18 / 25
18.再更新お待ちしております
しおりを挟む
浮気じゃないけど、浮気現場を見られた奴の気持ちが分かった午後7時過ぎ。
別の予定があると言うSEIは一足早く俺達から離れた。
去り際に、小悪魔SEIが俺の耳元で小声で「後はふたりで、ごゆっくり」と囁いた。
「……」
不機嫌な八乙女と二人っきり。
お試しとはいえ、別れたばかりの奴と食事なんて出来る訳がなく、俺達もすぐにファミレスを出た。
そこで解散かとおもいきや。突然の雨。
不運の連発に今日という日を呪う。
「車なので、送っていきます」
「いえ、おかまいなく。駅は近いので、歩いて」
「あの人とは、随分近い距離が“普通”なんですね」
おいおい。今日はやけに“普通の距離”を押してくるじゃんか。
でも確かに、客と腕を巻き付いて歩くっておかしいよな。
SEIは親しい客だから、自分でもちょっと距離感バグっていた。
八乙女には“公私混同するな”と説いていたのに罪悪感が芽生える。
「車とってきますので、ここで待っていてください」
「あ、八乙女さ……」
「逃げたら許しませんよ」
凄みある声で睨まれて、「はい」と頷くしかできず、俺はしぶしぶ彼の車に乗り込んだ。
車の中が煙草臭い。
八乙女は雨が降っているのに、少しだけ窓を開けた。
以前乗った時は、車の中、煙草の臭いはしなかったのに……
臭いに気を取られていると、曲がる区画とは違う方向へ進む。
近道でもあるのかと思いきや、ぐるりと一周遠回りしている気がする。
────え?
信号待ちしていると、彼の左手が俺の右手を絡まる。
え、なんで?
俺は目を見開いて、八乙女を見た。
「あの人とは腕を組んで身体を密着させてベタベタしていた。なら僕が手くらい繋いでもいいはずですよ」
「いやいや!? 何を張り合おうとしているんですか。それにSEIは年下ですし、何かと世話を焼きたくなるタイプというか」
「僕も貴方より一つ年下です」
「そんな子供……ぽ」
八乙女の指がスライドして手のひらを撫で始める。
「な、な、何して!? だ、ダメですよ!」
「どうしてですか。手だけですよ。僕は手だけ」
視線は進行方向を向きながら、苛立ったように早口。
「ど、どうしてって別れ──ひぃ!!」
八乙女が急にハンドルを切って、方向転換をした。車内は大きく右に揺れる。
ガードレール、スレスレで心臓がバックバク跳ねる。
「道間違えました。遠回りになりますねぇ」
「えぇえ!?」
交差点には目印となる大きな看板がある。普通、間違えるか?
「わざとですよね」
「そうです」
そうですって……
「──呆れた。ならもう、お好きにどうぞ。今日は子供っぽい気分なんですもんね」
ずっと刺々しいから俺だって嫌味で返す。
今日は仕事じゃないし。
八乙女の眉がピクリと動いて、ヤベッと黙ると、高速道路の入り口で。
ビュンビュン高速で車を飛ばされて、向かった先が真っ暗な海だった。
そこは雨は降っていなかったので、車から出るとサスペンスドラマに出て来そうな崖の上だ。
突き落とされたらミジンコだ。
ドキドキしたけど、単に見るだけ。
「七生さんはブラックでしたよね」
ポツンとある自販機で、八乙女は珈琲を買って、俺に手渡してくれる。
「もう“お試し”は終わったので、代金払います」
「いりませんよ」
「っ、でも俺だって受け取ることはできませんよ!……だって、俺は運命じゃないですから!」
自分の内心に突っ込むように言ったから、思わず声が大きくなった。
今日の様子から、まだ八乙女は俺の事を運命だと勘違いしている。
だから、ちゃんと言わなきゃ。
「八乙女さんはアルファだから、運命の番はオメガです! 俺じゃない人ですよ……あっ!」
八乙女は俺の手から缶コーヒーを奪った。それを飲んでゴミ箱に入れた。
「うわっ、くれるんじゃなかったんですか!?」
この人、素はこんなに子供っぽいのか?
「もう運命は言いません」
「え?」
「言いませんよ」
あんなに運命に執着していた男の一言に目を見開いた。
────?
なんか、胸が痛む。
おいおい、なんで胸が?
ズキンズキン。
また。
八乙女を見て、胸が痛い……?
