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愛欲編
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馬車での移動中に結界の揺れを感じた。
災害級の揺れではなかったが、現場に向かいたい……。
もう、そんな時期かと不安になる。
「リン?」
カイル君が僕の顔を覗き込んだ。最近、カイル君の距離が近くてたじろいでしまう。この世界のカイル君はよく僕の目を見つめる。
……いや、違うか。以前の僕は彼の目を見つめすぎると彼に自分の本心がバレると思った。意図してあまり見つめないようにしていた。
彼が変わったのではなく、僕が変わったのか…。
「震えている。具合が悪いか?」
カイル君がそう言って、マントをかけようとする。
「平気だよ。少し出掛けなくてはならない」
「どこへ?」
すぐに戻ると言いかけたが、少し考える。
「君も行くかい?」
「あぁ、リンと二人でか?」
カイル君がまるで遊びに行くような声の調子で言う。
「決して遊びではないよ」
彼を窘めて、皆にカイル君と二人で出かけることを伝える。
転移する為にカイル君の手を握った。移動魔術で転移した。
結界の揺れた場所は新緑の森の中だった。
周りを見渡すが何も起きていない。だが、カイル君は僕よりも気配を察知する事が上手い。
「リン、何かいる」
そう言って、僕の身体を自分の後へ隠すような動作をする。僕はそんな彼の腕を払う。
「君は自分を守る事に集中しなさい」
僕はカイル君の前方に出た。僕には気配も何もわからない。
ただ、樹木がとても生い茂っている。
「おかしいと思わないか」
何がと思った瞬間、彼が言っている意味が分かった。僕が立っている場所は人が土を耕した形跡がある。
他にも藁のようなものが目に入る。
「ここは農地か」
僕が言うと、カイル君が剣を鞘から抜く。
だが、静かなものだ。
害がないのならば、放っておいてもよいかと思った瞬間、僕の足が蔦に引っかかった。いや、蔦に足を掴まれた!
僕は瞬時に掴んでくる蔦を燃やした。次の瞬間、次々と木の蔦がこちらに向かってくる。それをカイル君が素早く切っていく。
遅れをとったが、僕もその動く蔦を焼き払う。いや、ここまで地に浸食しているのならば全て焼き払うよりも光魔術で樹木の内部の闇を払ってしまおう。
魔術陣を地面に描き魔力を込める。そこに光が出て、蔦の動きが止まった。
シンッとまた静寂さが戻る。
カイル君は、辺りにまだ動きのある物はないかと近辺を捜索してからこちらに戻ってきた。
「もう動く蔦はない。これは一体なんだ?」
カイル君が蔦を切って確認するが、ただの木に戻っていた。
結界の揺れから災厄の一部であろう。今まで三回災厄を経験したが、どのケースも全くちがった。
一度目はアンデッド、黒い霧。
二度目は闇を深めた僕の偽物。
三度目は異形モンスター。
僕のカンが正しければ、これは災厄の始まりだ。今度は自然が敵か。
僕は伝言鳥を魔術で形成した。マキタに報告しなくては……。
「それは? 伝言鳥?」
カイル君が魔術で作った伝言鳥を見て興味を示した。魔術で物体をそっくりに形成する方法を彼はまだ習得出来ていない。動く物の形成は特に難しく、イメージを間違えればキメラとなる。
「うん、知り合いに調査してもらうんだよ」
そうして、伝言鳥を空高く飛ばした。今度こそ、失敗は許されない。失敗の事を考えると、また動悸がするけれど、僕はふぅっと息を吐いて呼吸を整える。
「リン、休憩しよう。顔が真っ青だ」
そう言って、僕のことを先ほど切った木の株に座らた。カイル君はもって来ていた水筒の水を僕に飲ませた。
「ありがとう。少しマシになった」
「いや、まだ顔色が戻っていない。無理をするな」
彼を無視して立ち上がる。
木のサンプルを持ち帰り研究したいと思ったのだ。
試験管をとり出した。木の破片を試験管に入れる。
すると、僕の目をカイル君の大きな手が覆いかぶさった。
「少し、寝ろ」
「!!」
カイル君が言った瞬間、強い眠気が襲ってきた。催眠……魔術。
もう完全に使えるようになったのか。
……君は本当に成長が早い。
「体調悪いのに無理するな」
「……」
溜息交じりのカイル君の声。目が開けていられなくて、眠った。
散らかった部屋の椅子で座っていた。
「リン、お前は人柱として生きるのだ。お前の命はお前だけのものではない」
師匠………はい。
僕の命は僕だけのものではない。生きるも死ぬのも僕が決めてはいけないのですね。
師匠の目が悲しそうだから、僕は何も言いません。
「お前に悲しい宿命を負わせてすまないな」
いいえ。こちらこそ、何も持っていない赤子の僕を育てて魔術を教えてくれてありがとうございます。
感謝しています。貴方はとても僕に愛情をかけて傍にいてくださった。
何も恨んでいません。
ただ、少し、淋しいと思うのだ。
「リン、目を開けてくれ」
「……」
目を開けると、マントに包まれてカイル君の膝枕で眠っていた。カイル君は本を読んでいた。下から見上げても崩れない顔の良さ……。
「起きたか」
ふわりと微笑まれ、彼の眩しさに眉間がより目がギュッとなる。
ま、眩しい。光で消失されてしまう。
僕は彼の上体を起こした。太陽が真上に来ている。二時間程眠っていたか?
