獣人王の想い焦がれるツガイ

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コバとスーリャ

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「……スーリャ、いつもお前には世話になっている」
「水くせぇ、何?」

 俺は、着ている服の腹帯を緩めて服をめくった。それを見てスーリャが息を飲んだ。
 元々痩せて肉付き薄い身体、腹だけが膨らんでいた。

「……っ、腹が出てる」
「あぁ、半月前から腹が少しずつ膨らんできた。その前からずっと体調がおかしくてな。吐き気や熱が出るわ、あんまり調子が良くないんだ」

 驚くスーリャにここ数か月の様子を話した。
 膨らんできた腹は、腫瘍か何かの病気だと思う事を伝えた。スーリャの顔がどんどん険しくなって、俺の腕を掴んでベッドに寝かせた。

「もっと早く頼って欲しかった」
「はは」
「笑うな。すぐに医者呼んでやるから」
「ごめん。お前しか頼む奴いなくて……」

 馬鹿野郎! と頭を軽く小突かれた。

「お前が俺にしてくれたこと、俺は一生忘れたりしねぇよ」

 待ってろ! と言いながら、彼は部屋から飛び出した。
 スーリャの血気盛んな様子は相変わらずだと笑いながら、布団の心地よさに目を瞑るとそのまま寝てしまった。



 ◇

 話し声がする。知っている声。
 うっかり眠ってしまったみたいだ。

 薄目を開けると、スーリャが医師を連れて来ていた。いつもは足の音さえ敏感なのに、久しぶりに街に来て疲れていたんだろう。酷く眠い。再び目を閉じて、静かに二人の会話を聞いた。

「なるほど。街一番の美貌のスーリャが慌てて頼ってくるなんざ、よっぽどイイ男が倒れているのかと思いきや、そうか。コバか」

 スーリャが連れて来た医者は、街医者だ。丸い眼鏡をかけて猫背の男はどこか怪しく胡散臭い。だが、経験豊富であらゆる分野で精通している。金さえあればスラム街の人間だろうとドブネズミだろうと診てくれる。

「相変わらず痩せてんなぁ。どれ……」

 医者は、ベッドに寝ている俺の服をめくった。膨れた腹部を触診し、脈拍や全身状態を観察する。そして聴診器を腹部にあてた後、固まった。

「……これは」
「な、なんだよ!? コバ……大丈夫なのか!?」

 沈黙する医者にスーリャは動揺した声を上げた。

「治せる病気だろう? 金はあるんだから大丈夫だぜ! 街一番の売れっ子が言うんだから、な!? 医者、早く治してやってくれよ!」

 スーリャの慌てた声に、医者が変わったことを言う。

「コバは女じゃないよな」
「は? 当たり前だろう」

 医者は俺の服を整えた。

「じゃ、コバは獣人だ。男で妊娠出来るのは獣人しかいない」
「は? なにそれ、獣人?」
 
 ルムダン国には獣人はいない。獣人は物語の中の生き物に過ぎない。だが、医者は獣人がいることを知っていた。二足歩行で人間と同じように火を使い、文字を作り文化を築く。だが、動物と人間が合わさった身体は人間よりもより複雑だ。
 スーリャは信じられないと呟いた。

「コバはどこもかしこも人間だ。子供の頃からの付き合いの俺が一番知っている。って、藪医者め、妊娠ってなんだよ!」

「正しくは獣人の血を引く先祖返りだろう。見た目は人間。だが、内臓器官などは獣人の作りだと言う事だ。そうでなければ男が妊娠など出来ない────心音を確認した」


 心音。
 それを聞いてスーリャは黙った。
 流石に眠っていられなくて再び目を開けた。横でスーリャが血相を変えている。

「マジだって言うのかよ……妊娠と言う事は、コバに乱暴を働いた畜生がいるということだ!  優しいコバになんてことしやがるんだ。許せない!」

 スーリャの言葉に医師が落ち着くように声をかける。

「済んだことを言っても仕方ない。この腹の子をどうするかだ」
「それは……」
「もし、獣人の姿をした子ならば、この国では暮らせない。それに男が妊娠しているのがバレた時点でコバ自身も閉鎖的な国では暮らしてはいけないだろう」

 スーリャが医師の言葉に詰まらせて俺の方を振り向く。俺が目を開けて話を聞いていることに気が付くと泣きそうな顔になる。
 俺はへへへっと笑った。


「────なぁ、先生、俺が獣人って本当か?」

 俺がベッドから起き上がろうとすると医者が背中を支えてくれる。

「先ほど聞いていたか。そうだ。お前の場合は特徴を持たない先祖返りだ。そういう者もたまに生まれるが大抵は獣人だと気付かず過ごすもんだ」

 医者もルムダン国民なのに、随分と獣人に詳しいようだ。その様子に首を傾げる。

「俺が獣人に詳しいのが不思議と言う顔だ。それは、この目で見たからな」
「……え?」

「ルムダン国も医療の衰えだけは避けたいようで、医師を目指す者は大陸で勉学する許可がおりるんだよ。大陸に渡った若い頃の俺は、目の前に獣人が沢山いるのに、そりゃもう驚いたさ」

 若い頃の医者は大陸に渡った。大陸にはありとあらゆる種族が共存していた。獣人も沢山いた。大国の文化も医療もルムダン国より遥かに発達していた。そして彼らは鎖国しているルムダン人にも親切に知識を分け与えてくれた。
 その国で、医者は医学以外にも様々なことを学んだそうだ。

