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【後半 東吾視点】
梅雨入り。ジメジメと暑い季節がやってきた。
「おい。来栖!休憩行ってこい!」
「うっす。」
あれから俺は、小さな街の町工場で働いている。高齢者ばかりの職場だけど、皆いい人だ。
慣れない一人暮らしは不安に思う事もあったけど、今の所どうにかなっている。
俺は、作業を一時中断し、工場横の階段で焼きそばパンをかじった。
「ほれ。差しいれ。」
職場の爺さんが、俺に総菜を渡してくれた。
「いつもありがとうございます。」
総菜を受け取る。
「お前は本当にオメガっぽくなくて、よく働くなぁ。」
「うっす。鍛えているんで力仕事なら任せてください。」
そういって、俺は上腕二頭筋を見せた。
工場は力仕事が多いから、入ったばかりの俺にもやれることは多かった。
「残業ばかり押し付けられてないで、断ってもいいんだぞ?」
「あ、いえ。それは、自分から進んでお願いしてるんです。」
新人だから仕事を早く覚えたいっていうのもあるけど、忙しくしていたかった。何かに集中にしていたかった。
あんまり無理するなよ。と爺さんが言って職場に戻っていった。
7月だというのに、まだ梅雨明けしない。
毎日、曇りか雨ばかり。さっきまで、曇っていたのに、帰る時には雨が降ってきた。
「あー・・・。くそ。傘忘れたなぁ。」
天気予報では曇り予報だったから油断した。
俺は走って家に帰った。途中でもっと雨が降ってきて全身びしょ濡れになった。
俺の住んでいる場所は小さな築50年のアパート。それでも、風呂もトイレもちゃんとついている。
冷蔵庫に何か食べる物がないかと覗けば、うどんがあったので、お湯を沸かした。
「・・・。」
はっ!!!俺、ぼーっとしてた。いかん。
ふるふると首を振る。
ぼーっとするのは危険だ。料理を作りながら、テレビをつけた。
テレビの中で漫才コンビが食レポをしていた。あまりの食レポの下手さにウケる。
テレビがつまらない時は、本を読む。毎週図書館で沢山のハード本を借りてきていた。
本はいい。本を読んでいる時に知らないうちに眠れるから。
新しい生活はそうやって過ごしてきた。
朝か。俺は布団横の時計を見た。出勤時間まで、まだ随分ある。
朝は頭がゆるい。
つい考えてしまう。
・・・東吾は、もう、俺の事を忘れて幸せになっている頃だろうか。
まだ、3か月。もう随分離れている気がする。
これが・・・、オメガか。
発情期の度、自分がオメガだという事を自覚するのに、俺は今一番自分がオメガだと痛感している。
オメガはアルファがいないと駄目な生き物なんだって。
自分の手足がなくなって、浮遊してしまうような感覚。朝起きて寝るまでその感覚を味わう。
「はっ!!まただ。またボーっとしてしまった。くそ。ジョギング行ってこよう。」
俺は、顔を洗って、外に走りに行った。
それから、しっかり朝ごはんを食べて、出勤した。
今日は比較的作業は多くないな。
作業をして、倉庫に荷物を運んでいる時、事務所にいる爺さんが電話している姿がみえた。
「いえ、彼はオメガとは思えない働きっぷりで。元気にやっていますよ。」
「・・・。」
その電話を聞いて、冷や汗がじわりと出た。
オメガなんて、この職場に一人しかいない。俺の話をしている。爺さんは俺の事を誰かに報告している。誰か・・・。
東吾だ。
どういう事だか分からなかった。ここで働いている事は親にも誰にも言っていない。素性がバレそうな職安にも行かずに、自分で足を運んで面接を受けたのに。
嫌な予感がして、俺は仕事を早退した。
「ここを離れよう。」
そうだ。
今度は日雇いのバイトでもして毎日力仕事して働いていこう。
俺は家に帰って荷物をまとめた。すぐにアパートを引き払おう。
ドアを開けようとドアノブを持った瞬間・・・すぐに分かった。
この香り。
ドア越しでもわかるこの香りは。
俺は、そのドアから数歩下がった。
ガチャっとドアが開いた。
「久しいな。六。」
東吾。
あまりに驚きすぎて、しばらく声が出なかった。
「・・・な、なんの用だよ。」
「番に会いに来ただけだ。」
東吾が部屋の中に入ってこようとする。
「入ってくんなっ!!」
その声を聞いて、東吾の動きは止まった。俺は、腰が抜けて座り込んでしまった。
どうして、バレていた?いつから、初めからか?いや、そもそも俺がこうすることが分かっていた?