「体調はどうだ?」
頭がスッキリしている。上手な催眠術は身体へのヒーリング効果が倍になる。
「よくなったよ。だけど、急に催眠をかけるのはよくないな」
「大丈夫。睡眠に関しては結構勉強した。リンが無理ばっかりするからいつか使おうと思っていた」
「無理はしていないよ」
「嘘をつけ。夜中も本を読んで勉強しているだろう」
それは、長く勉学をサボっていたからであるし、また、夜中不安で眠れなくなったからだ。眠ると悪夢が襲ってくる。大声で叫んで起きそうになる。
「寝れないなら、いつでも寝かせてあげようと思ってな」
そう言ってカイル君が手を伸ばし、僕の髪の毛をかき上げた。カイル君の目が優しい。
胸がドキドキして苦しい。そういえば、旅中は皆がいるし二人で話していても魔術の事ばかりだった。
「あ、の、君さ、顔が……いいよね」
「は?」
こうして二人っきりになって見つめ合うなんてことは今までなかった。急に恥ずかしくなり、ふーふーっと下を向いて息を吐く。
「はは。リン先生ってば、何、俺の顔が好きなわけ?」
「……」
僕だって、初めから君の顔が好きだったわけじゃない。積み重ね見ているうちに、僕のタイプが君になってしまっただけなんだ。それを言ったって分からないだろうけど……。うぅ。この世界ではカイル君の師匠なのだから威厳を持ちたいのに、二人っきりの空間に揺らいでしまう。
カイル君はくくっと愉快そうに肩を揺らして笑っている。
「アンタは、初めから俺だけ見てくるよなぁ。なんで、そんな俺だけなの?」
「……」
カイル君だけ……。
隠していないから知られている事は分かっていた。だけど、急にそれを言われると居たたまれない。
まだ、師匠としてやらなきゃいけない事もあるし、することが沢山あって……振られるのは勘弁して欲しい。
キュッと唇を噛む。
その唇をカイル君の指が触れる。噛むのを止めろと言うように唇をなぞる。
「赤い唇がもっと赤くなる。俺が噛んでやろうか」
「……っ! からかうのは止めてくれたまえっ!!」
僕は立ち上がった。カイル君はやはりどの世界でもカイル君だ。
優しいけれど、ドSが彼の中には入っているのだ。僕を羞恥心で殺す気なのだ。恥ずかしさで震えてしまう。どう接したらいいのか。恋愛的に浮ついている場合ではなくてしっかりしなければ。
は~っと深呼吸する。
「調査する」
立ち上がり彼の方を見ず、森化した農地を見て回る。彼から隠れるように樹木の後に回り込んだ。木のいい匂いを感じる。触れると温もりのある木だ。
「……」
樹木が相手なれば、火の攻撃が優位ではある。
咄嗟の攻撃物に焼き払うのは構わないが、樹木全てを焼き払うのには抵抗がある。闇を払えばこの通り自然へと戻るのだ。
光魔術で闇を取っ払ってしまう事が一番のベストだろう。
「カイル君、来たまえ」
僕は照れを隠し、彼に手を差し伸べる。僕が呼ぶと彼はすぐに駆けてきた。
僕は再び転移するためにカイル君の腕を掴んだ。そして、この農地を一望できる山頂へと飛んだ。
高い位置から見るとよく分かる。もう少し来るのが遅かったら、樹木は人里まで侵入していただろう。
「カイル君、これからこの国は自然が街を壊し国を覆うだろう」
彼の方を見た。
僕の言うことに疑いを感じていない真っすぐな目だ。
「これから長話になるけれど聞いてくれるかい?」
勿論。頷いてくれる。その態度に後押しされるように僕はカイル君に話し始めた。
「この国は、もうすぐ『災厄』がやってくる。これは歴史。必ずやってくるものだ」
「……災厄?」
頷いた。ラウル王国になる前の土地は荒れた国だった。
嵐、洪水、感染症、水不足、そしてそれに耐えられるモンスターだけがこの地を支配していた。人が住めるような地ではなかった。
だが、住んでいる人もいた。
一人の魔術師が結界を張り巡らせた事が、ラウル王国の始まり。
結界を張った地は安定をもたらせた。
魔術師は自分の力を注ぎ込み、結界を張っていた。彼が死ぬ頃には、もう既に人が多く住み過ぎていた。
周囲の人間が結界が無くなることを恐れ『結界を張る者』を受け継がせた。
