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貧乏貴族は器用貧乏

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ベクレゼル王国は、獣人、動物、モンスター、そして人間。多様な種族が共存する世界。

そんな国の外れにあるノワールという田舎町は、穏やかな気候でとてもよく農作物が実る豊かな土地であった。
ただ、ノワールは高い山々に隔離されていて、外部の地域から見ると、流通の難しい辺鄙な領土という印象だ。外から訪れる来訪者は、極めて少なく年間に300人程。

そんな田舎町の伯爵家で、今日も悲鳴が上がった。



「ひぃい!? な、なんですか!? この借用書はぁ!?」

当主の机に置かれているハンコの推された書類を見ては伯爵家の使用人としてあらぬ悲鳴を上げた。 


「ん? この土地の借地権だけど? あぁ、そんなことより、リース、君の入れる紅茶は格別に美味しいね」

「あぁ、こちらのクッキーも作ったばかりですので、お召し上が————ってアル様!? お話を逸らさないで!!」


僕こと、リース・クレファーは、グレイ伯爵家に勤める使用人。中型種である犬獣人だ。
そして、テーブルで優雅にお茶を飲んでいるのはグレイ伯爵家御当主のアルフォード・グレイ様。力も知識も高い仲間想いの種族である狼獣人だ。


国に認められし由緒正しき伯爵家ではあるが、なんせ、とてつもなく辺鄙な田舎だ。伯爵とは名ばかりの地主。

その地主として才覚があればいいのだが、このアル様とくれば…………!!


「どうして、この土地をタダ同然で貸してあげるのですか!?」

机に置かれていた借用書を信じられない思いで、アル様に問い詰める。

「うん。とりあえず、五年間は担保なしのタダだよ。でも、よく見て、五年後にはちゃんとお金が発生することを記載しているし伝えているから」

「アル様は五年間、お金なくて生きてけますか!? 唯一の資産である土地をタダで貸しては食べてはいけません!」

「ん? 今から狩りに出向いて兎でもとってこようか? それとも家庭菜園を増やすかい?」

「そういう問題じゃありませんっ!」


『伯爵家の使用人は怒鳴ってはいけません。マナーが悪い』度々、執事のジジ様に注意されるけれど、怒らずにはいられない。



このグレイ家は、アル様が御当主になられて以降、貧乏待ったなし。
使用人は、お給料が支払えなくなり、僕とジジ様だけになってしまった。
家事は全力で取り組んでいるけれど、以前のように何事もピカピカに磨き上げるような事は出来なくなった。しかも、一番避けなきゃいけないのに、屋敷の主自ら、掃除、洗濯、家庭菜園を初めてしまうんだ。
元々、手先が器用なアル様は、何をやらせても卒なくこなし、今では、家庭菜園の野菜達も立派に育って———ってやっぱり、駄目ぇ!! この御方は農夫ではなく貴族なんだっ!!

「アル様っ!!」


こっちが、必死になって伝えているのに、アル様はのんびりと「今日も元気だねぇ」
と微笑んでクッキーを摘まんだ。


「大丈夫だよ。家庭菜園は順調だし、タダで土地を貸しているおかげで、皆ここに食べものを持ってきてくれるじゃないか」
「でも…………」



アル様は、勉学も運動もそれは優秀な方だ。見た目は金髪碧眼で高い鼻筋、柔らかな表情と優しい目。三年間、軍に入っていた時期もあり、身体は鍛え抜かれている。
村娘はこぞって彼に頬を染めるくらい良い男なんだ。


だけど、領主なのに貧乏。使用人がするような草抜きをしている姿は村人なら誰でも知られている。村の娘が、“この家に嫁いだら苦労しそう”と話しているのを聞いたことがある。