東吾がポケットから煙草を取り出して吸った。以前は吸っていなかったのに。その様子に見入ってしまう。
黙っていると東吾が話し始めた。
「六の職場から、俺との電話を聞かれてしまったと連絡が入った。」
やっぱり、仕事場と東吾は繋がっていたのか。それにしても早すぎる。
「今度は、どこに行こうとした。」
お前は何でもお見通しかよ。
「・・・俺は、お前と番をやめた。だから、離れたんだろ。」
腰が抜けて立てれないまま、でも負けまいと東吾を睨んだ。
「お前と俺は番だ。それは一生変わらない。そろそろ分かれ。」
「分かれはお前だっ!東吾っ!俺はお前と離れたいんだ!俺に付きまとうな。渡里と新しく番になればいいっ!首を噛んで結婚でも好きにしたらいいだろっ!!」
東吾は吸っていたタバコをクシャっと握りつぶした。
「渡里?高校のか?アイツがどうした。どうでもいい奴を相手する程、暇ではない。」
「ど・・・どうでもいいって運命の番なんだろ!?」
「渡里が運命?お前の妄想か?・・・お前は俺と離れたいがために、他人の噂話を鵜呑みにしただけだろう。」
渡里は運命じゃない・・・?
確かに噂話ばかりで事実を互いに聞いたわけじゃない。でも、二人は誰からみてもお似合いで・・・。
だから、俺、よかったと思って。
「入るぞ。」
東吾が、部屋に入り近寄ってくる。
香りが・・・・東吾の香りが・・・。
「来るな!近寄ってくるなよ!」
俺は手元にあった雑誌を東吾に投げつけた。
東吾は気にしない。座り込んでいる俺に視線を合わせるようにしゃがんだ。
鋭い目。
「それで、お前は妊娠したか?」
「・・・え?」
香りでどうにかなりそうな頭は、すぐに反応できなかった。
「ここに俺の子を孕んだか?」
東吾は俺の腹を指でトンと叩いた。
「な、何を言って・・・っ!?」
「卒業式後にお前とセックスした時、お前はご丁寧にコンドームに穴を開けただろう。」
「っ!!?」
バレている。
・・・そうだ。俺は、あの日、部屋に置いていたコンドームに穴を開けた。
「あ・・・あれは、気の迷い!気の迷いでっ。」
「気の迷いで、一箱全てのゴムに穴を開けたのか?執念だな。」
くっと東吾が皮肉に笑う。
俺は息苦しくなって、喉がグッと締め付け感を覚えた。
全部バレている。
「で・・・出来てないから。妊娠してないから。」
自分でも驚く程、弱々しい声がでた。
行き場がどこにもなくて、身体をどこに置いていいのか分からない。
ガクガクと震える。
「そこまで、俺の事が好きか。六。」
「・・・。」
「俺の子供が欲しいと思う程、好きか。」
俺の逃げ場所がどんどんなくなっていく。
くっと我慢できなくなって、涙が出てきた。
「くそ。」
一度出てきた涙はもう止まらなくなって、後から後からどんどん溢れてくる。
「六。」
「くそぉ・・・っ!」
お前を離してやりたかった。
だって、俺がお前をずっと好きで、それでヒートを起こしたんだ。お前に責任を押し付けたくなかった。
「俺とお前の番関係は事故だったんだ!もういいだろ!俺は元気でやるから、だから!」
だから、逃げた。
捕まえにくるなよ。
「俺はお前を逃がすつもりはない。」
「くそっ・・・腹立つっ!」
東吾の顔がどんどん近づいてきて、唇が触れた。
鋭い目を至近距離で見つめる。
触れたら最後、互いの匂いが深まって無我夢中に口づけてしまった。
だから、嫌なんだ。お前の近くにいると訳が分からなくて、離れられなくなるから。
逃げてあげられなくなるから。
東吾は、俺の嗚咽ごと飲み込むキスをした。
☆☆☆
運命だ。
入学式の桜散る中、一人の男に目が釘付けになった。