「一番初めの魔術師は、今住む人が幸せに暮らせるように……。きっとそんな小さな願いだったのではないかと僕は思うんだ」
『結界を張る者』は自分の魔力が日々体内から奪われ過ごさなくてはならない。そのため、魔力の強くない者では一瞬にして命を落とす。選ばれるのは一番強い魔術師。
「一番強い魔術師」
ずっと、黙っていたカイル君が僕を見た。
「あぁ。そうだよ。僕だ。この世界の結界は僕が張っている」
強く風が吹いた。
カイル君と僕を落ち葉が舞う。カイル君のその瞳が僕が映っている。僕はこの空間ごと切り取りたい気持ちになり時間を少し止めた。
動けるのは、僕と君だけ………。
僕はカイル君の目の前で固まっている落ち葉を指でつまんでとった。
「本当はもっと凄い事が出来るんだよ。でも、残念ながら使える魔力がいつもないんだ」
時を止めたのは一瞬で、すぐに落ち葉はひらひらと地面に落ちた。
全ての落ち葉が下りた時、カイル君は笑った。
——笑うとは思わなかったな。
「それで俺に最強になって欲しかったのか。魔力を奪われて辛かっただろう。いいよ。任せろ」
「……」
「俺の魔力いつも有り余っているから、何なら今からでも結界への魔力供給を代わってやるぞ」
一つも余裕を崩さない彼。そういうところがいつも恰好よくて本当にズルいなぁ。
彼の様子に苦笑いする。
「代われないのだよ。一度『結界を張る者』に選ばれたら代わる事は出来ない。僕の魔力と結界は繋がっている。解除するには僕の死か結界を壊すかのどちらかなんだ」
ずっと重く感じていた責任が、今のカイル君の軽い反応で心が穏やかになる。
僕はくるりと彼に背を向けた。もっと僕も彼みたいに余裕を持って考えたい。
「はぁ!?」
「えっ!?」
グッと僕の腕がカイル君に力強く掴まれた。力強過ぎて僕はよろけてしまう。そのまま彼の胸の中にもたれると、くるりと逆向きにされる。
「意味わからねぇ! 災厄はやってくる。なのに、アンタはその役目を代われない!? はぁ!? じゃ、俺は!? 俺が最強になる意味はなんだっ!? リンを助ける為に頑張っているんだろうが!?」
先ほどまでの余裕はなんだったのかと思う程の取り乱しっぷり。
「俺がリンを助けて、もっと俺の事惚れさせて、めちゃくちゃに可愛がるって計画が台無しだろう!!」
「!!」
「ぁあっ! なんだそれっ!!」
カイル君が一人怒りまくっているのを見て……腰が抜けてしまった。
ヒョロヒョロと地面に尻が付いてしまう。
まさか、こんな反応されるとは思っていなかったから……。
「リンにそれ押し付けた奴、ブチ殺してやる!!『結界を張る者』も何とかしてリンがやらない方法を考えてやる。今から魔術本読みこんで勉強してやる! 今なら何十冊でも読める気がしてきた」
「……」
普段、余裕あるのに君は、僕のために。
「くくっははっ……くくくっはははは!!」
おかしい。カイル君の考えは僕の予想をいつも裏切る。笑い過ぎて目尻に涙を溜めながら彼を見上げる。彼が頬を染めている。目が合うと彼が目尻を下げて微笑んだ。
「リンの笑顔見る事が出来た」
カイル君が座り込み嬉しそうに言った。
「リン、好きだ」
そう言うのと同時に彼は僕に口づけした。
災害級の揺れではなかったが、現場に向かいたい……。
もう、そんな時期かと不安になる。
「リン?」
カイル君が僕の顔を覗き込んだ。最近、カイル君の距離が近くてたじろいでしまう。この世界のカイル君はよく僕の目を見つめる。
……いや、違うか。以前の僕は彼の目を見つめすぎると彼に自分の本心がバレると思った。意図してあまり見つめないようにしていた。
彼が変わったのではなく、僕が変わったのか…。
「震えている。具合が悪いか?」
カイル君がそう言って、マントをかけようとする。
「平気だよ。少し出掛けなくてはならない」
「どこへ?」
すぐに戻ると言いかけたが、少し考える。
「君も行くかい?」
「あぁ、リンと二人でか?」
カイル君がまるで遊びに行くような声の調子で言う。
「決して遊びではないよ」
彼を窘めて、皆にカイル君と二人で出かけることを伝える。
