もしそれが本当であれば自分は発狂してしまう。そう思った。
 あの美しい瞳がもう二度と見れないなどあってはいけない。

 ゾッとするような恐怖が襲ってくる。
 自分を宥めようとするアトレを無視して、馬に乗る。旅の準備もせず出ていくその様子は我を忘れているようだ。

「ケイネス様! お待ちください!」

 門番に門を開けさせるよう命ずる私を必死に止めるが、感情が抑えきれない。
 門が開いた時だ。一羽の白い鳥が飛んできた。その鳥の足には白い紙が括りつけられている。

「はっ、ケイネス様! サハンから報告が参りました!」

 アトレは、鳥の足に括りつけられた紙を開き読み上げる。

『番様は生きております。その名はコバ様。コバ様を知る者を見つけました。今その者と帰国しております』

 アトレがその報告書を読み上げると、私は動きを止め馬でくるりとの彼の方へ向かい、その報告書を手に持った。

「コバ……、番の名はコバと言うのか。よかった、生きていたか、生きているとはどのような状況なのか。健康に暮らしてくれているのだろうか。サハンめ、報告が遅いではないか」

 番の安否が分からず、恐怖で血の気が引いていた全身に血の巡りを感じる。
 番が生きている。
 生きていれば再び会える。その希望に再び目を輝かせた。

「全く手掛かりのなかった捜査にようやく希望の光が見えましたね」
「あぁ。まずはサハンを待とう」






 ◇◇◇【コバ視点】




「ん~! いい天気だなぁ!!」

 俺は晴れた空に背伸びをした。
 体調はすこぶるよく身体も動く。大きな樽を肩に乗せながら石畳の街を歩く。
 辺りには点々と市場や店が並んでいて、田舎の港街だが活気がありそれなりに人が行き交う。

「コバちゃん、今日もちっちゃいのに元気いいな! 店の手伝いか?」

 声をかけたのは市場の商人だ。

「うん。クマのおっちゃんも元気そうだな。また、俺に何か手伝うことがあれば言っておくれよ」

 市場の商人は黒い毛に覆われたクマの獣人だった。俺の倍以上の大きさの獣人にも怯えることはない。慣れた様子でクマの獣人と会話して、また別の獣人にも声をかけられた。

「コバちゃん! ちっちゃいねぇ!! また店に遊びに行ってもいいかい?」
「うん!! 是非来てくれよ」

 港町には、様々な種族が混合して生活していた。人間が7割、獣人が3割程度だろうか。俺が歩くと、様々な獣人が声をかけてくれる。

 ルムダン国から出たそこは、本当に別世界だった。ルムダンの街医者が言ったことは夢物語じゃなくて本当だった。
 赤いレンガ調の店前で大きな樽を下ろした。すると、カランとドアベルを鳴らして店の中から女店主が出てくる。

「おや、まぁまぁ、そんな重たいもの持つものではありませんよ」
「ルイーダさん、こんなの重たいうちには入らないよ。楽勝だ!」

 コバがルイーダと呼ぶ女店主は白髪交じりの女性だ。足腰が強くなく彼女の手には杖が持たれている。しかし、彼女が作る甘い焼き菓子は絶品だと街中で評判であった。
 今、俺はこのルイーダの屋敷で暮らしていた。

「もう。コバちゃんったら、働きすぎですよ。いけませんよ!」
「いーや、それはお断りだ! 世話になっているからにはそれなりに働くぜ!」
「もう、頑固なんだから」

 俺とルイーダはふふっと笑いあった。それから慣れた様子で樽を店の中に入れ、彼女の店の掃除を始めた。

「コバちゃんが来てくれてもう一年経つわね」
「うん」

 うん。と頷きながら、一年は早いものだと感じていた。
 つい先日、スーリャと医者にルムダン国から見送ってもらったような気がする。





 一年前。
 手筈通り、貨物船に乗り込みルムダン国を出た。風向きも天候もよく、その貨物船は僅か四日で大国に着いた。

 到着した港はモロと言う東の国だ。スビラ王国はこのモロ国を超えた先にあった。そこまで馬車で1週間程揺られれば到着する。

 揺られれば……。

「う。うぷっ、おえ。キモチワル……」

 医者に貰った地図を見ながら、とりあえず馬車を探そうと思うが気分が悪い。
 慣れない船旅で酔っていた。もう二度と船には乗りたくない気分だった。立って歩くまでに回復せず路上に座って休憩していた。

 その時、人影が俺の前に止まった。

「貴方、ずっと座っていらっしゃるけど大丈夫?」

『貴方』『いらっしゃる』……コバには聞き慣れないが知っている言葉で話しかけられて驚きながら顔を上げた。上品な貴婦人だ。

 それがルイーダとの出会いだった。
 ルイーダは俺を見て「あら。こんな子供が一人なのかしら?」と驚いた。

 ルイーダは白い髪の毛を編み込みでまとめ、ひらひらとしたレースの高そうな服を身にまとっていた。
 ルムダン国では身分の低い人間に、こんな高そうな服を着た人が簡単に話しかけたりはしない。

「気分が悪いのね。どこか宿をお借りしましょうか?」
「えぇっ、いや、アンタ、マジなの? 詐欺?! ──あっと、いや。いいです、ごめんなさい。あんまり敬語上手くなくて」

 詐欺だと言ってみたが、目の前の女性はそんな風には全く見えない。本能的にこの人はそういう匂いがしない人だと気付いて言葉を改める。

 女性はふふふっと笑う。

「良かったら、この先に私のお家があるのよ。そこで休憩されたらどうかしら」
「えーっと」
「休憩した後、私のお話相手になって? 美味しいお菓子もあるわ」
「はぁ……」

 きゃっきゃと少女のように話すルイーダ。
 彼女の好意に甘えてほんの一息休憩させてもらうつもりだった。

 ほんの一息……そのつもりが、今だ。彼女の家に暮らしていて店を手伝っている。






「あ、ライちゃんが来たわ。いい子に待っていたのよ」

 感傷に浸っている俺にルイーダは声をかけた。彼女の足元にはモフモフとした生き物がこちらを見上げていた。
 俺が笑うとそのモフモフは喜んで俺の足元に駆け寄ってきた。
 スビラ王国に行かず彼女の元で暮らしているのは、俺の足元にくっつくフワフワモフモフの存在が原因でもあった。

 俺が動けばそのモフモフも動く。仕事だよと声をかけない限り、モフモフはいつも傍にいる。

 俺は、モフモフの物体を腕に抱き上げた。
 目がくりっとしていて4足歩行、フワフワモフモフの毛並み、丸い耳、そして尻尾。猫より大きく太い足。

「ライ、お待たせ。何して遊ぼうか」
「くぅ」

 モフモフの名はライ。見た目は獅子だけど獣人だ。とても賢く、言いつけをよく守る。獣人の成長をよく知らないが、一年たった今も両手の中に収まる小さいサイズだ。

 そして、ライは俺が産んだ子供だ。


 ルイーダに誘われた一年前のあの日、彼女の家で突然陣痛が始まり、そのまま出産してしまったのだ。医者が予定していたよりずっと早い出産だった。

 だけど、俺はとても運がよかった。子供を産んですぐにルイーダが「なんて可愛いんでしょう。こんな可愛い子は初めて見るわ」と大袈裟なほど喜んで祝福してくれたからだ。

 その彼女の様子に俺はとても救われた。
 そして、そんなルイーダに事情を全て話したくなった。

 自分は、ルムダン国からやってきた先祖返りの獣人。
 ルムダン国は獣人を受け入れておらず獣人の子を身籠った自分は、補償制度のあるスビラ王国に行く予定であることを伝えた。

「そう。貴方頑張ったのねぇ。でも、少し休んでもいいんじゃないかしら。うちにいらっしゃい。結婚して出て行った息子たちの部屋があるわ」
「……」

 頑張ったと褒められたい人はルイーダではないと思った。
 けれど、言われたかったその一言に心が温まり、彼女に頭を下げた。

 ルイーダは一人暮らしで淋しかったから丁度良かったのだと笑って迎えてくれた。

 しかし、無償でとは流石に申し訳なく彼女の店で働かせてもらっている。
 一生懸命過ごしていたから、いつしか街中でよく声をかけてもらえるようになった。気さくな街の人達。ルムダン国と違って、ここにはスラム街が存在しない。

 素敵な国だ。
 ルイーダという優しい人が育つ優しい国だと思った。
 でも、俺はもう少しライが育ったらスビラ王国に移るつもりでいた。

 金儲けがしたかった。
 少しでも早く金を稼いで、スーリャに返したい。
 そして、いつか、もっと金を稼いで自立したかった。

「ライ」

 ライのフワフワの毛並みを撫でると心地よさそうに目を瞑る。

 この子もいるし、一生懸命がんばらないと!

 俺は宝物を胸に抱いた。
しおりを挟む
感想 48

あなたにおすすめの小説

急に運命の番と言われても。夜会で永遠の愛を誓われ駆け落ちし、数年後ぽい捨てされた母を持つ平民娘は、氷の騎士の甘い求婚を冷たく拒む。

石河 翠
恋愛
ルビーの花屋に、隣国の氷の騎士ディランが現れた。 雪豹の獣人である彼は番の匂いを追いかけていたらしい。ところが花屋に着いたとたんに、手がかりを失ってしまったというのだ。 一時的に鼻が詰まった人間並みの嗅覚になったディランだが、番が見つかるまでは帰らないと言い張る始末。ルビーは彼の世話をする羽目に。 ルビーと喧嘩をしつつ、人間についての理解を深めていくディラン。 その後嗅覚を取り戻したディランは番の正体に歓喜し、公衆の面前で結婚を申し込むが冷たく拒まれる。ルビーが求婚を断ったのには理由があって……。 愛されることが怖い臆病なヒロインと、彼女のためならすべてを捨てる一途でだだ甘なヒーローの恋物語。 この作品は、他サイトにも投稿しております。 扉絵は写真ACより、チョコラテさまの作品(ID25481643)をお借りしています。

獣人公爵のエスコート

ざっく
恋愛
デビューの日、城に着いたが、会場に入れてもらえず、別室に通されたフィディア。エスコート役が来ると言うが、心当たりがない。 将軍閣下は、番を見つけて興奮していた。すぐに他の男からの視線が無い場所へ、移動してもらうべく、副官に命令した。 軽いすれ違いです。 書籍化していただくことになりました!それに伴い、11月10日に削除いたします。

義弟の婚約者が私の婚約者の番でした

五珠 izumi
ファンタジー
「ー…姉さん…ごめん…」 金の髪に碧瞳の美しい私の義弟が、一筋の涙を流しながら言った。 自分も辛いだろうに、この優しい義弟は、こんな時にも私を気遣ってくれているのだ。 視界の先には 私の婚約者と義弟の婚約者が見つめ合っている姿があった。

君は番じゃ無かったと言われた王宮からの帰り道、本物の番に拾われました

ゆきりん(安室 雪)
恋愛
ココはフラワーテイル王国と言います。確率は少ないけど、番に出会うと匂いで分かると言います。かく言う、私の両親は番だったみたいで、未だに甘い匂いがするって言って、ラブラブです。私もそんな両親みたいになりたいっ!と思っていたのに、私に番宣言した人からは、甘い匂いがしません。しかも、番じゃなかったなんて言い出しました。番婚約破棄?そんなの聞いた事無いわっ!! 打ちひしがれたライムは王宮からの帰り道、本物の番に出会えちゃいます。

助けた竜がお礼に来ました

コプラ@貧乏令嬢〜コミカライズ12/26
BL
☆6話完結済み☆ 前世の記憶がある僕が、ある日弱った子供のぽっちゃり竜を拾って、かくまった。元気になった竜とはお別れしたけれど、僕のピンチに現れて助けてくれた美丈夫は、僕のかわいい竜さんだって言い張るんだ。それで僕を番だって言うんだけど、番ってあのつがい?マッチョな世界で野郎たちに狙われて男が苦手な無自覚美人と希少種の竜人との異種間恋愛。 #ほのぼのしてる話のはず  ☆BLランキング、ホットランキング入り本当に嬉しいです♡読者の皆さんがこの作品で楽しんで頂けたのかなととても励みになりました♪

番から逃げる事にしました

みん
恋愛
リュシエンヌには前世の記憶がある。 前世で人間だった彼女は、結婚を目前に控えたある日、熊族の獣人の番だと判明し、そのまま熊族の領地へ連れ去られてしまった。それからの彼女の人生は大変なもので、最期は番だった自分を恨むように生涯を閉じた。 彼女は200年後、今度は自分が豹の獣人として生まれ変わっていた。そして、そんな記憶を持ったリュシエンヌが番と出会ってしまい、そこから、色んな事に巻き込まれる事になる─と、言うお話です。 ❋相変わらずのゆるふわ設定で、メンタルも豆腐並なので、軽い気持ちで読んで下さい。 ❋独自設定有りです。 ❋他視点の話もあります。 ❋誤字脱字は気を付けていますが、あると思います。すみません。

番が見つけられなかったので諦めて婚約したら、番を見つけてしまった。←今ここ。

三谷朱花
恋愛
息が止まる。 フィオーレがその表現を理解したのは、今日が初めてだった。

レプリカント 退廃した世界で君と

( ゚д゚ )
BL
狼獣人×人君がおりなす異種間恋愛物長編 廃墟で目覚めた人の子。そこで出会った、得体の知れない。生き物。狼の頭をした人間。 出会い。そして、共に暮らし。時間を共有する事で、芽生える感情。 それはやがて、お互いにどう作用するのか。その化学反応はきっと予想できなくて。 ――そこに幸せがある事を、ただ願った。 (獣要素強め・基本受け視点のみ・CP固定・くっつくまで長いです pixivでも投稿しています)

処理中です...