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愛欲編

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「よかった。やっと王宮から出てきた。ずっと会いたくて待っていた」

 リンの気配が王宮から出た時、俺は彼に会いに行く。

「君は……、また、懲りずに……」
「リンが出てこないなら、王宮の門を壊して突破してしまう所だった」

 飄々と脅す俺に、リンは頭を抱えた。
 こうも位置を把握されていると怖いだろうな……と自分でも思うが、会えなかった五年間を埋める為にこちらも必死だ。
 再会後、会うのを拒否され続けたのは、俺の強メンタルを地味に削った。
 ようやく、最近、リンが俺のしつこさに諦めが出てきた。

「はぁ……。全く君は。今日はどうするんだい?」
「いいところがある」
 そんなリンの腕を掴んで俺は連れまわした。移動魔術を使って景色のいい場所や上手い店、古本屋、魔術店。
 そして会えばいつも口説いた。リンは他の女性にしなさいと言うがリン以外の他なんて考えられない。



「……五年だよ。僕も変わった」
「そうだな。リンも俺も変わった。でも、リンを想う気持ちだけは変わらないんだよ。俺は自分でも不思議だ。アンタが近くにいると嬉しくて胸が痛いくらい動悸がする」

 リンの真っ赤な唇に噛みつきたくて喉がなる。白くて柔らかそうなその頬にも口づけしたい。
 俺は、5年もよく我慢した。我慢だと思うと急に我慢が難しくなる。

「この5年、リンは誰かとキスした? 俺はしてない」
「……カイル君」

 見下ろしたリンの頬が赤く染まっていく。その様子に我慢が出来ず、再会してから初めてのキスをした。

「はぁ……ん、んぁ」
 甘い吐息。
「抵抗する、なら、今だ……、我慢できないっ」

 何度も何度も唇を合わせ、久しぶりのリンを味わう。
 吐息すら飲み込みたい。深く深く。もっと。
 唇が馴染んでくるとリンの表情も変わった。欲望が深まり、リンの身体に触れ始める。彼の素肌に触れてしまえば理性は壊れてしまった。

「リン、好きだ」
「…………っ」

 何故か、リンは抵抗しなかった。

 家まで転移して、なだれ込むようにベッドについて彼の身体を貪った。リンは羞恥心と快楽で身体は赤く染まり、涙を流した。

 初めて見る彼。ずっと大事にしてきたのにそんな彼を見る度欲望は溢れ、彼の気持ちを確認する前に身体を繋げてしまった。
 気持ちいい彼の中と、俺のモノで揺さぶられ気持ちよくなる彼。その両方が脳髄まで甘く蕩けさせた。

 その行為は一度では終わらず、何度も何度も求めて彼の中を蹂躙した。
 行為が終わり眠っていると、彼はいつの間にかベッドからいなくなっていた。





 各地で災害が起き初め、リンの開きかけた心がまた閉ざされた。
 俺に会う事を怖がっている様子だった。何故かと問うと、「君は僕の責務の邪魔をする」とポツリと言った。

 リンは頑なだった。

 リンは世界を背負っていた。
 その小さな身体で自分は強いのだと思い込んでいる。

 俺とリンが考えていることが空回りしている気がした。

 だが、魔術師会を内部から崩していく準備も、災厄への準備も揃ってきている。
 災厄からも人柱の責任からもリンを救ってみせる。リンの凍った気持ちを溶かすよりも災厄から彼を守ることが大事だと目を向けた。





 ドンッ!! という地震と共に大きな樹木が地面に芽吹いた。以前からの災害でも同様の事が起来ていた。だが、この日はいつもと違う。もっと、何か大きなものがこれからやってくるような気がした。
 禍々しい空気が世界を覆い、各地で自然災害と地面から溢れる樹木がその地を襲い始めた。