転移する為にカイル君の手を握った。移動魔術で転移した。
結界の揺れた場所は新緑の森の中だった。
周りを見渡すが何も起きていない。だが、カイル君は僕よりも気配を察知する事が上手い。
「リン、何かいる」
そう言って、僕の身体を自分の後へ隠すような動作をする。僕はそんな彼の腕を払う。
「君は自分を守る事に集中しなさい」
僕はカイル君の前方に出た。僕には気配も何もわからない。
ただ、樹木がとても生い茂っている。
「おかしいと思わないか」
何がと思った瞬間、彼が言っている意味が分かった。僕が立っている場所は人が土を耕した形跡がある。
他にも藁のようなものが目に入る。
「ここは農地か」
僕が言うと、カイル君が剣を鞘から抜く。
だが、静かなものだ。
害がないのならば、放っておいてもよいかと思った瞬間、僕の足が蔦に引っかかった。いや、蔦に足を掴まれた!
僕は瞬時に掴んでくる蔦を燃やした。次の瞬間、次々と木の蔦がこちらに向かってくる。それをカイル君が素早く切っていく。
遅れをとったが、僕もその動く蔦を焼き払う。いや、ここまで地に浸食しているのならば全て焼き払うよりも光魔術で樹木の内部の闇を払ってしまおう。
魔術陣を地面に描き魔力を込める。そこに光が出て、蔦の動きが止まった。
シンッとまた静寂さが戻る。
カイル君は、辺りにまだ動きのある物はないかと近辺を捜索してからこちらに戻ってきた。
「もう動く蔦はない。これは一体なんだ?」
カイル君が蔦を切って確認するが、ただの木に戻っていた。
結界の揺れから災厄の一部であろう。今まで三回災厄を経験したが、どのケースも全くちがった。
一度目はアンデッド、黒い霧。
二度目は闇を深めた僕の偽物。
三度目は異形モンスター。
僕のカンが正しければ、これは災厄の始まりだ。今度は自然が敵か。
僕は伝言鳥を魔術で形成した。マキタに報告しなくては……。
「それは? 伝言鳥?」
カイル君が魔術で作った伝言鳥を見て興味を示した。魔術で物体をそっくりに形成する方法を彼はまだ習得出来ていない。動く物の形成は特に難しく、イメージを間違えればキメラとなる。
「うん、知り合いに調査してもらうんだよ」
そうして、伝言鳥を空高く飛ばした。今度こそ、失敗は許されない。失敗の事を考えると、また動悸がするけれど、僕はふぅっと息を吐いて呼吸を整える。
「リン、休憩しよう。顔が真っ青だ」
そう言って、僕のことを先ほど切った木の株に座らた。カイル君はもって来ていた水筒の水を僕に飲ませた。
「ありがとう。少しマシになった」
「いや、まだ顔色が戻っていない。無理をするな」
彼を無視して立ち上がる。
木のサンプルを持ち帰り研究したいと思ったのだ。
試験管をとり出した。木の破片を試験管に入れる。
すると、僕の目をカイル君の大きな手が覆いかぶさった。
「少し、寝ろ」
「!!」
カイル君が言った瞬間、強い眠気が襲ってきた。催眠……魔術。
もう完全に使えるようになったのか。
……君は本当に成長が早い。
「体調悪いのに無理するな」
「……」
溜息交じりのカイル君の声。目が開けていられなくて、眠った。
散らかった部屋の椅子で座っていた。
「リン、お前は人柱として生きるのだ。お前の命はお前だけのものではない」
師匠………はい。
僕の命は僕だけのものではない。生きるも死ぬのも僕が決めてはいけないのですね。
師匠の目が悲しそうだから、僕は何も言いません。
「お前に悲しい宿命を負わせてすまないな」
いいえ。こちらこそ、何も持っていない赤子の僕を育てて魔術を教えてくれてありがとうございます。
感謝しています。貴方はとても僕に愛情をかけて傍にいてくださった。
何も恨んでいません。
ただ、少し、淋しいと思うのだ。
「リン、目を開けてくれ」
「……」
目を開けると、マントに包まれてカイル君の膝枕で眠っていた。カイル君は本を読んでいた。下から見上げても崩れない顔の良さ……。
「起きたか」
ふわりと微笑まれ、彼の眩しさに眉間がより目がギュッとなる。
ま、眩しい。光で消失されてしまう。
僕は彼の上体を起こした。太陽が真上に来ている。二時間程眠っていたか?