ここで俺が傷つくのは、全く違うのに、胸が痛い。
「……っ、八乙女さん!」
──俺は、パンッと手を叩いた。
「帰りましょう! 俺も八乙女さんやSEIの肌ツヤ見ていたら、早寝したくなりました! 目指せツヤ肌!」
「夜型ですが、昔から肌は荒れません」
「そぉですか。羨ましいですねぇ。一歳だけですが若いからかなぁ?」
笑いながら車の助手席ドアを勝手に開けて乗り込む。
「はははは────……は?」
助手席に座った俺の上に八乙女がぬぅと現れた。驚くけど何のことはない、紳士的にシートベルトを締めてくれただけだ。
「え?」
お……と。
シートベルトを締めたその手が俺の膝。
「二人でまた来ませんか?」
「っと、あ──……、海! 八乙女さんって、海好きなんですか?」
「好きなのは海ではなくて、七生さんです」
「……」
油断して、顔に熱が一気籠る。
「……お、お試し期間はもう終えて」
「はい。再更新お待ちしています」
ご検討宜しくお願い致します。なんて堅苦しいサラリーマンの言い方しているけど、膝に置いている手の位置は厭らしいし、なんなら顔が卑猥だ。
別れを切り出してから二日でぐらつく自分がとても恥ずかしくて、俺は顔を上げられなかった。
別の予定があると言うSEIは一足早く俺達から離れた。
去り際に、小悪魔SEIが俺の耳元で小声で「後はふたりで、ごゆっくり」と囁いた。
「……」
不機嫌な八乙女と二人っきり。
お試しとはいえ、別れたばかりの奴と食事なんて出来る訳がなく、俺達もすぐにファミレスを出た。
そこで解散かとおもいきや。突然の雨。
不運の連発に今日という日を呪う。
「車なので、送っていきます」
「いえ、おかまいなく。駅は近いので、歩いて」
「あの人とは、随分近い距離が“普通”なんですね」
おいおい。今日はやけに“普通の距離”を押してくるじゃんか。
でも確かに、客と腕を巻き付いて歩くっておかしいよな。
SEIは親しい客だから、自分でもちょっと距離感バグっていた。
八乙女には“公私混同するな”と説いていたのに罪悪感が芽生える。
「車とってきますので、ここで待っていてください」
「あ、八乙女さ……」
「逃げたら許しませんよ」
凄みある声で睨まれて、「はい」と頷くしかできず、俺はしぶしぶ彼の車に乗り込んだ。
車の中が煙草臭い。
八乙女は雨が降っているのに、少しだけ窓を開けた。
以前乗った時は、車の中、煙草の臭いはしなかったのに……
臭いに気を取られていると、曲がる区画とは違う方向へ進む。
近道でもあるのかと思いきや、ぐるりと一周遠回りしている気がする。
────え?
信号待ちしていると、彼の左手が俺の右手を絡まる。
え、なんで?
俺は目を見開いて、八乙女を見た。
「あの人とは腕を組んで身体を密着させてベタベタしていた。なら僕が手くらい繋いでもいいはずですよ」
「いやいや!? 何を張り合おうとしているんですか。それにSEIは年下ですし、何かと世話を焼きたくなるタイプというか」
「僕も貴方より一つ年下です」
「そんな子供……ぽ」
八乙女の指がスライドして手のひらを撫で始める。
「な、な、何して!? だ、ダメですよ!」
「どうしてですか。手だけですよ。僕は手だけ」
視線は進行方向を向きながら、苛立ったように早口。
「ど、どうしてって別れ──ひぃ!!」
八乙女が急にハンドルを切って、方向転換をした。車内は大きく右に揺れる。
ガードレール、スレスレで心臓がバックバク跳ねる。
「道間違えました。遠回りになりますねぇ」
「えぇえ!?」
交差点には目印となる大きな看板がある。普通、間違えるか?
「わざとですよね」
「そうです」
そうですって……
「──呆れた。ならもう、お好きにどうぞ。今日は子供っぽい気分なんですもんね」
ずっと刺々しいから俺だって嫌味で返す。
今日は仕事じゃないし。
八乙女の眉がピクリと動いて、ヤベッと黙ると、高速道路の入り口で。
ビュンビュン高速で車を飛ばされて、向かった先が真っ暗な海だった。
そこは雨は降っていなかったので、車から出るとサスペンスドラマに出て来そうな崖の上だ。
突き落とされたらミジンコだ。
ドキドキしたけど、単に見るだけ。
「七生さんはブラックでしたよね」
ポツンとある自販機で、八乙女は珈琲を買って、俺に手渡してくれる。
「もう“お試し”は終わったので、代金払います」
「いりませんよ」
「っ、でも俺だって受け取ることはできませんよ!……だって、俺は運命じゃないですから!」
自分の内心に突っ込むように言ったから、思わず声が大きくなった。
今日の様子から、まだ八乙女は俺の事を運命だと勘違いしている。
だから、ちゃんと言わなきゃ。
「八乙女さんはアルファだから、運命の番はオメガです! 俺じゃない人ですよ……あっ!」
八乙女は俺の手から缶コーヒーを奪った。それを飲んでゴミ箱に入れた。
「うわっ、くれるんじゃなかったんですか!?」
この人、素はこんなに子供っぽいのか?
「もう運命は言いません」
「え?」
「言いませんよ」
あんなに運命に執着していた男の一言に目を見開いた。
────?