「……リンッ!」

 これが、災厄なのか、それとも災厄前なのか、俺には分からない。だが、この災害の大きさは異常だと感じた。

 きっと、今頃リンは、マキタや魔術師達と共に現場の救助へ向かっているはずだ。
 リンの強さを信じよう。この日の為にマキタの能面野郎と策を練っていた。

 災厄は出始めよりも一番強まった時に『人柱』が封印陣を描く。まだそのリンの役目を果たすまでは時間があるはずだ。

 リンのこと、必ず守ってみせる。

 そう思いながら、自分も各地の救助に当たった。
 それが、彼の為になると思った。少しでも被害が少なければリンが喜ぶだろう。災厄後悩むことが少なくあるように。

 現場は、魔術師達が救助にあたる。彼らはいかなる災厄も想定しており、的確な救助作業であった。その様子はカイルも驚かされた。

 歴史もあるだろうが、流石、指揮者がリンとマキタだ。

「うわぁああ!」

 地面をえぐり、樹木がどんどん生えてくる。魔術で樹木の成長速度を止めても、別方向から生えてきた。災害が強くなってきた。

「面倒だ。一気に片を付ける」

 地面に魔力を一斉に流しこみ、一帯の樹木の動きを魔術で止めた。

「そろそろ、リンが行動する時かもしれない」

 俺は目を瞑り、リンの気配を探知し転移した。



 王都のど真ん中だ。
 暴風が吹き荒れ、雷が降り注ぐ中、リンは真っ白なローブを身に着けて封印陣の中に入っていた。その様子にぎくりとする。


 そして、俺を見て、やっぱり来たとこちらを向いた。

「カイル君」

 こんな時なのにリンは静かに微笑んでいた。その笑顔に嫌な予感がする。
 
「助けに来た。リン、災厄を共に乗り越えよう。人柱は要らないんだ」

 俺は、人型を作る案をリンに話した。もっと早く伝えるはずだったが、リンが頑なに俺に会う事を拒否した。
 焦っては事を仕損じると悠長な事を考えていた自分が馬鹿だった。こんなに早く災厄がくるとは自分も想定していなかったのだ。

「リン封印陣の外に出てくれ。今から人型を魔法陣の中に入れる」

 リンの事を救う自信があった。そのために何年も引きこもり策を立ててきた。絶対に大丈夫とリンを安心させたくて近づいた。

「カイル君、僕の目を見て」

 その静かで優しい声にリンの方を見た。

『君が僕を助けたいと思う程に身体は動かなくなる』
「!!」

 リンの一声で俺は一歩も動けなくなった。
 俺は魔術を一瞬で解除出来る。どんな魔術も解除出来るその力を手に入れた。

 そのはずだった。

 これは……。

「こんなに強く作用するとは、君がとても僕を想ってくれているのが分かるよ。強く想ってくれているほどに動く事は出来ない……暗示だよ」

 ただの暗示……。

 自分でも驚いた。何故、こんな安易な手に引っかかるのだろう。頭を真っ白にして暗示を解かなければ。そう思った時、リンが立っている封印陣が光りはじめる。リンの封印陣が作動してしまったのだ。

「カイル君、ありがとう。君の側は温かかった」

 違う。そんな終わりの台詞を聞きたいわけではない!

「僕は死ななくちゃ……、皆を守る為に死ななくちゃいけないんだ」

 違う。それこそ誤解だ! そう言いたいのに、声すら出せない。

 頭を真っ白にしなければいけないのに、動揺して失敗した。目の前に消えゆく最愛を前にして頭を真っ白にすることは難しい。
 動揺すればする程『助けたいと思う程に動けなくなる』この暗示を解くことが出来ない。

 いや、駄目だ。このままでは本当に愛する人を手放す事となる。
 目を瞑り意識を集中させる。すると、手から動けるようになる。手が動けるようになれば足、そして身体と順に暗示を解いていった。

「リンッ!!」
 俺は光輝くリンの方へ駆け寄り手を伸ばした。溢れるほどの光が視界を奪う。

 リンの手を掴んだ瞬間、片手で魔術陣を描いて人型を形成する。

 リンにはもう意識がない。俺は形成した人型を魔術陣に押し込みながらリンの身体を自分の方へ強く引っ張った。

 リンの身体が魔術陣の外に上半身半分出た所でリンの足に木の蔓が絡んで封印陣から離れない。

 リンの身体からまだ魔力が注入されている。
 リンを離さない気か……?! 奪いつくされる!

 俺は叫んだ。
 人型に強く魔力を与えながら、リンの足に絡む蔓を分解していく。
 もっとだ。まだ離れない。俺の鼻から血が出た。集中していくつもの魔術陣を脳裏で書いた。脳裏で書いた事を実現させることは初めてだった。

 リンは渡さないっ!!

 炎でも燃えない蔦を分解していく。
 魔術が発動した。光の粒と同じように蔦がパラパラと粒子になっていく。
 リンの下半身も魔術陣から離れた。

 その瞬間、最大魔力を封印陣に込めた。

 ぱぁっと世界が眩しい光に包まれた。



 空の厚い雲が薄まっていく。

 災厄は逃げたのか。辺りから不穏な気配が薄まっていくー………。


 俺はリンを抱きしめた。

 よかった。彼は消えていない。
 リンの方を見ると、顔色は真っ青でぐったりとしていた。

「リン、もう大丈夫だ」

 リンの呼吸はこと切れそうだが、まだかすかに感じる。急いでリンに魔力を注いだ。彼の身体が光る。
 彼の身体の魔力は元通りになった。
 だが、動かない。目が少し開いて虚ろだ。どういうことだ!?
「おい、リンッ!?」

 彼の意志がここに宿っていないみたいだっ!!