これは、俺のモノだと全身にゾクゾクと血がたぎるようだった。
向こうは、俺に気が付かなかった。まだ、時期ではないのかもしれない。
俺の運命は、同じクラスだった。
目で追うのがやめられない。気が付いたら、いつも目で追っていた。
運命なんて馬鹿馬鹿しいと思っていた。こいつに会うまでは。
その指の動き一つですら愛おしい。華奢で身体の線が細くて抱いたら壊れそうな気がした。
抱く・・・そうだ。俺はコイツを抱きたい。抱いて、コイツの奥まで満たしたい。
「六。」
声をかけたこともない、そいつの名前を呼んだ。
一学期が過ぎて、二学期が始まった。
俺だけが運命だと気が付いて俺だけがコイツを愛おしいと感じている。
六の目に俺を映すことはなかった。その焦燥感に我慢できなかった。我慢できずに保健室へ入る六の後を追った。
保健室に入って、六と目が合った。
「東吾。」
初めて名前を呼ばれた。
その瞬間、運命の番の匂いにお互い発情に入った。どちらかではない。両方だ。
今まで感じたことのない甘美な匂い。これが、俺のオメガの匂い。俺の運命。
たまらない。
六の身体を抱きしめると、全身が狂喜に震えた。
もう意識はなかった。
気が付いたら、大人に取り押さえられていた。六はそのまま病院へ向かった。
そして、俺は、早期に番にされたオメガの精神状態について医師に教わった。
早期に番にされたオメガは精神的に不安定になる者が多い事。異常な性行動を見せる者、リストカットや自殺未遂をする者、愛されていないと勘違いする者、様々なケースがあるらしい。
その後、六は異常に身体を鍛え始めた。華奢だった身体は美しい肉体へと変化した。
六が無我夢中で鍛える事は精神的な不安定さを隠す為かもしれないが、俺を見る目はいつも真っすぐだった。
オメガの性にも俺にも負けまいとする強い意志を持った目。
その目で見つめられる度、お前を抱きつぶしてやろうと何度思ったか。
生徒からしつこく告白されていた俺は運命の番がいると断ったことがあった。誰かが憶測で渡里だと言いふらしたのだろう。
まさか、それを六が勘違いするとは思わなかった。
俺がお前と接するのと他の奴に接すのではあまりに温度差がある。それすら気が付かない程、必死に俺から逃げたかったんだな。
六は、早くに首を噛まれた為、他のアルファの匂いが分からない。分かるのは俺の匂いだけ。
比べる事が出来ない六は、俺が運命の番だという事に気が付かない。
運命だと知ったら、もう少し六も精神的に楽になれたかもしれない。
だが、俺は言うつもりはない。
「お前はいつも俺の事を考えればいい。」
そうしたら、お前は俺から逃れられない事に気が付くだろう。だが、気が付いた時には手遅れだ。
逃げられないよう何重にも見えない鎖で繋いでやる。
布団の中で疲れ果てて寝ている六の頭を撫ぜた。あれから気を失うまでセックスをした。泣きすぎて目が腫れている。
そっと瞼に口づけた。
可哀そうで可愛い俺のオメガ。
梅雨入り。ジメジメと暑い季節がやってきた。
「おい。来栖!休憩行ってこい!」
「うっす。」
あれから俺は、小さな街の町工場で働いている。高齢者ばかりの職場だけど、皆いい人だ。
慣れない一人暮らしは不安に思う事もあったけど、今の所どうにかなっている。
俺は、作業を一時中断し、工場横の階段で焼きそばパンをかじった。
「ほれ。差しいれ。」
職場の爺さんが、俺に総菜を渡してくれた。
「いつもありがとうございます。」
総菜を受け取る。
「お前は本当にオメガっぽくなくて、よく働くなぁ。」
「うっす。鍛えているんで力仕事なら任せてください。」
そういって、俺は上腕二頭筋を見せた。
