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婚活してくださいと言ったら、怖い顔になった。

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そうだ! アル様は貧乏なんかに負けない魅力の持ち主だ! 共に暮らしてくれるご令嬢はきっといらっしゃる。さらに、そのお方がお金持ちならば、アル様も少しはマシな暮らしができるのではないだろうか。


「リース? 君は一体、何を言っているんだい?」


アル様が驚いた顔をしている。そうだ。この屋敷には女性がいないから婚活につい疎くなってしまっていた。
アル様の膝から立ち上がり、僕はくるりと彼の方を向いた。

「いいですか! アル様、今から婚活を始めましょ——……」

言い終わる前にアル様の睨む顔が目に飛び込んできた。狼獣人が本気で睨むと迫力というかオーラでピリピリと空気が張り詰める。
とは言え、僕はそれをぶつけられたことはなかったので、今の今まで知らなかった。

「……君は自分が何を言っているのか、分かっているのか?」
「……あ、……はい」


頷くとさらにアル様の視線がきつくなる。
その視線の強さにその次に話そうと思っていた婚活の提案が言えなくなる。
知らずと手を握ると、手汗がびっしりと溢れていた。初めて見る彼の様子に動揺を隠せない。


恐怖……? 僕は、アル様に恐怖を抱いている……?


よろよろと足が力なく地面に座り込むと、アル様は立ち上がり、地面に座り込んだ僕の両脇を掴みひょいと簡単に持ち上げてしまった。

「ア、 アル様……」
「すまない。少し怖かったかい?」


いえ……、少しどころではないです。

でも、次に見たアル様の顔は困ったように微笑んでくださっていたので、ふっと身体の力が抜けた。

「一体、どういうことか教えてくれるかい?」

そう言うと、僕を椅子に座らせて、彼も反対側の椅子に腰を下ろした。

彼は、僕の文句もちゃんと聞いてくれるから調子に乗っていた。でも、怒らせても、ちゃんと聞いてくれようとしてくれる。

……優しい。やっぱり、こんな素敵なご主人様には幸せになってもらいたい。


「アル様は素晴らしい方です! こうして僕なんかの話を丁寧に聞いてくださるし、困っている方に優しく出来る方です。初めて会った時からずっと尊敬しています!」


それに、目鼻立ちが整っていて、筋肉質の体はパーフェクト。笑うと尖った八重歯はワイルドだし、色気がムンムンして、男の僕だってウットリしちゃうくらいいい男です!!! ……とは言わずに内心だけで思おう。

「リース、嬉しいことを言ってくれるね。私も……」

「はい! ですから、婚活致しましょう! 素敵なアル様ならすぐにこの屋敷でもよいと思ってくださる奥様が見つかると思うのです!」


ピシリッ。

「ピシリ……?」

ピシリとは何の音だろうか。空気の割れる音のようなものを感じた。
だけど、何か割れたものはないし、気のせいかな。


「社交界に行くには滞在費がかかり過ぎる為、こちらの屋敷に来てもらえる方を募集しましょう!」


そうだ。キャッチコピー的なものを付け加えるなら《美形の辺境伯と田舎暮らし! 自由自適のスローライフ!》 なんてどうだろうか!

ちょっと、老後のキャッチコピーみたいかな? あ、年齢制限を設けなきゃ。



すると、またアル様が睨んでいるのに気付き、耳も尻尾もシュンと落とすと、彼もハッとしたようにゴホンと咳払いする。


「……はぁ、私のことを考えてくれることは嬉しいよ。ただ、滞在費にも諸経費がかかるだろう。それこそ無駄使いだ」
「アル様の人生なのですよ! 無駄使いなどではありません!」


すると、普段は日光が眩しい時くらいにしか寄らないアル様の眉間のシワが深くなった。

アル様はあまり深く悩まれない方だ。だけど、自分の人生のパートナーのことだ。深く悩んでいただかなければ。


「ふー。私はとんだ思い上がりをしていたようだ。……爺やが何故私に婚活を促さないか気付いたことはないのかい?」
「え……? ジジ様がですか? え~っと、諦めていらっしゃる?」

そういえば、ジジ様がアル様に婚活を勧められているのを見たことがない。

「諦めているとは違うよ。ちゃんと私のことを分かってくれているんだ」

それを諦めというのではないのか…?!

「僕が女の子でご令嬢ならすぐにでもアル様と結婚したいくらいアル様は素敵ですよ!?」


勢いよくテーブルにバシンッと立ち上がってズイッと彼に向かって声を荒げる。アル様は驚いた顔をした後、眉間のシワがスゥっと消えた。


「君が結婚したいくらい私は素敵かい?」
「はい!! それはもう、凄く素敵です!!」

不機嫌さが和らぎ、通常どおりの穏やかな表情のアル様に戻る。

もしかして、褒めて乗らすのがいいのだろうか!!


「じゃ、聞くけれど、君は私とどんな結婚生活を送りたいかい?」
「ア、 アル様とですか?」
「うん。例えば、もっと優雅な生活を送りたいとか……、参考に教えてくれ」


そうか。アル様はもしかしたら、女性との結婚生活をイメージ出来ないんだな。そのビジュアルを教えるのは僕の役目かもしれない。

アル様と結婚……結婚したら、か。
きっと、アル様は愛する方にとても優しくするだろうな。狼獣人は愛が深ければ深いほど番を思いやれる種族だ。
それに、貧乏だけど僕もジジ様もお腹を空かせるほどじゃない。きっと奥様もアル様の良さを知ればこの生活を楽しんでもらえるのではないだろうか。

うーん。何か、アドバイスをと思っても恋愛偏差値ゼロの僕が何か言えることは思い浮かばない。


「そうですね? アル様らしくしてくだされば、その方は幸せなのかと」
「私らしく?」
「はい。少なくとも僕はアル様に仕えさせてもらえて毎日嬉しいです」


話が脱線してしまったが、上手く彼を誉めることが出来たようで彼は上機嫌で耳もピンとしてフサフサの尻尾が左右に揺れる。
上機嫌になったアル様を見て、僕もなんだかニコリとなる。


——はっ、いけない。アル様の独特の空気に流されるところだった。


「そうか、望みはあるな」
「はい?」
「君はこの屋敷でしか生活していない。同世代の交流も少なく、当然奥手になっても仕方がない」


急に話の分からないことを言い始めたアル様は、少し悩み始めた。


「結婚の提案だが、こんな辺境地に足を向いてもらって、お断りするのは気が重い。だから、君が……」
「——っ!! 前向きに検討してくださるのですね!?」

「いや、違う。全然違うよ、リース?」



アル様が訂正に入るけれど、僕は新たな目標に高揚し喜んだ。
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