「リン、俺の声を聞け、死ぬなっ! お願いだから、死なないでくれっ!!」

 意識をとり戻すようにあの世に行ってしまわないように何度も呼びかける。
 それも空しくリンの身体を揺さぶっても反応がない。

「………なぜ?!」

 ぞわっと全身の毛が逆立つ。恐怖が自分を包み込んだ。

 自分でも訳が分からない程、動揺していた。こんなに動揺したことがない。
 リンの胸に耳を当てると心臓の音がドクドクと聞こえる。

 リンは死んでいない。呼吸も脈もあるではないか。身体の生命活動を感じる。

 ————……なのに、魂の抜け殻みたいだ。


「リン、起きろ。目を開けてくれ……」

 頬を撫でる。ここに体温はあるのに。

 死んでいないのに生を諦めてしまった……? リンはずっと死にたかったのだろうか、いや、そんな事はないはずだ。リンだってきっと生きたかったはずなのに。

 リンの頬を何度も撫でる。黒い目が虚ろで輝きを失っていた。その目に輝きが灯るよう祈りながら魔力をゆっくり流していく。

「もう、心配いらないから。目覚めてくれ」

 リンの魂が戻ってくるように声をかける。魂のない状態が続けば、リンの身体も数時間後には死んでしまうだろう。


 
 そんな俺達の周りに黒い影が浮かび、魔術師達が集まった。

 黒いローブをすっぽりとかぶった魔術師達が俺達を見て、消えた災厄を見て笑って褒めたたえた。

「……」

 立派な方でした、役目を果たされた、強い方でした……リンが死んだと勘違いして過去形にして、どうでもいい評価を勝手に下している。

 何を言っているのか、全く理解出来なかった。
 リンの身体は小さく、いつも震えを隠して微笑んでいた。本当はとても弱いのを無理していた。

「こんな奴らの為に……っ!」

 魔術師達が、俺の腕の中のリンを覗き込もうとするため、俺はリンを奴らから隠すように抱きかかえる。

「はは……ははっははは……!」

 こんな奴らのせいで、リンは苦しんだ。笑いが出る。なんとくだらないのか。こんなくだらない者の為にリンは苦しんだのか。
 リンのいなくなる世界がどういうものなのか俺には理解できない。考えたくもない。

 俺の中に闇が溢れるのを感じる。

 俺の目を見た魔術師達がざっと後ろへ後退った。



 壊してもいいな。


 壊してしまおう。


 リンがいない世界など、俺には何も輝かない。


 壊すつもりで世界を見た。
 すると、そこに目に映ったのはとてもキレイな世界だった。
 周りで災害から助かった人々の声がする。

 リンが守りたかった人々の笑顔。

「………はっ………はっ」


 俺にも、人を助けたいと思う心がある。リンが助けた人々を見て喜ぶ心もある。
 リンが望んだ美しい世界……。

 何も出来なかった。ただそれを見つめて立ち尽くした。

 リンを再び見つめる。

「帰ろう」

 こんな状態の彼を外に置いておくわけにはいかない。彼を抱きながら歩き始めた。

 フラフラする足取りで自分の家へと向かった。人々の喜ぶ声とリンの状況が目に見える度、一歩歩くごとに自分の中で何かが崩れる音がする。

 家に着いた頃には、バランスを失ってしまった。


「時よ。止まれ」

 リンがいない世界が動くのをもうこれ以上見たくなかった。世界の時間を魔術で止めた。


 部屋に入りリンをベッドに寝かせる。真っ白な彼の頬を撫でる。


 自分を選んで欲しかった。
 リンに生きることを選んで欲しかった。涙が溢れ彼の頬を伝った。

「リンじゃないと嫌なんだ」



 今から行うのはたった一つの魔術。

 人生でたった一度しか使う事が出来ない禁術だ。

 俺は手首を深く切った。赤い血が床に滴り落ちる。
 手首から流れる血を利用して部屋中に血の魔術陣を描いた。

 過去に遡り霊魂を繋ぎ直す魔術。
 リンは生きる気力を失い、魂が身体から離れてしまった。離れた魂を繋ぎ直す。

 この魔術が作動すれば、リンは何度も過去に遡る。

 リンが死んだと思い込んでいる厄災でこの世界はループするようになっている。
 過去はリンが悩みや恐れている事柄で内容が変わる。輪廻の世界で彼が死に直面したり、危険が起きる前には必ず俺が助ける事、出会えるように術に細工をする。


 たった一度で戻ってこられるだろうか……それとも……。

 それとも戻れず、俺と共に死んでいくのだろうか。

 輪廻魔術が作動するのは、俺の手首の血が流れるまでの間。俺が死ぬのが早いかリンを取り戻す事が早いか。俺が死ねば、時間を止めた魔術も解除され世界は通常通りに戻る。

『生きたい』

 そう、彼が思ってくれる、それだけでいい。それだけでいいのだ。
 簡単な事だ。簡単な事に彼は気付くだろうか。

 寝かせているリンの手を繋いだ。



「輪廻魔術」

 繋いだ手が光った。



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