「大国には、当然混じった人間が生まれることも多い。だが、なぜ人間の国ルムダンでコバのような獣人がいるかについてだ」

 医者は本棚から一番小汚い本を取り出して来た。文字を読めないスーリャと俺の代わりに医者はその本を読みだした。

【遥か大昔、大陸は一つであったが地殻変動により土地が分裂した。この土地に国が出来るまで、大勢の獣人が住んでいた。だが、人間は自分の種族を守る為に、この土地を人間の国と定めて獣人を追い出した。そして人間だけの国ルムダンが出来た……】

 ルムダン国がなぜこうも閉鎖的であるのか、それは、島国だけの問題ではなかったのだ。
 だが、獣人の話は納得した。自分は運動神経が他の人間よりとても優れていた。他の人とは何か違うとも思っていたのだ。

「そっか。なんかスッキリしたよ」
「……コバ、お前のその様子で分かったが、産むつもりでいるな?」

「うん。山で一人で産むよ!」

 ルムダン国はとても生きにくい。でも、山は自由だ。
 例え俺が獣人で生まれてくる子供も獣人でも、バレなければいいんだ。
 一人が二人に。そう思うと最近憂鬱で沈んでいた気持ちが明るくなってくる。

「いや、お前は獣人だ。この国から出ていけ」

「はぁ!? この藪医者!! テメェ、身重のコバになんて酷いこと言うんだ!!」

 スーリャが医者の腰をドカリと蹴って、コバの手を握った。

「コバ、俺がいるからな! 大丈夫だ。金を送るし山に会いに行くよ!」
「スーリャ」

 その言葉に嬉しくてへへへっと笑う。そんな二人に医者が、ちゃんと聞けと溜息をついた。

「あのなぁ、何も俺は意地悪でそう言ったんじゃない。獣人には獣人が住みやすい国がある。ルムダン国だとその子もお前も見つかれば危険だ。でも獣人がいる国ならお前もその子ものんびり暮らしていける」
「……」

 いつも山から見る海の向こうの島を思い浮かべる。
 あの島に獣人が……。

「いいか。ここから大事な話だ」


 医師は話を続けた。
 大陸には一日一回往復している貨物船がある。医師の伝手でその貨物船に乗れるよう手配してくれるそうだ。
 港町についたら馬車で大陸を横断し、中心部にあるスビラ王国に入国するように伝えられる。平地が続いているためスビラ国までは1週間程で着くそうだ。


「スビラ王国は難民の受け入れをしている。子供がいる親には保証がある。コバでも十分に暮らしていける。ここでは有り得ないが向こうでは一般市民としても働けるぞ!」

 俺は、スーリャと顔を見合わせた。

「……ぷっ、あーはっは。医者、それ騙されてるぞ!! そんな夢物語な国あるわけないだろう!」
「いくら俺らだからってからかいすぎだって! はははっ!」

 医者の話を黙って聞いていたが、有り得ない話に二人は大笑いしてしまう。
 そんな国があるわけがない。国には金を払うのが義務で逆はない。それが、この二人の国への印象だ。

「あるんだよ。そんな豊かな国が」
「……」

 医者はからかっている様子はなく、二人も笑うのをやめた。

「ふぅん、笑って悪かったよ。——……でもさ、俺にはそこに行く金はないよ。今日生きていくだけの金で精一杯なのに、二週間以上も旅が出来る金がどこにある? 先生も知っているだろう」

 この話はおしまい。
 なんらかの病ではないと聞いて、コバの憂鬱な気分がなくなった。

 病は気から。と言うのは本当だな。

 ベッドから立ち上がろうとするのを、スーリャが止めた。

「医者……、ルムダン国でコバとコバの子が暮らすのは難しいか?」
「スーリャ、もういいよ」

「ここで生きてどうする。小さい子にずっと孤独を背負わせるのか」
「……」

 医者の一言に俺は固まった。
 折角浮上した気持ちが沈む。

 俺にはスーリャがいた。一人ぼっちだったけど、独りじゃなかった。それに里にも優しい人達とやり取りが出来た。

 でも、獣人の見た目だったら、それが出来ないんだ。どうしよう……。どうしたらいいんだ。


 その時、ポンッとコバの肩をスーリャが叩いた。

「大丈夫だ。金なら俺が出してやる。お前はスビラって国へ行け」
「スーリャ、何を言ってるんだよ!? お前だって生活があるじゃないか」
「蓄えがあるんだ。この街で一番人気のスーリャ様を見くびんじゃねぇよ!」

 でもと言うと、でもはなし! と話を遮られた。それでも、彼に大金を払わせるわけにはいかないと首を振る。


「コバ、スーリャはお前なら払うと言っている。スーリャの気持ちを汲んでやれ」

 医者がこの話を持ち掛けたのは、スーリャの目の前だからだろうか。スーリャなら金を自分に払うと思って……。

「行け! コバ」
「スーリャ……」

 そう背中を押してくれる。昔からスーリャだけは自分と一緒に苦しんでくれた。
 信じられないが、スーリャの決意は既に固まっている。

「絶対、返すから」
「あー、半分くらい返してくれ」
「……うん……うん!」

 頷くと、二人して抱きしめ合った。

「お前達を見てると百合見てるみたいで悪くないねぇ」
「は!?」

 医者が下品なことを言って笑ったが、次には表情を変え、俺の周産期の状態から安全に渡航できる期間が迫っていることを告げた。

「明日か明後日かに国を出ろ」
「————……」


 そうして、次の日。
 俺は貨物船に乗り、スーリャに大きな恩を感じながらこの国を出た。


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