「体調はどうだ?」
頭がスッキリしている。上手な催眠術は身体へのヒーリング効果が倍になる。
「よくなったよ。だけど、急に催眠をかけるのはよくないな」
「大丈夫。睡眠に関しては結構勉強した。リンが無理ばっかりするからいつか使おうと思っていた」
「無理はしていないよ」
「嘘をつけ。夜中も本を読んで勉強しているだろう」
それは、長く勉学をサボっていたからであるし、また、夜中不安で眠れなくなったからだ。眠ると悪夢が襲ってくる。大声で叫んで起きそうになる。
「寝れないなら、いつでも寝かせてあげようと思ってな」
そう言ってカイル君が手を伸ばし、僕の髪の毛をかき上げた。カイル君の目が優しい。
胸がドキドキして苦しい。そういえば、旅中は皆がいるし二人で話していても魔術の事ばかりだった。
「あ、の、君さ、顔が……いいよね」
「は?」
こうして二人っきりになって見つめ合うなんてことは今までなかった。急に恥ずかしくなり、ふーふーっと下を向いて息を吐く。
「はは。リン先生ってば、何、俺の顔が好きなわけ?」
「……」
僕だって、初めから君の顔が好きだったわけじゃない。積み重ね見ているうちに、僕のタイプが君になってしまっただけなんだ。それを言ったって分からないだろうけど……。うぅ。この世界ではカイル君の師匠なのだから威厳を持ちたいのに、二人っきりの空間に揺らいでしまう。
カイル君はくくっと愉快そうに肩を揺らして笑っている。
「アンタは、初めから俺だけ見てくるよなぁ。なんで、そんな俺だけなの?」
「……」
カイル君だけ……。
隠していないから知られている事は分かっていた。だけど、急にそれを言われると居たたまれない。
まだ、師匠としてやらなきゃいけない事もあるし、することが沢山あって……振られるのは勘弁して欲しい。
キュッと唇を噛む。
その唇をカイル君の指が触れる。噛むのを止めろと言うように唇をなぞる。
「赤い唇がもっと赤くなる。俺が噛んでやろうか」
「……っ! からかうのは止めてくれたまえっ!!」
僕は立ち上がった。カイル君はやはりどの世界でもカイル君だ。
優しいけれど、ドSが彼の中には入っているのだ。僕を羞恥心で殺す気なのだ。恥ずかしさで震えてしまう。どう接したらいいのか。恋愛的に浮ついている場合ではなくてしっかりしなければ。
は~っと深呼吸する。
「調査する」
立ち上がり彼の方を見ず、森化した農地を見て回る。彼から隠れるように樹木の後に回り込んだ。木のいい匂いを感じる。触れると温もりのある木だ。
「……」
樹木が相手なれば、火の攻撃が優位ではある。
咄嗟の攻撃物に焼き払うのは構わないが、樹木全てを焼き払うのには抵抗がある。闇を払えばこの通り自然へと戻るのだ。
光魔術で闇を取っ払ってしまう事が一番のベストだろう。
「カイル君、来たまえ」
僕は照れを隠し、彼に手を差し伸べる。僕が呼ぶと彼はすぐに駆けてきた。
僕は再び転移するためにカイル君の腕を掴んだ。そして、この農地を一望できる山頂へと飛んだ。
高い位置から見るとよく分かる。もう少し来るのが遅かったら、樹木は人里まで侵入していただろう。
「カイル君、これからこの国は自然が街を壊し国を覆うだろう」
彼の方を見た。
僕の言うことに疑いを感じていない真っすぐな目だ。
「これから長話になるけれど聞いてくれるかい?」
勿論。頷いてくれる。その態度に後押しされるように僕はカイル君に話し始めた。
「この国は、もうすぐ『災厄』がやってくる。これは歴史。必ずやってくるものだ」
「……災厄?」
頷いた。ラウル王国になる前の土地は荒れた国だった。
嵐、洪水、感染症、水不足、そしてそれに耐えられるモンスターだけがこの地を支配していた。人が住めるような地ではなかった。
