安い物件には気を付けろ～一番怖いのは執着幼馴染～

1．安い物件はなんかにゅるにゅるしているぞ

　
　自分の人生を運の良し悪しで表すとする。
　そうだな、12歳くらいまで運が良かった。

　当たり付きのスティックアイスを買えば当たり。学級閉鎖になるような風邪が流行しても罹らない。仲良しの友達がいる。毎年バレンタインには義理チョコを数個もらえる。まぁ、特に何も悩まず健やかに生きていた。思い浮かべても笑っている記憶が多い。

　残りの10年。現在、22歳だが運は良くない。おっと不幸ではない。どちらかといえば幸せだ。
　ただ、ツイてない。


　運が悪いなと思い始めたのは１３歳の頃からだ。

　通いの中学に転校してきた男にはストーカーされ、高校もそいつに付きまとわれる。
　彼女？　勿論ストーカーに邪魔されたのでいない。それどころか全校生徒の前でキスされて俺の３年間は終わった。

　スティックアイスは当たらなくなったし、小石に躓いて骨折する。散歩をすればゲリラ豪雨。

　特別運が悪かったなと思うのは大学受験の時だ。
　大きな風邪を引いた。
　この優良健康児の俺がだ。
　追試を受ける前日、家の隣が火事になった。俺の家も半分焼けて住めなくなった。

　火災保険やらの金と貯金とで路頭に迷うことはないが、父は介護士、母はスーパーのレジ打ち。生活はカツカツだった。大学受験を諦めて、近くの工場でパート勤務しながら、フォークリフト免許やら、必要な免許を取ることにした。


　俺は別に運の悪さを悲観していない。
　元々運が良かったので、多分また運が良くなる時期が来るのではないかと思っている。人間には大殺界やらそういう時期があるんだろう？　
　占いは興味がないので、詳しくはよく分からないが、かわるがわる幸福も不幸もやってくるということだ。


　コツコツと給料を貯めて親元を離れ、大都会へやってきた。誰も俺のことを知らない土地だ。

　そこで物件探しをしていると、丁度いい物件があったのだ。
　駅チカの１ＬＤＫ、トイレと風呂別。築20年だが内装は改装して綺麗。オートロック。それが、たったの2万！　破格だ。

　隣のマンションは安くて十万はする。仲介人もアパートのオーナーも何故安いのか説明してくれた。

　この部屋には『出る』のだそうだ。
　なるほど訳アリ物件。でも今までこの部屋で死人は出ていないと聞き決断した。


「大丈夫です。そういうの見たことないんで！」

　生まれて22年見ていないものが、急に見えるとはどうしても思えなかったのだ。
【保野崎　紺　22歳】契約書に自分の名前を記入し印鑑を押して契約した。


　そうして駅チカ2万のアパートに住み始めた。特に何も問題なく初めの一か月が過ぎた。

　新しい職場は小さな町工場だ。朝から晩まで働いて、家には帰って寝るだけ。
　一度寝たら起きない俺は、朝までぐっすりだった。
　だから、すっかりここがいわくつきの物件だと忘れていた。


　二か月経ったある晩。
　チョンチョン……と足裏をつつかれ、にゅるにゅるとした軟体が足を這ってきた。

　ゾォーッとして目を開けた。

　上半身を起こすと足元に這っていたにゅるにゅるがすぅっと引いていく感覚。俺には何も見えなかった。

　なんだ……。
　俺は“出る”のが人型の幽霊じゃなくてホッとしていた。

　俺は〇子とか呪〇とかジャパーニーズホラー映画が一切観れない。
　でも、エイ〇アンやプレ○デター、バイオ〇〇ードとかは平気なタイプだ。

「互いに共存しあう方向でお願い出来ないか？」

　人語が分かるかどうかは分からないが、とりあえずその言葉を置いておく。
　駅チカ二万円。ここを出るのはあまりに惜しい。



　そうして、俺は今まで通り、この部屋で暮らした。

　にゅるにゅるは、俺が眠っている時だけやってくる。
　
　姿は見えない。
　触れてくる感覚を追えば、軟体の触手、こんにゃく、タコの足をミックスしたような感じだ。　

　攻撃的な感じはないので、様子見とする。

　
　ここに来て4ヶ月目、俺が嫌がらないと分かったのか、にゅるにゅるの動きも次第に大胆になってきた。　

　日中も家にいる時は俺の足に引っ付いてくる。
　絡みついてきても魂やエネルギー(？)などを吸われ、疲れることはない。

　にゅるにゅるの理解力も高く、俺が一度やめろと言えば邪魔をしてこなかった。
　良いように考えれば、ペットがじゃれているように思えなくもない。


　未確認物体をすんなり受け入れる自分に呆れ半分驚き半分。
　これなら共存できそうだと思った矢先……


　オナニーをしている最中のこと、にゅるにゅるが俺の身体の下に割り込み、大きなクッションになるかのように包み込んできたのだ。

　にゅるにゅるが見えない俺は、急に身体が宙に浮いて驚いている。


「……にゅるにゅるなのか？」

　俺からにゅるにゅるには触れられない。
　しかし、包まれる感触から、この物体は大きな丸いスライム状の物体だと思った。