おいたわしい、前当主様に顔向け出来ないと嘆いてもアル様は何も気にしない。


「このノワールは、他の土地と離れた辺境地でよかった。流石に他の領地が隣接している地域で自分の土地だけ安くするのは、借地の価格破壊を起こしてしまうからね」


なんて、言ってしまう始末だ……。
彼に新しい衣服を何年も買っていない。ご貴族様なのに、オシャレすることなくラフな服ばかり着ている。

う。頭痛い。亡くなられた前当主に顔向けできない。


「さぁ、リースも一緒に食べよう?」
「へっ!? わっ!!」

いつの間にか横に立っていたアル様が僕の腰と腕を引っ張って、椅子と彼の膝の上に座らせた。腰にはしっかり彼の腕が絡んでいて多少の拒否では降りられない。


「はい、あーん」
「…………」
「おや、どうしたの? いつもみたいに口を開けて?」


アル様がキラキラした目で、僕の唇にクッキーを押し付けてくる。
いつも……というのは、いつもだから。このやり取りが今に始まったわけではないんだ。
僕は、6歳の頃からこの屋敷に住まわせてもらっている。
8歳年上のアル様は、その頃からこうして膝の上に座らせて何かとご褒美をくれる。優しい御子息様が内緒でお菓子をくれることはとても嬉しかった。


——だけど、もうすぐ18歳なのに。


「ま、毎日、言っておりますが、やめてください!」
「何故? 一人で淋しく食べろなんて君は酷いな」
「ですかっ! ふぐっ!?」

その瞬間、口に甘い味が広がる。バターの風味がとてもいい。

「おいしいだろう?」

ふふふっと笑うアル様。狼獣人は顔の作りが皆良いが、アル様にはそれにプラスして色気がある。
見慣れても至近距離で微笑まれると見惚れてしまう。
思わず、口を尖らせてしまうと、よしよしと頭を撫でてくる神対応。

「……」

うう~。そうなんだ。アル様は僕の事を使用人とじゃなく、どうも弟のように感じているみたいなんだ。一人っ子の彼は弟が出来たみたいで嬉しいと初めて出会った時に言っていた。
僕の口の端にクッキーの欠片が付いていたのを彼のゴツゴツした親指が拭って、そしてベロりとその親指を舐めた。


「リース、美味しいお菓子と紅茶を用意してくれてありがとう。私は幸せ者だ」
「アル様……」


長年の付き合いだから、より知っているけれど、この方は、優しくて格好良くて、貧乏以外は何にも悪いところないんだ。


こーんな、素敵なアル様がいつまでも独り身なのはおかしい。どうして、結婚をしないのか。
どうして、と思いながらも答えはすぐに分かる。

他の貴族様は、社交界へ出向いて結婚相手を見つける。
しかし、ここノワールは、辺境過ぎて社交界が開かれる街へ行こうと思うと1週間はかかる。
1週間の滞在費すら惜しすぎて、場数を踏んできて欲しいとは言えない。



悩んでいると、ポイポイと僕の口にクッキーを放り込み始めるアル様。

咀嚼している間、彼は僕の一つに縛っている髪の毛を解いた。僕の髪の毛は胸まで伸びている。何故だが、彼は僕の髪の毛を弄るのがとても好きなのだ。


初めだけ抵抗するのだけど、ちゃんと拒み切れたことがない。
自分が結うより遥かにキレイな編み込みを結い、そして、編み込んだ先に小瓶に活けていた花を差し込んでいく。


「リース、君はもうすぐ18歳になる。成人を迎えたら約束の……」

「そうだ! いいアイデアを思いつきました! アル様、お嫁様候補をこちらにお呼びすればいいのです!」


パチンっと両手を叩いた。無駄なパーティー代、衣装代が要らない。勝負用の衣服は1着だけある。華やかな社交界でその衣類を何度も使い回すのはNGだが、一度会うだけの相手ならば何着も要らないだろう。

この屋敷は広くて、従者合わせても充分泊って頂ける……!!!


「リース? 君は何を言って?」

キョトンとするアルフォードの手をギュッと握った。


「アル様の素敵な結婚相手を見つけましょう!!」
「!!」


貧乏だって、こんな素敵な方なのだ!! きっと分かってくださる方はいらっしゃる!!


前当主見ていてください!! 
このリース、アル様の幸せの為に、これから結婚相手を見つけてみせます!!!


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