だが、住んでいる人もいた。
一人の魔術師が結界を張り巡らせた事が、ラウル王国の始まり。
結界を張った地は安定をもたらせた。
魔術師は自分の力を注ぎ込み、結界を張っていた。彼が死ぬ頃には、もう既に人が多く住み過ぎていた。
周囲の人間が結界が無くなることを恐れ『結界を張る者』を受け継がせた。
「一番初めの魔術師は、今住む人が幸せに暮らせるように……。きっとそんな小さな願いだったのではないかと僕は思うんだ」
『結界を張る者』は自分の魔力が日々体内から奪われ過ごさなくてはならない。そのため、魔力の強くない者では一瞬にして命を落とす。選ばれるのは一番強い魔術師。
「一番強い魔術師」
ずっと、黙っていたカイル君が僕を見た。
「あぁ。そうだよ。僕だ。この世界の結界は僕が張っている」
強く風が吹いた。
カイル君と僕を落ち葉が舞う。カイル君のその瞳が僕が映っている。僕はこの空間ごと切り取りたい気持ちになり時間を少し止めた。
動けるのは、僕と君だけ………。
僕はカイル君の目の前で固まっている落ち葉を指でつまんでとった。
「本当はもっと凄い事が出来るんだよ。でも、残念ながら使える魔力がいつもないんだ」
時を止めたのは一瞬で、すぐに落ち葉はひらひらと地面に落ちた。
全ての落ち葉が下りた時、カイル君は笑った。
——笑うとは思わなかったな。
「それで俺に最強になって欲しかったのか。魔力を奪われて辛かっただろう。いいよ。任せろ」
「……」
「俺の魔力いつも有り余っているから、何なら今からでも結界への魔力供給を代わってやるぞ」
一つも余裕を崩さない彼。そういうところがいつも恰好よくて本当にズルいなぁ。
彼の様子に苦笑いする。
「代われないのだよ。一度『結界を張る者』に選ばれたら代わる事は出来ない。僕の魔力と結界は繋がっている。解除するには僕の死か結界を壊すかのどちらかなんだ」
ずっと重く感じていた責任が、今のカイル君の軽い反応で心が穏やかになる。
僕はくるりと彼に背を向けた。もっと僕も彼みたいに余裕を持って考えたい。
「はぁ!?」
「えっ!?」
グッと僕の腕がカイル君に力強く掴まれた。力強過ぎて僕はよろけてしまう。そのまま彼の胸の中にもたれると、くるりと逆向きにされる。
「意味わからねぇ! 災厄はやってくる。なのに、アンタはその役目を代われない!? はぁ!? じゃ、俺は!? 俺が最強になる意味はなんだっ!? リンを助ける為に頑張っているんだろうが!?」
先ほどまでの余裕はなんだったのかと思う程の取り乱しっぷり。
「俺がリンを助けて、もっと俺の事惚れさせて、めちゃくちゃに可愛がるって計画が台無しだろう!!」
「!!」
「ぁあっ! なんだそれっ!!」
カイル君が一人怒りまくっているのを見て……腰が抜けてしまった。
ヒョロヒョロと地面に尻が付いてしまう。
まさか、こんな反応されるとは思っていなかったから……。
「リンにそれ押し付けた奴、ブチ殺してやる!!『結界を張る者』も何とかしてリンがやらない方法を考えてやる。今から魔術本読みこんで勉強してやる! 今なら何十冊でも読める気がしてきた」
「……」
普段、余裕あるのに君は、僕のために。
「くくっははっ……くくくっはははは!!」
おかしい。カイル君の考えは僕の予想をいつも裏切る。笑い過ぎて目尻に涙を溜めながら彼を見上げる。彼が頬を染めている。目が合うと彼が目尻を下げて微笑んだ。
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「リン、好きだ」
そう言うのと同時に彼は僕に口づけした。
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