催眠術をかけたら幼馴染の愛が激重すぎる⁉

モト

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「俺、……っ、誰でもいいわけじゃないよ」

 セスが好きだと気づいたから、他の人なんて考えられない。
 考えられないって? なのに──俺は逃げていいのか?
 十五歳の頃みたいにセスと肩を並べることを諦めようとしている。
 おかしすぎて、俺は歩を止めて、首を傾げる。

「なんで俺が逃げているんだ。しつこく付きまとってくるのはあいつの方だ。なんか──無性に腹が立
 ってきた」

 何故俺が、こんな負け犬じみたことを思わなくちゃいけないんだ。一度腹が立ってくると、もう一度引きかえしてセスにガツンと言ってやりたくなる。

 そう思うと、俺は踵を返していた。
 学園に戻るために走り出す。

 建物の角を曲がったら、だだっ広い道が学園まで真っすぐ伸びている。
 そして、学園と学園門の前に立ち尽くしているセスが視界に入った。

 まだセスがそこにいることは嬉しい──が。
 おかしな影が空にある。
 学園の真上に羽の生えた牛型の魔物が飛んでいるではないか。その数、二匹、三匹……

「おぉおおお⁉」

 何故セスは気付かない⁉

 え、まさか俺⁉ 俺がセスを傷付けちゃったからショックで固まっているの⁉
 ゴリラの癖に打たれ弱すぎない⁉
 その時、光が空に飛び交った。

 警護隊の魔法弾が学園屋上から放たれたのだ。けれど、全然駄目だ。魔物の数が多くて魔法弾が命中していない。

「おぉおおおおおおおおおおおおおい! セス──!」

 叫ぶとセスはハッと顔を上げて、俺を見た──いや、いいんだ! 今は俺のことを見る必要はない。上だよ、上!

 まずいことに、彼の視線が俺に釘付けになっている。慌てふためいて上を向けというジェスチャーを
 ぼんやりと見ている。

「リュリュ⁉」
「いいんだよ! 俺のことより、上を……っ、はぁはぁはぁ、上を向けって!」

 全速力で駆けていたから、息切れが激しい。
 上とセスばかりに夢中で足元を見ておらず、段差に躓いて顔から地面にスライディングする。
 なんとかセスの足元まで辿り着いたが、顔面に地面を強打した上、痛くて地面から起き上がれない。

「大丈夫か」

「はぁはぁはぁ」

 セスは倒れた俺を気遣おうとするから、こうしてはいられないと顔を手で押さえながら自分で立ち上がった。

「俺のことはいいから……」

 そこで見たものは、半泣きのセスの表情と───燃えカスになった魔物。
 他の魔法使いが? いいや、一発で仕留めることが出来る魔法を使えるのはこの男だけだ。

「はぁはぁ……よかった……はぁ~」

 安堵の溜息を漏らすと、セスは半泣きのまま、無言で俺の顔の前に手を翳した。その手が柔らかく光り出し、顔が温くなる。かすり傷の痛みが和らいでいく……

 俺の視線には穏やかな光の中で悲しそうにするセスが映る。

 いつか、どこか、そう先日階段から落ちかけて未然に防がれた時も、この表情をしていた。
 物言いたげで我慢して今にも泣きだしそうな──もっと昔にもこの表情を見たことがあった……あれは、子供のセス。
 思い出そうとした時、頭痛が襲ってきて顔を顰めた。だけど、それはおかしいことだ。セスの治癒魔
 法を使われている今に頭痛が起きるなんて有り得ない。

「治った」

 翳していた手をセスは下げた。
 俺は自分の頬に触れる。痛みも傷もないと確認している間に彼は俺に背を向け校舎に戻り始めた。

「あっ、セス! ちょっと待って」

 セスの大股に小走りで付いていく。

「警護の者を付けさせるから、そいつと共に帰れ」

「待てって。君に話があるから戻ってきたんだ」


 横顔に向かってそう声をかけると、彼は視線を真っすぐ向いたまま「聞けない」と冷たく言い返された。
 セスの表情は先ほどとは違い、また無表情に戻っている。
 さっきの魔物の出現で周囲の生徒は結界の張られた安全な建物内に入っているから、人目も気にせず彼の腕にしがみついた。

 その腕の力は強く、俺の足は子供のように足が宙に浮く。全力だったけれど簡単に振り払われて、自分の足は止まった。

 また彼の背を呆然と見ていて、取り残されていく──

「逃げるんじゃない!」

 自分の服を掴み、腹の底から叫んだ。
 その言葉は俺自身に言ったのか、セスに言ったのか。
 それでも止まらない背中に怒りが込み上げてくる。睨みつけて腹の底から声を出した。

「耳の穴かっぽじってよく聞け!」

「……」
「──好きだ、セス!」

 静まり返ったその場に、自分の声は響いた。

 残響が脳に響いて、昂った感情に視界が揺れる、その中でようやく足を止め、振り向いたセスの顔も揺れる。
 魔法が使えたら、もっと上手く言えたのか──いや。違う。

「──魔法なんか使えなくたって、俺は前を向いている!」

 その言葉に反応するように彼の肩が大きく揺れ、そして俺から視線が逸らせなくなったかのように呆然としている。
 催眠術をかけられた時の記憶がないこの男には、俺が突然告白してきたかのように見えるだろう。その時、静まり返っていたその場に温めの突風が吹き荒れた。不自然な熱を持つ風だ。それがセスの方から吹いている。

「え……、セス? これ、君が……?」

 うしろ姿からでも分かる程、彼の肩は大きく上下に揺れる。その様子は激情を堪えているように見える。
 彼は振り向くや大きな一歩でこちらに近づいてきた。いつに増しても迫力があり、そして謎の熱い向かい風に俺の足は三歩後退った。

 ──もしかして、大激怒なのか。
 勇んで告白したけれど、当たって砕けるのはべらぼうに怖い。大股でやってくる彼は容赦なく俺の心臓をミンチ肉にするつもりなのだ。

「ま、まて……」

 自分の喉から情けない声が出た。俺は後退りながら向かって来るセスから距離をとる。
 慌てていたから落ちている石ころに気づかず、思いっきり足をくじいた。
 後ろに体勢を崩し──そのまま真後ろの銅像に頭を打ち付けた。
 強い衝撃と共に飛び込んでくるセスの慌てた表情。

「リュリュ!」

「──ぁ……」

 俺の意識は真っ暗な中に沈んだ。

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