工場は力仕事が多いから、入ったばかりの俺にもやれることは多かった。
「残業ばかり押し付けられてないで、断ってもいいんだぞ?」
「あ、いえ。それは、自分から進んでお願いしてるんです。」
新人だから仕事を早く覚えたいっていうのもあるけど、忙しくしていたかった。何かに集中にしていたかった。
あんまり無理するなよ。と爺さんが言って職場に戻っていった。
7月だというのに、まだ梅雨明けしない。
毎日、曇りか雨ばかり。さっきまで、曇っていたのに、帰る時には雨が降ってきた。
「あー・・・。くそ。傘忘れたなぁ。」
天気予報では曇り予報だったから油断した。
俺は走って家に帰った。途中でもっと雨が降ってきて全身びしょ濡れになった。
俺の住んでいる場所は小さな築50年のアパート。それでも、風呂もトイレもちゃんとついている。
冷蔵庫に何か食べる物がないかと覗けば、うどんがあったので、お湯を沸かした。
「・・・。」
はっ!!!俺、ぼーっとしてた。いかん。
ふるふると首を振る。
ぼーっとするのは危険だ。料理を作りながら、テレビをつけた。
テレビの中で漫才コンビが食レポをしていた。あまりの食レポの下手さにウケる。
テレビがつまらない時は、本を読む。毎週図書館で沢山のハード本を借りてきていた。
本はいい。本を読んでいる時に知らないうちに眠れるから。
新しい生活はそうやって過ごしてきた。
朝か。俺は布団横の時計を見た。出勤時間まで、まだ随分ある。
朝は頭がゆるい。
つい考えてしまう。
・・・東吾は、もう、俺の事を忘れて幸せになっている頃だろうか。
まだ、3か月。もう随分離れている気がする。
これが・・・、オメガか。
発情期の度、自分がオメガだという事を自覚するのに、俺は今一番自分がオメガだと痛感している。
オメガはアルファがいないと駄目な生き物なんだって。
自分の手足がなくなって、浮遊してしまうような感覚。朝起きて寝るまでその感覚を味わう。
「はっ!!まただ。またボーっとしてしまった。くそ。ジョギング行ってこよう。」
俺は、顔を洗って、外に走りに行った。
それから、しっかり朝ごはんを食べて、出勤した。
今日は比較的作業は多くないな。
作業をして、倉庫に荷物を運んでいる時、事務所にいる爺さんが電話している姿がみえた。
「いえ、彼はオメガとは思えない働きっぷりで。元気にやっていますよ。」
「・・・。」
その電話を聞いて、冷や汗がじわりと出た。
オメガなんて、この職場に一人しかいない。俺の話をしている。爺さんは俺の事を誰かに報告している。誰か・・・。
東吾だ。
どういう事だか分からなかった。ここで働いている事は親にも誰にも言っていない。素性がバレそうな職安にも行かずに、自分で足を運んで面接を受けたのに。
嫌な予感がして、俺は仕事を早退した。
「ここを離れよう。」
そうだ。
今度は日雇いのバイトでもして毎日力仕事して働いていこう。
俺は家に帰って荷物をまとめた。すぐにアパートを引き払おう。
ドアを開けようとドアノブを持った瞬間・・・すぐに分かった。
この香り。
ドア越しでもわかるこの香りは。
俺は、そのドアから数歩下がった。
ガチャっとドアが開いた。
「久しいな。六。」
東吾。
あまりに驚きすぎて、しばらく声が出なかった。
「・・・な、なんの用だよ。」
「番に会いに来ただけだ。」
東吾が部屋の中に入ってこようとする。
「入ってくんなっ!!」
その声を聞いて、東吾の動きは止まった。俺は、腰が抜けて座り込んでしまった。
どうして、バレていた?いつから、初めからか?いや、そもそも俺がこうすることが分かっていた?
東吾がポケットから煙草を取り出して吸った。以前は吸っていなかったのに。その様子に見入ってしまう。
黙っていると東吾が話し始めた。
「六の職場から、俺との電話を聞かれてしまったと連絡が入った。」
やっぱり、仕事場と東吾は繋がっていたのか。それにしても早すぎる。
「今度は、どこに行こうとした。」
お前は何でもお見通しかよ。
「・・・俺は、お前と番をやめた。だから、離れたんだろ。」
腰が抜けて立てれないまま、でも負けまいと東吾を睨んだ。
「お前と俺は番だ。それは一生変わらない。そろそろ分かれ。」
「分かれはお前だっ!東吾っ!俺はお前と離れたいんだ!俺に付きまとうな。渡里と新しく番になればいいっ!首を噛んで結婚でも好きにしたらいいだろっ!!」
東吾は吸っていたタバコをクシャっと握りつぶした。
「渡里?高校のか?アイツがどうした。どうでもいい奴を相手する程、暇ではない。」
「ど・・・どうでもいいって運命の番なんだろ!?」
「渡里が運命?お前の妄想か?・・・お前は俺と離れたいがために、他人の噂話を鵜呑みにしただけだろう。」
渡里は運命じゃない・・・?
確かに噂話ばかりで事実を互いに聞いたわけじゃない。でも、二人は誰からみてもお似合いで・・・。
だから、俺、よかったと思って。
「入るぞ。」
東吾が、部屋に入り近寄ってくる。
香りが・・・・東吾の香りが・・・。
「来るな!近寄ってくるなよ!」
俺は手元にあった雑誌を東吾に投げつけた。
東吾は気にしない。座り込んでいる俺に視線を合わせるようにしゃがんだ。
鋭い目。
「それで、お前は妊娠したか?」
「・・・え?」
香りでどうにかなりそうな頭は、すぐに反応できなかった。
「ここに俺の子を孕んだか?」
東吾は俺の腹を指でトンと叩いた。
「な、何を言って・・・っ!?」
「卒業式後にお前とセックスした時、お前はご丁寧にコンドームに穴を開けただろう。」
「っ!!?」
バレている。
・・・そうだ。俺は、あの日、部屋に置いていたコンドームに穴を開けた。
「あ・・・あれは、気の迷い!気の迷いでっ。」
「気の迷いで、一箱全てのゴムに穴を開けたのか?執念だな。」
くっと東吾が皮肉に笑う。
俺は息苦しくなって、喉がグッと締め付け感を覚えた。
全部バレている。
「で・・・出来てないから。妊娠してないから。」
自分でも驚く程、弱々しい声がでた。
行き場がどこにもなくて、身体をどこに置いていいのか分からない。
ガクガクと震える。
「そこまで、俺の事が好きか。六。」
「・・・。」
「俺の子供が欲しいと思う程、好きか。」
俺の逃げ場所がどんどんなくなっていく。
くっと我慢できなくなって、涙が出てきた。
「くそ。」
一度出てきた涙はもう止まらなくなって、後から後からどんどん溢れてくる。
「六。」
「くそぉ・・・っ!」
お前を離してやりたかった。
だって、俺がお前をずっと好きで、それでヒートを起こしたんだ。お前に責任を押し付けたくなかった。
「俺とお前の番関係は事故だったんだ!もういいだろ!俺は元気でやるから、だから!」
だから、逃げた。
捕まえにくるなよ。
「俺はお前を逃がすつもりはない。」
「くそっ・・・腹立つっ!」
東吾の顔がどんどん近づいてきて、唇が触れた。
鋭い目を至近距離で見つめる。
触れたら最後、互いの匂いが深まって無我夢中に口づけてしまった。