なんか、胸が痛む。
おいおい、なんで胸が?
ズキンズキン。
また。
八乙女を見て、胸が痛い……?
ここで俺が傷つくのは、全く違うのに、胸が痛い。
「……っ、八乙女さん!」
──俺は、パンッと手を叩いた。
「帰りましょう! 俺も八乙女さんやSEIの肌ツヤ見ていたら、早寝したくなりました! 目指せツヤ肌!」
「夜型ですが、昔から肌は荒れません」
「そぉですか。羨ましいですねぇ。一歳だけですが若いからかなぁ?」
笑いながら車の助手席ドアを勝手に開けて乗り込む。
「はははは────……は?」
助手席に座った俺の上に八乙女がぬぅと現れた。驚くけど何のことはない、紳士的にシートベルトを締めてくれただけだ。
「え?」
お……と。
シートベルトを締めたその手が俺の膝。
「二人でまた来ませんか?」
「っと、あ──……、海! 八乙女さんって、海好きなんですか?」
「好きなのは海ではなくて、七生さんです」
「……」
油断して、顔に熱が一気籠る。
「……お、お試し期間はもう終えて」
「はい。再更新お待ちしています」
ご検討宜しくお願い致します。なんて堅苦しいサラリーマンの言い方しているけど、膝に置いている手の位置は厭らしいし、なんなら顔が卑猥だ。
別れを切り出してから二日でぐらつく自分がとても恥ずかしくて、俺は顔を上げられなかった。
441
お気に入りに追加
708
あなたにおすすめの小説
無愛想な彼に可愛い婚約者ができたようなので潔く身を引いたら逆に執着されるようになりました
かるぼん
BL
もうまさにタイトル通りな内容です。
↓↓↓
無愛想な彼。
でもそれは、ほんとは主人公のことが好きすぎるあまり手も出せない顔も見れないという不器用なやつ、というよくあるやつです。
それで誤解されてしまい、別れを告げられたら本性現し執着まっしぐら。
「私から離れるなんて許さないよ」
見切り発車で書いたものなので、いろいろ細かい設定すっ飛ばしてます。
需要あるのかこれ、と思いつつ、とりあえず書いたところまでは投稿供養しておきます。
噛痕に思う
阿沙🌷
BL
αのイオに執着されているβのキバは最近、思うことがある。じゃれ合っているとイオが噛み付いてくるのだ。痛む傷跡にどことなく関係もギクシャクしてくる。そんななか、彼の悪癖の理由を知って――。
✿オメガバースもの掌編二本作。
(『ride』は2021年3月28日に追加します)
金の野獣と薔薇の番
むー
BL
結季には記憶と共に失った大切な約束があった。
❇︎❇︎❇︎❇︎❇︎
止むを得ない事情で全寮制の学園の高等部に編入した結季。
彼は事故により7歳より以前の記憶がない。
高校進学時の検査でオメガ因子が見つかるまでベータとして養父母に育てられた。
オメガと判明したがフェロモンが出ることも発情期が来ることはなかった。
ある日、編入先の学園で金髪金眼の皇貴と出逢う。
彼の纒う薔薇の香りに発情し、結季の中のオメガが開花する。
その薔薇の香りのフェロモンを纏う皇貴は、全ての性を魅了し学園の頂点に立つアルファだ。
来るもの拒まずで性に奔放だが、番は持つつもりはないと公言していた。
皇貴との出会いが、少しずつ結季のオメガとしての運命が動き出す……?
4/20 本編開始。
『至高のオメガとガラスの靴』と同じ世界の話です。
(『至高の〜』完結から4ヶ月後の設定です。)
※シリーズものになっていますが、どの物語から読んでも大丈夫です。
【至高のオメガとガラスの靴】
↓
【金の野獣と薔薇の番】←今ココ
↓
【魔法使いと眠れるオメガ】
運命の人じゃないけど。
加地トモカズ
BL
αの性を受けた鷹倫(たかみち)は若くして一流企業の取締役に就任し求婚も絶えない美青年で完璧人間。足りないものは人生の伴侶=運命の番であるΩのみ。
しかし鷹倫が惹かれた人は、運命どころかΩでもないβの電気工事士の苳也(とうや)だった。
※こちらの作品は「男子高校生マツダくんと主夫のツワブキさん」内で腐女子ズが文化祭に出版した同人誌という設定です。
攻められない攻めと、受けたい受けの話
雨宮里玖
BL
恋人になったばかりの高月とのデート中に、高月の高校時代の友人である唯香に遭遇する。唯香は遠慮なく二人のデートを邪魔して高月にやたらと甘えるので、宮咲はヤキモキして——。
高月(19)大学一年生。宮咲の恋人。
宮咲(18)大学一年生。高月の恋人。
唯香(19)高月の友人。性格悪。
智江(18)高月、唯香の友人。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる