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英雄の一時の安息。
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10年前、ドク国は内戦続きだった。
この田舎町も戦場と化したことが一度あった。
銃撃が降り注ぐ中、当時12歳だった俺は母と離れ離れになったことがあった。
一人恐怖の中、瓦礫に身を隠していると、目の前で銃弾に打たれ人が倒れた。彼は生きていて、傷だらけで匍匐前進している。まだまだ銃が鳴りやまない。
見殺しすることが怖くて瓦礫の影から出て、その彼の身体を引っ張り、再び瓦礫に身を隠した。
「はぁはぁ……、アンタ大丈夫?」
彼の身体は両手両足血まみれだ。すぐに止血してあげたいけれど身を隠すのに精一杯で出来なかった。
銃声が一度止むと、俺はぐったりしている彼を引きずって家の地下室へと逃げ込んだ。当時、母に何かあったら、ここへ逃げなさいと教え込まれていた。
暫く過ごすだけの備蓄はあった。二人用。母と自分の分。
母がすぐ来るはずだと信じた。きっと母も傷ついている人がいれば同じ事をするはずだ。
連れて来た男を寝かせ服を脱がせた。傷の手当なんて知らない。ただ、こんな時代だから怪我人を見ることが多く、見様見真似で手当てをした。
その日、男の意識は戻らなかった。だけど、次の朝には目覚めていて、横で寝ている俺を見つめていた。
「ありがとう」
お礼をちゃんと言える人だった。傷だらけで身体中痛そうだけど、俺が起きるまで唸り声も上げずに静かにしてくれている。
何より、彼の目がちゃんと俺の事を見ていて、この人を助けてよかったと思った。
事情は聞かなかった。敵か味方かなんて聞いても仕方がない。俺は子供で、子どもだから知らなかったとやり過ごせばいい。
大した治療は出来ないが、出来るだけ男の身体を清潔に保った。戦争に行った父の服を男に着せる。母が見たら嫌がるだろうか、それとも同じことをしただろうか。
物音の静かな日だった。配給を貰いに俺は地下室から出ると、街で手配書が配られていた。
この人物を探している。
そこに俺が地下室で囲っている男の似顔絵があった。
革命軍の総指揮者、シガー・ナイツ。
「おい、そこの女、こんな金髪の男を見かけたら直ちに連絡しろ」
「……はい」
女と呼ばれたのは俺のことだ。痩せていたし身長も低く、髪の毛も長く一つに括っていたから女と間違われることが多かった。
俺は配給のビスケットを貰って地下室がある家へ戻ろうとした。どうしようか、彼を匿っていることがバレると自分も身が危ない。このまま彼を引き渡そうか……。
「おかえり」
シガーは、横になったまま顔だけ俺に向けた。
動けない彼をどうやって外に運ぼうか……。いや、ここにいると報告すればいいのだろうか。
迷っていると、罪悪感が広がっていく。
「君、大丈夫かい?」
彼が心配げを俺を見た。
「…………お兄さん、シガー・ナイツって名前なのですね」
シガーは怒るわけでもなく苦笑いをした。状況を把握したのだろう。
「あぁ。そうだよ。動けないから逃げようがない。そのまま報告すればいい」
「……分かりません。お兄さんは悪者ですか?」
内戦続きでどこの軍が敵なのか味方なのか、正直、戦場にいる子供には分からない。ただ、せっかく助けた命なのにと思った。
「さぁ。でも、このまま革命できずに終われば極悪人だ」
「……」
俺は結局、彼を匿った。
彼を突き出さなかったのは、彼の正体を聞いたその後に「君に危険が及ぶといけない。俺の事は忘れてくれ」と言った言葉に何か感じたのかもしれないし、そうじゃないかもしれない。
「君はどうして?」
シガーが不思議そうに尋ねて来た時に、「子供だから分かりません」と答えた。
それから、外で誰に聞かれてもわからないと答えた。
彼と過ごして3週間たった日、母が足を骨折し街の病院にいる知らせが入った。二日後には退院できるそうで迎えの準備をしなくちゃと喜んだ。
彼も静かに微笑み「良かった」と言った。
「……そろそろ行くよ。こんなに安心して眠れた日々はなかった」
シガーは立ち上がっていた。たった3週間で回復出来る傷ではない。だが、しっかりした足取りだった。
「ありがとう。君の名前を教えて欲しい」
「大人になるまで無事だったなら、その時教えます」
「では……、必ず会いに来るよ」
その言葉を最後に、彼はこの街を出た。
俺は母親と再会し、静かに暮らした。
暫くすると、シガー率いる革命軍が勝利したと情報が入った。
戦争のことはよく分からない。
けれど、女子供が歩けるようになり、店を持つことが出来るようになった。
彼は間違いなく英雄様だ、と俺は心の中で思った。
◇◇◇
シガーの噂話をする女性客がいなくなった後、カウンター席に残されたカップを片付ける。今は店内には客はいなくて静かだったので独り言ちた。
「……会いに来てくれて嬉しかったのに、女の子だと思われていて、すっかり言えなくなっちゃったなぁ」
出会った時、俺を見て赤毛の女の子を探していると言った。
女の子……しかも、想い人だと噂になっていた。
ならば、俺が男であることを伝えるのは酷なのではないだろうか。
……がっかりされる顔を見たくはなかった。
だけど、早めに言っておけば良かったと今更ながら後悔している。
俺は同性愛者だ。魅力的な彼に惹かれつつある。
はぁ、と溜息をついた時に、店のドアの鈴が鳴る。
「いらっしゃいませ」
「こんにちは、マスター」
店に来たのは、シガーだった。その隣には女性がいた。彼が女性と一緒に店に入る事は初めてだ。
女性に目を向けると見知った顔だった。確か以前この店に来て、シガーが何時頃にこの店に通うのか教えて欲しいと言ってきた一人だ。勿論、客の情報を教えるわけがなく丁重に断ったけれど。
「偶然、シガーさんがこの店に入るのを見かけちゃってぇ」
「……」
なるほど、待ち伏せ……か。
シガーは無表情で感情が読み取りにくいけれど、いつもの雰囲気とは違うように感じた。
二人が話している姿を見てお似合いだと思った。
格好いい彼にはこういう美女が似合う。
「えー。もう行っちゃうの?」
甘える女の子の声が店内に広がる。シガーは「都合がある」とキッパリ言って店を出た。
それから店じまいの時間にシガーが再びやって来た。
「あれ? いらっしゃいませ」
「少し、いいだろうか」
店じまいの時間だけど、客がいる限り店は開けている。
「はい、席にどうぞ」
「あ、いや。この後、用事がなければ、一緒に飲まないか?」
飲みに誘われてしまった。
「用事はありませんが……」
用事はありませんが、誘う方を間違っていませんか? 少しやさぐれた気持ちでそう思ってしまう。
「そうか、では、行こう! ぜひに!」
「えっと」
「嬉しいよ!店の外で待っている!」
ご、強引だな……。
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