だから、嫌なんだ。お前の近くにいると訳が分からなくて、離れられなくなるから。
逃げてあげられなくなるから。
東吾は、俺の嗚咽ごと飲み込むキスをした。
☆☆☆
運命だ。
入学式の桜散る中、一人の男に目が釘付けになった。
これは、俺のモノだと全身にゾクゾクと血がたぎるようだった。
向こうは、俺に気が付かなかった。まだ、時期ではないのかもしれない。
俺の運命は、同じクラスだった。
目で追うのがやめられない。気が付いたら、いつも目で追っていた。
運命なんて馬鹿馬鹿しいと思っていた。こいつに会うまでは。
その指の動き一つですら愛おしい。華奢で身体の線が細くて抱いたら壊れそうな気がした。
抱く・・・そうだ。俺はコイツを抱きたい。抱いて、コイツの奥まで満たしたい。
「六。」
声をかけたこともない、そいつの名前を呼んだ。
一学期が過ぎて、二学期が始まった。
俺だけが運命だと気が付いて俺だけがコイツを愛おしいと感じている。
六の目に俺を映すことはなかった。その焦燥感に我慢できなかった。我慢できずに保健室へ入る六の後を追った。
保健室に入って、六と目が合った。
「東吾。」
初めて名前を呼ばれた。
その瞬間、運命の番の匂いにお互い発情に入った。どちらかではない。両方だ。
今まで感じたことのない甘美な匂い。これが、俺のオメガの匂い。俺の運命。
たまらない。
六の身体を抱きしめると、全身が狂喜に震えた。
もう意識はなかった。
気が付いたら、大人に取り押さえられていた。六はそのまま病院へ向かった。
そして、俺は、早期に番にされたオメガの精神状態について医師に教わった。
早期に番にされたオメガは精神的に不安定になる者が多い事。異常な性行動を見せる者、リストカットや自殺未遂をする者、愛されていないと勘違いする者、様々なケースがあるらしい。
その後、六は異常に身体を鍛え始めた。華奢だった身体は美しい肉体へと変化した。
六が無我夢中で鍛える事は精神的な不安定さを隠す為かもしれないが、俺を見る目はいつも真っすぐだった。
オメガの性にも俺にも負けまいとする強い意志を持った目。
その目で見つめられる度、お前を抱きつぶしてやろうと何度思ったか。
生徒からしつこく告白されていた俺は運命の番がいると断ったことがあった。誰かが憶測で渡里だと言いふらしたのだろう。
まさか、それを六が勘違いするとは思わなかった。
俺がお前と接するのと他の奴に接すのではあまりに温度差がある。それすら気が付かない程、必死に俺から逃げたかったんだな。
六は、早くに首を噛まれた為、他のアルファの匂いが分からない。分かるのは俺の匂いだけ。
比べる事が出来ない六は、俺が運命の番だという事に気が付かない。
運命だと知ったら、もう少し六も精神的に楽になれたかもしれない。
だが、俺は言うつもりはない。
「お前はいつも俺の事を考えればいい。」
そうしたら、お前は俺から逃れられない事に気が付くだろう。だが、気が付いた時には手遅れだ。
逃げられないよう何重にも見えない鎖で繋いでやる。
布団の中で疲れ果てて寝ている六の頭を撫ぜた。あれから気を失うまでセックスをした。泣きすぎて目が腫れている。
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